浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

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標的18:〝死ぬ気弾〟

 辺りに肌を刺すビリビリとした圧迫感が漂う中で行われる、次郎長と似蔵による真剣勝負。

 次郎長が刀の柄を握ると、似蔵は口を開いた。

「……楽しませてくれよ?」

「生憎だが、オイラは遊ぶ気なんざ最初(ハナ)からねェ」

 互いに挨拶代わりの一言を言った直後、目にも止まらぬ速さで斬りかかり、激しく(けん)(じん)をぶつけた。常人ではあまりにも速すぎて、全てを視認できない程の剣戟を繰り広げる。

 しかし、押されていたのは似蔵の方であった。似蔵は若い頃に病気で失明して以来、その穴を埋めようと他の感覚が鋭くなり、嗅覚・聴覚・勘が人一倍鋭くなった。だがその鋭くなった他の感覚を狂わせるような戦法で次郎長は猛攻を続けたのだ。

 刀だけではなく鞘も振るい、時々蹴りも見舞う――どの流派の戦い方でもない、ましてや暗殺術でもない、ただ眼前の敵を翻弄して倒す喧嘩殺法についていくのがやっとだった。

「喧嘩でオイラに勝てると思ってんのか?」

「……喧嘩じゃない、殺し合いだ!」

 似蔵はそう叫び、足払いをして次郎長を転倒させる。

 すかさず受け身を取り、距離を取る次郎長。だがその瞬間、次郎長に刀を構えていない一瞬の隙が生じた。

 それを狙ってたかのように似蔵は笑みを溢し、一度納刀して一気に間合いを詰め……。

 

 ザシュッ!

 

「ぐっ……!!」

 似蔵は得意の居合で次郎長の左肩を深々と斬った。

 斬られた左肩を押さえながら次郎長は大きく舌打ち、即座に似蔵を殺気に満ちた目で睨みつける。睨まれた似蔵は嫌らしい笑みを浮かべる。

「ククク……さすがは人斬り似蔵だ。奴が手負いとなれば勝負は決まったも同然だ、あとはゆっくりと高みの見物でも――」

「悪いねェ、旦那……俺にはそんな余裕がないみてェだ、あの男は今までで一番手強い野郎だよ」

 会長は機嫌良く口を開き似蔵を一瞥したが、その目に驚愕の光景が飛び込む。

 似蔵の額に刀傷が刻まれており、血が流れていたのだ。言葉通り彼の顔に苦痛が浮かび、余裕の笑みが引きつった笑みに変わっていた。

 会長は似蔵を高い金を払って用心棒として雇って以来、一度も血を流すところを見たことがない。似蔵が得意の居合で一太刀で始末し続けたのもあるが、何より似蔵の強さは常軌を逸していた――だからこそ、抗争や要人暗殺では彼に任せてきた。

 その似蔵が初めて血を流し、苦しみを初めて見せた。それだけで次郎長の脅威がどれ程かを理解し、思わず後退った。

「……悪いが、さっさと逃げてくれるかね」

 似蔵の言葉から会長は次郎長に脅威を感じ、顔を青ざめながらその場を逃げていった。

「……おや? 追わないのかい?」

「オイラの敵はおめェだ。それにアイツの方は尚弥がどうにかするだろうよ……尚弥は公安と繋がってるからな」

 次郎長にとって、今は関東集英会などどうでもよかった。ただ、目の前の敵を野放しにするのは危険だという考えで頭の中はいっぱいなのだ。

 今回の一件で関東集英会は崩壊するのは明白だが、問題はその後だ。関東一帯を牛耳っていた大組織が崩壊すれば、その後釜を狙うかのように多くの無法者共が暴れ始める。その中の誰かが、今目の前にいる危険な人斬りを雇えばどうなるかなど想像に難くない。

「しかし……やっぱりアンタは最高だ、俺の居合で倒れなかったのはアンタが初めてだよ」

「ったりめーだ、その程度で倒れる(やわ)な男だったら大侠客だの並盛の王者だのと呼ばれねーんだよ」

「……」

「……ボチボチ頃合いだ。これ以上遊ぶのは疲れるから、そろそろ決着(ケリ)つけようや」

 次郎長はそう言いながら刀を鞘に収め、深く腰を沈めた。

 その刹那、似蔵が次郎長のすぐ隣を異常な速度で駆け抜けた。

「油断しすぎたねェ……」

「――て、め……!」

 似蔵は微笑んだ。手応えを感じない程の速さで斬ったのだから。

「おや、ちと速すぎたかね――」

「……な~んてな。確かに今のが入ってたら()られてたかもな」

「っ!?」

 似蔵は我が耳を疑った。

 次郎長は確かに斬り捨てたと思っていた。なのに、なぜ生きているのか。

(バッ……バカな! 確かに奴を斬ったはず!)

 疑問と焦燥に駆られ、すぐさま刀を抜く。

 そして似蔵は気づいた。己の刀に……刀身が無くなっていることに。

(まっ、まさか……!!)

