金になるから殺っちゃうのさ   作:拝金主義の暗器使い

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お気に入り、感想、評価。これらを下さる読者の皆様に感謝申し上げます。

今回のお話は、言わば繋ぎ、箸休めでございますゆえ、肩の力を抜いて閲覧していただけると宜しいかと思います




 あり得ない、なんて事はあり得ない。確約こそ出来ないが、現実は小説よりも奇なり、という言葉もあるぐらいに、何でも起きる。

 

「ど、どういう事ですかぁ!?」

 

 明朝、女性の悲鳴が響き渡った。

 場所は反董卓連合、袁紹陣営。騒いでいるのは、袁家の二枚看板が一枚、顔良。

 彼女の目の前にあるのは、相当に豪華な天幕だ。

 ここは、袁家のトップにして今回の連合、総大将を務める袁紹の天幕。顔良は目覚めと同時にある程度の身嗜みを整えて此処に来た。

 見張りが居ないことに首をかしげたが、袁紹が気紛れで退ける可能性は十分にあった。

 時間的にも余裕があり、戦いになるならば英気を養うことも重要だろうと、彼女は放っておいたのだ。

 だが、数刻が経過したところで違和感に気付く。

 袁紹は子供のような面がある。それこそ、遠足前の子どものように寝る時間が遅くなり、そして早く目覚める事がある。

 そして今回、彼女は董卓を討ち果たす事を楽しみにしていた。

 だが、今はどうだ。起きてくる気配どころか、まるで天幕に居ないかのような静けさだ。

 ここで漸く、顔良は控え目ながら一声かけて天幕の中へと入り、そして冒頭の叫びを上げることとなった。

 そして、彼女の叫びから陣営のあちこちから、少し探せば見つかるような位置に置かれた死体がゴロゴロと出てくるではないか。

 どの死体も外傷は少ない。ただ、首が不自然な方向へと曲がっていた。

 しかしその中に袁紹の姿はない。

 とはいえ、そんなことは何の慰めにもならない。

 問題なのは、夜間とはいえ警戒すべき戦前の状況で大将が消えてしまった事だ。

 失態の何物でもないだろう。

 

「斗詩ーー!」

「ぶ、文ちゃん…………」

 

 天幕から出ておろおろしていた顔良の元へと駆け寄ってくるのは、同じく二枚看板である文醜。

 

「陣の中全部探したけど、麗羽様は居ない!」

「そ、そっか………いったい何処に………」

 

 脳筋である文醜とは違い、ストッパー役を務めることの多い顔良の頭の回転は悪くない。

 だが、特筆するほどでもない。しかし、この状況においての結論を導き出すことは出来ていた。

 袁紹には自由なところと我儘なところがある。その点を加味すると、どこかにフラりと出掛けた可能性もあるだろう。

 とはいえ、今は戦争直前。可能性は低い。だが、陣に居ない。

 それはつまり、

 

「なあ、斗詩。麗羽様、拐われちゃったのか?」

「……………」

 

 文醜の懸念は、顔良にもある。というよりも、そうとしか考えられない。幾ら信心深い時代であっても、神隠し等が最初の選択肢には出ないのだ。

 しかし、誘拐であった場合臣下の失態と言える。

 夜間であり、隠密などの専門分野を得意とする兵科が無いから等理由にもならない。

 何より、今回の一件はそのまま連合崩壊の危機とも言えた。

 

「と、とにかく情報を集めないと………真直ちゃん!」

 

 顔良は行動を開始する。

 それが、既に遅すぎることである事など知る由も無かった。

 

 

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 この時代、電信や無線などの便利な代物は存在しない。

 基本的に情報は、媒体である竹簡や書簡を伝令役に持たせてやり取りを行っていた。

 そして、これは戦争でも変わらない。

 この際には、複数の騎馬を伝令としてたてて、複数のルートを走らせて各隊の情報伝達を行う。

 だが、これは表向きだ。

 各部隊には隠密が紛れ込み、互いに知らないタイミングで情報を探りあっている。

 それが連合ともなれば尚更だろう。

 

