金になるから殺っちゃうのさ 作:拝金主義の暗器使い
読者の皆様には感謝の念が尽きません
今回のお話も前回同様、繋ぎのようなもの。肩の力を抜いて気楽にお読みくださいませ
血の臭いが辺りに満ちる。
「……………」
ニチャ、と血塗れになった右足を振りながら、楚梗は足元を観察する。
そこに在るのは、熊の死体。うつ伏せであり頭が胴体へとめり込んで、抉れていた。
彼の蹴りは、一撃で岩も蹴り砕く。
今回は、前方に回転しながら飛び上がり、落下の重力、回転の遠心力を加えた踵落としを敢行していた。
結果はこの通り。大熊を一撃で仕留め、地面へと叩き付ける破壊力を発揮した。
だが、ここで問題が発生する。
「やべぇ…………血がとれねぇ」
ザリザリと何度も草地に右足を擦り付けるが、粘性の高い熊の血はなかなかとれてはくれなかった。
血液と格闘する楚梗。その近くでは、モゾモゾと動く影がある。
(私にこの様な仕打ち!絶対に許してなるものですか!)
ズタ袋に詰められ、どうにか逃げ出そうとしている袁紹だ。
一見布の塊にしか見えない彼女がモゾモゾと動くその様子は、言い方は悪いが巨大な芋虫にしか見えない。時折頭に被せられた布の部分に人の顔が浮かぶのはホラーだが。
岩の隙間に引っ掛けられる形で置かれた彼女は、動けないながらも何度も何度も上下に跳ねる。
かと思えば、芋虫をつついたときの様に身を捩ったり反り返ったりと、その動きは純粋に気持ちが悪い。
だが、この気持ちの悪い動きも意味があった。
「―――――ふぎゃん!?」
何と、岩の尖った部分にでも引っ掛かっていたのか、ズタ袋が袁紹の動きに耐えられず破れてしまったのだ。
更に引き絞られたゴムのように布が弾け、その反動で彼女の体は跳ねると地面へとうつ伏せの体勢で放り出された。
それでも、未だに細く強靭な縄でぐるぐる巻きにされている為に芋虫には変わりない。
「ふぐぐぐ………!」
が、兎に角前は見えるようになった。
どうにか立ち上がった袁紹はそのまま、跳ねるようにその場から逃げ出す。
その光景を見ていた楚梗は、何とも言えない表情だ。
袁紹本人からすれば決死の逃走劇だ。しかし、端から見れば紐に巻かれた蓑虫擬きが跳ねているようにしか見えない。
ガリガリと頭を掻くと未だに血のこびりついた足を諦めて草履を履き直した。
飛び跳ねて必死に逃げる袁紹だが、その距離は大して稼げていない。故にこのまま歩いて追い駆けても十数秒後には捕まえられる。
筈だった
「――――あらっ?」
「あ」
まず考えてほしい。全身を縛られ、膝なども曲げる位しか出来ず離れない。もはやミイラのような状態で、足場の悪い場所を跳ねれば何れ転ぶ事になるだろう。
例に漏れず、袁紹は転んだ。そして場所が悪く、転びかたも悪かった。
まず、場所。坂道だ。なだらかだが、下ろうとすると少し踏ん張らねばならない程度の角度。
次に転び方。石に引っ掛かったのか、前ではなく横に転んだ。
さて、坂道で横向きに寝転がればどうなるか。
「あああああああああ!?と、ととと止まりませんわ~~~~~~ッ!?」
「あーあーあーあー…………」
答え、坂道に沿って転がっていく。
最早それはギャグの領域だ。楚梗の目がいつも以上に死んでいるのも無理からぬ事。
そんな誘拐の被疑者が呆れる速度で転がる誘拐の被害者。
そして、
「ふぇ?ぇえええええ!?」
坂の先は崖だった。カッと輝く太陽の下、金の髪が舞い上がり、重力に引かれて落ちていく。
その先には、流れの速い大きな川。盛大な水しぶきを上げて、一瞬だけ金が沈み、直ぐに浮かび上がると流れていくではないか
「…………止めときゃ良かったか?」
河童の川流れのように、川の流れに乗って下流へと流されていく彼女の様子に、楚梗も今回の仕事を始めてしまったことを後悔していた。
だが、やると言った手前やらねばなるまい。
大きく息を吐き出して、楚梗は下流へと駆け出した。
