金になるから殺っちゃうのさ   作:拝金主義の暗器使い

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金になるから殺っちゃうのさ

 ヒュン、と音が響き銀が翻る。そして、朱が世界を彩った。

 

「ケケケケ、良い金になってくれよ?」

 

 ユラユラと揺らめく炎に照らされる洞窟内。

 そこは凄惨な光景が広がっており、岩の壁面は赤い飛沫によって汚れていた。

 その中央に立つのは、黒髪黒目の青年。灰色の着物に、黒い野袴、黒い羽織に草履という出立ちだ。

 その手には、所謂忍具のクナイが握られており、黒い刃の先端からは赤い雫が滴っていた。

 彼の今回の仕事は、この洞窟に巣くっていた賊の討伐だ。

 人数は、三十人ほど。その全てが首を掻き切られて殺されていた。

 

「さてさてさーて、お宝お宝、と」

 

 手を揉みながら、彼はニヤニヤと洞窟の奥へと足を向けた。

 その目は、キラキラと輝いておりその脳内は金一色であることが容易に想像できる。

 彼は拝金主義であった。金こそ全てであり、世論で重視される忠誠心や、信義等々それら一切気にしない。

 人によっては、真っ向から衝突しかねない主義だ。

 半ば、スキップしながら彼は洞窟の奥へとやって来た。

 

「うんうん、いい感じに貯めこんでいやがるな。さぁて、どれ位失敬しようかねぇ」

 

 手揉みし、彼が見つめる先には賊が貯め込んでいた物品の数々が積み重ねられていた。

 金銀財宝ではないが、銭の穴に紐の通されたモノが複数転がっており、その一つを手にとって、羽織の裏に仕込んだポケットに銭束を突っ込んだ。

 これはお駄賃だ。少なくとも、彼は言及されればそう答える。

 雇い主も、この点は目を瞑っている。何せ金さえ払えば何でもこなすのがこの男だからだ。

 酷いときなど、厳重警戒の砦から財宝を盗み、要人の暗殺すらもやってのける。

 腕は確かなのだ。

 

「金よ~、金金、お金ちゃ~ん、と」

 

 スキップでもするように、彼は洞窟を出ていった。

 

 姓を楚、名を梗、字を長里(ちょうり)、真名を■■。

 腐りきった漢にて、金の為だけに他人を殺すクズの一人であった。

 

 

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 漢。始皇帝の建てた秦の後に、高祖劉邦によって建てられた王朝だ。

 もっとも、長い年月を経て内部は腐りきっており、汚職と賄賂にまみれ、賊の跋扈する糞な国でしかないのだが。

 

「~♪旨いものが食いたいねぇ」

 

 そんな地方都市の一つ。大通りを歩む楚梗(そこう)の足取りは軽かった。

 一仕事終えたお陰で、彼の懐は潤沢だ。

 拝金主義ではあるが、一定の散財は認めている。美味しい食事は人を幸せにしてくれるからだ。

 特に好きなのは、味の濃い肉料理。酒と一緒に食らうことが楚梗にとっての幸せであった。

 こんな世の中だ。小さな幸せで満足せねば、最後には自分の首を絞めかねない。

 

「―――――ん?」

 

 頭の中で様々な料理が、浮かんでは消えを繰り返していた楚梗だったが、目についた食事どころに入ろうとしたところで有ることに気が付いた。

 何やら、一団が、というか三人娘が揉め事を起こしているのだ。

 

「デカイな。特に桃色の姉ちゃんがデカイ。あっちの黒髪もデカイし。ちいせぇのは………どうでも良いや」

 

 彼の視線の先には、たわわに実った四つの水蜜桃。

 顎を擦って論ずる彼は、その言動だけ見れば完全な変態であった。

 

「うーん、でも足も良いんだよな。あの黒髪の姉ちゃんは、デカイけど背も高いし、足も長いし、うん、いい感じ」

 

 うんうん、と首肯く楚梗。

 彼の独り言が聞こえたのか、周りの男達からは同意を、女達からは侮蔑の視線を一身に集めることになる。

 

「ま、良いや。今は色より飯だ」

 

 チャラリと銭の入った革袋を揺らしてその重みを確認し、彼は騒ぎの中心へと歩を進める。

 ある程度まで近付けば、騒ぎの内容も聞こえてきた。

 