「――――それは本当か?」

「はい、間違いないかと。私もこの目で確認してきました」

「そうか………」

 

 その一つ。紅の映える陣営。

 天幕内に居るのは、眼鏡を掛けた黒髪褐色の美女と忍び装束の少女。

 周瑜並びに周泰の二人だ。

 

「まさか、夜間とはいえ陣営に侵入し、大将を誘拐する、か。余程の手練だな。何より、手段を選ばないとは………」

「あの、冥琳様」

「なんだ?」

「何処が、やったのでしょうか?」

「ふむ…………」

 

 周泰の問いに、周瑜は顎に手をやり腕を組んだ。

 軍師である彼女は、戦闘能力以上にその頭脳が売りだと言えた。直ぐに火計に走ることは否めないが。

 因みに戦争で火を使うのは有効な手段の一つと言える。何せ、寡兵で大軍を討つことも可能だからだ。

 

「明命。お前ならばザルとはいえ、大将を誘拐する事は可能か?」

「…………難しいかと。暗殺と違い人一人を連れ去るには相応の労力が必要ですから」

「なら、お前たち以上の隠密は居るか?」

「それは…………」

 

 周泰の脳裏に過るのは、黄巾党の一件。

 張三姉妹、そして彼女達の持つ太平要術の書。この二つの情報を得ており、火計の際の混乱に乗じて奪取する手筈だった。

 しかし、結果は不明な勢力に先んじられ、失敗。どちらも手に入れる処か火の着け損。

 そしてその際に、周泰ともう一人の隠密頭は何者かの存在を感じ取っていた。

 それは隠密故の直感。確証こそないが、確信できる相棒からの啓示である。

 押し黙ってしまった周泰を見て、周瑜も彼女の思考の予測が出来たらしい。その端正な顔に苦みが走った。

 彼女も含めて、孫策軍の結束は強い。そして、仲間たちへの信頼も厚い。

 その信頼の厚さは、そのまま各々が有している実力への自信となっていた。

 だが、その自信に黄巾党の折り、ヒビを入れられた。

 情報統制はしていた。張勲にも気付かれていなかった筈だ。何より、孫策軍の隠密は群を抜いている。

 でありながら、結果は失敗。黄巾党を討つ一助にはなったが、目的は達せられなかった。

 何より、張三姉妹の代わりに首謀者として偽張角達が本物として処刑されたことが気に入らない。

 国はその際の功績ある諸侯の名は発表しなかった。正確には出来なかった、か。

 その点は何やら取引があったらしく、功績を金銭に変えて地位向上等は行われていなかった。

 問題なのは、その足取りを彼女らが追えなかった点。

 だが、今回ならば予測可能だ。

 

「今回の連合、そして董卓。やったのは董卓陣営に思えるな」

「ですが、董卓軍にそれほどの?」

「確かに話は聞かないな。人中の呂布、神速張遼。特筆すべきはこの二人か。軍師は賈 詡。粒揃いだが、隠密に関しては聞かん。ならば、他の陣営はどうだ」

「えっと………」

「陣営で最も層が厚いのは、曹操の陣営だ。彼処ならば、隠密も腕の立つものが一人はいてもおかしくない」

「し、しかし、彼らが袁紹殿を誘拐する理由がありません」

「だろうな。だからこそ、ある陣営が浮かぶ」

「ある陣営?」

「公孫瓚だ。今回彼処は北方防衛を理由に連合には物資のみ提供している」

「………?」

「忘れたのか。彼処は私達ですらマトモに情報を集められなかったんだぞ?」

 