$
山中にてギャグも真っ青の茶番劇が行われていた頃。董卓軍VS反董卓連合の合戦場にも変化が起きていた。
「――――今、何と言ったのかしら?」
「ですから、私達はこの件を降りる、と言ってるんですよぉ」
袁紹陣営の天幕。本来ならばここで作戦会議や勢力同士の交遊などが行われる筈だった場所。
そこで険悪な雰囲気を出しているのは、二つの陣営だ。
一つは、袁紹と同じく袁家一門に属する袁術陣営。
もう一つは、曹一門筆頭の曹操率いる曹操陣営だ。
目くじらを立てているのは、金髪ドリル一号の曹操。立たせているのは、腹黒軍師兼袁術親衛隊兼お世話係の張勲。
「それは、敵対する、ということかしら?」
「違いますよぉ。ただ、私達は麗羽様が絶対勝てるって言うから連合に参加したんですよ?その大将が戦う前から拐われるなんて聞いてませんしねー」
「袁家一門として、袁術を大将に建てれば良いじゃない」
「嫌ですよぉ。そうしたらまた拐われちゃうかもしれないじゃないですか。お嬢様の居ない世界なんて私、堪えられません!」(まあ、拐われることは、恐らく有りませんけどね)
煽るような、ふざけるような物言いだが腹の中では別の事を考えている張勲。彼女としては、このまま連合を抜けたいのは本当だ。
数の暴力という言葉も有るにはあるが、今回は特殊すぎる。
いくら頭で、誘拐はこれで終わりと言い聞かせても、心のどこかで滲んでくる不安を重く受け止めるのが軍師という職業。
逆に言うと、最悪を常に想定できない者に軍師は向いていないと言える。
「大義を果たさないつもり?」
「逆に聞きますが、曹操様。貴女は本当に董相国が帝を傀儡にしてると思ってるんですか?」
張勲は曹操に問うたように見せて、周囲の諸侯にも目を走らせていた。
これで狼狽えるような相手は脅威足り得ない。自分で考える頭がない相手など策略を張り巡らせる必要すらないからだ。ちょっと足出せば引っ掛かって転ぶ。
(成る程~、義勇軍の頭は世間知らず、と)
彼女の目論み通り、と言えば良いのか慌てたのは劉備一人。
その他のメンツは、平然としたままだ。
「私から言わせてもらえば、ここにいる全員大義なんて無いと思いますけどねぇ」
「それは、貴女達にも当てはまるんじゃないかしら?」
「そうですけど、それが何か?私達は、さっきも言いましたけど勝てそうだから連合に参加したんですよ?大義とか、そんなもの関係無いんですよねぇ」
張勲の物言いは、乱雑だがこれも一つの理だ。
そもそも一般的に言われる正義は、悪に対して数を揃えて袋叩き。悪を悪足らしめるのは何時だって不特定多数の外野なのだ。
「皆さんもそうでしょう?相手が悪いとか、大義とか関係無い。これから自分達が飛躍するための踏み台が欲しかった所で、麗羽様の連合への誘いは渡りに船でしたでしょうし」
クスクスと笑う張勲は実に楽しげだ。
彼女、常道を通らない奇抜な一件で微妙に箍が外れていた。周りに袁術が居ないこともその一端ではあるか。
「それじゃあ、皆さん。私は失礼しますねぇ」
周りが気まずい沈黙状態に為る中、張勲は正に愉悦といった表情で天幕を出ていった。
腹黒軍師は趣味が悪い。態と、最もトップが脆い陣営を狙い撃ちしての発言であったのだ。
そして、彼女が、延いては袁術陣営が連合を抜けるということは、彼女達の手駒である孫策陣営も同じく連合を外れるということに他ならない。
そうなると、表の戦力もさることながら、裏もガタガタ。只でさえ人数という防諜等に関するネックがあるというのに、その道のプロが抜けるのは痛い。
「………はぁ、どうしようかしらね」
頭痛い、と額に手をやった曹操はため息をつく。
袁紹が拐われ、袁術が抜けた連合の中核を担えるとしたら彼女だ。
だが、彼女にも問題はあった。
まず第一に、部下などには人望厚いが、どうにも他勢力には受けが悪い。
最たる理由は、彼女のワンマンっぷりか。
