標的16:抗争勃発?
裏社会における勢力争い――抗争事件は、いつ表面化するかわからない。
ましてやヤクザ同士の対立抗争は、一度発生すると一回限りではなく数次にわたって
そんな世間を震撼させる抗争事件は、並盛でも起きようとしていた。
「……おいおい、大丈夫かありゃあ」
買い物帰りの次郎長は心配そうな表情で呟いた。なぜなら彼の目の前にはトラックが事故を起こしていて、しかも溝鼠組の屋敷の壁に衝突しているからだ。
現場周辺には無数の野次馬ができ、風紀委員会や並盛駐在の警察官が事故の捜査を行っている。よく見れば勝男達もおり、騒然としている。
「お~い、てめーら無事か」
『オジキ!!』
次郎長の帰宅に、勝男達子分は駆け寄る。
見た感じこれといったケガはしておらず、全員大事には至ってないようだ。
「随分と派手にやったなァ……運転手の方は大丈夫なのか?」
「そ、それが……わしらが気づいて駆けつけた頃には、運転席におらんかった」
勝男達曰く、次郎長が買い物で不在中にそれは起こったという。
大広間で今度の縁日で出す屋台の新メニューを考えていた最中に外から轟音が響き、慌てて駆けつけたところトラックが突っ込んでいて壁を大破していた。事故と思って運転手を救出するべく運転席を覗いたら、本来乗っているはずの運転手が忽然と姿を消していた……という訳だ。
「オジキ、こりゃあ一体……」
「ああ……関東集英会の連中、マジでカンカンなんだな。ついに手ェ出してきやがった」
「……というと?」
「要は脅してんだよ。オイラが連中を嗅ぎ回ってることが相当頭に来てるようだな。これがレベル
肝心の運転手がいないということは、運転手の正体が勝男達にバレるとマズイということ――つまり運転手は極道関係者で、対立が激しいと世間で見なされている関東集英会の組員だとも解釈できる。
ゆえに次郎長はトラックが突っ込んだ今回の一件を、本当の事故ではなくカチコミだと判断した。
「ちょ……それって抗争やないかオジキ!?」
「だから言ったろ、連中はカンカンなんだってよ……てめーら、会議開くぞ。こっちも手ェ打たねェとカタギ巻き込んじまう」
『お、おっす!』
次郎長は現場を風紀委員会と警察官――恐らく尚弥の息がかかっている者達――に任せ、屋敷へ入ろうとする。
すると、そこへ一人の美人女性が報道陣を引き連れ現れた。
「あ、あの! 溝鼠組組長の泥水次郎長さんですね?」
「ん? ああそうだが……おい勝男、これ受けた方がいいか?」
「そこはオジキに任せます」
「じゃあ受けよ。昔インタビュー受けてみたかったんだよ。あ、これ台所に置いといて」
次郎長は買い物袋を勝男に渡すと、報道陣のインタビューに対応した。
「ハイパーニュースの
「運転手いないからな……まァここ最近の雰囲気だと関東集英会が関与してると疑って当然だな」
「では、抗争の可能性は高いと?」
「そこは何とも言えねェ……だが
次郎長は踵を返し、正門をくぐっていく。
「あ、ちょっと!? まだインタビューは――」
「オイラにも言えることに限りがあんだ、全部話す義理はねェ。おめーさん達も気をつけな……ジャーナリスト魂を優先するのも結構だが、あんまり首突っ込んで
次郎長は花野達に忠告すると、景谷達にサインを送って門を閉じさせた。
*
関東集英会。
日本有数の一大勢力とも言われる東日本最大のヤクザ勢力で、構成員は二次団体を含めて総勢5600人という巨大組織。公安委員会から広域指定暴力団かつ主要暴力団として位置づけられ、その勢力範囲は関東以北の1都7県に及ぶ。最近は海外組織ともビジネス相手として関わっており、国際的な犯罪組織としても知られているという。
「……俺達が調べてわかってるのは、これくらいです」
「ご苦労だったな、それぐらいわかればいい。あとはウチらの出方を考えるとすらァ」
子分を労い、紫煙を吐き出す次郎長はテレビを見る。
テレビをつければワイドショーで速報として流れ、コメンテーター達が抗争事件が近い内に起こるであろうと不安感を煽っている。しかもチャンネルを変えても同じことをやっているというのが腹立たしい。
