浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

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ディズニーに行ってて投稿が遅れました、申し訳ありません。


標的19:持って生まれた子

 一週間後。

 無事退院した次郎長は、雲雀家へと足を運び尚弥と面会していた。

「っつー訳でよ……」

「そうかい……その沢田家光って男は中々できそうだね」

「それはどうだか……てめー程の親バカじゃねーが育児は失敗してる」

 徳利を傾けて猪口に酒を注ぎ、それを一息に飲み干す次郎長。

 普段は煙管も咥えて煙を吹かしているが、この日は尚弥の一人息子・恭弥が傍で寝ているため、彼が副流煙を吸わないように禁煙している。ヤクザ者である次郎長も、TPOくらいは弁えているのだ。

「……で、そっちはどうだったい」

「関東集英会は壊滅した。会長も君が倒した岡田って男も捕まえたし、結構な収穫だよ。知り合いからも「新米の実践にもなった」って感謝されたしね」

 尚弥の猪口に酒を注ぎながら、次郎長は彼から関東集英会のその後を聞いた。

 関東集英会は次郎長の騙し討ちに失敗した挙句、用心棒兼殺し屋として雇った似蔵を失った。尚弥はそうなることを踏まえ、コネと権力にモノを言わせて公安と警察に情報をリークしてガサ入れさせた。ガサ入れの一部始終は生放送で全国に放映され、翌日の朝刊の一面を飾り連日報道されるようになった。

 次郎長への騙し討ちの失敗に加え警察のガサ入れを食らった関東集英会は事実上壊滅した。関東一帯を牛耳っていた組織が突然消滅したのだから、東日本の裏社会は後釜を巡って抗争が起こりやすくなるだろう。

「武器の方は?」

「中国のルートだったそうだよ。日本の警察だとルートのガサ入れはできないから、今頃国際レベルで動いているんじゃないかな?」

 瀬取りとは、洋上において船から船へ船荷を積み替えることを言う。一般的には親船から小船へ移動の形で行われることで瀬取り自体は問題ないのだが、現在では覚醒剤取引で利用するような違法行為を伴うため監視対象となっている。

 瀬取りの手段を使うということは、漁船か何かで武器の密輸を行っているのだろう。それに覚醒剤をはじめとした違法薬物が絡めば、このルートを使う勢力が具体的にわかり、撲滅に繋げることができる。もっとも、次郎長はそこまで追求する気は無いのでそれ以上の関与はしないつもりだが。

「そっちこそどうなんだい? 関東集英会という大組織が消えたんだ、極道社会は大分荒れるんじゃないかい?」

「んなこたァ知るか、別にどうだっていい。俺ァ極道社会の覇権争いとかにはあまり興味ねェんでな、我関せずってところでい」

 次郎長にとっては並盛が全て。日本の裏社会の覇権争いで頭角を現すことよりも並盛を護ることが最優先であり、そもそも次郎長は隙あらば敵対勢力を討ち取ろうとする野心家ではない。

 たとえ極道社会が荒れて抗争が頻発しても、次郎長は「並盛の守護者」であって「極道社会の調停者」ではないので、並盛に手を出さない限りは彼が動く理由はまず無いのだ。

「……まァ、そういうこった。オイラはここらで失礼するぜ」

「そうかい」

 次郎長は立ち上がり、置いていた刀を腰に差すと襖を開けて去っていった。

 その直後――

「尚弥様、今よろしいでしょうか」

「ああ、入って」

 尚弥に一言声を掛け、襖を開けて袴姿の青年が入ってきた。

 その正体はおかっぱ頭と麻呂眉、蛇のような黄色の瞳に鼻の上の真一文字の傷が特徴で、勇ましくも次郎長や尚弥より幼く思える。彼の名は(くろ)()(らん)(まる)――数年前から雲雀家に仕えている使用人で、次郎長と尚弥の後輩である若者だ。蘭丸は風紀委員としても活動しており、主人にして上司である尚弥の右腕として支えている。

「……実は数名の風紀委員から、不審者達の目撃情報が寄せられています」

「不審者かい? 複数で行動しているように聞こえたけど……危害を加えるなら咬み砕いてよしと伝えたはずだよ?」

「はい。ですが……」

「……?」

 蘭丸曰く、その不審者達は風紀委員が監視しているのを察知しているのか、用心深く行動しているとのこと。確かにいくら不審な行動とはいえ、一般市民に危害を加えてない上に「怪しそう」という理由で制裁するわけにもいかず、手を出さずに様子を見るしかないだろう。

