金になるから殺っちゃうのさ   作:拝金主義の暗器使い

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皆様お久しぶりです




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 理不尽。あらゆる面で突出し、その突出した部分が他の部分すらも呑み込み打破してしまうそんな存在。

 一例としては、天下無双の飛将軍、人中の呂布。

 彼女の武力は、単純な数の暴力を単騎で覆す力がある。

 何より、彼女自身が武の塊だ。基礎の技術で並み居る武人など歯牙にも掛けない。

 力、という一点に特化したが故の事。

 

「………」

「………」

 

 話は変わるが、無表情で無口な奴と目的以外に無頓着な奴。

 そんな二人が出会った場合、会話が弾むか、否か。

 A.弾まない。むしろ、空気が萎む。というか死ぬ。

 時刻は、夜間。夕日は沈み、明かりの無い通りは、三日月から射し込む頼りない月光しか頼りになる光源が見つからない。

 屋敷を出た楚梗は、そんな通りの一本を歩んでいた。

 売れる情報も得て、売れる人質も居て、万々歳。

 だからだろう。見逃した。相手が獣じみた五感を持ち、尚且つ気配を消す能力が有ることを差し引いても油断していた事には変わりない。

 彼の目の前にいるのは、二本のアホ毛がひょっこりと立った赤毛の少女。スンスンと鼻を鳴らして若干ながら眉間にシワが寄っていた。

 

「……くさい」

「初対面で失礼なやつだな」

「……血、くさい」

「獣かよ」

 

 面倒になった。楚梗の顔は、そう語る。

 目の前の少女。顔は知らなかったが、その容姿から彼は当たりを付けていた。

 だからこそ、厄介。

 単純な武力では、彼に勝ち目が無いだろう。天下の飛将軍はそれだけ伊達ではないのだ。

 

「んじゃ、そういうことで」

「…………待つ」

 

 三十六計逃げるにしかず。とはいえ、速さが足りない。

 逃げようとした彼のひらめいた羽織の裾を掴まれ動きを止められたからだ。

 

「お前、なに?悪者?」

「それを本人に聞くのか?そういうのを決めるのは、周りなんだぜ?」

「……………」

「そんな目でオレを見てくれるなよ。煙に巻いてる訳じゃない」

 

 ヒラヒラと手を振る楚梗だが、その様子ほど彼には余裕がない。

 握られた羽織。振りほどけないのだ。

 指先で摘ままれただけの筈の拘束が、まるで万力にでも挟まれたかのようなパワーを発揮している。

 力に関しては、測るまでもなく負けているだろう。速度に関しては五分か、ギリギリ楚梗が勝てている程度。

 かといって振りほどくために羽織を破るのは御免である。

 この羽織、というか彼の纏う衣服は特別製だ。

 布の表面と内側に層が作られており、言うなれば全身が財布代わり、元より様々な物が仕込まれている。

 それ故に、破るとそこからどんどん色々と出てきてしまう。

 

「…………どこ行く?」

「まあ、ちょっとした金稼ぎに、な」

「…………嘘、良くない」

「いや、嘘じゃねぇよ」

「血の臭い、する」

「そりゃあ、殺しを生業にしてれば血の臭いも着くだろ。お前さんも血の臭いがするぜ?」

「………恋は臭くない」

「どうだろうな。返り血浴びたりするだろ?」

「…………臭くないもん」

「いや、もんって…………」

 

 最初の沈黙も何処へやら。軽快に二人は会話をこなす。

 この間にも、楚梗は何度となく脱出を試みていた。だが、出来ない。

 人知を越えた獣の感性は、スイッチの入っていない彼では掻い潜ることが出来ずにいた。

 

「とにかく放せ。な?オレも仕事で、これから行くところが――――――」

「恋殿ー!どこに行かれたのですかー!」

「ちょ、ねね。街中で叫ばんといて。頭に響く………」

「霞殿は呑みすぎなのです!この戦時下に気楽すぎですぞ!」

 

 楚梗の言葉を遮るようにして聞こえてきた二人分の声。それは、徐々に徐々に近づいてくる。

 彼の目が死んだ。

 

 

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「―――――そんでな?ウチは聞いたんや。それウチの晒やない?って」