「――――だから、戻ってくれば必ず払うと言っているではないか。私達は、先を急いでるんだ!」

「そんな言葉信用ならねぇな!食逃げしようたってそうはいかねぇぞ!」

「で、でも今は持ち合わせが…………」

「金も持たねぇで飲み食いしやがったのか!随分とふてぇ奴等だな!」

「食逃げじゃないのだ!必ず返すって、愛紗も言っているのだ!」

「金もねぇくせにバカスカ食ったのはお前らだろうが!!埒が開かねぇ、憲兵に突き出してやる!」

「……アホな会話してるな」

 

 近付いた楚梗は、余りの内容の酷さに頬をひきつらせる。

 どうやら、三人娘は道を急いでいたらしくろくに所持金を確認せずに飲食し、それをツケるか否かで店主と揉めているらしかった。

 今のご時世で、ツケというのは余程の馴染みが無ければ店側としても容認しづらい。

 その相手が旅人ともなれば尚更だ。

 

「店主、一人だけど空いてるか?」

「あ?――――ああ、構わねぇよ。コイツら詰所に突きだしてきたら注文聞いてやる」

「おーう」

 

 楚梗は物怖じすることなく、荒れている店主に声を掛け、三人娘の間を抜けて店へと入っていく。

 一瞬静寂が訪れ、突然の事態で店主も頭が冷えたのか三人娘の背を押して憲兵の詰所へと向かっていってしまう。

 

 これが、彼とある意味で三人娘の最初の因縁ある邂逅であった。

 

 

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「中々、旨かったな。濃い味付けだったお陰で酒も飯も進んだし」

 

 細く短い竹串をくわえた楚梗は、満足そうに腹を撫でつつ、通りを行く。

 彼は基本的に、金を使うのは仕事道具か食事の時位だ。

 娼館等に入り浸る事もなく、美術品やらにも興味がない。むしろ、銭を数えている方が好きなレベルだ。

 この後の予定は、次の町か村までの道を聞き、水と食料を買い込む程度。今回の仕事で道具の消費はしていなかった。

 

「――――はいよ、これで頼まれた分は全部さ」

「お、あんがと。ついでに道を聞きたいんだが良いか?」

「結構買ってくれたし、構わないよ。どこに行きたいんだい?」

「幽州の方にちょっとな」

「それなら、北に真っ直ぐ行けば、直に幽州さ。山賊が出るらしいから気を付けなよ」

「ご忠告どーも」

 

 商店の店主に色を付けて代金を渡し、楚梗は店を出た。

 目指すは北だ。勿論、口から出任せではなく本気で幽州を目指している。

 理由は、次なる仕事のため。

 というのも、幽州は豪族による連合制度をとっていた。

 そのトップである公孫瓚が取りまとめてはいるものの、一枚岩ではない。後ろ暗いことをやっている者も少なからず居り、彼等からの仕事を得られないかと考えての進路であった。

 楚梗は、誰かに仕える気が欠片もない。むしろ、金さえ払ってくれるならば雇われていた相手をぶっ殺す事すら厭わない。

 それどころか、裏切った上で元雇い主の財産をパクっていくのだから、質が悪かった。

 それでも需要が絶えないのは、国が悪いのか、それとも彼の腕が良いからなのか。

 少なくとも、世紀末であることには代わりない。

 

「さてと、一泊するか否かどっちに――――」

「あー!見つけたのだ!」

「あ?」

 

 安宿に泊まるか、野宿するかを考えていた楚梗は不意の大声に眉を上げた。

 振り返ると、先程の三人娘の一人が居るではないか。

 

「何だよ、オレに用か?」

「鈴々じゃなくて、愛紗が用事なのだ!」

「…………………誰だ?」

 

 駆け寄ってきた少女に、楚梗は眉を潜める。

 名前を聞き返さなかったのは、この国には真名という風習があり、その名を軽々しく呼べば切り殺されても文句言えないほどに大切なものであった。

 どうにも、目の前の少女はアホに見えた為に楚梗は聞き返さなかった。

 

「お前から血の臭いがするから気になったって言っていたのだ」

「……そいつは、穏やかじゃねぇな」

 

 惚けながらも、楚梗は警戒の度合いを上げた。

 この場合の血の臭いというのは、単純に血の臭いがしているわけではなく、分かるものには分かる、というそんな話であることは簡単に察知できたからだ。

 ヒラヒラとしている羽織の袖からクナイを一本忍ばせて、手のひらに落とし込んだ。

 傍目には、普通と変わらないが臨戦態勢という奴である。

 

