浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

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あけましておめでとうございます、ガキ使で笑ってて更新遅れました。



標的12:ティモッテオ

 ある日のこと。

 並盛に在る結婚式場で、溝鼠組は集っていた。

「奈々の結婚か……」

 天を仰ぎながらそう呟く次郎長。今日は何と家光と奈々の結婚式――めでたいことだが、どうも不安要素があるのは気のせいではないだろう。

 家光の顔はそれなりに広く知られてるのか、多くのカタギとは思えない人間が嬉しそうな表情をしている。この場で並盛の人間は、間違いなく溝鼠組だけであるのは確かだ。

「それにしても、カタギの結婚式のボディーガードなんざ……こんなヤクザらしくねェ仕事、引き受けて本当によかったんですかい? オジキ」

新郎(いえみつ)の懐からそれなりに金を貰う予定なんだ、ここァ我慢しろい」

 どこか不満げな部下を宥め、煙管で一服する次郎長。

 今回の結婚式において奈々から事情を聞かされた次郎長は、学生時代の恩返しの一つとして式場の用意やその為の金策を溝鼠組に一任するよう勧めた。これはれっきとした理由があり、結婚業者との交渉をうまく進めるためである。

 結婚業者というものは悪質な業者も存在しており、しかも奈々は人を疑うことをしないのでそういう系統(・・・・・・)に騙されやすい傾向(タイプ)だ。悪質な業者の手口は巧妙化しており、業者は一世一度の晴れ舞台だからとやりたい放題してぼったくるのだ。

 それを防ぐために次郎長は奈々と交渉したが、家光は断った。自分達の結婚式であり、友人(ヤクザ)の力を借りて式を挙げては新郎たる自分の面目が立たないという理由だった。次郎長はそんな家光に「企業舎弟が何を言ってやがる」とぶった切ったが、結婚式の来賓にマフィア関係者が来ることを知り、ヤクザとマフィアが式場で揉めたら大問題だと――奈々はよく理解していないが――双方合意した。

 しかしそこへ偶然にも家光の部下が式に参加したいと一斉に声を上げた。家光は警備役の人間を雇おうとしたが、そこへ次郎長がみかじめ料も兼ねてボディーガードを任せるよう要求。今から雇うとなると本番に間に合わないという次郎長の言葉に家光はすんなり同意し、溝鼠組が家光と奈々の結婚式の会場を警備することとなったのだ。

「それにしても家光の野郎、考えたのう。わしらヤクザに借りを作ると面倒やからって、オジキに金策頼まんで一人で成し遂げるたァのう……」

「法外な額を狙ってたんで?」

「さすがにカタギ同士なら(・・・・・・・)向こうの意見を尊重するわ。オジキ曰く「ヤクザはヤクザ、カタギはカタギ」やし」

 勝男は煙草を吸いながら呟く。

 次郎長はヤクザにはヤクザに見合った対応を、カタギにはカタギに見合った対応をするという考えの持ち主である。相手が自分と同じ極道関係者、または裏社会の人間ならば実力行使も視野に入れて対処する。だがヤクザはカタギに対しては慎重に接するのが原則であり、たとえ相手が元ヤクザであったとしてもカタギの立場である以上むやみやたらに手を出してはいけないのだ。

「だが家光は(くせ)ェ野郎だから、新婦(オンナ)がカタギでも法外の額を要求しようとしたんですか」

「いや……どっちかっつーとオイラは家光を試す(・・・・・)つもりだったんでい」

『?』

 次郎長がボディーガードという名目で奈々の結婚式に介入したのは、当然恩人である奈々を祝福するのもあるが、家光という一人の男を試すためでもあった。

 奈々と関係があるとはいえ、ならず者の王たる男が大切な結婚式に介入した際、家光はどう対処するのか。次郎長個人としては首を突っ込むのは野暮なのかもしれないと考えてもいるが、今の家光に奈々が心から頼れる程の度量を持っているのかが気になり、こうして介入したわけなのだ。

 一応様子を見たが、部下からはそれなりに信頼されており冷静な対応をしていたので問題は無さそうであった。今後どうなるかは二人次第だが、少なくとも無事に結婚できそうであるのは事実だ。

「この仕事終えてシノギを得たら、(たけ)寿司(ずし)の寿司でも奢ってやらァ。オイラから可愛い子分達へのお礼ってやつでい、後は頼まァ」

『お、おっす!!』

 次郎長は煙管をしまい、結婚式場から出ていくのだった。

 

 

           *

 

 

 暖かな日差しに照らされた、平和な並盛。

 ゴロツキ達を子分に従え、他勢力のドグサレ共を薙ぎ倒し、煙管の紫煙を燻らせ、赤い襟巻をなびかせ町を闊歩する。吉田辰巳というかつての名を捨て、溝鼠組の泥水次郎長として町の頂点に立って生きるようになった。

 それが次郎長の日常だ。

「確か竹寿司だったか……金足りるかねェ」

 次郎長は財布の中身を確認しながら歩く。

 一応15万は入っているが、子分達全員に奢るには少し物足りないのかもしれない。屋敷に一旦戻ってお金を増やす必要がありそうだ。

「何万増やそっか――ん?」

 屋敷へ戻ろうとしたその時、不良グループがスーツ姿の中年男性に詰め寄りカツアゲしていた。

「おい、おっさん。金持ってんだろ?」

「早く出せよ!」

「ま、待ってくれ! これは今日の為に用意した大切な金なんだ……」

 困惑する中年男性。

 次郎長はしょうがないと思いつつ、頭を掻きながら彼らに近づくと……。 

「おい、(わけ)ェの」

「あ?」

 

 ドゴォッ!!

