「じゃ、お前の話からしてもらおうか」
「……?」
メディは自分のうしろを見てみるが、誰もいない。
なるほどカチーノに今日は用があったのだろう、メディはばたーんと倒れたレラをソファまで運ぶと、身体で抱いて眠らせたままにしてふたりの行く末を見守った。男女の機微は元々キカイであった自分にはわかるまい、だがお互いの心拍数がそれほど上昇していないのを見ると手慣れているのだろう。
一年もすれば身重のシャルはここに住まうようになるに違いない。
メディはデータベースから神に祈りをささげる作法を検索すると、十字を切った。
「お前だお前、それになんだその動き方、天使さまへの祈りってか?」
「運に天を任せるのは最後の手段」
「そいつは殊勝なこって」
しばし、二人に沈黙が流れる。あとは二人に任せよう、とばかりにカチーノはグラスを磨きながら推移を見守り、やがて二人が同時に言い掛けた瞬間、メディが先んじて言葉を投げかける。シャルは口をへの字につむいだ。
「キカイはヒトを優先する、先に」
「だったら言わせろよ……そのキカイってとこもだ、お前、隠してるとこあるだろ。別にお前さんと仲良しこよしってほど付き合いが長いワケでもねーけどよ、ウチのシマで寝泊まりして同じ釜飯食うんだ、腹に一物隠してるってのーぁあたしゃ気に入らねーって言うヤツだよ」
「……心拍微上昇、メンタルコンディション維持。でも目の動きにやや異常。
嘘をつくのに慣れているヒトの素振り、もしくは隠し事」
「……ホントにお前らワケわかんねー」
はぐらかすように、目を泳がすようにシャルは吐き捨てる。
一挙一動、すべてを見られているとなれば気分がいいものではないだろう。
一方、メディのほうも少し目を泳がせたあと、またシャルに目を向けた、視線がいっさいぶれないことがなんとも人間離れした空気を醸し出しシャルはまたチッ、と舌打ちする。ただ調子を崩されたのはそれに、行儀が悪いとわざわざ指摘されたことだった。
「……別に話してもいいんだケド」
「だったらもったいぶるなよ」
「……アタシ、”キカイ”だから、タスク優先度があって。レラにアタシの正体については隠すよう言われたからいまはそれが優先、割り込み命令には上位者の権限が必要……最優先はヒトに尽くすこと、傷病者の治療」
「なんだそりゃ、こいつに股開けって言われたらすんのか?」
「ちょっとシャル、僕はそんなことしないよ!」
指で差されて名指しで不埒なシチュエーションを想起させられたカチーノはあわててシャルに訂正を求める。メディは確かに人間離れした空気と格好をしているが確かに、まさに”人形のような美少女”だろう、まさしくヒトに造られた理想のような。
彼女に言い寄られたら自分も下心を隠せはしないかもな、とだけカチーノは心に隠した。
「ロボット五原則に従い、倫理に反する命令は聞けないようになっている。
殺人、テロ、暴行、その他禁則事項。
条項はヒトに従え、ヒトに尽くせ、自らを守れ、ヒトを”殺すな” ―――最後に」
「その割にゃずいぶん派手にやったみたいじゃねーか、噂になってるぜオメルタの連中とやりあったって」
「………自己防衛の優先度は上」
「自己防衛~ね、まあ末端のごろつきから身を護るくらいじゃ奴らもなんもしてこねーだろ、とはいえこの街で連中にケンカ売るってこた相当勇気のいることだからよ、次、憎ったらしい顔つきが転がってても自分から仕掛けるのはやめとけ、連中なんでもやりやがる」
「……街の治安維持はどうなってるの?」
「彼らがそれをしてくれるから誰も逆らえないんだよ、メディちゃん。彼らが商業、公共工事、防衛、あらゆるものを担っているからこの街は彼らのものと思っていい……彼らは決して正義と言えないが、彼らなくして僕らは生きられない、本当にね」
「ま、そんなこった」
シャルはグラスを傾け、カチーノは少し歩くと柱についた傷に触れる。
店内には他にも至るところに傷がついており、それが、決して穏便なものでないことを察させた。
「で、お前のことは話さねえってか?」
「……優先度変更には上位者権限が必要、レラより上位者の」
「……お前らのセンパイでしつけ任されてるあたしの言うことでもか?」
「うーん、うーん……?」
ぐるぐると、頭を悩ませるメディ。
キカイであったころなら突っぱねることのできた命令や権限といったものが、ヒトの身体を得たことで曖昧になっているのを感じるとどうしても、どう考えてもいいかが自分、個人の裁量に任されることになるのだ。
ココロはなんとなく揺れ動いても、身体に染み付いた何かが命令を遵守させる。
