浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

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標的15:大侠客の土曜日

 並盛最大の極道組織「溝鼠組」は〝大侠客〟の異名を持つ泥水次郎長を組長とし、日本裏社会ではその名を知らぬ者はいない程の知名度と力を有するヤクザ勢力だ。

 しかしその一方で、彼らの日常に関してはごく普通の一般家庭と何ら変わりはない。むしろそれ以上の騒々しさと愉快さに満ちてたりする。その騒々しさと愉快さは朝っぱらからフルスロットルである。

 

 ――カンカンカンカンカンカン!!

 

「てめーら起きろー。朝飯だぞー」

 片手鍋をおたまで叩き続け、甲高い金属音を撒き散らしながら廊下を闊歩する割烹着姿の次郎長。

 目を擦る者や欠伸をする者、抵抗するかのように布団に潜り込む者など、反応は子分様々。この日は土曜日であるため、余計に起きたくないのか動作が全体的に遅い。

「う~ん……」

「あ~……」

「もう少し寝かせてくれへんのか、オジキィ……」

「言い訳は土曜日って単語以外で言うんだな。それとあと五秒以内に起きねーと無条件で勝男が殴り飛ばされ池ポチャにされる」

「はっ、早う起きんかい野郎共ォォォォォォ!!!」

 次郎長の理不尽な宣告に、勝男は絶叫と共に起床。

 外まで聞こえそうな程の大音量の関西弁に、さすがにびっくりしたのか全員が一斉に飛び起きた。朝っぱらからあの殺人的な威力を誇る次郎長の拳骨を喰らい、その勢いで鯉を放し飼いにしている庭の池に落とされるのは御免だろう。

「土曜日だからって遅くまで寝てるんじゃねェ。生活リズム整えねーと身体壊しちまうぞ」

 寝癖も直せよ、と一言付け足して次郎長は大広間へと向かう。

 子分一同は未だ寝ぼけているが、ふと次郎長の腰を見た瞬間、一気に目が覚めることになる。

(何で帯刀!?)

 次郎長は万が一起きなかった場合、抜刀して恫喝する気だったのだろうか――勝男ら子分一同はその考えで満場一致したのか、一斉に顔を引きつらせたのだった。

 

 

 大広間の机の上に並ぶ朝食を口に運ぶ。

 ご飯に味噌汁、目玉焼きとほうれん草のおひたし、そして緑茶――普通(カタギ)の家庭でも見られる献立が、全員分用意されている。これを毎日全て次郎長一人で用意できたというのだから驚きだ。

 並盛の裏社会の頂点に立つ男は喧嘩の腕っ節も断トツだが、家事のスキルも断トツのようだ。人は見かけによらぬものである。

「オジキ~、おいし~!」

「そりゃあ結構だ」

 ご飯をかき込むピラ子こと野中平子の頭を撫でる次郎長。

 次郎長とピラ子の間には一切の血縁関係が無いのだが、その仲睦まじい様子は父親と娘という父子家庭の日常の光景。勝男達も思わず顔が綻んでしまう。

「……オジキって、ホンマはオカンやないか?」

「ヤクザ界の保父さん?」

「今誰だ保父っつったの。オイラは天下の次郎長親分だぞ、ガキの尻に敷かれて――」

「オジキ、おかわり!」

「ったく、育ち盛りなんだから」

『思いっきり尻に敷かれてる!!!』

 勝男達の指摘を次郎長は否定するが、やはりというべきか何だかんだピラ子に甘い。父親は娘に弱いというが、次郎長もどうやら一人前の親バカになりつつあるようだ。

「それにしても、家事のスキルの高さは意外でしたよ」

「授業はテキトーに受けてたが家庭科だけは奈々に教えられた甲斐もあって中高ずっと5だったからな。家事は得意だと自分でも思ってらァ」

「奈々の(ねえ)さん半端ねェ……」

「さすがオジキの恩人や……」

 ある意味想像通りだが、次郎長の意外な能力の背後に奈々が存在していた。次郎長は組の中で一人暮らしの期間が一番長かったのもスキルの高さの要因だろうが、おそらく炊事だけでなく洗濯や掃除も奈々から教わっている可能性もあり、今でも顔を出しては彼女から教わっているのかもしれない。

