金になるから殺っちゃうのさ   作:拝金主義の暗器使い

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 世の中大抵、思い通りにはいかないのが常というものだ。

 

「なんちゅう、非利益的な事をやりやがるんだ……………」

 

 旅が始まってから、何度目かの呟き。ここ最近の楚梗の目は、いつにも増して死んでいた。

 原因は、彼の目の前で村人にお礼を言われている三人娘だ。

 そもそも、楚梗は拝金主義であり、損得勘定で動く。故に、報酬と働きを天秤に掛け釣り合う、もしくは前者が大きければ仕事を受けるのだ。

 逆に言うと釣り合っていなければどんな相手の依頼だろうと受けることはない。それこそ、情に絆される事などもない。

 しかし、三人娘は違う。義姉妹の関係を結び、劉備をトップとする彼女らは、情に絆される。

 殆んどタダ同然の報酬で、賊の討伐などを請け負い、感謝の言葉だけで十分、等と言ってその数少ない報酬すらも受け取らないことが多々あった。

 貰えるものは、貰っておく処か搾り取るレベルの楚梗にしてみれば理解の外。

 その癖、金を使うという少々質の悪いその性質に苦言を呈そうと、何度思ったことか。

 もっとも、その代わりとして仕事の際には気配を消して雲隠れしていたのだが。

 それが三度も続けば、彼女等も誘ってはこなくなる。

 この時に、関羽が良い顔をしなかったが、それはそれ。むしろ、勝手に同行者に組み込んだそっちが悪い、というのが楚梗の持論であった。

 ならば、そのまま離れれば良いと思われるかもしれない。

 だが、幽州以外であると候補としては徐州等か。

 正直遠い。そして、その道中に補給ができない可能性も高い。

 何より、金は手に入っても状況的に使えない。あそこは蛮族の蔓延る僻地なのだ。

 次の候補は、司隷か。洛陽があり、政治的に腐っているため、金を払ってでもライバルを蹴落とそうとする者達が多い。

 逆に難しいのが、兗州や冀州。

 どちらも治める者を中心として纏まっており、金をせびり難い。

 特に兗州は、不味い。治める人間が出来すぎており、刃向かうものは尽くその首刎ね飛ばしているせいで対抗勢力が居ないのだ。

 ならば、その統治するものに雇われればとも思われるが、それも無理だ。

 単純に、兗州の州牧は同性愛者であり、冀州の方は馬鹿であり、実質政治を回しているのが軍師である為。

 変態の巣窟と苦手な人種の元に、誰が好き好んで行くだろうか。

 

「楚梗さん!」

「…………何だ、劉玄徳」

 

 あー、ヤダヤダ、と不合理的な彼女らを内心で扱き下ろしていた楚梗は、跳ねるような声を掛けられてその思考を中断した。

 彼が背を預けていた大きな木は、現在三人娘が賊討伐を請け負った村の入り口正面に立っていた。

 彼女等が村人との会話を終えることを待っていたのだが、思ったよりも思考にリソースを割きすぎたらしく、反応に遅れる。

 目の前では、桃色の髪を揺らした劉備が居た。

 そして、その可愛らしい顔を少し不機嫌そうに歪め、プクリと頬を膨らませている。

 

「もう!ちゃんと劉備って呼んでください!若しくは真名で―――――」

「オレが教えてないから、却下されただろ。それに、幽州に着くまでの付き合いなら仲良しする必要はない」

「………やっぱり、一緒に来てはくれませんか?」

「別に、夢を否定する気はない。けどな、百人が百人、その状況を望んでると思わないこったな」

 

