皆さん、インフルに気をつけましょう。
次郎長と尚弥は、河原へと移動していた。
街中で二人が本気で暴れると周囲への被害が尋常ではなくなる、という互いの意見の一致ゆえである。
「じゃあ、準備はいいかい?」
「……ああ」
尚弥は
互いに得物を手にした、次の瞬間――
ガギィン!!
目にも止まらぬ速さで二人は突撃し、得物をぶつけ合った。
刀と十手が何十回とぶつかり合い、金属音が絶えず鳴る。尚弥は斬撃を躱し、次郎長は十手の打撃を刀で受け止める。それを何度も繰り返しつつ、互いに急所を狙い続ける。その様はヤクザ者とカタギの喧嘩というよりも、歴戦の強者同士の戦闘――いや、猛獣同士の生き残りを賭けた殺し合いである。
(十手は純粋な威力とリーチでは確かに刀よりは劣る。だが、どんなに君が強くても僕には勝てない!!)
刀と十手を比べると、攻撃が当たった際に相手が負うダメージと射程範囲は雲泥の差だ。
しかし十手は十本の手に匹敵する働きをすると言われる程に様々な使い方があり、戦法の数という点では刀よりも遥かに優れている。打撃で攻撃するだけでなく、鉤で敵の刃から防御したり柔術を併用して制圧するなど、実に多彩だ。
そして尚弥は、十手を使った武術「
「すぐに咬み砕いてあげるよ!」
金属音と共に次郎長の刃を鉤で絡め取る。
次郎長の刀を封じることに成功すれば、後は体術で制して止めを刺すだけだ。しかし――
ドゴォ!
「っ!?」
突如、顎に衝撃が襲い掛かった。
刀を封じられた次郎長が、鞘を振るって顎を攻撃したのだ。斬られこそしなかったが、鉄拵えの鞘による重い一撃を喰らって頭を揺さぶられ倒れそうになる尚弥。それと共に絡め取られた次郎長の刀が十手の鉤から離れた。
「シメーだ」
次郎長はその一瞬の隙を見逃さず、
次郎長は追い打ちをかけるように鞘での突きを放つが、それも躱されてしまい距離を取られる。
(マズイな……今のを避けられたか……)
鞘も使いようによっては立派な武器だ。
だが、尚弥はその次郎長と互角に渡り合っている。しかも次郎長以上の身のこなしであり、二刀流を躱されるのは次郎長にとっては痛恨のミスと言えた。真剣で防御し鞘で攻撃するという戦法が通じにくくなり、尚弥の警戒心を更に上げて戦いにくくなるからだ。
(さて、どうしようか……)
次郎長が次の手を考えた、その時――
「……なぜ刀を返したんだい」
「あ?」
「
尚弥の顔から笑みが消え、怒りと殺意を孕んだ視線を次郎長に向けた。
放たれる殺気は常人なら息を殺されそうなまでの危険度で、周囲の温度が一気に下がるような錯覚も覚える。現に次郎長と共に行動してこの喧嘩を見ていた杉村は、二人から離れていながらもそれを感知したのか、顔を青くして震えあがっているくらいだ。
対する次郎長は杉村以上に尚弥の濃厚な殺気を浴びながらも、怯むどころか意にも介しておらず、どこか呆れたような表情で怒りを露わにする彼の問いに答えた。
「何を言うかと思えばそんなことかよう……理由はただ一つ。オイラにおめーさんを殺す気がねーだけだい」
「……どういうこと?」
「並盛とその住民を護るのがオイラが率いる溝鼠組の責務。喧嘩の最中であろうがそこだけは絶対に変えねーし、譲る気も妥協する気もねェ。それがオイラの仁義であり、この次郎長親分の矜持ってモンでい」
並盛への恩義。王者として通すべき筋。
それは次郎長にとって己の命に匹敵、またはそれ以上の価値があるのだ。それを戦闘中でも忘れることは無い。
「……それが君の誇りかい?」
「……まァそういうことだろう、なっ!」
次郎長は一気に距離を詰め、突きを放つ。
尚弥はそれを紙一重で躱すと、十手を振るい棒身の
ゴッ!
「ぐっ!?」
次郎長の脇腹にそれは当たった。
人体急所の肝臓を叩かれ表情を歪ませる次郎長だが、息を漏らすことを堪えた。そして少し距離を取ってから見てみると、何と十手の先から鎖が伸びており先端が分銅のような状態になっていた。
(仕込みか……!!)