だがメディはあれこれ考えたのち、この”適当な理屈”を実行するに至った。
彼女が自分の裁量で考えられるほど、彼女は熟していなかった。
「……わかった、シスター・シャルに権限を与える。情報を開示」
「もっと平たく言ってくれ」
「えーっとえーっと……アタシのこと、話す」
「よしきた」
ぱんっと手を叩き、おかわりのグラスを喉に流し込むとどかっと脚を膝に載せる。はしたない格好だよ、とカチーノが投げかけるがうるせえっと一蹴しシャルは、レラの頭を手頃なタオルをくるんで作った枕に載せ立ち上がったメディの言葉をにまにまと待った。
「メディカルユニット
「待った待った待った」
「不足でも?」
「ちげーよちげーよ!言ってる意味がわっかんね、わかんねー!重さもお前あたしより上だろうし身長もその三倍はあるだろ!それに用語の意味がわかんねーよ!その、ろぼ…めでぃ…メディ、めでぃかるゆにっと?お前の本名か?いやもうわっかんね」
「……いろいろ見てきたけど、ちょっと僕にも理解が」
「……見てもらった方が早い」
困惑し、テーブルをバンバンと叩くシャル、首をかしげるカチーノ。
それにメディは一言で返すと、距離を少しとって自ら――― ”変身”した。
「っ…!」
「…これは」
メディの全身が赤白い光に包まれ、それが終わるのちに残るのはひとつの異形だ。
かつては日常にありふれていたかもしれないが、いまこの世界では異形。空中に静止し赤い目をぎょろぎょろと回し、歪な角ばった翼と細長い手を一対持つ異形、それが突如として平穏な店内に現れたのだ。
シャルはとっさに腰のダガーナイフに手をかけ、カチーノもカウンターの下にあった小杖に手を触れる。だがそのころあいで彼らの”スキャン”を終えたメディは、変身を解いてもとの姿に戻った。
あとには光の粒子が残り、やがてクズ魔結晶のライトしかない薄明るい店内でまたたいて消える。赤白い粒子がきらめくメディの姿は可憐で儚く、身体を抱いたいつものポーズをとりなおした彼女は、驚きに動くシャル達にふたたびその黒目を送った。
「……お前、何だ」
「……アタシはアタシ、でもアタシがわからない」
「メディちゃん、今のは…”モンスター”でいいのかな?」
「……少なくともアタシの時代に、アタシ達がそう呼ばれたことはなかった」
「じゃあなんだってんだ」
メディは話す。
自分がいた時代のこと、自分がロボットであること。
すべてを話すには彼女は口下手だしなにより、シャル達の理解が足りなかったために断片的にしか伝わらなかったがそれでもなお、彼女という存在を理解させるには十分だった。大衆を騙すには大きな嘘、というように、スケールが大きすぎると逆に信ずるに値するのだ。
証拠があれば尚更だ。
シャルとカチーノは情報量に待ったをかけ、メディを止める。
放っておけばいくらでも話すものだと、理解が追いつかないだろう。
「あーっじゃあ!!お前は!!ゲッホゲッホ……おまえ、は!天使さまの時代の前に生きてたヤツってことかよ!!?」
「厳密には違う、アタシはキカイ、キカイのロボット。ヒトに造られヒトのために働き、ヒトに尽くして生涯を終える存在。プログラムされた行動以外はできず、そのためだけに動いている……はずだったんだ、ケド」
「突如肉の身体を得たってことだね、またそれは……神妙な話ではある」
「だからアタシはアタシがわからない、元々合金板とケーブルだけの存在だったアタシがいつ眠りについて、何年寝ていて、そして今なんでようやくヒトの身体を得てこの世界に蘇ったのか、アタシには何もわからない。だからそれが知りたい」
「……スケールでっけーぇ話になってきた、あ、いや待てよ」
そう言うと、シャルはえへへー、と寝言をつぶやいて寝ているレラに目を移す。
……あれ、あられもない、毛布をかけられていたレラの服はいつしか既にない、裸の身体のままだ。だがそれにあっけをとられて眺めてしばらく……レラの身体にふたたびの変化が起きた。
「げっ」
狼の姿だ、彼女もまた、意識を深層深くに追いやられた結果”変化”が解けたのだった。
あとに残るは純白純銀の狼、シルバーファング。人に仇なし人を食らう、怪物の姿。
「シルバーファングだって!?レラちゃんが…まさか、その」
「犬っころみたいだって思ってたらホントに犬なのかよ!いや狼! ……噛まないよなっ、赤いの!」
「レラはいい子」
「……信じるけどよ…あー…でっけーサイズの話がいっぱいで頭がぐるんぐるんだ…とかく赤いの!シルバーファングが街中にいるなんて知られたら問題だぞッ!どうにか戻せねえか!」