 子分達は改めて奈々という女の影響力の強さを認識した。主婦を侮ってはいけない。

「飯食い終わったら風呂掃除と洗濯だからな」

『へい!』

 

 

           *

 

 

 お昼時。

 昼食のうどんを食い終えた頃、彼は現れた。

「ふざけんじゃねェ。尚弥てめェ、カタギの立場だからって図に乗りすぎじゃねーか?」

「やかましいよ正露丸。この町の秩序である僕に逆らうなら、暴対法と僕の機嫌を損ねた罪でこの場で咬み砕くよ?」

「いい年した大人がそんな細けーことで一々ゴネてんじゃねェ。つーか法律で恫喝するんじゃねーよ、何様のつもりだバカ野郎」

「ヤクザに言われたくないね」

 溝鼠組の屋敷の正門前で揉める次郎長と尚弥。さすがに得物を構えて大喧嘩になるような感じではないようだが、一触即発の空気に誰も仲裁に入れない。むしろ仲裁に入ったら二人に袋叩きにされそうだ。

 そんな危険な緊張状態を影で子分達は覗いていた。

「尚弥の奴……オジキと何で揉めてんだ?」

「何でも、風紀委員会の活動費らしいっすよ」

 この並盛町で絶大な権力を持つ風紀委員会だが、その組織と体制を維持するために莫大な額の活動費を徴収している。尚弥が株をやっているという話もあるが、並盛で流れる金の大半は溝鼠組か風紀委員会と言われている。

 溝鼠組は基本的には的屋運営や請負業などといったヤクザ勢力でも古典的なシノギだが、風紀委員会は並盛の表の頂点でありながらショバ代を徴収したり公共機関から上納金を得ていたりする。しかもこれが並盛の伝統らしく、風紀委員会の経済活動に関して勝男は「アレは普通ヤクザがやってることやで、普通は」と言わしめている程なので、厄介さに関しては風紀委員会の方が上かもしれない。

風紀委員会(てめーら)に金払うのはいい、それがこの町の伝統だからな………だからっつって何でオイラんトコだけこんなに(たけ)ェんだよ! すぐ用意できるがさすがに50万はおかしいだろ!?」

「へェ……用意はできるんだね」

「ったりめーだろ、この次郎長に抜かりはねェ。だが払う額は前回同様30万だからな」

(20万もプラスされてた!?)

 もはやカモにされているレベルの問題になっている。

 普通に考えれば30万は結構な額のはずだが、それをポンと出せるのだから溝鼠組の資産は相当なのだろう。そもそも溝鼠組の総資産は次郎長(くみちょう)勝男(わかがしら)しか知らないため、古株も含むと言えど(わか)(しゅ)が初耳なのは当然なのだが。

「……おめェ、この町でトップレベルの資産持ってるからってオイラをカモにしてるな」

「本当なら君からもっと搾り取りたいんだけどね……ヤクザはそれなりの力を持ってくれないと困るんだ」

 尚弥としては自らの支配力を完全なものにするため、次郎長の力を削ごうと考えているのが本音だ。

 しかし次郎長が力を示威して町の治安維持に貢献しているのも事実であり、裏社会の人間による介入・干渉を風紀委員会よりも先に動いて防いでいる事も多い。行政や公共機関、所轄の交番ですら手中に収めた彼でも、次郎長の力を下手に削ぐと取り返しのつかないことになる可能性が万が一にもある。

「僕はかつて、この並盛(まち)の表社会だけでなく裏社会の頂点も狙いに定めていた。しかしそれは君によって阻止され、それどころか君が並盛の裏社会の頂点に立ち、王者として君臨した。ガラ空きのはずの王座(イス)に座ろうとした途端に君に取られたのさ」

