金になるから殺っちゃうのさ 作:拝金主義の暗器使い
皆様に感謝申し上げます
洛陽。大抵の国の首都は発展していることが殆んど。
この都も例に漏れず、治安もそこそこ、治めている者の手腕が良いのか、皆が笑顔だ。
だが、ここ数週間ほどはバタバタとしていた。
原因は、謂わずもがな反董卓連合の集結。
元々腐った泥船のように暗澹たる穴蔵のような、蛇蝎の巣窟が中央というもの。
その対応に駈られていた軍師である賈駆が気づいた頃には、既にどうしようもないほどに大局は反董卓連合、つまりは袁紹側へと傾いていた。
彼女らの取れる選択肢など最早抗戦のひとつのみ。それも、トップである董卓が帝を見捨てられないが故の抗戦だ。
救いは、彼女等の治める範囲で反董卓連合に着くような者が民の中で出なかったことか。
もっとも、その他の将などは一部を除いて連合に参加するか、若しくは日和見を決めての静観であった。
どうしようもない。詰んだ将棋盤に待ち受ける未来など勝者が敗者を摘み取るだけだ。
本来ならば。
「――――動いていない?」
連絡役の報告を聞き、賈駆は首をかしげた。
この日は、戦争の開始であった筈だ。だが、蓋を開けてみれば、相手は動かず固まったまま。
さすがに、この事態は彼女にも読めなかった。
何故動かないのか。外野であり、その光景を肉眼で見る術を持たない故に、状況判断が行えない。
かといってそれを憂いて、都を留守にすれば蛇蝎共が瞬く間に権力中枢を乗っ取ってしまうことだろう。
「………急いで虎牢関から、張遼、呂布、陳宮の三人を連れてきてちょうだい。指揮は副官に任せるように伝えて」
「はっ!」
とにかく、情報を擦り合わせねばならない。
本来ならば反董卓連合と対面している、汜水関の華雄を呼ぶべきかもしれない、が賈駆は華雄との相性が悪いのだ。
何より、猪武者は動きは派手だ。折角相手が止まっているのに、動きすぎて手薄になった事をバラしては意味がない。
閑話休題
出ていった部下を見送り、賈駆はため息をつく。
彼女、どうにも勝ち運に見放されている。
権力を得たからか、あるいは生まれながらか。とにかく、運が悪い。
何をやっても裏目裏目。どうしても、彼女が何かをすると悪い方向へと進んでしまう。
それでも折れなかったのは、親友であり、主でもある董卓のため。
彼女を護るため、賈駆は進んできた。
それでも、運が絡んで事態が悪化すれば泣きたくなる。
彼女にとって、運も実力のうち、という言葉ほど残酷なものはない。
賈駆という軍師の力は、諸侯の軍師を比べても勝るとも劣らない。
むしろ、ぬくぬくとした地方の軍師など歯牙にも掛けない智謀を誇る。
だが、そんな彼女を阻むのが運。高いステータスの全てを合わせてもマイナスを発揮するバッドステータス。
賈駆の人生の大半を、損に回らせる要因。
だからこそ、今回も思考し、疑う。
何故敵が動かないのか。反董卓連合の首魁である袁紹は目立ちたがり屋であり、それが原因で今回に至ったことは、賈駆の頭脳を持ってすれば容易く導き出せる事であった。
そんな彼女が勝てる戦いを前に、待てをするだろうか。
少なくとも、賈駆の得ている情報から導き出した袁紹にソレは当てはまらない。むしろ、周りを差し置いて突撃しかねない。
ならば、その他が押さえているのか。
この考えにも、賈駆はバツをつけていた。
連合の主な戦力は、その全員が少なからず出世を求めて参戦している。故に、その中でも一番槍をとって、尚且つ敵に大打撃を派手に与える事を皆が狙っていると言っても過言ではない。
となると消去法で、連合内でトラブルが起きているということになる。
そこからが、分からない。
賈駆自身も仕掛けていないし、仮に仕掛けても機能しない、若しくは利用される可能性が高いため、彼女は中入りや内部工作等はしないのだ。
ここで、補足。
まず大前提として、賈駆は運が悪い。彼女主体で事を動かす場合は悪い方向に進みやすい。
注目すべきは、運の悪さ、ではなく彼女主体で進める、という点。
つまり、賈駆が意思をもって進めれば悪い事態を呼び込むというもの。
逆に言えば、彼女主体で無いならば、それこそ他者からもたらされるものならば、ある程度の緩和は見られるということ。
「霞達が来るのは、早くても夜になる、かな。それまでに、ボクも情報を集めないと」
ようするに、彼女は幸運を掴めないが、ソレに近いものが転がり込んでくることは、あるということ。
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誘拐というのは、昨今成功の事例が少ない。それこそ銀行強盗のレベルで少ない。
犯罪の前提条件は、バレないこと。