「で?」

「ああ、そういえば………やって!見てみぃ!ウチの格好!晒に陣羽織に袴や!そしてその時ウチの胸には晒巻いとらんやったんよ?!気づくやろ普通!」

「そーだなー」

「やのにアイツめ………あろうことかウチの晒で尻を拭きおってからに―――――信じられへんやろ!?アンタもそう思うやろ!?」

「おい、張文遠。お前が絡んでるのは、柱だ。オレじゃねぇぞ」

「何やぁ?カッタイ男やなぁ~木みたいや」

「いや、だから木だって」

「ああ?ウチの酒が飲めんって言うんか!?」

「張文遠。それは机だ。猪口ぶつけるな、割れる」

 

 げんなりとした様子の楚梗は、机に肘をついて顎を乗せてため息をつく。

 何でこんなことになっているのか。

 

 事の発端というほどのモノもない。

 彼女、張遼と呂布大好きっ子である陳宮の二人に出会い、酒に酔っていた張遼に引き摺られてここまで来た。因みに酒屋ではなく、王宮殿の張遼の部屋である。

 内外からのストレスと、微酔い加減、更に楚梗が担いでいた“者”を見た結果こうなった。

 時刻が遅いこともあり、王宮殿に着いたタイミングで一同解散。そして何故だか、彼は微酔いの張遼に引っ張られてここに居る。

 何が張遼の琴線に触れたのか分からないが、タダ酒飲めるなら良いか、と軽い気持ちで来てしまったのが運の尽き。

 現在進行形で、酔っ払いに絡まれる始末。因みに届け者は牢に簀巻きのまま極秘でぶちこんでいる。明日の朝、董卓もとい賈駆に売り付ける手筈だ。

 

「そこ~!のんどぉるかぁ?」

「張文遠。それは酒甕だ。中身入ってるんだから割るな――――――」

「んぁあ?冷たいやないか~…………」

「遅かったか」

 

 ガシャリと重い音をたてて、甕は無惨に砕け散る。

 厚みがあっても、陶器は陶器。高いところからある程度の速度を乗せて落とせば、木の床でも容易く割れる。

 量的に丸形の甕の四分の一がぶちまけられたか。

 勿体無いと思えども、楚梗はそれだけだ。

 ここは彼の部屋でないし、酒臭くなったところで実害など何もない。体が酒臭くなる可能性もあるが、血生臭いよりもマシだろう。

 結局臭い事に変わりはないが。

 

「んぅ…………」

「……寝たか?はぁ……………」

 

 突っ伏して寝た張遼を見やり、楚梗はため息をついた。これが現代ならば、タバコの一本でも吸っている所だろう。

 因みに中国にタバコが入ってきたのは、明代の末辺り。最初は、薬効があるとか、体にいいとか言われて重宝された歴史がある。

 

「…………人生、何があるか分からないもんだな」

 

 明かり取りの窓から月を見上げ、楚梗は人生を振り返る。

 らしくはない、が人間誰しもどこかでナーバスになるタイミングは、誰しもありうることだろう。

 

 彼の脳裏を駆けるのは、ある光景。

 血の赤。すえた臭い。金切声の悲鳴。不味い酒の味。ザラリとした床の感触。

 五感全てが不快を示す最悪な状況。

 その中心―――――ではないが、楚梗はそこにいた。

 有り体に言って、地獄だった。生きていることすら己を恨んでしまいそうになるほどに、彼の生活は地獄だった。

 そして知る。

 

「結局、世の中金ってことだ」

 

 いつも通りのヘラヘラとした笑みではない。

 歪んだような、死んだ笑み。見たものを不安にさせる笑みだ。

 

「―――――ああ、くそ…………不味いなぁ」

 

 煽る酒は、月を映し風流を醸し出す。が、その味は泥水にも劣る下劣な苦味を帯びていた。

 

 

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 どんな日だって夜が来て、朝になれば終わりを迎える。そして、翌日の始まりだ。

 

「長い旅も今日で終わりだな」

「―――――ッ!」

 

 牢にぶちこんでいた手荷物を回収した楚梗は、大扉の前に立って感慨深げに呟く。

 ずだ袋の中身がモゾモゾ動いたが、その中身まで縛っているため芋虫のような動きしか出来ない。

 しばらく待っていると、扉の向こうで何やらゴソゴソと動く気配がして、重い音をたてて扉が開かれる。

 