「起こせば戻る」
「おらァ!!」
おっかなびっくりおっそろしや、シャルは狼レラのかぶっていた毛布をひっくりかえす。きゃいんというまさに犬、犬っころ、ベストオブ犬な鳴き声が響いたあと、その”シルバーファング”は再び青白い光に包まれ、そこにはもとの服を着たレラが耳をぴんとさせて周りをびくびく見回していた。
「メディちゃん、わたし寝ちゃってた!?」
「すごく」
「……もしかして」
「大丈夫、みんなに教えた」
「わぅぅ…」
ぴんと立っていたお耳がぺたん、傍目にも意気消沈、が伝わる。
それからレラはきゅんきゅんと言わんばかりの犬の仕草をしつつ、シャル達と目を合わせた。
「……北方にオオカミ少女の噂があるが、本当だったのか…」
「んなこたあとでいい、犬耳の、お前も……”モンスター”なんだな」
「……うん、メディちゃんと”アニマ”って名前つけたの、ふつうの…”モンスター”と区別するために」
「……アニマ」
しばし沈黙が流れ、灯りのきらめきだけが揺れ動く。
レラの耳が小刻みに震えた。
「………とりあえず」
「とりあえず」
「お前らが”モンスター”だってなら、あたしゃほってはおけねえ、お前らは”何だ”?」
「えっ、えぅ」
「答えろ、犬耳」
シャルの視線は射抜くようで、それでいて疑いを含む。ここまで見てきた二人という存在だから、疑いきれないのだ、レラは少し溜めて、少し言い孕んで、ちょっとだけ足踏みして。それから少しだけ前に進むと、言葉を紡ぎ始めた。
「わたし、わたしは確かにモンスターかもしれないけど、けど」
「けど?」
「わたし、ヒトのことがまだよくわからないかもしれないけど」
不器用に、自分なりに考えを、紡いでいく。
「わたしはきっと、わたしを助けてくれたヒトに会いたくてこうなったんだとおもうから、そんなわたしを拾ってくれたおじいちゃん達に触れてヒトが好きになったんだとおもうから、そんなひとたちを見たくてヒトの世界に飛び込もうって思ったんだとおもうから」
「綺麗な言い分だ」
「キレイゴトなのかもしれないけど!でも、わたしはそうやってヒトを知りたいの、ヒトと触れあってヒトを学んで、ヒトの世界で生きたいの!まだわたしはヒトになった理由もあいまいにしかわかってないし、ヒトをよく知らない、けどいまやりたいことはきっとほんとなんだっておもうから、だから」
「わたし、ヒトになりたい」
射抜くシャルの目を見返し、強く言い切る。
シャルの目線が鋭く尖る鏃なら、短く紡いだその言葉は振り下ろす切っ先だ。多く言葉を使って人を説得することは人の特権だろう、獣にはない、獣から這い出た存在にもまだない能力だ、だがそこに宿る想いだけが確かなものなのだと、彼女はその一言だけ、シャルに確かに響かせた。
「……なるほどな」
「わたし、口下手でごめんなさい…」
「三枚舌な狼男がいて困るか、いや狼女か、いややっぱちまいから犬娘だ、お前やっぱ犬耳」
「わたし狼ですわぅわぅ」
「まあいいや、お前らにあたしらを取って食う気がないってんなァよーくわかった」
「じゃ、じゃあ!」
「た、だ、し!あたしがお前らの監視役は継続だ、このこたマザーにも言えねえからあたしがしっかり見てやら。寝首を掻いたらぶっ殺すし引っ掻いたら毛皮にして吊るしてやる、ここに肉とか柔らかくてうまそうだしな、なあ?」
「……肉食動物の肉は味覚的な魅力はない」
「わぅ、あぅ!わたし毛皮になりたくないですわぅわぅ!」
レラの頬を両側から引っ張り、揉んでさすってこねくりまわす。
ただでさえ原型を保って白い肌が赤みがかり、レラはあぅあぅと、シャルにいいようにされていた。
「ってーわけだ、まあカチーノのヤツにも感謝しとけ、ここで血生臭いことするのは気が引けたってのも理由だからよ」
「カチーノさんありがとうございます!わたしなにかお礼しなきゃ…」
「いや僕はなんにも……しかし非常に興味深い、今度いろいろ調べても、ああいや聞いてもいいかな。これは学術的な要素で……」
「カチーノ」
「ああ、ごめんシャル………学者肌っていうのはこういうときに興奮するものでね」
「こーふん……」
身体を抱えて引き下がるレラ。
実際のところ意味はわかっていないのだが、こうするものだと聞いたことがあった。メディもならって同じことをするが意味はわかっていない、儀礼的なものだ、興奮を鎮める儀式である、興奮の神よ怒りを鎮め給え。
必死に弁明するカチーノをスパイスにシャルが酒をまた
それはすこしあと、場に変化が訪れるまで続いた。
(´・ω・`)うぉオん地の文むつかしい