尚弥の十手は仕込み十手らしく、棒身中に
分銅鎖は使い方を誤ると自分自身がケガをするので修行が必要となるが、護身用具の域を超えた威力を誇る。特に遠心力を利用した殴打は骨を砕き、頭部に当たれば陥没しかねない程だ。
幸いにも次郎長は腹部に何重にも晒しを巻いているので威力が多少落ちた上、一番威力が高い分銅ではなく鎖の部分であるため決定的なダメージには至らなかった。だが、これが遠心力を上乗せした分銅の部分ならば無事では済まなかっただろう。
「へェ……運がいいね」
「ちっ、まさか仕込みだったとはな……」
そう言うと次郎長は刀を鞘に納め、腰を沈めた。
居合――抜刀術の構えだ。
「……ヤクザ者がカタギ相手に意地の張り合いで負けちゃあ世話ねェんでな。
「そうこなくちゃ面白くない………勝負だ、
十手を元の状態に戻した尚弥は、地面を蹴って次郎長に迫った。
次郎長もまた、鬼気迫る表情で全速力の抜刀術を放った。
そして――
*
「ハァ……ハァ……」
「ゼェ……ゼェ……」
喧嘩は、日が暮れてもなお続いていた。
尚弥は相当な数の斬撃を浴びたのか、上半身を中心に夥しい刀傷が刻まれ、血を流している。かくいう次郎長も十手で滅多打ちにされたのか、顔が腫れて体中に痣ができており、こちらもまた血を流している。
今の二人は、得物を手にしていない。肝心の得物は地面に転がっているのだが、息も絶え絶えで膝に手を付いて体を支えなければならない程に疲弊しきった二人はそれを取りに行く気にはなれかった。満身創痍の身体でこの勝負を決するには、ひたすら殴って相手を倒す他に手段は無い。
気づけば騒ぎを聞きつけ野次馬が集まっている。その中には杉村達や尚弥の部下と思われる男達がおり、心配そうに見つめている。これ程の騒ぎになりながら警察が介入してこないのは、雲雀尚弥という絶対権力者が口利きしてるからだろうか。
ドゴッ!!
次郎長の拳骨が、尚弥を襲う。頬、顎、そして鳩尾……目に見えるくらいダメージが蓄積されて体力も限界を迎えているはずなのに、本当に疲弊しているのか疑ってしまう程の重い拳を食らい、尚弥は腰から崩れ落ちた。
だが次郎長が止めの一撃を放とうとしたその時、尚弥は跳ね起き蹴りを見舞った。避ける程の体力は残ってないのか次郎長はモロに受けてしまうが、それでもまだ立っており気概は失っていない。
(いい加減、マズイね……)
尚弥にとって、ここまでの長期戦は想定外であった。
ほぼ一撃で敵を屠ってきたという点では次郎長と同じだが、尚弥の場合は権力を行使することも多く、そもそも敵が少なかった。一から腕っ節でのし上がってきた次郎長の方が少ない差ではあるが戦闘経験と地力が違う。
強者同士の戦いは、僅かな差で勝負が決まる。ゆえに追い込まれてるのはどちらかと言うと尚弥の方なのだ。
「……尚弥」
ふと、次郎長がドスの利いた声で尚弥に声を掛けた。
その殺気は凄まじく、満身創痍の人間が放てるとは思えない程に濃厚で鋭い。尚弥は気力も体力も限界を迎えてもなお死んでない目をしている次郎長に内心歓喜しつつも、冷静さを装う。
「……いきなり何だい」
肩で息をしながら、尚弥は訊いた。
次郎長は、尚弥にとって全てが初めてだった。自分と互角に渡り合える圧倒的実力を持った人間であり、どれだけ滅多打ちにしても立ち上がり猛反撃した人間であり、自分以外で並盛を強く想っている人間。それが次郎長という男だった。
彼が自分との戦いの最後に、どんな言葉を発してその拳を振るうのだろうか。勝っても負けても、尚弥に損は無い。ふと気づけば、負けたとしても悔しくない戦いをするのもこの男が初めてだった。
「どうしたんだい……最後の言葉、聞かせてよ」
「いいのか……?」
「僕は君から
次郎長は一呼吸置いてから、口を開いた。
「………あの、ウンコしたいんだけど」
「……サイアク」