突発的なモノを除いて、計画する人間は犯罪の内容以上に、逃げるための算段を念入りに組まねばならないのだ。
対して、誘拐というのはやれば一発で表に出てしまう。
どれだけ脅そうとも、被害者側が警察などにポロリと漏らしてしまう可能性が有るからだ。
そして、銀行強盗が成功しないのは最近の防犯設備の向上にある。
入り口の防犯カメラ。カウンター下の警報スイッチ。衝立が多く並び、動きにくいオフィス。
他にも割れると悪臭とこびりつくペンキを内包したカラーボールなど。とにかく様々だ。
何より、警察の動きが速い。大抵は10分以内に出動から包囲までをやってしまい、更に時間が経てば経つほど、人員が補充されていく。
囲まれる、というのはそのまま動きを止めるだけではない。逃げ場を潰し、補給路を潰し、煮るなり焼くなり好きにできる。
因みに、後者を解消するために人質交換などがある。
長々と列ねてはみたが、つまりは現代でこれらの犯罪が成功しにくいことをここに記す。
ならば、それがこの漢の世界ならばどうなるか。
結論で言えば、ザルだ。
警察組織に近いものは、軍が在るが彼らは他勢力への対応に割かれており、そもそも誘拐とお偉いさんがつるんでいることなどザラにある。
端的に言って、腐っている。政治腐敗という奴である。
そんな腐った政治家などに効果があるのは、袖の下。所謂賄賂だ。
彼等は賄賂を溜め込み、私腹を肥やす。
「ま、だから簡単に入り込めるんだがな」
ここは洛陽、悪徳官吏の豪邸だ。
楚梗はというと、この豪邸の中に居た。
何も金を払ったわけではない。彼は屑だが、屑ゆえに、屑に金は払わない。
ただ、正面から“お邪魔した”だけだ。
「~~~っ!~っ!~っ!」
「うるっせぇなぁ、ちと黙れよ」
椅子代わりに尻に敷いた布の塊が何やら騒いでいたが、楚梗が叩くと静かになる。
屋敷の中でもここは取り分け広く、そして豪勢だ。
異国からの調度品。貴重な紙を用いた書物。虎の毛皮。象牙。その他諸々、贅の限りを尽くされた、そんな部屋。
補足すると、本棚の裏に隠し扉が存在しており、その奥には屋敷の主の趣味をふんだんにぶちこんだ、烏賊臭い部屋が待っていたりするのだが、楚梗はノータッチだ。
何より、この部屋、というか屋敷全てが隠し部屋レベルに臭い有り様となっている。
主に、鉄の臭い、たまにゲロ。更に便の臭いか。
元々、後ろ暗いことをするこの屋敷は閉鎖的であり、それは周りも同じこと。酷い臭いがしても実害をもたらさねば、何も言われることはない。
つまり、この屋敷の住人が軒並み血の海に沈んでいようとも、それは周りにバレることがないということであった。
「お、これ旨いな」
それをなした楚梗はというと、いつもの通りだ。
本来ならば、彼はここまでの事をする気など無かった。
ただ、少し納屋か何かを借りるつもりだったのだ。
その過程で、小腹が空き適当に食料庫を漁ろうとしたのが運の尽き。
らしくもないケアレスミスにより、その中で今まさに暴行を働こうとする屋敷の主と、暴行を働かれようとしている女中の姿があったのだ。
硬直する両者。先に動いたのは、楚梗だった。
布の塊改め、袁紹を担いで使えない右腕に代わり、左の袖に二本のクナイを落とし、間髪いれずに投擲。
飛来した凶刃を防ぐ手立てなど二人にはなかった。
一本は、男の喉に、もう一本は、女の喉に、それぞれ深々と突き刺さっていた。
隠密の鉄則、見られたら殺れ、である。そこに善人である悪人である、被害者である被疑者である、は関係がない。
見敵必殺ならぬ、見自必殺。
何人たりとも、己の悪行、見られたからにはぶっ殺す、が合言葉。
理不尽だろう。そして、それを阻もうとするならば余程の手練でなくてはならない。
それから楚梗は、目につく者を片っ端から殺していった。
元々、楚梗からすればこの屋敷の主人が屑である事は直ぐに把握できた事。彼からすれば、屋敷の住人も等しく同罪だ。
一つ屋根の下、どれだけ隠そうとも主が何かしている事は気付く。使用人の部屋も確認済み。楽しんだ形跡が少なからずあった。
そして、いつの間にか私兵すらも殺し尽くし、今に至る。
血みどろの屋敷。普通ならば長居したくないが、そもそも夜まで動く気の無い楚梗からしてみれば良い隠れ蓑だ。
何より、溜め込まれた質の良い食材や酒、書物など、暇潰しには事欠かない。
そのまま頭付きの虎の毛皮に寝そべれば直ぐにでも夢の世界に入れそうなほど居心地が良い。
ふと、拠点の一つにでもしようかとも考えた。しかし、建物というのは人が住まないとダメになる。主に、湿気や白蟻。
何より、現代の家と違い、この時代の建造物は隙間がある。そこから雨風による浸食や埃の堆積、その他諸々etc.