「ったく、まだ行動に移してねェのに一々煽るなっての……オイラが決めることだってのになんで決めつけんだ」
「全くや! これだからテレビは信用できん!」
「オジキはまだ何もしとらんのに、勝手にゴチャゴチャ言いやがって……!」
次郎長の呆れた呟きに同調する子分達。
その直後、次郎長の携帯が鳴り響いた。尚弥からだった。
「尚弥か? どうした」
《君の家に突っ込んだトラックの運転手を逮捕してね、その身元がわかったんだ》
その言葉に、次郎長は目を細める。
現場から逃走した運転手を逮捕したのはさすが風紀委員会である。そして運転手の身元がわかったということは、相手が何者かであることや事故が起こった原因が把握できたということであり、公安に手を回して情報を貰ったのだろう。
次郎長は大方の予測はしていたが、念の為に尚弥を質した。
「……何者だったんだ」
《
「そうか……っつーことは、カチコミ目的か」
《……残念ながらそこだけは黙秘しているよ。だが彼らは間違いなく君達を目障りに思っているはずだよ。僕もカチコミだと思ってるし、警告の意味合いもあるだろう》
尚弥もまた、次郎長と同じ推測だった。
関東集英会はトラックを屋敷にぶつけることで溝鼠組に対し「これ以上シノギの稼ぎを妨害するなら必ず潰す」という意味を込めて〝言葉無き脅迫〟をしたのだ。ここで引かねば、恐らく総力を持って潰しにかかるだろう。
極道組織の最大の強みは組織力。敵対する組の構成員に宣戦布告してしまうと組織全体を敵に回すことになり、個々人単位で勝てたとしても組織に勝つことは難しい。関東集英会は次郎長がそれを理解していること前提でトラックをぶつけたのだろう。
とはいえ、ヤクザ同士の抗争は結果がどうなろうと双方疲弊するケースが多く、抗争に費やした額も莫大なものとなり場合によっては共倒れになる危険性もある。関東集英会側も、恐ろしく喧嘩の強い次郎長と正面から
《君はどう出るつもりかな? 僕はすでに動いているんだけど》
「おめェも首突っ込むのか?」
《今は情報収集と警備の強化ってところだね。並盛で抗争は御免だよ》
「ああ……オイラもでい。並盛を戦場にはさせねェ」
次郎長はそう言い、尚弥との通話を終えた。
「オジキ……」
「尚弥がこの件に首を突っ込むようだ。オイラも尚弥も、腹ん中は同じらしい」
次郎長も尚弥も、並盛を護るため・並盛が戦場にならないために手を尽くしている。この件は極道同士の問題だが、抗争が表面化すれば民間人への被害が拡大してしまい、最悪の場合も起こり得る。それだけは何としても回避しなくてはならない。
その気持ちは、子分達も同じだ。
(さて、これからどう動くとするか……)
次郎長がそう考えた時、再び携帯が鳴った。
電話の相手は、下愚蔵だ。
「……アンタ、どうした急に」
《次郎長、関東集英会の連中と揉めたらしいな? 近頃の
「冗談キツイぜ、オイラは今それどころじゃねーんだぞ……」
豪快に笑い飛ばす下愚蔵に呆れる次郎長。親戚縁組であるため巻き込まれる可能性があるというのに随分と呑気だ。もしかしてやる気なのか。
「――で、電話寄越した理由は何なんでい」
《ああ……実は蒼竜組がお前らの件の手打ちを申し出やがった》
次郎長はその報せを聞き、目を細めた。
ヤクザの世界は闘争自決主義――お互いに決定的な争いは避け、自らのことは自らの手で解決を図るという考え方がある。そこで全面戦争となるのを避けるべく、ヤクザ社会独特の儀式「手打ち盃」を行うことによって、対立抗争を水に流し和解する。この手打ち盃は組織対組織の対立抗争に限らず、個人間の喧嘩においても行われる。
その仲裁人として蒼竜組が申し出たのだが、次郎長は不審に思っている。そもそも蒼竜組は次郎長がヤクザ稼業を始める前――不良時代に奈々の件で揉めたことがあり、ヤクザにとって大事な面子を潰されたことがある。そのことを忘れているわけがなく、次郎長を助けるマネをして何か得があるのか。
(借りを作るには不釣り合い……そうなると、共謀してオイラの首を狙うのが現実的か?)