 次郎長は似蔵の抜刀術を上回る速さで、しかも気づかれることなく刀身を弾き飛ばしていた。

 思い返すと、数々の斬撃の中で刀を交える中で最後に刀を鞘に収めたのは、次郎長の左肩を斬った時。おそらく、そこで刀はへし折られたのだろう。

「俊足の居合が仇となったようだな。オイラと一対一(サシ)の喧嘩……ましてや居合で勝とうなんざ百年(はえ)ェよ」

 似蔵は焦り、声の方へ振り返る。

 だがその時には、次郎長は拳を握り締め突き出していた。

「もうちっと目ん玉見開いて生きろやチンピラァ!!」

 次郎長の拳骨が似蔵の顔面を捉え、そのまま殴り飛ばした。

 襖や壁を突き破っていく似蔵の姿を一瞥すると、次郎長は負った傷など意にも介さず家光の後を追った。

 

 

           *

 

 

 左肩の傷口を押さえながら、裏口や路地裏を利用して次郎長は取引場所へと向かう。

 家光たった一人に先に殴り込ませてしまったが、かつて拳を交えた時を思い出し「アイツならどうにかなるか」と勝手に納得しながら足を運ぶ。

(問題は取引場所にどれぐらいの兵隊と銃が揃っているかだな……)

 近年の極道社会において、ヤクザ勢力は「銃一丁は組員10人に匹敵する威圧効果がある」として銃火器による武装を年々強化しており、最近では「組員一人に銃一丁」という状況だという。それだけでなく重武装化も進んでおり、より殺傷力の大きい散弾銃や自動小銃、手榴弾のような爆発物も所有するようになった。

 取引場所に待ち構える連中は、それなりの武装だろう。そこにどれくらいの組織がいるかもわからない以上、この手負いの身では油断できない。

「とにかく、アイツの助太刀に行かなきゃな……」

 

 

 暫くすると、目的の取引場所へと辿り着いた。

 次郎長は意を決して抜刀し、シャッターを斬り裂いて殴り込むと……。

「――次郎長! 来たのか、遅かったな」

「……何でい、オイラが出張る必要はなかったか?」

「ハハハ! 俺は〝ボンゴレの若獅子〟と呼ばれる程の男だぞ? お前に遅れは取らないさ」

 次郎長の目の前には、無数のスーツ姿の男達が家光によって無残な姿で半殺しにされている光景だった。家光がたった一人で取引場所にいた全ての無法者共を壊滅させたのだ。

 イタリア最大のマフィアの門外顧問(ナンバーツー)は伊達ではないようだ。

「……で、〝ボンゴレの若年寄〟さんよう」

「若年寄じゃないっての!!」

「何言ってやがる、若年寄は江戸幕府じゃあ結構な役職だぞ」

「そういう問題じゃない!!」

 次郎長に若年寄呼ばわりされて怒る家光だが、確かに次郎長と比べると老け顔ではある。

「何か得られたかい」

「! ――ああ……だが正直信じられない」

 家光は複雑な表情で次郎長にある弾丸を見せた。

 どうやら取引に出される武器とやらは、マフィアのファミリーが所有する特殊弾であったようだ。

「特殊弾って代物だったか……んで、それがどうしたんでい」

「これは〝死ぬ気弾〟というボンゴレファミリー(・・・・・・・・・)に伝わる(・・・・)特殊弾だ。後悔している人の脳天を撃ち抜き一度殺すことで、危機によるプレッシャーで外部からリミッターを外して、後悔していることに対し死ぬ気で頑張らせることができる」

 次郎長は眉間にしわを寄せる。

 この闇取引には、家光が属するボンゴレファミリーが絡んでいたのだ。しかし家光は非常時にはボスに次ぐ権利を持つ門外顧問という立場であり、組織自体も主に諜報活動を行うのならば情報を事前に把握していないのはおかしな話だ。

「一体なぜ……」

「んなこたァ知るか。そういうの(・・・・・)を調査するのがてめーの仕事じゃねーのか?」

 次郎長の指摘に、「そうだな」と呟く家光。

 ボンゴレの特殊弾が他の犯罪組織に渡るということから考えられるのは、ボンゴレファミリーの内部に裏切り者がいて、自らの企みの為に流して何らかの力を得ようとしたか。あるいは何らかの理由で追放された者がボンゴレを恨み、復讐するために自身の戦力強化・規模の拡大をも視野に入れて流通させようとしたか。いずれにしろ、マフィア界の掟に反する行為だ。

 そしてそのような行動をとったのは、ファミリー及びマフィア界から追放されれば掟は通じないと考えたのだろう。

「オイラ達ヤクザの世界じゃあ、カタギに手ェ出すことは許されねェ。それはヤクザがカタギになった場合も同じこと……ヤクザの恨みはヤクザのうちに片ァ付けなきゃなんねーってこった。だがマフィアは(ちげ)ェんだろ?」

「……ああ、掟の厳守はファミリーに限らず市民にも求められることもあるからな」

「だったらケジメつけるべきだろ。オイラはてめーの仕事に首突っ込む気はねーが、やるべきことぐれーやれよ」

 次郎長は家光に提言すると、踵を返した。

「オイラはもうここにゃ用はねェ。肩の傷を癒すとさせてもらうぜい」

「肩の傷? ……おい、その左肩はまさか!?」

「ああ、さっきの奴と戦った時にザックリ斬られただけ――」

 

 ジャララララ!!