「……尚弥、おめェ………」

「でも、仕方ないとも思った。君が座るなら文句は無いよ……だから次郎長――」

「改めて認めてやるからって払えとか言うなよ」

「……ちっ」

「て、てめェ……!」

 次郎長の額に青筋が浮かび上がる。

 雰囲気的に騙せると思ってたのか、尚弥は舌打ちをして顔を歪めている。立場上カタギでありながらヤクザより質の悪い野郎である。

「――今度妙なマネしたら二度と払わねーからな。カタギでも筋通さねェ野郎はぶん殴るぞ」

「君にうるさく言われる程腐ってなんかいないよ……でもどんな王でも秩序には従う。それがこの世の摂理だよ」

 次郎長は苛立ちを隠さず子分を呼び出し、金を用意させたのだった。

 

 

 風紀委員会の活動費で尚弥と揉めてから三時間後、次郎長は夕飯の買い出しに向かった。

 隣町の黒曜のスーパーマーケットも品揃えがいいのだが、時間が時間なので並盛商店街で買い物をした次郎長。今日の夕飯のメニューは鍋料理だと決めており、30分程で全ての買い物を終えた。

 その帰り道、彼は例の二人と鉢合わせした。

「フッ……平和な町だな、ヤクザの男とカタギの母子家庭が仲良く談笑しているなんざ」

「タッ君が頑張ってる証拠でしょ? ヤンチャな人も仲良く笑ってくれるなんて中々できないことだもの」

(ちげ)ェねーな」

 ツナと手を繋ぐ奈々の横で笑みを浮かべる次郎長。ヤクザと一般人がこうして仲良く買い物できるのは、ある意味治外法権に近いこの並盛ならではの光景といえよう。

「……で、家光の野郎はどこ行ってやがる」

「最近新規事業で金鉱を掘ってるらしいの!」

(金鉱……どうせ嘘だろうな)

 家光がマフィア関係者であることを知る次郎長は、溜め息を吐く。

 度々沢田家を訪れる次郎長だが、やはり奈々は家光を心配しており不安にもなることもあるという。そんな彼女に対して何も言わないで笑ってごまかす家光に次郎長は正直腹を立てている。プロポーズの時に包み隠さずありのままを言ってくれるかと思えば、マフィアという単語は出してもどういう仕事をしてるのかまでは言わず丸め込んだのだから。

「それにしても金鉱か……今時の企業舎弟はアクティブだな。一体(いってェ)どこだ?」

「北極点よ♪」

(そんな情報を真に受けているのか!?)

 奈々の返事を聞き、次郎長は唖然とした。確かに「北極圏は天然資源が眠る場所としても注目されている」という話は次郎長もニュースで耳にしたことがある。だが北極圏に鉱山があるという情報は一度たりとも聞いたことがない。もしかしたら秘密裏に見つけているという可能性もあるだろうが……。

(いや待てよ……ボンゴレファミリーってのがバミューダ達の言う通りのとんでもなくデカイ組織なら、鉱山事業の主導権を握っている可能性もある。ボンゴレが企業舎弟で莫大な収益を得ているとすれば……)

 考えれば考える程、ボンゴレファミリーの資金源が謎に満ちていく。

 それにしても、奈々はあんな虚言疑惑付きの中途半端過ぎる夫の言葉をよく信じたものだ。これで今まで詐欺の被害に遭わなかったのが不思議である。

「ったく、家光もちったァ電話対応じゃないのにしろってんでい」

「いつも忙しくて中々帰れそうにないのよ……タッ君も家光さんの気持ちを汲み取ってね?」

「まァ、そうは言うがよう……」

「あ、そういえばタッ君には一人娘がいるんでしょ?」

「……何で知ってんだ!?」

 さりげなく爆弾発言を投下した奈々に、次郎長は動揺した。

 一人娘は当然ピラ子のことだが、実を言うとそのことは子分達(みうち)以外には誰も言っていない。

「じゃあ、やっぱりあの子なのね! この前公園で勝男君と遊んでたから、まさかと思ってたけど!」

「勝男か……」

 次郎長は一週間程前に勝男にピラ子の面倒を見るよう頼んだことを思い出し、思わず指先で額を押さえた。

 ピラ子の初めての友達がツナであるのは次郎長としても今後の付き合いを考えればありがたいが、ある意味で知られると厄介な家庭(ところ)に知られたような気がしてならない。これで相性が良くなってツナとピラ子が万が一にも……という流れになると、ヤクザとしての活動にも影響が出るだろう。ツナと奈々に十分配慮して付き合う必要がありそうだ。