 

 後ろからの声に反応して振り向いた直後、男の顔面に浅黒い鉄拳が叩き込まれる。

 その凄まじい腕力により、男は数十m先まで殴り飛ばされる。

「オイラのシマで老人をカツアゲか? よりにもよってオイラの目の前でやるたァ、いい度胸してるじゃねェか」

「君は……」

 中年男性の前に立つ次郎長。

 次郎長の姿を目にした男達は、顔を青ざめた。

「じ、じじ……次郎長!?」

「次郎長って、あの溝鼠組の組長か!?」

「並盛最強のヤクザじゃねーか……!!」

 次郎長が首を突っ込んだことで、状況は一変する。

 溝鼠組の次郎長と言えば、並盛町で暮らす人間ならば誰もが知る暴れん坊。50人以上のゴロツキ達を子分に従え、並盛最大の権力者である雲雀家の頂点である雲雀尚弥とも渡り合える豪傑の参上に、一気に動揺して身震いし始める男達。

「おめェさん達に選択肢をやる……とっとと家に帰るか、それとも――」

 次郎長は腰に差した刀の鯉口を切ると、男達は殴り飛ばされ気絶した男を担ぎながら逃げるように去っていった。

「何でい、肝っ玉の小せェ連中だな。んで、大丈夫かじーさん」

「わしはティモッテオ。助けてくれてどうもありがとう……君は?」

「この町の裏を取り仕切ってる極道・泥水次郎長だ」

「ほう……君はジャパニーズマフィアだったのか」

 その言い方に、次郎長は目を細める。

 日本国内ではヤクザのことを〝ヤーさん〟だとか〝筋者〟だとか〝「や」の付く自由業〟だとか色々な別称で呼ばれているが、〝ジャパニーズマフィア〟と呼ぶ者は国内にはいない。そう呼ぶ者は、海外の人間である可能性が高いのだ。

 つまり目の前にいる中年男性は外人であり、海外から日本に来た可能性があるのだ。

「……おめーさん、どこの国から来たんでい?」

「ああ、イタリアからだよ。なぜ外人だとわかったんだい?」

極道(オイラ)をジャパニーズマフィアと呼ぶ者はこの国には滅多にいねェんでな……それで、わざわざ何の用でい? 観光ってノリじゃあるめェし」

「ああ、結婚式に呼ばれてね」

 ティモッテオのその言葉を聞き、次郎長の顔から笑みが消えた。

「そうか……ってこたァ、家光に呼ばれたって訳だ」

「おや、家光君を知ってるのかね?」

「アイツの結婚相手である女はオイラの恩人なんでな……アイツが〝ボンゴレ〟ってマフィアの企業舎弟であることも知っている」

 次郎長の返事を聞き、ティモッテオは唖然とする。

 家光の素性をどこまで把握しているかは不明だが、次郎長は少なくとも家光がマフィア関係者であることは知っているようだ。ボンゴレの名も聞いているようであり、ティモッテオの動揺を誘うには十分すぎる効力だった。

「よく知っとるのう……いや、家光君が喋りすぎただけかもしれんな。じゃが安心せい、わしは何もせん」

「そいつァどうかねェ……マフィア者は何しでかすかわからねーからな、事と次第によっちゃ容赦しねェ。オイラの得物の射程に(へェ)ってるからには大人しくしてもらうぜ」

 その瞬間、左腕に義手をつけた黒スーツの男が次郎長の背後に立った。

 ふと気づけば、ティモッテオの傍には只ならぬ雰囲気を醸し出している男達がいた。

「9代目、この男は?」

「コヨーテ・ヌガー、この並盛町に根を張るジャパニーズマフィアの青年だよ。面倒事に巻き込まれたわしを助けてくれてな」

「……それが事実だとしても、信用できんな。現にあなたも面倒事に巻き込まれている」

 義手の男――コヨーテ・ヌガーは、次郎長を警戒する。

 次郎長はこの場にいる人間の中で一番若く経験が浅い。だがコヨーテは、次郎長から放たれる〝強者としての気迫〟を感じ取ってしまい、一番油断できない相手にも思えたのだ。

「おいおい、他人(ヒト)に親切にすりゃあてめーにいい事が起こるって思ってたが……とんだ貧乏くじ引いちまったぜ。溝鼠のオイラがそんなに(こえ)ェのか? そう思ってんなら正解だ、窮鼠猫を噛むってことわざもあるしな」