 戦争の勝敗は、最初の情報戦で勝ちをもぎ取れるかのパーセンテージが変わると言っても過言ではない。

 相手の戦力、部隊編成、作戦、糧食の量、その他諸々etc

 予め、知っているか否かでは対応も掛かる労力も大きな差が有る。

 無論、知っている情報に固執すれば、それが致命的な隙になることも否定はしない。そこは軍師の腕の見せ処だ。

 そして、孫策軍は未だ飼殺しの虎だが、雄飛することを虎視眈々と狙っている。

 その為に彼等は、隠密を様々な場所に放っていた。

 どの陣営も、ある程度の情報は得た。その中で情報の“質”が薄かったのが公孫瓚の治める幽州だ。

 特筆する点と言えば、他には見ない連合制を敷いている面か。

 後は何もない。元々有名だった白馬義従や騎馬を用いた戦術など、それこそ兵法書からの発展もない様なモノばかり。

 これだけ見ると、弱小諸侯にしか見えない。

 しかし、目の良いものが見れば違和感を覚えるだろう。

 何というか得られる情報全てが、教本のような、そんな印象を受けるのだ。

 まるで、どれだけ見られても構わない、とでも言うかのような態度。

 

「彼処が一番不気味だ。見せるところと見せないところをハッキリと分けすぎている。何より、こちらの隠密部隊を数人殺られたからな」

 

 周瑜の懸念はそこだ。幽州陣営は、そこまで名の広まった者は居ない。敢えて挙げれば公孫瓚位だ。

 でありながら、情報の開示制限を行い、腕利きの隠密を仕留めてくる。

 

「思惑までは、分からん。だが、奴等が先手をとっているならば、荒れるな」

 

 周瑜の懸念。それは各陣営の頭脳担当の総意でもあった。

 

 

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 常道は崩すために在る。

 それを見事に体現せしめた男、楚梗は現在森の中を疾駆していた。

 草地を駆け抜け、崖を駆け下り、木々の梢を跳び移り、その姿は野生の獣に近いものがある。

 

「~~~~~ッ!!」

 

 その肩には、ビクビクと震える人ほどの大きさの布の塊が担がれていた。

 そんな彼の背後では、バキバキと木々がへし折られる音と、荒い吐息が聞こえてくるではないか。

 

「あぁ、くそっ!しつけぇな!」

 

 楚梗は悪態をつきながら背後をチラリと振り返る。

 背後から追ってきているのは、人間ではない。

 黒っぽい毛並みに、隆々とした筋肉が押し込められ、その前足の一撃は一撃で人間の首など容易くへし折る破壊力を秘めている。

 熊。それもここら一帯の主なのか化け物のようにデカイ大熊だ。

 ことの発端は、現在楚梗の担いでいる袁紹にあった。

 

 

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「――――一休みするか」

 

 熊に追われる数刻前。楚梗は、森の中で休息を取っていた。

 ある程度の速度が求められる状況ではあるが、限界突破してまでこなすべき事でもない。

 見晴らしのいい崖の近くに陣取り、彼はその縁から数メートル離れた位置に腰を下ろした。

 傍らには、モゾモゾと動くズタ袋。

 中身の袁紹には猿轡を噛ませているため、くぐもった声が微かに聞こえる程度だ。

 

「あー…………眠ぃ」

 

 首を回すとバキバキと音が鳴った。

 隠密擬きとして、長い間不眠不休で動くことも多い彼だが、やはり人間は何処かでオフが無ければ何処かでガタが出てしまう。

 ガサゴソと羽織の裏を漁り、取り出したのは細長い酒甕。

 キュポン、と蓋を開けて中身を煽る。

 この時代の酒は決して度数が高いとは言えない。だが、高いものも有るには、有る。今回のモノは、現代基準で十パーセント前後だが。

 サラサラと風が吹き抜け、梢が揺れる。

 歴史そのものをぶち壊しかねない事をやらかしている楚梗は、ここ最近には無かった穏やかな時間に身を置いていた。

 だが、それも一刻持たずに瓦解した。

 