「家光さんも喜ぶわ、ツッ君の初めての友達が女の子だなんて!」

(いや、ウチの組の幹部になる娘なんだが……)

 ツナの初めての友達が極道の娘というのは、普通に考えればヤバイ状況だろう。

 母親(なな)と手を繋いでいる人見知りな彼も数年経てば小学生なので、今後の学校生活が色々と心配だ。早く普通(カタギ)の友達を持ってほしいものだ。

「あとで会わせてくれないかしら? きっとツッ君も喜ぶわ!」

「……まァ、近い内にな。じゃあオイラは買い物も終えたからここいらで」

「ええ♪ ツッ君、おじさんに挨拶は?」

「えっと………おじさん、またね」

「おめェもおじさん呼ばわりかよ……じゃあな」

 次郎長は赤い襟巻をなびかせ、奈々とツナと別れて帰路につくのだった。

 

 

           *

 

 

 その夜。

 夕食を終えてそれぞれが自由に過ごす頃、次郎長は自室でテレビをつけてニュースを見ていた。

《警察庁組織犯罪対策部は「広域指定暴力団の関東集英会と的屋系暴力団の溝鼠組の対立は明確であり、大規模な抗争もあり得る」という見解を発表し、引き続き調査をして厳戒態勢を敷くことを検討する模様です》

「……お(まわ)りさんも頑張ってるねェ」

 テレビを見ながら(きょう)(そく)に肘をかけ、煙管(キセル)をふかす次郎長。

 ニュース番組では、司会の草野(くさの)仁義(ひとよし)が元極道関係者である(パン)()(ぐみ)元組長のコメンテーター・井上に話を降った。

《元極道関係者として井上さん、関東集英会と溝鼠組は今後どうなるのでしょうか?》

《関東集英会は極道社会でも黒い噂が絶えない勢力だからねェ。恐らく溝鼠組が動いたのは自分達の縄張りを害するような経済活動をしていたからだろう》

 井上曰く、次郎長は愛郷心が深い男であるので自分の縄張りで汚い商売をするのが彼の逆鱗に触れたからではないかと指摘した。

 関東集英会のシノギの稼ぎ方は違法薬物の密売・武器の密輸・売春の斡旋が主体であり、資金活動は海外にも進出しているという。井上の推測だと、関東集英会は主としたシノギを溝鼠組の縄張りでも行う気で、次郎長がそれを看破したため対立するようになったということになる。

 そしてその推測は、正解であった。

(まァ厳密に言えば予防策という訳だが、井上の読みはあながち間違っちゃいねェな)

《自分のナワバリの統治に悪影響が出るという理由で動いたわけですね?》

《そうなるねェ……これが両勢力の傘下団体・同盟団体も連動するようになるとめっちゃヤバイ事になる。だがやみくもに抗争して無駄な被害が出るのは双方本意ではないはずだ、幕引き自体は案外早い方かもしれないねェ》

「……」

 次郎長はテレビのリモコンに手を伸ばし、電源を切る。

 そして火皿の灰を灰皿に落とし、再び刻み煙草(タバコ)を詰める。

今の戦力で(・・・・・)抗争は面倒だな……だが先人達は戦わずして相手に勝ったことがある。関東集英会(れんちゅう)を制すりゃこっちのモンだ)

 次郎長は含み笑いを浮かべ、煙管の吸い口を咥え煙を口に含んだ。




次回から急展開です。
あんなキャラやこんなキャラを出して盛り上げていこうと思います。
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