定住する気が無いならば、在るだけ無駄と言える。
「――――ん?」
干し肉を一切れ咥えて本棚を物色していた楚梗は、有るものを見つけた。
それは、所謂台帳。それも後ろ暗い内容ばかりだ。
本来、この手の代物は隠すものだ。しかし、この家の主はどうやら慢心していたらしい。
ペラペラとページを進めていくと、その中には大物のやり取りも書かれていた。ついでに、やり取りした商品もヤバイモノが多数。
媚薬や媚香など序の口。奴隷や武器、食料、金銭、船、馬等々。
取引先も洛陽内に留まらず、様々な州へとその網は拡がっていた。
しばらく読み進めた楚梗は、そこであることに気が付く。
「…………地図」
彼が取り出したのは、州が大雑把に記された簡易的な地図。地形や町の名前など、細かいところまで描かれた代物は、基本的に国が牛耳っているため、庶民には出回らないのだ。勝手に描くことも禁止されている。
楚梗は、地図を広げるとその上に指を置いた。
そして、帳簿片手に何かをなぞり始めるではないか。
「ここがこうで…………ここが、こう。ってぇと、これが………こっちか」
爪の先で薄く傷を付け、竹製の地図にはある模様が刻まれた。
それは縦横無尽に張り巡らされた、蟻の巣や蜘蛛の巣のように幾何学的。
「こいつ一人、な訳ないか。とすると、商人の方か?」
ブツブツと呟く楚梗。珍しくも、彼は頭を回転させていた。
いつの間にか座り込み、片膝を立てた胡座を組んで、床には地図と帳簿を並べる。
「荊州………劉何とかが居るとこ、だったか?」
コツコツ、と竹簡の地図を叩き楚梗は更に思考を回す。
「銅か。とすると、銅貨?経済を握る為…………成る程、商人が手を貸す訳だ」
事、金に関しての彼の頭はよく回る。
「なら、袁本初の後ろには商人?財力と権力は、等号だ。袁家は金持ちだったな。それじゃあ―――――」
頭の中で仮説を描いては消しを何度も繰り返し、楚梗は粗を削っていく。
とはいえ、元々頭脳労働が得意なタイプではない彼だ。無い頭絞り尽くしても数手先を読みきったような神がかった神算鬼謀を発揮したりはしない。
ただ、正確な情報を得ることが出来たなら思考する程度問題ない。
「―――――ケケッ、よし、良い情報だ。良い値段で売れると良いがな」
精査した情報と、仮説を纏めて竹簡に書き込んだ楚梗は、それを丸めると紐で括って纏めた。
金になる情報だ。そして、それ以上に面白い、と彼は感じていた。
時代が動けば、経済も大きく動く。経済が大きく動けば、そこに儲け話も転がるというものだ。
儲け話。そして、楚梗にはその儲け話に乗れるだけの情報がある。一枚噛むだけでも莫大な利益をもたらす可能性が有る。
そこに血も流れるだろう。しかし、彼は気にしない。自分に降りかかる火の粉でなければ興味もない。
例えその過程で、百万斗の血が流れようとも楚梗という男の欲望を止める事など不可能なのだから。