 しかし蘭丸自身が監視していたところ、只者ではない雰囲気を醸し出していることがわかり、こうして尚弥に報告したのだ。

「――どこで目撃したんだい?」

「並盛町の各地でですが、一番多いのは沢田家周辺です」

「沢田家……次郎長の元同級生である沢田奈々の家だね。でも次郎長の関係者と知っているなら手は出さないと思うけどね」

「そこは私として何とも……ただ、もしあの一家に何か知られていない事実があるとすれば、大黒柱の沢田家光に関係しているかと」

 蘭丸の意見に、尚弥は考える。

 尚弥は並盛の最大権力者であり、行政に平然と介入できる。風紀委員会の活動の一環として戸籍謄本や住民票の取り寄せもしているので、特定の個人情報の把握も可能だ。ただ、前回確認した際は沢田家はこれといった不審な点は見当たらなかった。

 だが、そこで尚弥は沢田家の情報と次郎長の証言の内容が一部一致していないことに気づいた。家光の職業だ。

(そういえば次郎長に訊かなかったけど、沢田家光の本当の職業は何だ?)

 先程の次郎長との対談で、彼は家光が関東集英会の件に加担してくれたことを言っていた。普通に考えると、極道組織を相手にそんなマネができるのは裏社会の人間かマル暴ぐらい――しかし家光は公文書上は海外企業で働いていると記載していた。

 この事実の不一致は何なのだろうか。

「……蘭丸、沢田家について詳しく調べてきてくれないかな?」

「はい!」

 

 

           *

 

 

 溝鼠組の屋敷。

 次郎長は自室から庭を眺め、煙管の紫煙を燻らせる。すでに子分達は寝静まっているが、タイミングとしてはちょうどいい頃だろう……〝彼ら〟が来るには。

「……オイラはてっきり前回と同じ来方だと思ったんだがねェ」

「別にいいだろう? ああ、心配せずとも土足じゃないよ」

「一応おめーさんらは靴履いてんのか? コートやマントで見えねーから、土足で上がったら一発ぶん殴ろうかと思ってたよ」

 微笑みながら振り返ると、そこにいたのはバミューダ率いる復讐者(ヴィンディチェ)。今回はイェーガーも同伴のようだ。

「……茶は飲めるのか?」

「そこまで時間は取らないよ、ジロチョウ」

 次郎長は「そうかい」と呟き、バミューダを見据える。

「……で、今度はどう踊らせるつもりでい」

「人聞きの悪いことを。僕が君を人形にするとでも?」

「じゃあどうなんだ、協定を結んだ相手が自分(てめー)の思い通りに動いてくれるのは」

「それはもう最高だね」

「本人の前で言うんじゃねェ」

 包帯の下で笑うバミューダに呆れる次郎長。

 やはり使い勝手のいい手駒は持つと嬉しいようだ。

「言っておくが、俺はてめーらマフィア界がどうなろうと関係ねェ。富めるも滅ぶも自分(てめー)次第のご時世だからな。俺がわざわざ加担するのは、てめーらの世界の連中が活動範囲を日本にまで伸ばしたからだ……こっちにゃこっちの護りてーモンがあんだ」

「……」

「オイラはヤクザだ、マフィア者じゃねェ。てめーらの掟や理屈はオイラに通じると思うなよ」

 次郎長は煙管の火皿の中の灰を落とす。

 すると、彼は何かを思い出したのかバミューダ達を質した。

「そういやあ訊くがよ……死ぬ気弾という特殊弾のことを漏らした家光(やつ)ァ放っといていいのか?」

 次郎長の質問に、イェーガーが答える。

「特殊弾の存在はマフィア界ではすでに周知されている事実。ゆえにその存在を知ることは掟に背くことにあらず……裁くことはない。だが特殊弾の製造方法を他の組織に教えることは、本来ならば是が非でも守るべき組織の技術(ひみつ)を敵に売ること――ゆえに掟に反すると見なす。裏の世界の情報が表に出る場合は厳密に対応する」

「……アイツ嫁さんに自分がマフィアっつっちゃったけど、アレもいいのかい?」

「掟は組織の秘密を守ること……しかし他にも条項ある」

「他にも?」

 イェーガーの言葉に、次郎長は眉間にしわを寄せる。

 マフィア界の掟はいかなることがあっても組織の秘密を守ることだが、何もかもという訳でもなさそうだ。マフィア共通の事柄――世間一般でも知られる知識や裏の住人なら誰もが知る情報など――はあまり問題は無いようで、絶対に他の組織に露見してはならない秘密を漏らすと裁かれるようだ。

 だがマフィア界の掟は秘密を守ることだけではない。実際には詳細な条項があり、その中には「妻を尊重しなければならない」といういささか人間味を感じさせるものがある。家光が妻に自分がマフィア関係者であると白状したのは、「妻を尊重したゆえの告白」として掟に反する行動ではないと彼等は判断したようだ。