「~~~~~ッ!!ぷはっ!ちょっと!!この私をこんなズタ袋に閉じ込めるなんてどういう了見していますの!?」

「………何で出れたんだ?」

 

 突如騒ぎ出すズタ袋。見れば、袁紹の頭だけがひょっこり飛び出していた。

 その首には猿轡が引っ掛り、動き回ったのか彼女の寝そべる地点は擦れたような跡が残っている。

 

「ちょっと!!聞いていますの!早くここから出しなさい!」

「………」

 

 キャンキャン喚く袁紹に、楚梗の目が死んだ。

 彼女はこれまで接してきたことのない相手。そして、苦手であることが確定した。

 とはいえ、流石にこの静かだった時間を無くしてまで騒音のBGMを聞きたいとは彼は思わなかったらしい。

 重い腰を上げて、

 

「っ?」

 

 ゾワリ、とうなじが逆立つような感覚を覚えて周囲を見回した。

 側では未だに袁紹が叫んでいるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 何かが来る。長年の経験からそれを感じ取った楚梗は手早く袁紹の口に猿轡を噛ませて、頭にズタ袋を被せ直した。

 そして、肩に担いで立ち上がったところでその予感は的中する。

 

「…………デカ」

 

 現れたのは、巨大な熊。

 そもそも、熊という生き物は臆病な性質を持っており、目が悪い。その代わり耳や鼻が良くそれ故に熊避けの鈴等に効果があった。

 これは元々、熊に人間の場所を知らせて、予め接触を防ぐというもの。因みに、山登りの際に大音量でラジオなどを流すことも熊避けに使える。

 だが、この場合はほんの少し事情が違う。

 動物というのは馴れる生き物だ。言い方を変えれば、学習するということ。

 つまり、人間が己より弱く、更に食べやすいということを知った熊には大声の悲鳴などは自分を食ってくれと宣言しているようなモノなのだ。

 ほんの少しの間、楚梗は熊と睨み合っていた。

 相手が人食いでなければ、このままやり過ごすことも出来ただろう。

 しかし、相手が涎を垂らして踏み出してきた時点でその望みは断たれた。

 

「………チッ」

 

 舌打ちを一つ。同時に左袖からクナイを一本手の中に落とし、ノータイムで熊の目へと目掛けて投げ付けた。

 だが、これはタイミングが悪く熊の頭が振れた事で狙いを外し、猟銃の弾すら時には弾く分厚い頭蓋骨に弾かれた。とはいえ、狙い通りだ。

 楚梗は、熊の視線が外れると同時に崖から躊躇なく飛び降りていた。

 こうして、一人と一頭の追い駆けっこは始まった。

 

 

 $

 

 

 そして、場面はパルクールを用いて逃げる楚梗と、身体能力ごり押しで追い駆ける熊へと戻る。

 かなりの距離を駆けたというのに、未だに追ってくる辺り相当執念深く、何より飢えているようだ。

 

「…………はぁ」

 

 一際強く足場の太い枝を踏み締め、楚梗は跳んだ。その先には、少し拓けた草地がある。

 所々に岩が点在しているが、ほぼまっさらの原っぱだ。

 そこに降り立った楚梗。その足で真っ直ぐに向かうのは、V字の窪みがある岩だ。

 そのへこんだ部分に担いでいた袁紹を放り込む。

 若干布の破けるような音がしたような気がしないでもないが、まずは追っ手を片付ける。

 

「…………」

 

 ガサガサと近寄ってくる重い足音を聞きながら、楚梗は近場の岩の上に飛び乗った。その際に、草履を脱ぎ捨て裸足となり足の指で岩の縁を掴んでしゃがみ全身に力を溜める。

 時間にして、十数秒。

 森を突き破って現れる巨大熊。

 真っ直ぐに自分へと向かってくる事を確認し、楚梗は跳んだ。

 そして―――――――

 

 

      ぐちゃり


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