メタ発言が飛び交います。
「奈々! コイツは
家光との喧嘩から二週間。ケガが完治した次郎長は、喫茶店で休憩中の奈々に詰め寄った。
一週間後に来た衝撃の手紙は、次郎長の怒りと困惑を誘うには十分すぎた。だからこそ、次郎長は事の顛末を聞きに詰め寄ったという訳であるのだが――
「あらタッ君、どうしたのそんなに慌てて?」
「何を呑気なこと言ってんでい、これは大問題だぞ!! 手紙が来るまでの間に何があったんだ!? おかげで「寝取られだと思った」って0点評価ついちまったわ!!」
「オジキ、落ち着いてくだせェ!! あと発言がメタすぎます!!」
「大丈夫よ、家光さんはいい人だから♪」
「オイラとしちゃあ色んな意味で不安要素しかねェけどな!!」
激昂する次郎長とそれを必死に宥めようとする杉村に対し、奈々はそれがどうしたと言わんばかりのすまし顔。それどころかいつも通りの朗らかな笑みすら浮かべている。
次郎長の並々ならぬ剣幕に周囲が慄く中、きょとんとした表情で対応する奈々はさすがと言うところだろう。
「そもそも野郎がいい人だって、どういう根拠だ!?」
「そうね……タッ君と喧嘩したあの日、家光さんこう言ったの」
――奈々、俺は今ボンゴレというマフィアの門外顧問……要は大企業の第三者委員会的な組織のトップとして働いているんだ。普段は海外にいて中々会えないかもしれない。でも俺は、必ず奈々を幸せにする!! だから付き合ってくれ!! くれじゃない、ください!!
「ボンゴレっていう名前の大企業の顧問として働いているの♪ マフィアって商事会社の一種らしいけど、カッコイイじゃない?」
「
「オジキ!! お気を確かに!!」
ついに頭を抱える次郎長。だが正直な話、家光と奈々が交際を始めたことに関して次郎長は寝取られたとは言わないし、そもそも思っていない。
確かに奈々に好意を寄せていたのは事実であり、恩義もあった。しかし自らが
だからこそ次郎長は、奈々には裏社会の人間と夫婦にならず、カタギのまま幸せになってほしいと願って彼女から手を引いたのだ。奈々から手を引いたことに次郎長は後悔など微塵もしていないし、自分から手を引いといて寝取られたなどと女々しい言葉を吐いては、
「っつーかあの野郎、腹割ってありのままを伝えてねェじゃねーか!! 何が大企業の第三者委員会的だ、要はフロント企業じゃねーか!!」
奈々の証言によると、家光はマフィアの関係者ではあるが普段はあまり接点は無いような告白だったようだ。
しかし家光の告白を要約すれば、「自分はフロント企業のトップです」ということである。家光が属する組織の活動内容や資金源はともかく、マフィア関係者である以上は一般の企業倫理や取引常識とはかけ離れた営業活動であるのに変わりはない。
「クソ……おい、それと手紙に書かれていた「結婚を考えることにします」ってどーいうつもりだ?」
「あら? 交際を始めたら結婚を考えるのは当たり前じゃない?」
「そりゃそうかもしれねェがよう……クソ!! 奈々、家光はどこだ!?」
「今朝急用でイタリアへ帰っちゃったの。忙しいみたい」
「ぜってーウソだな!! オイラに勘付かれたからだな!!」
次郎長は顔に青筋を浮かべ震える。
恐らく家光は、次郎長がケガを治してから真相を知って襲い掛かるのを見越した上でイタリアへ
「あの野郎、次会った時はエンコ詰めじゃあ済まさねェぞ………!! マフィア関係者
物騒な言葉を口に出しながら笑っていない目で笑う次郎長は、まさしく修羅そのもの。杉村はあまりの恐ろしさにガクガクと震えてしまう。