 殺気立ってきたコヨーテ達を煽るように語る次郎長。

 しかしコヨーテに9代目と呼ばれたティモッテオは、そんな次郎長の挑発に乗らず微笑んでいた。

「――想像以上の胆力を持っているようじゃな、家光君が強いと言うのも頷ける」

「あの野郎、やっぱりチクってたか……」

 今更かと思いつつも、舌打ちをする次郎長。

 一触即発の空気になる中、次郎長をチクった張本人が駆けつけた。

「9代目!! それと……次郎長!?」

「あ、来やがったあのバカ」

 次郎長とティモッテオ達が対峙する光景を前にした家光は、みるみるうちに顔を青ざめていき、次郎長に慌てて詰め寄った。

「次郎長!! お前まさか9代目と抗争でも――」

「事と次第によってだ。おめーの式に出るためとはいえ、マフィアが何の得も無しに来ると思うか?」

「9代目は穏健派だ、そんなマネなどしない!!」

「誰がそう決めた? っつーかおめェ、穏健派の意味ちゃんと理解してんのか」

 次郎長は鋭い眼差しで家光を捉えた。

 その圧に押され、家光は一歩後退(あとずさ)った。

「穏健派の意味は争いをしねーんじゃねェ、「〝最も争いが少なくなる手段〟を平然と使える人間」って意味だ。お前ならこの意味わかるだろ、裏の世界を知っているならな」

 次郎長の言葉の意味を理解し、家光は顔色を変え怯んだ。裏の世界における〝最も争いが少なくなる手段〟は、敵対組織を一兵卒に至るまで皆殺しにするという意味とも解釈できるからだ。

 穏健派は直面した問題を穏やかに解決しようとする立場の人のことを言うが、その手段は必ずしも平和路線ではない。銀魂の世界においても元御庭番衆であった凄腕の忍〝蜘蛛手の地雷亜〟が主戦派を将軍の命で一族郎党皆殺しにしたように、穏健派は必ずしも平和的解決を実行するとは限らないのだ。

「年も経験値もオイラより上であるはずの男がこの程度たァ、先が思いやられらァ……やっぱり奈々が心配でい」

 次郎長はそう言いながらティモッテオに近づく。

 コヨーテ達は殺気立ち構えるが、次郎長はその間を抜けた。

「……戦闘の意志がねェならこの場に止める方が野暮だ、とっとと行け」

「次郎長……」

「ただ一つだけ言っておく。オイラのようなヤクザ者はシマを荒らす人間は絶対に許さねェ質でな、ただ入るだけなら大目に見るが暴れる気なら誰だろうと容赦しねーんでい。たとえば今みてーに――」

 

 チキッ――

 

「本気でおめーさん達を()りにいくかもしんねーから、気ィつけるこったな」

 次郎長が忠告した直後、ゴトリと音を立ててコヨーテの義手が斬り落とされた。抜き身も見せず、次郎長は一瞬で義手に一太刀浴びせたのだ。

 その化け物染みた強さの片鱗を垣間見て、家光とコヨーテ達は度肝を抜かれ、さすがのティモッテオも瞠目した。

「き、貴様……いつの間に……!」

「おめーらが本気でこの次郎長と()るってんなら、それなりの覚悟をしておけよ……極道を舐め過ぎだ」

 ドスの利いた声で一言告げ、次郎長はその場を後にした。

 暫くしてから、ティモッテオが微笑みながら家光に声を掛けた。

「痛いところを突かれたかの? 家光君」

「言わないでください、9代目! それよりも――」

「うむ……コヨーテ、大丈夫かい?」

「結婚式には出場できる、支障は無い。だがあの若造、只者ではない……あのすれ違った一瞬で義手を斬り落とすなど、そこらのマフィアとは格が違い過ぎる。こんな平和な町にあのような凶犬がいるとは……」

 コヨーテ・ヌガーという男は、ボンゴレファミリーの現ボスである9代目――ボンゴレⅨ世(ノーノ)であるティモッテオの右腕である。数多の修羅場を潜り抜け、ティモッテオを長く支えてきている傑物だ。

 そんな彼ですら、次郎長は計り知れない強さを秘めていると語っている。この場でウソなど言わないし、そもそも言ったところでティモッテオに見抜かれ指摘されるので、彼の言っていることは真実だろう。

「あの男、やはり野放しにするには……」

「じゃが君の義手を斬り落とす際、彼は殺気を放ってなかった。脅しにしては少しやりすぎかもしれないが、それもわしらからこの町を護らんがため……大目に見てやるとしよう」

 

 

 そんなやり取りをしていたティモッテオ達に対し――

「今日……定休日なのかよ……」

 竹寿司が定休日であると知って溜め息を吐く次郎長だった。




次郎長の強さは銀魂品質ですので、かなり化け物染みてます。(笑)

ちなみにコヨーテ・ヌガーの義手を斬り落とした描写は、かぶき町四天王篇で次郎長が華陀の刺客を座った状態で返り討ちにしたシーンが元ネタです。

次回から少し飛ばしていこうと思います。

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