 楚梗は、ニヒルに笑うと木から背を離した。

 彼は、劉備の思想を否定はしない。しかし、肯定もしなかった。

 彼女の理想は、矛盾をはらんでいる。

 何せ、仲良くしようと笑顔で手を差し出してその背には斧を隠し持っているのだから。

 手を拒絶されれば、仕方無いと言いながら斧を振るう。

 人間というのは、面白いもので命の価値に差はないと声高に叫びながら、無意識のうちに順位をつけている。

 親しい友人や家族、恋人とテレビの向こうで起きる戦争などに巻き込まれる人々。

 命の価値に差はないと言うならば、一人殺される度に、怒り、哀しみ、泣き叫ぶのが当然ではないだろうか。

 しかし、現実では違う。憐れむ事があっても、彼らの為に嘆き哀しみ、復讐を企てようとは思わないはずだ。

 そしてこれは、劉備達にも当て嵌める事が可能だ。

 皆が笑って暮らせる世の中。ならば、その皆とは誰を指すのか。

 家族、恋人、友人は勿論。無辜之民や商人なども含まれるだろう。

 ならば、賊は?汚職を働く官僚は?罪人はどうだろうか。

 彼ら彼女らは、確かに他者への悪影響をもたらし、尚且つそれらで甘い汁を啜ってきた事だろう。

 だが、果たして全員が全員最初からそうだっただろうか。

 例えば、賊の背景には今の世の中に蔓延する格差があるだろう。奪わねば、食っていけなかった者達も居るだろう。

 誰だって死にたくはない。死にたくないからこそ、手段を選べない。そもそも、選択肢がない。

 他にも、元々親が賊であり、その道しか知らない者も居るだろう。

 汚職にまみれた者達も、最初から好んで手を出した者ばかりではない。

 拒否できない状況であったり、差し出さねばならなかったり、どうにも出来なくて、結局こうなった者だって居るだろう。

 現実とはそんなものだ。

 どうしようもなく残酷で、悲惨で、思ったよりも汚れている。

 コインに裏表があるように、世界も綺麗さだけでは回らない。

 綺麗な面だけを積み重ねても、何れはバランスを崩してしまう。

 

(世の中、聖人君子じゃ回らねぇ。清濁併せ呑んでこそ、だよな)

 

 オレはだいぶ黒いけど、と楚梗は内心で自嘲する。

 彼の場合、人によって態度は余り変わらない。

 重視するのは金払い。それさえ羽振りが良ければ、例え世間一般で極悪人と呼ばれようとも報酬分の働きをする。

 ビジネスライクの付き合いという奴だ。

 仕事が終われば、それで終わり。その後は、疎遠になることも、もう一度雇われることも、敵対することも相手次第、周り次第だ。

 それを言えば、関羽などは不義理と睨むことだろう。

 だが、沈むと分かっている船に乗り続けるのは、律儀ではなく馬鹿というのだ。

 ついでに腐った屋台骨で無理矢理延命している国に対しても、楚梗は見限っている。

 元々、国に対する忠誠やら何やらが欠如したような人間だ。

 恩恵を受けていると実感も出来ないため、忠誠心やらが身に付くこともなかった。

 

「―――――あー、怠い」

「顔が死んでいるぞ、楚梗」

「お腹が空いてるから元気が出ないのだ!」

「もう少しで、次の町が見えるらしいので頑張りましょう!」

 

 独り言に反応して、さっさと歩んでいく三人娘。

 彼女等の背を見送り、楚梗はポツリと呟いた。

 

「飯屋の支払いオレじゃねぇかよ」

 

 

 $

 

 

 この時代、主に旅の手段は馬か、徒歩、場合によっては馬車や牛車等が用いられる。

 モノにも依るが、確実なのは徒歩。乗馬は、体格とスキルが必要であり、馬車はそもそも維持費が掛かる。

 何より馬は、慣れていなければ尻の皮が剥ける。馬車も酔ってしまうだろう。

 ついでに、今の時勢、馬車は格好の的だ。賊に見つかれば、間違いなく襲われる。

 

「―――――む?楚梗」

「あん?」

「気付いているか?」

「走ってる奴等の事か?まあ、こっちに近付いてきてるしな」

 

 街道など、商人の通る道というのは整備されているのだが、山道などは、その括りではない。

 次の町に向かうため、四人は今山の中へと入っていた。

 一応、最低限度整備された獣道よりもマシ、程度の道。その半ばで彼らは立ち止まる。

 

「迎撃は可能か?」

「え、何で?」

「何でって………襲われている者が居るのだろう!?」

「いや、だからって助けるのか?その追われてる奴等も仲間だったらどうすんだよ」

 

 義に厚い関羽は、熱弁だが楚梗は揺れない。

 彼の想定するのは最悪のパターン。即ち、追う側と追われる側がグルであり、不意打ちからの袋叩きに遭う可能性だ。

 無い、とは断定できず、決して低いとも言えない可能性。

 普通ならば無視できないモノだろう。

 だが、

 

「それは、助けてから考えれば良い」

「えぇ?本気で言ってるのか?」

「当然だ」

「……………………なら、そっちで殺ってくれ。オレは手を出さねぇよ」

 