元々才能の塊とも言える曹操は、出来ないことを探す方が難しい。
少なくとも、大将、武将、軍師と大抵の役職をこなせて、料理も上手い、知識も幅広い。
それ故に無意識のうちに彼女は、己と同レベルの能力を周りに求めてしまう。
見方を変えれば、それは周りに自分以下という格付けをしてしまうことに等しい。
そんなこと、自尊心の塊のような者達に受け入れられる事ではなかった。
「――――華琳様」
「秋蘭。連合はどんな様子かしら?」
いつの間にか曹操以外が居なくなった天幕にやって来たのは、青髪の麗人、夏侯淵。
「どうやら、袁紹陣営が騒ぎすぎたようで、噂の段階ですが兵にも広まっております」
「そう………士気も下がってそうね」
「はい。このまま戦いとなれば、間違いなく負けます」
兵の強さや策の完成度なども、その根底には士気が必須だ。これが低い側が勝った試しなど殆んど無い。
精神的な面を軽んじる者も居るが、実力が伯仲であった場合、精神的に高揚している側の方が勝つことが多いのは戦争でなくとも当てはまる。
「何者かしら、ね」
「隠密で有名ならば、孫策陣営でしょうか」
「ええ。けど、彼処には麗羽を拐っても得は無いのよ。むしろ、雄飛を狙うならこの戦は外せない。功を焦るならまだしも、誘拐は百害あって一理なし、よ」
「ならば……」
「……いえ、可能性の話はするべきじゃないわね。それより、穴があるとはいえ、麗羽を拐った手腕…………良いわね」
「華琳様?」
「常々思っていたのよ。私の覇道には、表の貴女達に釣り合うだけの裏がない、とね。会ってみたいものだわ」
雌伏の覇王。雄飛へと向けての材料集め。
その一つとして、腕のたつ隠密を求めていた所でこの話だ。
強いもの、美しいもの、優れているものを好む彼女の目からすれば、人となりを知らない今回の犯人は優れた人物に思えていた。
知らないというのは、時に全く相性の合わないような相手すらも引き合わせてくる。
$
「――――つっかれた…………」
未来の覇王よりロックオンされたことなど知るよしもない楚梗は、死んだ目で空を見上げていた。
座っている切り株の傍らには、びしょ濡れで気絶した袁紹の姿もある。
あの後、どうにかこうにか流される彼女へと追い付き、溺死寸前で引き上げることに成功していた。
その代償として、体力とメンタルをごっそり持っていかれたのには目をつぶろう。
「はぁ…………厄日だ」
携帯用の酒甕を飲み干し、投げ捨てた楚梗は縛り直した袁紹を担いで立ち上がる。
水に濡れているために、彼女に触れる肩の部分が湿っていく不快さに彼は眉を潜め歩き始めた。
川を下るというのは、彼のプランには無かったことだ。熊に追われたことも合わせるとけっこうな遠回りをしてしまったことになる。
「ま、着いたがな」
暫く歩いたその先、崖の縁に立った楚梗。
彼の視線の先には、小さくだが目的地である街が見えてきていた。
直線距離で数キロ。道を選べば十数キロ。楚梗が選ぶのは、断然前者だ。
といっても、真っ昼間に堂々と入り込むつもりはない。
美学などではなく、効率の問題だ。
まず、夜間に入り込むのは警備の穴を突きやすいため。そして、交渉する際には当事者のみで向かい合って話し合う。
前者は理由そのままだが、後者の場合は悪意ある第三者の介入を防ぐためのもの。
交渉でも戦争でも、漁夫の利を狙う第三者が脅威であることに変わりはない。
特に、交渉は己の弱味を、戦争は疲弊したタイミングをそれぞれ衝かれる可能性があるため尚更だ。
その為この場合、適当な空家か洞窟で時間を潰すのがベスト。
先程の川流れの一件から袁紹の側を軽々しく離れられないことを、楚梗は学んでいた。
一応、気絶させる手段は持ち合わせているが、元々は殺し専門の彼にとっては面倒この上ない。加減を少し間違えるとポッキリ殺ってしまいかねないからだ。
閑話休題
とにかく、この珍道中はそろそろ終わる。
その終着点の街、洛陽で