次に家光が奈々に会いに来たときは、もしかしたら家光の手から指が無くなる日かもしれない。それどころか、次郎長の怒りが長く続いたり臨界点に達すると足の指も無くなりかねない。喧嘩すれば敵無しの次郎長が怒り任せに大暴れでもしたら、今の溝鼠組だとそれを止めるのはまず不可能――家光がこれ以上次郎長の逆鱗に触れるようなマネをしないことを切に願うばかりである。
すると――
「タッ君」
「あ?」
「話には続きがあるの」
奈々は次郎長にその後の話をし始めた。
家光の告白の後、奈々は一日考えさせてほしいと頼んだ。今後の人生を左右する重要な話であり、すぐに答えを出せるわけなど無いだろう。
そして翌日。雨が降る中、家光と出会った彼女は断った。彼のプロポーズを受け入れれば、これから家光と結婚して家庭を持ち、そして子供を作り幸せになるだろう。奈々は、それに対する自信が無かった。マフィアが何なのかわからないままだが、家光が海外で働く以上は一人で家庭を支えねばならず、子供ができた後もそれを支えきれるのか不安だったのだ。
「私は頭を下げて断ったわ。そしたら、家光さんはどんな反応をしたと思う?」
「……さァな。おめーに積極的にアピールしたんだ、悲しみつつも吹っ切れてんじゃねーか?」
「……」
「実る恋もあれば破れる恋もあるし、縁が無いこともあればこれから深まっていく縁もある。どっちにしろ、やってみなきゃわからねーだろ……オイラはそう思うがねェ」
次郎長の返事に、奈々は「タッ君らしい」と一言呟いてから微笑んだ。
「あの人……晴れ晴れとした表情で、傘も差さずに堂々と背を向けたの」
「……!」
次郎長は、奈々がなぜ家光という男に惚れたのかを理解した。
奈々は家光の後ろ姿に惹かれたのかもしれない。如何なる困難を前にしても、堂々と挑むであろう男の背中が。どんな障壁を前にしても、晴れ晴れとした顔で立ち向かうであろう男の姿を。
「タッ君が心配してくれるのは、正直とても嬉しいの……ヤンチャしてるのは相変わらずでも、陰で私を見守ってくれてるから。でも、私はあの人とならやれる気がしたの。苦しい時も悲しい時も楽しい時も、全て。お互い目の前の幸せを大切にしましょう。だからタッ君、心配しなくていいわ」
「……そういう展開に限って嫌なことが起こんだよう」
「ええ、知ってる」
次郎長は鋭い眼差しで奈々を見つめ、奈々は威圧感バリバリの次郎長に満面の笑みを浮かべる。
そして次郎長は静かに目を閉じ、踵を返した。
「奈々。野郎が道踏み外したら――仁義破ったら、この次郎長が落とし前つけさせてもらうからな…………行くぞ杉村」
「へ、へいっ!」
奈々に頭を下げ、次郎長の後を追う杉村。
去っていく二人の背中を見やり、奈々はどこか呆れたような笑みを浮かべた。
「……もう、不器用なんだから」
*
奈々と別れた次郎長は、いつも通りの巡回を始めた。ただいつもと違うのは、次郎長が不機嫌であることだった。
別に目つきを険しくしているわけではないが、次郎長から放たれる威圧感が嫌という程伝わっているからなのか、すれ違う人々はさっと次郎長に道を譲っていく。ヤンチャをしていそうな並盛中・並盛高の不良達、さらにはあの風紀委員会ですら顔を青ざめ目を反らしている始末。今の次郎長は、ちょっとした
「……」
(こ、声を掛けることすら怖い……!!)
無言で歩く次郎長が酷く恐ろしく感じる杉村。
何一つ口を開いてないにもかかわらず、ビリビリと伝わる圧迫感。次郎長は常に〝並盛の王〟を自負しているが、それは本物のようだ。
「……杉村」
「へ、へいっ!?」
「飯、どうする?」
「え、えっと……」
昼時だからか、昼食について次郎長が口を開いた。
しかし不機嫌だからか非常にドスの利いた声であり、自分に対する怒りではないと理解していても背にじっとりと嫌な汗が流れ落ちる。
(だ、誰か助けてーーー!!)