次郎長は関東集英会の武器密輸のルートを潰そうとしている。こそこそ嗅ぎ回ってる
「……手打ちには応じらァ。当事者が出てきたらな」
《どういうことだ?》
「トラックで突っ込んできた
《……ああ、わかった》
*
数十分後、東京にある関東集英会本部ビルの最上階では関東集英会会長と幹部達が集っていた。
「会長。次郎長は手打ちには応じるそうですが……久木の野郎が釈放されてからにしろと」
「……何だと?」
「アイツ、逮捕されてからずっと黙秘してたそうで。次郎長の奴はそれを公安と繋がってる知人から聞いたそうです。黙秘された以上、ただの事故だったのかカチコミなのかを確かめたいんでしょう」
幹部から次郎長の返答を聞き、眉間にしわを寄せる会長。
「クソッタレが! あのバカ、何でカチコミやって言わなかった!?」
「仕方ないだろう! 下手に漏らすとこっちの計画もバレちまうんだぞ?」
苛立ちを隠せない幹部達。
そう、関東集英会は
「会長、どうしやす?」
「金をとっとと用意しろ、野郎に時間を与えるな」
「か、金を? 何の金でっか?」
「保釈金に決まっとるやろうが。次郎長の奴、わしらが首取ろうとしてることに勘づいとるかもしれん。すぐにでも手打ちの準備をせい」
静かに、かつドスの利いた声で命令する会長に一同は動揺する。
次郎長が自分達の騙し討ちに勘づいているのかもしれない――トラックを突っ込ませたとはいえ、関東集英会の目論見を察している可能性があることに息を呑む。
「し……しかしお言葉ですが会長」
「何だ」
「次郎長は化け物みたいに強いっちゅー噂が後を絶たねェ奴ですぜ。格下だからって甘く見てると――」
「関係ないねェ」
次郎長への警戒を促す幹部の言葉を否定する声が上がる。
声の主は、白鞘の刀を携え緑色の服を纏い、灰色がかったリーゼントに近い髪型の男だった。サングラスをかけているが目は閉じているため盲目の身のようだが、彼から放たれる危険な雰囲気は嫌でも感じ取れてしまう。
「岡田……!」
「どんだけ強くても一太刀で沈めればいいじゃないか。その次郎長って男を
同時刻――ボンゴレファミリー門外顧問機関「
ボスの権力を分散するために組織されたとされるこの機関は「ボンゴレであってボンゴレでない者」と言われ、諜報活動を行いつつ非常時においてはボスに次ぐ権限を発動できるのだが、やはりトップがトップ。たまに家光に振り回されることもある。
そして今回も――
《平和な日本で、血が流れるかもしれません》
「ん?」
《関東全域を拠点とする広域指定暴力団「関東集英会」と並盛町を拠点とする的屋系暴力団「溝鼠組」の対立が深まり、抗争となれば民間人への甚大な被害が生じる可能性が高いとされています。関東集英会は国際的な犯罪組織であり――》
「え……ええええええ!?」
家光はこの日一番の大声を上げた。
愛する妻と息子が暮らす平和な町で、まさかの抗争勃発の可能性――いつもはぐうたらでいい加減な性格の家光も、さすがに目が覚めた。
「ど、どういうことだ!? 何やってんだ次郎長!?」
ヤクザの抗争は拳銃や刀を主に使用するとされている。しかし近年はより殺傷力の大きい散弾銃や自動小銃、手榴弾やダイナマイトなどの爆発物を使用するケースが増えてきており、民間人や警察官の死傷者も出やすい状況となっているそうだ。
もし奈々とツナが巻き込まれたら、家光は大切な存在を失い二度と手に入れることができなくなる。しかもそうなったらボンゴレとしても致命的で、現ボスの9代目の後継者候補達に万が一の場合が起こったらツナまで候補者に入る可能性がある以上、組織の存続にも悪影響だ。
家族の為、ボンゴレの為……家光は立ち上がった。
「おい! 急用ができた、暫く留守を頼む!!」
「はい!? え、何でいきなり……わかりましたが、どこへ?」
「日本だ! 今回は帰省じゃない、抗争を止めに行く!」
「え!? 抗争!?」
荷物をまとめ、
向かう先は、無論並盛だ。
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