 

「「!?」」

 突如として現れた無数の鎖。

その鎖を操る者は、二人がよく知る組織の者だった。

「〝復讐者(ヴィンディチェ)〟!!」

「イェ――っ!」

 思わず「イェーガー」と言いかけた次郎長は、すかさず口を塞ぐ。

 あのまま言い切っていたら、さすがの次郎長もヤバかっただろう。ヤクザの次郎長がマフィア界の掟の番人と裏で協定を結び、彼らに代わって掟の対象外である勢力の牽制を担っているという情報を漏らすわけにはいかない。

(……っつーかよく見たらイェーガーじゃねーな……)

 次郎長の記憶が正しければ、イェーガーは透明のおしゃぶりを首に下げたバミューダと行動を共にしていて、右目が露わになっていた。しかし目の前の黒ずくめの者は、ただ黒いシルクハットとコート、包帯を身に纏っているだけだ。

 おそらく、バミューダ達の組織の中でも格が下の方――極道組織でいう若衆(わかしゅ)のような立場なのだろう。

「罪人ハ我々ガ牢獄ヘ連レテイク」

(下っ端は片言なのか……)

 流暢に日本語を操るバミューダ達との関わりの方が長い次郎長は、きょとんとした表情を浮かべる。

「……下っ端でも(つえ)ェのか?」

「次郎長、手を出すな!! 逆らうとタダじゃ済まないぞ!?」

「わーってるよ、それぐれェ。一々騒ぐなって」

 やれやれといった表情で溜め息を吐く次郎長。そうしている間にも復讐者(ヴィンディチェ)達は鎖で虫の息の男達を縛り上げ、引き摺っていきどこかへと去っていった。

 その直後、どこからかパトカーのサイレンが鳴り響いた。サイレンの音は段々近くなり、かなりの数のパトカーがこちらに向かってきているようだ。

「おめーもとっととトンズラしねーとヤバいぞ。パクられてもオイラァ責任取らねーからな」

 次郎長は口角を上げつつも、肩の痛みを堪えるような表情でその場から去っていった。

 

 

           *

 

 

 翌日、並盛中央病院。

 ある病室で、中年の婦長・内野が次郎長を叱っていた。

「ちょっと親分! アンタまた無茶したね!?」

「手打ちという名の騙し討ちに応じただけだぜ、ウッチー……こうでもしねーと丸く収まらねーんだよう」

 ガミガミと叱る婦長がうるさいのか、耳を塞ぐ次郎長。

 内野婦長は20年以上も並盛中央病院に勤務しているベテランであるが、学生時代はとんでもなく強い美人女番長(スケバン)だったらしく、ヤクザも恐れたという伝説がある暴走族「()()(ドッ)()」の総長として暴れ回っていたらしい。その実力は健在らしく、その物理的な女子力を院長に見込まれてか、彼女が担当する病室にいる患者は極道関係者や風紀委員といった物騒な面子ばかりだという。事実、次郎長が入院した際には確実に内野婦長が担当するようになっている。

 ちなみに〝ウッチー〟は、暴走族の総長の頃に仲間から呼ばれた愛称である。

「全く、少しは自重しなさい……アンタがおっ()んで困るのは子分達だけじゃないんだよ?」

「ああ……わーってらァ」

 そう、次郎長の身に万が一の事が起これば並盛の秩序が大きく崩れかねないのだ。

 次郎長は並盛町を護るため年々勢力を拡大させ、その一地方都市を牛耳る程度とは到底思えない圧倒的な力を示威して他の極道組織や海外勢力の干渉・介入を跳ね除けている。表では名家でもある雲雀家に治安を任せつつも、この町の裏社会の秩序は全て次郎長が取り仕切っているのが現状だ。そんな彼が今ここで倒れたらどうなるかなど、目に見えることだ。

 次郎長の命は、次郎長一人分の命ではなくなりつつあるのだ。

「じゃあ、あともう数日は安静にしてなよ」

 内野婦長は溜め息を吐きながら病室を後にした。

 次郎長は窓の方に顔を向け、病室から見える並盛の風景を眺める。

(……そーいやアイツらにも名前あんのかねェ)

 ふと思い出すのは、先日の黒ずくめ達。

 バミューダの部下であるのは明白であり、家光の反応的には相当厄介な存在に見られてた彼らにも名前はあるのだろうか。

(……今度訊いてみるか)

 一刻も早く肩の傷を癒すべく、次郎長は目を閉じた。

 暫くしてから勝男達がお見舞いに来たのだが、その時の寝顔はヤクザの親分とは思えぬ穏やかで優しそうな表情だったというのは秘密だ。




あと一話で関東集英会編は終了です。
その次は、原作キャラとズブズブに関わる長編になるかと。
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