家光とまさかの大喧嘩です。
標的8:その男、
ある日の昼頃。
次郎長は子分を数名引き連れて町を闊歩していた。
「ったく、困ったもんですなオジキ!」
「オジキの名を騙ってデカイ面するろくでなし共を血祭りにしやしょう!!」
「そうかっかすんな……だが面倒なのは事実だな」
次郎長は呆れた表情を浮かべる。
ここ最近、並盛町中で溝鼠組と次郎長の名を騙るドグサレ共が増えている。それも厄介なことに、一定の時間に同時多発的に行われているらしい。どう考えても組織的な犯行だ。
次郎長は譲歩や妥協こそするが誰かの下で働いたり従う気は無いゆえ、周りに敵を作りやすい。しかも大抵が力で捻じ伏せているので恨みも買いやすい。それぞれの利害が一致し、いがみ合う勢力同士が手を組んで共通の敵を倒そうとする動きは裏社会でもよく起こる。
(それに……奈々が巻き込まれる可能性もある)
一番の問題は、その矛先が奈々にも向けられるかもしれないということだ。
次郎長は並盛町を護るという意志の下に仁義を貫く昔気質の極道。違法行為をしてもカタギには手を出さず、弱い者を助け強い者を挫く、時代劇に出てくるような質の一昔前の
だが今時の暴力団という現代のヤクザは、暴力や脅迫で資金を集め組織を拡大させている。法的定義や世間一般の認識では極道も暴力団もイコールであるが、極道と違って相手がカタギでもお金が取れると思えばあの手この手で搾り取るとされている。この町で根を張っていたかつての桃巨会も、極道というよりも暴力団であり、カタギを狙った暴力・脅迫も多かった。
(人徳や義理人情、カタギに対してどれだけ誠実になれるか。真のヤクザ者にはそれが求められる。ヤクザの風上に置けねー連中がオイラの名を騙るのは気に入らねーな……)
次郎長は自らの名を騙るろくでなし共に怒りを覚えながら、奈々が働く喫茶店へと向かう。
すると――
「オジキ!! アレを!!」
「……やはり厄介事になったか」
次郎長達の視線の先で、チンピラ達が地に伏していた。
その中で立っているのは、一人の金髪の男。その後ろには奈々が彼の背に隠れており、チンピラ達が金髪の男によって返り討ちに遭ったことが容易に窺えた。
「お前さんが次郎長かい?」
次郎長一家と対峙する、金髪の男。
スーツ姿だがガタイがよく、事務よりも現場で働いているらしく、相当の修羅場を潜り抜けているのかその眼光は鋭い。
「ヤクザ者ながら町に手を出す人間を跳ね除け力で護っている大した男だと聞いてたが……もう少し部下の教育には気を配った方がいい」
「い、家光さん! これは違う人よ、タッ君の知り合いじゃない」
「そうなのか?」
奈々の言葉に、家光はきょとんとした表情を浮かべる。
彼女曰く、ここ最近次郎長の名を騙って大きい顔をする柄の悪い人間が増えてるようで、町の住民だけでなく次郎長も困っているところだという。
「だから家光さんがやっつけたのは、タッ君がやっつけようとした人達なの」
「そうなのか……」
「そういうこった。オイラは生憎カタギに手ェ出すようなバカな子分を持った憶えはねーんで、なっ!」
次郎長は前に出て、呻くチンピラ達を蹴飛ばした。
車に撥ねられたように吹っ飛んでいくチンピラ達に、家光は瞠目する。
「フザけた連中にそろそろケジメつけなきゃならねーと思ってたんだが……気が変わったぜ」
次郎長は腰に差していた刀を子分の一人に預けると、家光に喧嘩を売った。
「今日はカタギと
伝統・格式・規模・勢力……全てにおいて別格と言われるイタリアの最大手マフィアグループ「ボンゴレファミリー」。そのボンゴレファミリーには、一般企業を装う一方で非常時にはボスに次ぐ権利を持つ門外顧問が率いる「
家光――いや、沢田家光は、20代前半という若さでその
そんな彼が並盛で出会ったのが、奈々という女性。彼女の明るく朗らかな性格にベタ惚れとなった家光は積極的にアピールし、どうにか気楽に話し合える程の仲にまで進んだ。それと共に、家光はある男の話題を耳にするようになった。
それが、泥水次郎長。
並盛の頂点に君臨する若き
何より最大の衝撃が、彼と奈々が同級生であることだ。次郎長は奈々を呼び捨て、奈々は次郎長をどういう訳かタッ君と呼び、極道と喫茶店員という色んな意味で正反対の道を生きながら、今でも親交がある。家光は奈々が働く喫茶店の常連になりつつあるが、デートに誘う度に「タッ君と相談してみる」と言っていた。次郎長と奈々には、確かな信頼関係があるのだ。
そして、その当の本人が数人の子分を引き連れ自らの前に現れた。浅黒い肌、銀髪に近い白髪、吊り上がった灰色の瞳、黒の派手な着流し、長い赤の襟巻……インパクト抜群の
「フザけた連中にそろそろケジメつけなきゃならねーと思ってたんだが……気が変わったぜ。今日はカタギと
次郎長にそう喧嘩を売られた家光。
仕事柄ゆえにマフィアと任務で戦うことは多いが、ヤクザとはいえマフィア界の人間以外に喧嘩を売られることは少ない。だからこそ、喧嘩を売られたのは新鮮であった。
そして何より……。
(これは奈々へのアピールのチャンスじゃないか?)