「ようこそ、楚長里さん」

「お初にお目にかかる、董相国。早速だが、コレ幾らで買ってくれる?」

 

 お偉いさんである董卓と、彼女をトップに据えた将軍二人軍師二人の前で、楚梗はいつもの笑みで肩に担いでいたずだ袋を下ろすと、袋をひっぺがした。

 朝日のもとキラリと輝くはちみつ色の金髪に、スタイルのいい肢体。

 豪奢な鎧は脱がされ、食い込んだ縄が垂涎もののエロスを感じさせる。

 

「~~~~~~!」

「あ、猿轡付けっぱなしだった」

 

 よっこいせ、と口に噛ませていた布を取り外してそこらへと楚梗が捨てると同時に、

 

「この私に何て事をするんですの野蛮人!!絶対に許しませんからね!!?」

 

 ヒステリックなキンキンとした声が部屋に響く。

 

「元気だな、袁本初。腹減ってないのか?」

「空きましたわ!ですので早く縄を―――――」

「んじゃ、コレでも食ってろ」

「んぐぅ!?んんんん!?」

 

 キャンキャン喚く袁紹の口に(干し)肉棒が捩じ込まれた。彼女のお口は一杯である。

 涙目になる袁紹を嬲りながら、楚梗はニヤニヤとした笑みを浮かべて顔をあげた。

 

「こいつは、反董卓連合の総大将の袁本初本人だ。オレは、こいつを売りに来たのさ」

 

 右手で袁紹の口を虐めて、左手で縛り上げた彼女の体をポンポン叩く変態の光景に、女性陣はフリーズ中である。

 

「……………はっ!ちょ、ちょっと待って!?あんた何言ってるか分かってるの!?」

「勿論さ。あー………賈文和だな?軍師なら、幾らで買ってくれる?」

「幾らって……………」

「おいおい、何を嫌そうな顔をしてやがる。こいつは、お前らの敵で致命傷の総大将だぞ?躊躇う理由がどこにある?」

 

 楚梗はそう言うが、むしろ賈駆の立場からすれば疑うなという方が無理な話だ。

 

「昨日の夜いきなり来て、人を買え、だなんて疑わない方があり得ないと思うけど?」

「そこはあれだ、損得勘定で考えろよ。総大将という手札が向こうから転がり込んでくるんだ。勝つために買えばいいだろ」

「それは………」

「綺麗事で世界は回らねぇよ」

「…………知ってるよ」

 

 そんなことは知っている。この時代の、腐りきった中央で生きてきた賈駆が知らないはずもない。

 だが、正道を歩まないというのは誰しも一種の抵抗のようなモノがあるだろう。

 最初から何の葛藤もなく外道を選べるのは、真性の屑である証。そして、楚梗は真性の屑と呼んで差し支えない精神構造をしていた。

 

「楚長里、いや楚梗。君、何を考えてこんなことを?」

「金儲けしたいと思っただけさ」

「金儲けの為にこんな大それた事をしでかしたの?」

「周りの意見なんぞ知らん。オレさえ良ければそれでいい」

「……………」

「楚長里さん」

 

 黙ってしまった賈駆。次に口を開いたのは董卓だった。

 

「貴方は………」

「……………」

 

 憂いを含んだ瞳。濃紫色の双眸が、楚梗の笑みを捉え、貫いた。

 

「…………わかりました」

 

 深淵を覗くとき、深淵もまた覗き返す。

 董卓は彼の何を見たのか問い掛ける言葉は何もなく、口から出たのは了承だった。

 

「貴方の言い値を払いましょう、楚長里さん」

「………そうかい」

 

 楚梗もニヤニヤとした笑みを収め、口許を若干歪める程度の笑みとなる。

 

「んじゃ、商談成立だ。こいつはくれてやるよ」

 

 そう言う彼の瞳は、黒く濁っていた。












ええ、はい。お察しの通りエタッておりました
何と言いますか、切り口が独特だと話が組みづらいモノがありまして。頭も宜しくない私では、どうにもアイデアを纏めきれませんでした。
今後もマイペースな投稿となるかと思いますが、見てくださるかたは気長にお願い致します

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