その悲痛な願いが届いたのかどうかは知らないが、苛立つどころか殺気立ちそうな次郎長に勇敢にも声を掛ける者が現れた。
「随分と気が立ってるようだね」
「……誰だ」
「僕は雲雀尚弥……知っているだろう?」
「……この町の〝表の頂点〟か」
声を掛けたのは、先日勝男達と邂逅し伝言を頼んだ雲雀尚弥だった。
「何の用だ、俺ァ今ムシャクシャしてんだ」
「別に……ただ君と会ってみたかっただけさ」
尚弥の冷静で、どこか飄々とした雰囲気。
しかし微笑みながらも放つその気迫は只者ではなく、思わず眉間にしわを寄せる。
「――いいね。その鋭い眼差しと殺気……まさしく獣だよ、それも僕が探し求めた百戦錬磨の猛獣だ」
「……もうちょっとわかりやすく言ってくれねェか? てめェの物差しは知ったこっちゃねェんだ」
「君は素晴らしいってことさ」
尚弥は新しい獲物を見つけた肉食動物のように、口元を歪ませ目を細める。
対する次郎長は、尚弥を射殺さんばかりの鋭い眼差しを向ける。
「それにしても……この町の王を名乗るなんて、いい度胸だね」
「……この町の裏を牛耳っているのは、この次郎長だ。名乗って何が
「言ったはずだよ、この町の秩序は僕だと。僕はこの町の秩序であり、規律であり、法でもある……この町の権力の頂点が僕なんだ、君を生かすも殺すも僕の思うがままなのさ」
「へェ……オイラを捕まえるってんなら、それなりの覚悟はしてるよな?」
次郎長は不敵な笑みを浮かべ、刀の柄を握る。
だが尚弥は得物の十手を構えず、両手を上げた。
「いや……僕としては
尚弥は呆れたような笑みを浮かべる。
現代の日本においては、ヤクザ勢力の反社会的行為による被害から国民の自由と権利を守るための「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」――いわゆる暴対法が施行されている。暴対法はヤクザ勢力を弱体化させ壊滅させるのが最終目的だが、施行の結果ヤクザ勢力の弱体化ができた反面彼らのマフィア化が進んだという。
かつてのヤクザ勢力は繁華街に堂々と事務所を構え威勢を誇示してきたが、暴対法が施行されて以降その適用を恐れて組織の実態を秘匿するようになり、ヤクザ勢力の秘密組織化が進んだ。それに伴いヤクザ勢力は「表の経済社会」に着実に進出し、経済的基盤を強化していく傾向になり、自己の権益を守りかつ拡大するために政治・経済社会に一層食い込みを図ってくるようになった。
それだけでなく、ヤクザ勢力への締め付けを行ったことで「半グレ」と呼ばれる新興の組織犯罪集団が台頭・急激に拡大した。組織化されているヤクザと違い、半グレは組織化されていないため実態が掴みにくく、それでいてヤクザよりも先鋭的に犯罪行為を行い、中にはヤクザ者をも食いものにしたり抗争によって力で勝るという事態も起きている。何よりも半グレはヤクザ勢力に籍を置いていないがゆえに暴対法の適用を受けないため、取り締まる側は苦虫を噛み潰す思いで見ているという。
こうした現状を知るがゆえに、尚弥はヤクザ勢力を必要悪と見ていたのだ。
「いつの時代にも悪い奴はいるものさ、ヤクザ勢力がこの国から消えたらそれ以上に質の悪い連中が蔓延るのは目に見えている。だから警察と公安委員会に口利きして君の溝鼠組をあまり弱体化させるマネはしないよう言っておいたよ」
「おいおい、おめェさんの手はどこまで伸びるんだ……」
尚弥の激白に、次郎長は顔を引きつらせた。
公安委員会にまで口利きできるとなれば、警察側の弱みでも握っているのかと勘繰ってしまう。いや、本当に握ってしまっているのかもしれないが。
「……次郎長」
「……何でい」
「今、この場には並盛の顔役がいる。この町の権力の頂点であるカタギと、この町の裏社会を牛耳るヤクザ者だ。だが、この町の王は何人も要らないんだよ。だから……」
「この町の王はどっちなのか白黒はっきりしてーから俺と戦えってか」
次郎長の声に、尚弥は満面の笑みを浮かべた。
次郎長と尚弥。どちらが並盛を統べる王にふさわしいか。彼は次郎長と勝負をして決めるために接触してきたのだ。
「……ちょうど鬱憤晴らしをしてェところだったんだ。この次郎長と
「何を言うかと思えば……それは僕が言う台詞さ。僕は必ず君を咬み砕くからね」
次郎長は刀の鯉口を切り、尚弥は十手の柄を握り先端を次郎長に向けた。
並盛の覇権をめぐって、二人の頂がついに戦おうとしていた。
こうして家光はツナどころか次郎長にも疎まれるようになるのでした。
めでたし、めでたし。
……というわけで、少し早めに9話目投稿です。
寝取られ疑惑を払拭したかったのですが……厳しかったかな?
次回はこの小説において次郎長に匹敵するチート・雲雀尚弥との決闘です。