次郎長の便意を聞いた尚弥は、戦闘意欲が削がれたかのように片言で呟いた。
しかもこれにより、命を削り合うような激闘であった次郎長と尚弥の喧嘩は、あまりにもあっけなく幕を下ろした。
*
翌日、尚弥と次郎長は並盛中央病院に入院し、互いに同じ病室で横になっていた。
体中に包帯が巻かれている状況から、どうやら相当の重傷のようだ。もっとも、あの満身創痍の状態のまま次郎長と共に
「全治三ヶ月か……勝男達に申し訳ねーな」
今回の喧嘩で、並盛の表と裏の頂点に君臨する男二人が現場を離れることになった。
次郎長や尚弥に匹敵する程ではないが、勝男は若頭に恥じぬ腕っ節なので心配することは無いが、
「……君はつくづく面白い。あんな幕切れは初めてだ」
「ムシャクシャしてたから、決闘前に用を足し忘れててな。まァ病院でやれたから漏らさずに済んだが」
ムクリと起き上がり、窓から外を見やる。
「しっかし、おめーさんはどこまで力が届くんだか。あんだけの騒ぎになっても
「僕はこの町では思うがままに生きれるのさ」
穏やかに笑いながら口を開く尚弥に、次郎長は「そうかよう」と素っ気無く返事をする。
「しかし、もう少しで君を咬み砕くことができたのに。実に残念だ」
「フカシこくんじゃねェ、あのまま続けてりゃあオイラが勝ってた。若気の至りだからってどの面下げて言ってんだ」
「……僕の方が年上なんだけど」
「あ、そう? だから何だ、年を理由に負けた時の言い訳か」
言い合う度に殺気立ち、不穏な空気になる病室。
ついにはベッドから降り、傍に置いてあったそれぞれの得物を手にしてしまう。
「この――」
「半グレが――」
怒り任せに十手を振るう尚弥と刀を抜こうとする次郎長。
その直後――
ブシュッ!
ビキィッ!
「「うっ……」」
尚弥の体から血が噴き出し、次郎長の右腕から骨が折れる音が鳴った。
まるで「これ以上戦わないでくれ」と体が主張したかのようで、それに強制的に従うように二人は前のめりに倒れた。
「い、一時休戦だ………」
「ど、同意………」
体をピクピクと動かす次郎長と尚弥。自業自得に限りなく近い形とはいえ相当のダメージを負ったのか、立ち上がれなくなる。
どんなに規格外な輩でも、その体は正直であるようだ。
「……尚弥。今更思ったんだが、この町は俺達で護らねェか?」
「……どういうこと?」
「ほら、よくあるだろ……どっちかが不在になっても問題無いって感じのが。お前は権力にモノを言わせて町の秩序に、オイラは力を示威して裏社会を牛耳っているだろ? ここでオイラ達が敵対すんのは愚策じゃねーか?」
次郎長は尚弥に同盟を提案する。
極道の親分と風紀委員会の会長――次郎長と尚弥は立場こそ違えど、並盛町を思う気持ちは同じだ。ならば対立して抗争に勝利し独占するよりも、手を組んで表と裏を分けてそれぞれで支配する方が合理的で得策だろう。
「王は何人もいらないよ」
「別に嫌ならそれでいいがな。そん時は
次郎長は痛みに耐えながらも口元を歪める。
「まァ、それだけ痛い目に遭ったんだ。この次郎長を引きずり下ろそうなんざ――」
「条件がある」
「………」
「僕はこのまま引き分けなのは絶対に嫌なんだ。必ず決着はつけさせてもらうよ……この町の支配者としてではなく、
「いいぜ……もっとも、どう転んでもオイラの勝ち逃げがオチだろうが」
こうして次郎長は雲雀尚弥と手を結び、相反する勢力でありながら同じ町を想う者として共に並盛を護るようになる。
ちなみに病院での入院期間は更に伸びたのは言うまでもない。
こっから先から、原作キャラと関わるようになるかと。まだ未定ですが、原作開始前にはかなりの重要人物と邂逅すると思います。
戦いの流れは吉原炎上篇でちょこっと出てきた「星海坊主VS鳳仙」ですね。
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