家光は奈々とのお付き合いで頭がいっぱいだった。
「……いいぞ、受けて立ってやる」
*
次郎長と家光。対峙する二人の男。
互いに不敵な笑みを浮かべ、拳を強く握り締める。
「いくぞ」
次郎長がかけ声をあげると同時に、決闘の合図が鳴る。
地を蹴った二人が駆け出し、開いていた距離は瞬く間に縮まる。
次郎長は一撃必殺とも言えるお得意の拳骨を放とうとするが、それを見越したかのように家光は近づく体を回転して裏拳を打ち出した。拳は首元に直撃し、衝撃と痛みで次郎長の表情が強張る。その一瞬の隙を見逃さず、家光は左腕を放ち腹に鋭く重い打撃を叩き込んだ。
「おおおっ!」
家光はさらに拳を連打させ、正面に跳び蹴りを放つ。
しかし、相手は並盛の王を自負する次郎長。そこいらのチンピラやゴロツキとは格が――次元が違う。
「……
ガッ!
「っ!?」
次郎長は家光の飛び蹴りを、笑いながら額で受け止めた。
家光は驚きを隠せず、思わず放心してしまう。
「……おいおい、マジかよ……今の結構本気だったんだぞ?」
家光だけでなく、奈々や子分達、野次馬である町の住人達ですら息を呑んで言葉を失う光景。
そんな中、次郎長はただ一人口許を歪めた。
「俺はどうやら、おめーさんを見誤ってたらしい。本気出させてもらうぜい」
次の瞬間、肉眼で捉えることが困難な速さで拳が家光の顔面目掛けて振るわれた。
家光は咄嗟に両腕で顔面を隠して防ぐが、数多の人間を倒してきた鋭く重い拳骨の衝撃だけは回避できなかった。その結果、大きく後ろに飛ばされて地面に叩きつけられる。
家光は何とか立ち上がるも、彼が構える間も無く次郎長は距離を詰めラッシュを仕掛けた。
「オラオラァ!! さっきまでの威勢はどうしたァ!!」
(何なんだ、こいつ……!? 強いなんてもんじゃないぞ……!!)
反撃をすることもできず、視界に飛び散る赤い飛沫の中、苦虫を噛み潰す家光。
家光はボンゴレの門外顧問を務めるだけあり、その戦闘能力は非常に高い。だが次郎長はそんな彼と張り合える程の強さだった。力任せに拳を振るい猛反撃する次郎長に、家光は防戦一方になる。
しかし家光もやられてばかりという訳にもいかない。奥歯を噛んで踏みとどまり、腕を突き出し腹を思い切り殴った。
「っ……!」
次郎長が膝を突いた。
喧嘩すれば敵無しの次郎長親分が、
「オジキ!!」
「手を出すな、これはオイラの喧嘩だ」
焦る子分を宥め、平然と立ち上がる次郎長。
汗一筋も流さないその顔には笑みが浮かんでおり、どこか嬉しそうでもあった。
「やっぱり世界は広いな……俺に膝突かせた野郎はおめーさんが初めてだい」
「そうか。俺は強い男だろう?」
「ああ……その腕っ節は認めてやらァ。だが俺ァ奈々とおめーさんが付き合うのは認めねェ。てめーの素性をロクに明かさねー野郎は信用に値しねェ……たとえおめーさんがカタギでもな」
次郎長の言葉に、ぐうの音も出ない家光。
奈々にはマフィアの関係者であることを隠し嘘をついている。だが恐らく次郎長は、この喧嘩を経て家光が只者ではないことを――もしかしたら裏社会と繋がりがある人物だと察しているかもしれない。
だからこそ次郎長は認めないのだろう。たとえどんなに惚れていても、裏社会の人間がカタギの女を幸せにできる保証など無いと。次郎長は奈々の身の安全と今後の幸せな生活を考慮した上で彼女との関係を友人以上に深めなかったのだから、尚更だろう。
それでも――
「確かにお前の言う通りかもしれん」
「なら、奈々から離れ――」
「だが、奈々を幸せにするためなら命も投げ出すくらいの覚悟はある!!」
「――!!」
「……悪いが勝たせてもらうぞ!! 次郎長!!!」
ボゥッ!!