「……成程、掟に順じてるか反してるかは解釈次第や匙加減ってことか」

 次郎長のどこかバカにしたような言葉に、バミューダ達は反論しない。

 復讐者(ヴィンディチェ)はマフィア界の掟の番人ではあるが、何も全てのマフィアの不祥事に片っ端から介入するわけではないので、組織の内部で起こった事はその組織でケジメをつけるのだ。

 それに掟に反したものを処罰するとはいえ、その全てが本人やその家族に凄惨な制裁がなされるとは限らない。ボスによっては組織からの追放で済ましたり本人以外に制裁はしないなど、組織によっては軽減することもあるのだ。

「まァ、オイラの戯言として聞き流す程度でいいさ」

「その割には煽ってたよね」

「オイラはそんな気は無かったがねェ」

 次郎長は口角を上げ、鋭い眼差しをバミューダから逸らして月を仰いだ。

 

 

 同時刻、沢田家。

 ツナが寝始めて暫く経ち、家光は久しぶりに奈々と二人っきりで話し合っていた。

「こうして話すのは久しぶりだな」

「ええ、でも明日には仕事に行っちゃうんでしょう? 石油を掘るなんて、マフィアって大変ね」

「あ、ああ……新規事業を始めることになったからな」

 家光はビールを片手に引きつった笑みを浮かべる。

 マフィアという職種を全く理解していないどころか裏の稼業であるマフィアを表の仕事と誤解している妻に、家光は罪悪感すら覚えてしまう。

「ところで奈々……ツナが中々俺に懐かないんだが……?」

「そうなの? でもツッ君はタッ君には懐いたし……きっと家光さんと長く会ってないから戸惑ってるのかもしれないわ」

「次郎長に懐いたのか!? あのヤクザにか!?」

 家光は唖然とする。

 本来ならば息子は実母ほどではないかもしれないが実父に懐くはず。だがツナの場合、何と肝心の実父よりも実母の元同級生のヤクザの方に懐くという斜め上の関係……家光だけじゃなく、普通の父親ならば驚きを隠せないだろう。

 しかし家光は違った。むしろ納得もしていた。その理由は、沢田家の血筋にある。

 沢田家の祖先は沢田家康という人物なのだが、その沢田家康の正体はボンゴレファミリーの初代ボスにして歴代最強のボス・ボンゴレⅠ世(プリーモ)なのだ。彼は自身が気に入った人物は誰であろうと受け入れ、そのメンバーには幼馴染だけでなく「大地主の御曹司」「元貴族」「某国の秘密諜報部のトップ」「元ボクサーの神父」「音楽を愛する公家」という何でもありのファミリーだったという。

 次郎長はおそらく、ツナに惹かれて一方的に寄ってきたというより、「恩人への恩返し」の一環として奈々の育児を手伝った過程でツナと関わったに過ぎないだろう。だがそれでも、マフィアの直系と血縁の無い地元の大物ヤクザが仲睦まじくしているのは色々とぶっ飛んだ状態であり、同時にボンゴレ内部及び沢田家に語り継がれてきた沢田家康(プリーモ)の人物像と重なって見えてしまう。

「ツナ……お前はやはり持って生まれたんだな」

「?」

 きょとんとした顔で見上げるツナの頭を撫でる家光。嫌がられるのが困るのか、ぎこちないが優しく撫でている。

 ツナは次郎長を介して「大空」に目覚めるのかもしれない――家光はそう思った。だが今はそれよりも優先すべきことがある。次郎長についてだ。

(次郎長……お前は一体……)

 家光は復讐者(ヴィンディチェ)と遭遇した際の次郎長の反応に疑問を抱いていた。

 普通ならばあんな黒ずくめの連中を前にしたら、警戒したり殺気を放って威嚇するはず……だが次郎長は、警戒する気配もなければ臨戦態勢になることもなく、まるで彼らを知っているかのような反応にも思えた。それに彼らを見た第一声は「下っ端でも(つえ)ェのか」という、復讐者(ヴィンディチェ)という組織の内情すら知っているような発言だった。

 次郎長はどこまでマフィア界を知っているのだろうか。もしかしたら一見は無縁でも実際は何かしらの繋がりがあるのかもしれない。そう思えてならなかった。

(9代目に報告する必要があるな……)

 次郎長と復讐者(ヴィンディチェ)――両者の関係が露見するのは遥か先の話なのだが、まさか知人がマフィア界の掟の番人と裏で協定を結んでたなど夢にも思わない家光だった。




次回は新章スタートです。
次郎長がイタリアで大暴れしますので、お楽しみに。
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