ポーチごとアイテムを全て盗られ、帰るしかなかった。
分かった事はそう多くない。
あのクシャルダオラはソードマスターでさえ赤子の手を捻るように圧倒出来る。
そしてクシャルダオラは何らかの理由で、ただのネルギガンテに敗北した。
「歴戦の個体、いや、歴戦王と呼ぶにふさわしい」
ソードマスターは、憔悴しきった様子でそう話した。
その風格は他の古龍と比べてしまえば明らかで、一度見てしまえば他の古龍が大した事の無い存在であるように思えてしまう。そしてタチの悪い事に狩人への知識も蓄えている。
閃光も不意を突かなければ効いてくれないだろうし、効いたからと言って地に堕ちて的になってくれるようにも思えない。
ただ、何故そのクシャルダオラが高台をネルギガンテに明け渡したのか、一番重要なその部分が何も分かっていない。
考えれば、色々と有り得るような可能性のある事柄は湧いて出てくる。
クシャルダオラが何らかのミスを冒し、ネルギガンテにそこを付け込まれた。古代樹のクシャルダオラを食べたネルギガンテは、一時的に強くなっていた。マハワとネルギガンテの利害が一時的に一致した。他の何かが乱入してきた。
ただ、どれだけ仮説を立てようとも、確証に至れるような証拠は全くなかった。
唯一幸いなのは、このアステラに害が及ぶ可能性はそう高くないだろうと言う事だった。
ネルギガンテはクシャルダオラを捕食したがっているだけで、そこに狩人への関心は無い。
その狙われている当のクシャルダオラは今、この新大陸に居る狩人、モンスター、古龍までを含めても誰も勝てないだろうが、しかし古龍らしからぬ程に何も見下さず、そして暴力的でもない。ソードマスターの片腕を食いちぎらなかった程に。
クシャルダオラが敗北したとしても、それ以上の危険は潜んでいない。
アステラの皆はそんな事で、危機感の無い和気藹々とした様子で推測をだらだらと羅列していた。
そんな皆の話を上の空で聞きながら、相変わらずだったなあ、とヒノキはぼんやり空を眺めていた。
「踏み潰される直前だったというのに、落ち着いていますね。ソードマスターはもう横になってしまいましたよ」
話しかけてきたのは、マハワの相棒の編纂者だった。
「マハワは大丈夫なのか?」
「まだ意識は戻りませんが、少しだけ、落ち着きました」
少しだけ、と続けて呟いた編纂者の顔も、多少やつれていた。
「あんたまで倒れたら話にならん。少しは休め」
「はい、そうしようと思います。……ヒノキさんは、どうしてそんなに落ち着いているんです?」
ああ、それは質問だったのか、と思い直した。
「ソードマスターがクシャルダオラの要求に応える事も、踏まれている俺に気を取られる事も何もしなかったとして、クシャルダオラは俺を殺したのかなって考えると、どうも考えが偏るんだ。
そもそも古龍と向き合った事すら俺は少ないし、狩人や竜とは全く違う価値観で生きているであろうその古龍の考え何てたった数回会っただけで分かるとも己惚れていない、つもりなんだが。
それでも、あいつは無駄な殺生を避けようとするんじゃないか、ソードマスターが俺を見捨てようとも俺は殺されなかったんじゃないか、そう強く思うんだ」
「ソードマスターはそんな事しませんよ」
「仮定の話だよ、万一にも有り得ない、頭の中だけの考えだ」
編纂者それから黙り、手すりに体を寄せた。
やはり、見るからに元気がない。
「早く寝た方が良い」
「…………ええ。そうしたいのですが、どうしても相棒があそこまで痛めつけられた理由を考えずにはいられなくて」
結局、その元凶を突き止めるには手掛かりは少な過ぎた。考えたところで、何もかもが仮説の域を出ない。
「……起きたら分かるさ。そんな、すぐに対処しなければいけないような危機ではない」
「……ですよね」
編纂者は、そういうと、手に持っていた木製のジョッキを置いて去っていった。中には少し飲み物が残っていて、あの食欲旺盛な編纂者が残すとは、相当に疲れているようだった。
*****
また新しくポーチを作って貰い、ソードマスターも旧式のポーチではなく、新式のポーチを貰っていた。慣れるのに時間が掛かりそうな雰囲気だった。
龍結晶の地への調査はマハワが目を覚ますまでは中止とされ、それまでは万一に備えて資源を蓄える。