家光の額に、突如炎が灯った。
人間の額に炎が灯るという、人生で初めて見る光景に呆然とする次郎長。しかしそれは一瞬のこと……すぐさま拳を握り締め、笑みを浮かべた。
「覚悟か……じゃあその覚悟ってのを、この次郎長親分に見せてもらおうか」
「おうっ!」
互いにノーガード。
次郎長と家光は、この日一番の力を宿した拳を放った。
ドガァッ!!
家光の拳が次郎長の頬を抉り、次郎長の拳が家光の鳩尾を鋭く重く叩いた。
殴られた衝撃により次郎長は吹き飛ばされ、轟音と砂煙と共に建物の壁へと消えた。それに対し家光は腹を押さえ、胃の中のモノを吐き出しながら激痛に顔を歪ませた。
幸い家光が次郎長よりも早く攻撃できたため、ある程度威力は落ちたが、ダメージを負ったことに変わりない。しかし、それ以上に家光は精神的ダメージを受けていた。
「タッ君……?」
(し、しまった! 奈々が完全に引いている……!!)
顔を青くしてドン引きした奈々に、さすがの家光も焦り始めた。
強くてカッコイイところを見せようとしたが、考えてみれば相手はヤクザ者とはいえ奈々の同級生だ。同級生がボロボロの状態で血を流してたら、彼女にとってはトラウマとなりかねない。
一方、仰向けに倒れた次郎長の元へ駆けつけた子分達は、憤怒の形相で家光を睨んだ。
「おんどりゃああ!!」
「てめェ、オジキに何してくれとんじゃボケェ!!」
家光と子分達が一触即発になる中、不意に子分達を制止する声が上がった。
「いでで……いきなり何だ、あいつ超能力者だったのか……?」
『オ、オジキっ!!』
次郎長は何と起き上がり、今にも家光に襲い掛かりそうな子分達を制した。
常人なら戦闘不能になってもおかしくない威力の家光の猛打をモロに受けてもピンピンしている彼は、首を軽く鳴らしながら痛がる素振りをしつつ立ち上がる。さすがに無傷で済まなかったのか頭から血を流しているが、それ以外はこれといった重傷を負っていないように見える。
何よりもその眼差しは依然鋭く闘志も宿しており、その様子はまさしく手負いの獣。先程とは比べ物にならない、遠くにいながら肌をピリピリと刺激させる程の気迫に、家光は唾を飲み込み身構える。
だが――
「てめーら、引き上げるぞ」
『オジキっ!?』
「何……!?」
次郎長は
まさかの幕引きに、子分達は驚き家光は動揺する。
「オジキ、野郎をぶっ飛ばさないんで!?」
「バカ言うんじゃねェ、これ以上暴れたら周りにも被害が出るし奈々も限界だ。この続きは別の場所でまた今度だ」
「次郎長……お前……」
「溝鼠にも溝鼠の
暴れん坊である次郎長の本来の性格とも言える一面を垣間見て、家光は目を見開く。
すると、奈々が慌てて次郎長の元へ駆けつけた。先程よりは顔色は良くなったが、やはり心配なのか表情は曇ったままだ。
「タッ君、大丈夫なの……?」
「はっ……この次郎長がどこの馬の骨とも知れねー野郎のパンチでやられるかよう」
殴られた箇所を擦りながら、次郎長は家光を見つめる。
「そういやあ、おめーさん本名は? 家光しか知らねーんだが」
「……沢田。沢田家光だ」
「沢田家光か……オイラは泥水次郎長、本名は吉田辰巳だ」
「吉田辰巳……辰巳……そうか、だから〝タッ君〟か」
次郎長がなぜ奈々からタッ君と呼ばれてるのかがようやくわかったのか、スッキリとした表情を浮かべる家光。
そんな彼に、次郎長は一言告げた。
「おめーさんの覚悟ってのは何となくわかった。だが最終的には奈々が決めること……腹を割ってありのままを伝えるこったな」
「!」
次郎長は不敵に笑い、そのまま子分達を連れて去っていった。
それと共に野次馬として集まっていた人々が次々に去っていき、数分後にはいつも通りの並盛の日常になった。
「腹を割ってありのままを、か……」
何かを決心したのか、家光は奈々の元へ向かい、両手を彼女の肩に置いた。
「家光、さん……?」
「奈々、大切な話があるんだ……」
一週間後、家光との喧嘩でケガを負った次郎長の元に奈々からの手紙が届いた。
――結婚を考えることにします♪
「何でだァァァァァ!? 何で一週間でこんなに進んだんだァァァァ!!」
次郎長の絶叫が、周囲に木霊したのだった……。
リボーンの初期のぶっ飛んだギャグをマネてみたら、最後がぶっ飛びました。(笑)
次回もお楽しみに。
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