「それで?オレに用事なんだろ?着いていけば良いのか?」

「こっちなのだ」

 

 どちらも名乗らなかった。楚梗としては、情報がどの程度あるか分からないため、少女は単に忘れていた為だ。

 二人が向かうのは、大通りを北東へと進むルート。しばらく進めば、街の出入り口の一つへと着いていた。

 

「愛紗ー!見つけたのだー!」

「こら、張飛!そう大声でその名を呼ぶな!」

 

 待ち受けていたのは、楚梗も絶賛の美女二人。

 その内、黒髪の方が少女を叱る。

 

「…………あ!ご、ごめんなさい」

 

 シュンと溌剌とした雰囲気も失せて、張飛と呼ばれた少女は項垂れる。

 桃色の髪をした少女が、そんな彼女を慰めに動き、そして黒髪は楚梗へと向き直った。

 

「騒がしくして、すまなかったな」

「気にすんなよ。子供のすることじゃねぇか」

「……………」

「どした?」

「……いや、やはり血の臭いがすると思ってな」

「そうか?一応、水浴びとかはしてるんだがな」

「お前から、ではなくその羽織からだ。随分と血生臭い得物を持っているようだな」

「ケケッ………犬かよ。随分と鼻が利くじゃねえか」

 

 笑いながらも、同時に成る程と内心で頷いた楚梗。

 彼の武器、というか暗器は使い捨ての場合が多い。が、今回はクナイのみで済んで、尚且つそれを捨ててはいない。

 体臭として染み込んだ血の臭い以上に、今は分かるものには分かる程に薫っているのだろう。

 

「で?それを指摘してどうする。言っておくが、オレは金にならなきゃ人は殺らねえぞ」

「………金のためだと?」

「そりゃ、食っていけないからさ。生憎とオレは自炊とか出来ねぇし」

 

 美味しいもの食べたいじゃん、と彼は笑う。

 ある意味では、この時代において珍しくない人種だ。

 黒髪の彼女も、気に入らない様子だがそこを声を荒げて指摘したりはしない。

 

「では、我々に雇われないか?」

「あ?お前ら金持ってないだろ」

「これから、賊の討伐に赴くんだ。その際の報酬をお前にも渡そう」

「んじゃ、四割な。そっちから持ち掛けてきた事だし、良いだろ?」

「…………こちらとしても、幽州までの路銀が稼げればいいのでな」

「へぇー」

 

 特に思うところは無いように気の抜けた返答だが、その内心で楚梗は若干の舌打ちをしていた。

 実力的には相手しても切り抜けられるとは思っている。しかし、何事も面倒はゴメンなのだ。

 

(なるべく、かち合わねぇよにしねぇとな。面倒臭いし)

 

 そんなことを考える。

 暗殺者と武人が正面からやりあうなど、正気の沙汰ではない。

 前者は、殺す、事に特化しており、後者は、勝つ、事に特化している。

 結果として、人の死というものに至ることにはあまり代わりないが過程が違う。

 不意打ちならば前者に、正面戦闘ならば後者に軍配が挙がる。

 これは一芸に特化しているか、万能に動けるかの違いによるもの。

 因みに、楚梗は武人寄りだ。暗殺のみならず、殲滅なども行えるのはその為。

 

「ま、良いや。オレは楚梗だ。字は長里」

「私は、関羽。字は、雲長と言う」

「そうかい。ま、仕事終わりまで宜しく頼むわ」

「ああ」

 

 

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 賊討伐。それは、彼等にとって児戯が勝るほどに簡単な事であった。

 黒髪の麗人、関羽。小柄ながらも、潜在能力は関羽以上の張飛翼徳。そして、暗器を扱う楚梗の三人。

 あと一人、桃色の髪の劉備玄徳は武術に秀でてはいないため、今回の出番はない。

 

「…………」

 