結局狩人各位に頼まれていた不足している資源の収集はそう進んでおらず、大砲の弾やバリスタの鉄の矢から様々な支給用のアイテムまで、色々な在庫が足りていない。
皆がそれぞれしたい調査や研究を好き勝手に優先してやっていた結果だった。
「とにかく、鉱石から食料から、骨から薬草毒草、何かしらの役に立つものは全て持ってきな! 交易船で運んで来られる物も、金の都合上そう多くはない!」
そんな事を言われて、ポーチが整い次第ヒノキもソードマスターも古代樹の森へと蹴り飛ばされた。
ソードマスターほどに精神的に疲弊していないとは言え、ヒノキはぼーっとしていた。
クシャルダオラに抑えつけられた時の感覚が今でも体に強く残っていた。
この感覚は、憧れに近いのだろうと思う。それも、ただの憧れではない。自分などは絶対に辿り着けない領域に居る存在への敬意。如何に敵意が無くとも自ずと恐怖は抱いてしまう、けれどそれ以上に羨望、尊敬してしまうような風格があった。
ただの強者ではなく、まるで人格者のような振る舞い。
抑えつけられて命を奪える状態にされても、体重を掛けられても、どうも殺されるとは信じ難かった。自分を、ソードマスターを、それから思い出してみれば襲ってきたネルギガンテまでもを、敵や玩具としてではなく一つの命として認めていたような気がした。
「……そう、思えるんだよなあ」
自分が戦い、ネルギガンテに止めを刺されたクシャルダオラとは、何から何まで違う。ガキ大将と人格者。
ぼーっとしながらもそこらに生えていたアオキノコを採集していると、咳き込むトビカガチと、それを追ってくるプケプケが見えた。
まるで絶望したかのような顔をしてきたので、手に持っていたアオキノコを投げてやると驚いたようにしながらも疑いなく食べ、直後に体を宙返りさせて、自慢の尻尾を追ってきたプケプケの頭に叩きつけた。
地面に頭が埋まる程の一撃、更に痺れるプケプケにもう一度、今度は全身を横に回転させてまた尻尾の強烈な一撃を叩きつけると、トビカガチは遠慮しがちに自分の方を一度見て、それから走り去って行った。
「あのなあ、狩人を信じてどうするんだよ」
叩き飛ばされたプケプケも気絶から意識を取り戻すと、ヒノキを見て威嚇はしたものの、襲い掛かって来る事はせず走り去って行った。
ひゅううう、と風の音が鳴る。さわさわと木々が揺れる音がする。穏やかな静けさ。
「……平和だなあ」
古代樹の頂上では、リオ夫婦が今日も子育てに勤しんでいるだろう。神経を尖らせてはいるが、縄張りに入ったり、狩りを邪魔してこなければ襲って来ない。
アンジャナフは相変わらず暴れん坊だが、狩人を積極的に襲おうとはして来ない。アンジャナフに関してはマハワが一回捕獲した個体らしいが、多分それが原因だろう。
ただ、だからと言ってその前に躍り出ようとか、そんな事は思わないが。
特産スジタケとサニーフラワーを手に取る。形は全く欠けておらず、中々に良い質のものだった。
特産スジタケはともかく、サニーフラワーは何にどう使うのか正直分からない。香りから香水でも作るのか、それとも何か調味料にでもなるのか。
まあ、いいか、とポーチにそれらを丁寧に仕舞うとまたのんびりと歩き始めた。
*****
場所を変えて、釣り針を川に垂らして竿を手に持ち、またぼうっとしていると、色んな事を思い出してくる。
新大陸に足を踏み入れようと、交易船に乗った時の事。嵐に揉まれながら、静かな期待感が体を巡っていた事。
そして到着してみれば、資源が足りないやら崩れ落ちた資料に潰されている学者や、育てていた古代樹の苗が派手に天井を突き破って苦笑いする皆。鍛冶場からは金物の音が昼夜問わず鳴り響き、腰を据える前にこれが足りないから取ってきて、と大蟻塚に突き飛ばされた。
いきなりリオレイアと鉢合わせたかと思えば別に威嚇される事もなく、無視される事もなく。
ぼとぼとと何かが落ちてきたと思ったら、見た事の無い飛竜、バゼルギウスがドカンドカンと爆発と共にやってきた。
訳分からないそのモンスターから逃げ惑いながらカシワと素材を集めて戻ると、そりゃ不幸だったねと簡単に言われた。