 頑張れよ、と彼は両手を袴の両側に空いたスペースに手を突っ込んだ。

 憤慨しそうになる関羽だったが、その前に森の方から二人の足音と、その直ぐ後から複数の足音が聞こえてきた。

 そして、茂みから飛び出してきたのは二人の幼女と、その後から数人の風体の悪い男達だった。

 

「ハァッ!」

 

 幼女達と入れ換わるように、関羽が踏み込み賊の数人を斬り倒した。

 だが、まだ数人が残っている。

 その内何人かが、楚梗の元へと突っ込んできた。が、

 

「来るんじゃねぇよ」

 

 直後に、彼の足がブレた。

 ベキリと音がして賊の首がへし折れる。

 地面に叩き付けられた首が変な方向へと曲がった死体に、彼へと襲い掛かった何人かの足が遅くなる。

 そこを逃さない。袴より手を抜くこと無く、飛び上がると足を振り上げ、振り下ろした。

 体術。元々、剣や槍等よりも圧倒的にリーチで劣るクナイ等を得物とするために体得したモノ。

 特に、蹴り技は腕の数倍の威力を発揮する点と、職業柄飛んだり跳ねたりすることが多いため勝手に鍛えられる事から採用し、極めていた。

 その中でも威力が高いのが、後ろ回し蹴りや踵落とし等の、踵を扱う蹴り技。

 これは、通常の歩行でも踵が一番体重を支えて鍛えられているから。

 二人の首をへし折り、無力化し三人目の腹部に横蹴りを食らわせる。

 それだけで、賊の内臓が損傷、若しくは潰れたらしく血を吐いて悶絶してしまう。

 三人が沈んだところで、関羽と張飛が残りを倒し、この場は終わりを迎えた。

 

「………ガキは苦手だから任せる」

 

 幼女の相手を、三人娘に任せて楚梗はその場に膝をついた。

 そして徐に、死体へと手を伸ばした。

 

「―――――な、何をしているんだ!?」

「あ?」

 

 関羽の驚いた声。その相手である楚梗へと五つの視線が向けられた。

 

「そ、楚梗さん?な、何をしてるんですか……?」

「何って………服剥いでるんだが?」

 

 劉備の問いに、見れば分かるだろう、と楚梗は首をかしげた。

 そう、彼は死体から血に汚れていない衣服を剥ぎ取っていたのだ。

 

「死者に鞭打つなど何を考えているんだ!!」

「何だよ。何怒ってんだ?」

「貴様が今やっていることだ!!」

 

 詰め寄った関羽に対して、本気で分かっていない様子の楚梗。

 既に服を剥いだのは二人目だ。全裸の死体が無造作に転がっている。

 

「知らないのか?古着って買い取ってくれるんだぜ?」

「はあ?」

「綺麗に洗って、縫い直したりして、な。大した額じゃねぇけど、酒代程度にはなる」

「………まさか、売るつもりか?」

「当たり前だろ。慰謝料って奴だ。後は、粗悪品だが、武器の類いも売り飛ばせば、二束三文程度にはなるだろ」

「だからといって、死体から剥ぎ取るなど―――――」

「あ?生き物なんて、死ねば等しく肉の塊だろうが。そんで、畜生どもの腹に収まる。けど、服とか武器とか金とか、その辺は畜生には必要ない。むしろ、錆びたり傷んだりして勿体無いしな。だからオレが有効活用してやるんだよ」

 

 正に絶句。気炎を上げていた関羽も、その背に薄ら寒いモノを感じて口をつぐんでしまう。

 これは、死生観や思想の違い。楚梗はその辺が限り無くドライであった。

 そもそも、今回のような突発的な戦闘でなければこんなことはしない。嵩張り、持ち運びも面倒だからだ。

 楚梗は、金にならなきゃ殺しはしない。しかし、正当防衛に関してはその限りではなく、その場合は襲ってきた相手をぶっ殺して金を得ていた。

 彼からしてみれば、元手が零で利益を見込めるため買い叩かれても文句は言わない。

 それこそ、辛うじて酒を一杯呑めればそれで良い。

 連れが口をつぐむ中、楚梗は手慣れた様子で汚れの少ない衣服を全て剥ぎ取り畳み、その上に粗悪な武器を乗せて、帯を一本取り出して一纏めに縛り上げた。

 そして、固まる彼女らを一瞥することも無く道を歩み始める。

 

 彼女等と彼の間に横たわる、価値観の差。

 それらを可視化する様に、その境目は開き続けているのだった。


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