 事前情報では、50前後であったのだが蓋を開ければ、百を越える賊を討つことになった今回。

 関羽は、連れの一人であった楚梗へと注目していた。

 彼女と張飛の二人は、得物である青龍偃月刀と蛇矛の特性上、戦闘がかなり派手だ。

 人体を容易く断ち切り、取り回しによって血飛沫の嵐が巻き起こる。

 しかし、楚梗は違う。

 手元からそれほどリーチの無いクナイで、的確に急所ばかりを突いていく一撃必殺を真髄とした、格闘術を織り混ぜた独特の戦法。

 臓物の転がる二人と違い、彼の周りの死体は比較的綺麗なモノばかり。

 まず戦場では、あまり御目にかかれない。こんな倒し方を態々するくらいならば、剣で切り殺す方が早いからだ。

 そして、もう一つ。関羽には気になることがあった。

 というのも、戦闘の最中、何度か楚梗の気配を見失っていたのだ。

 確かにそこに居る。現に、何人もの賊が殺されていった。しかし、彼自身の気配はまるで空気にでも溶けたかのように追えなかった。

 

(隠密、か………)

 

 武人として流れてきた関羽にとっては、未知の人種。

 実力の底も測れず、仮に戦うことになれば戦闘の過程を想像できない相手。

 得体の知れない存在、というのがしっくり来る。

 そんな関羽の内心など知ったことではない楚梗は、得物であった血濡れのクナイを其処らに倒れた死体の衣服で丁寧に拭っていた。

 決して物持ちの良くない彼だ。武器も、暗器であるため使い捨て。報酬の内、武器補充を差っ引いてはいるものの、足さなくて済むならそれに越したことはなかった。

 

「~♪」

 

 機嫌が良いのか、血生臭いこの場に鼻唄が響く。

 酷く似つかわしくない、軽快なリズムを刻む鼻唄だ。

 そのまま、クナイを羽織の内側に収めると視線を向けてくる相手に向き直った。

 

「何か用か、関雲長」

「………いいや」

「人殺しのあとに機嫌がいいのが気に食わないって、顔してるぜ?」

「っ………」

 

 キッと睨んでくる関羽に対して、楚梗はヘラヘラと笑うのみ。

 この二人、中々に相性が悪い。

 義と誠を重んじる関羽と、金と利益を重視する楚梗。水と油だ。

 

「ま、お前に嫌われようが好かれようが興味無いがな」

「そんなに、金が大切か?」

「ああ」

 

 間髪入れず、首肯く楚梗。その目には、ふざけた色もなく本気でそう思っているようだ。

 その様子に、更に言葉を続けようとした関羽だったが、その前に彼が踵を返したしまった為にうやむやになってしまう。

 人には、触れてほしくない部分が誰にでもあるのだ。

 

 

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 旅は道連れ、世は情け。この言葉の意味は、旅をするなら一人よりも連れが居た方が良く、世を渡るならば情けを持ち合わせておけ、というもの。

 まあ、大きく見れば人は一人で生きていけないということだ。

 何故こんなことを、改めて説明するのか。

 それは、楚梗に騒がしい連れが出来たからだ。

 

「何で、どうして、こうなった…………!」

 

 前を行くかしましい三人娘の尻を眺めながら、楚梗は呻く。結構楽しんでいる気がしないでもないが、彼は尻より胸派だ。

 事の発端は、うっかり彼が幽州に行くことを酒の席で話してしまったことに起因する。

 それを聞かれてしまい、劉備のごり押しに断りきれなかったのだ。

 いや、正確には断っても話を聞いてもらえなかった、という方が正しい。

 ならば、気配を消して闇に紛れれば良かったかもしれない。

 だがそこで、楚梗は気付いた。

 三人娘は、旗揚げすることになる。そして、旗揚げすれば勢力となり、勢力は多くの力や財を集める。

 その中には、武一辺倒ではない軍師なども居ることだろう。そしてこの軍師というのが厄介だ。

 武人などに比べて頭が良く、搦め手などを得意とするせいか、暗殺者とは相性が悪い。誘い込んでぶっ殺すなど、ザラであった。

 暗殺者にとって、自分より頭のいい相手は、自分よりも強い相手よりも殺りにくい。

 一撃必殺を旨とする彼等は、その為に状況を作り出す。

 それは、人数であったり、時間であったり。軍師はそれら要素を潰すのだ。

 三人娘がそうなるかは、分からない。しかし、劉備の思想は人を惹き付ける。

 

 誰もが笑って暮らせる世界

 

 お伽噺と一笑に伏されそうな夢だ。正直なところ、楚梗は惹かれない。だが、関羽や張飛など義に厚い面々はそうではない。

 そして、この国では楚梗の方が少数派であった。

 何やるか分からない相手は、近くで観察するに限るということだ。

 少なくとも幽州に着くまではこのままだろう。

 

 こうして、騒がしく面倒な楚梗と三人娘の旅路は始まった。


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