陸珊瑚の台地へと足を踏み入れたらカシワがもう色んな場所へと一匹で突っ走ってしまい、マハワが俺のオトモもそんなものだったと寂し気に笑った。
そのマハワのアイルーは良く他のアイルーやテトルー達と遠征に出かけていて、不幸な事にマハワが意識不明で戻って来る直前に新しく出たばっかりだった。
それからの事もぼうっとしながら思い出して、段々と記憶が直前まで戻って来る。
「……狩人を信じてどうするんだよって、俺が言えた事じゃないよなあ」
ヒノキは自分自身があのクシャルダオラを古龍を人格者のようなものとして見ている事を、もう否定出来そうに無かった。
二度、相まみえて、体を抑えつけられて体重を掛けられて潰されそうになってまでされても、そこに恐怖などの負の感情を強く抱く事は無かった。
思い出せば出すほど、敬意が浮かんでくる。
ソードマスターがあのクシャルダオラを歴戦王、王と命名したのにも頷けた。
「また、見に行きたいなあ」
口から自然と出ていたその言葉を、その感情を、もう抑える事は出来そうに無かった。
釣り糸が引っ張られているのに気付いて咄嗟に思いっきり引っ張ると、ドスサシミウオが釣れた。
「こりゃ、一旦帰るしかないな」
丸々と太っていて、とても美味そうだ。
マハワが早めに起きればいいが。
ドスサシミウオを両手で抱えて小走りでアステラ、拠点へと戻っていると、たたたた、と前から走って来る何かの音が聞こえた。
一応身を潜めると、クルルヤックが卵を抱えて走って来るのが見えた。
ふぅ、と息を吐き、辺りを軽く見回す。けれどもそう丹念に見回す事も無く、ヒノキの足跡にも気づかないままに木陰に隠れて、我慢出来ないようにクチバシで卵に穴を開けた。
ズッ、ズッ、ジュルルッ、と勢い良く中身を啜る音がして、まあ放置して帰るかと思っていると次にリオレウスの、明らかに激怒している咆哮が聞こえてきた。
小声でも、思わず呟いた。
「お前……」
何してくれてるんだよ、お前。
クルルヤックが咆哮の聞こえてくる方を見て、どこへ逃げるか数瞬迷った後にヒノキが来た方向へと足を向けた。
そこでやっと、クルルヤックはヒノキの足跡に気付いた。
クルルヤックと目が合った。卵を抱えているクルルヤック、魚を抱えているヒノキ。
緊迫した状況だが、ちょっと笑ってしまいそうになった。
地響きがした。リオレウスの咆哮がより近くから聞こえ、クルルヤックは隠れているヒノキを無視する事に決めてその先へと逃げようとして、また足が止まった。
もう一度、地響きがした。
クルルヤックが目の前を見上げた。
イビルジョーが居た。唐突に、その巨体がクルルヤックに迫っていた。
リオレウスもやってきて、見つけたぞ、とより強く咆哮をし、クルルヤックに炎を吐こうとして目の前のイビルジョーにも気付く。
クルルヤックが後ろを向いて、その顔が一気に絶望に染まるのが分かった。
ずん、ともう一歩、もう間近にまで迫ったイビルジョー。クルルヤックは前を見返した。
イビルジョーはもう、大きな口を開けていた。
すっぽりとクルルヤックの頭がその口の中に入る。
ぶちっ。
ぐしゃり、と卵が落ちて壊れた。
pixivの某モンハンマンガでクルペッコがイビルジョーにぶちっと食べられるシーンがありまして、それのオマージュだったりします(パクリって言わないで)。
来年秋の大型アプデはやるつもり。書けるモンスターが増えるぞい! それまでにこの作品完結してそうだけど。
MHWで気に入ってるモンスターは、バゼルギウス、トビカガチ、ネルギガンテだったり。この寒い時期、トビカガチの皮膜に包まれて穏やかな鼓動を感じながら眠りたい。
気に入った部分
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キャラ
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展開
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雰囲気
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設定
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他