浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

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この小説を書いていて思うこと。

銀魂の強豪なら、死ぬ気の炎の使い手にも勝てそうな気がする。


次郎長伊太利亜旅行記編
標的20:旅行のミスは案外初歩的なものが多かったりする


 関東集英会の手打ちからさらに年月が経過し、次郎長は27歳になった。

 二十代後半となり、ヤクザ稼業が板についただけでなく収入も安定したおかげか抗争の無い平和な時間が訪れる。その一方で組織の結束を強めるために、次郎長は内部統制を見直したり勝男に少しずつ組の運営やシノギを得る活動の主導を一時的に任せるようにし、組内で組織の再編を計った。その組織の再編は成功し、溝鼠組による並盛への支配力はさらに高まった。

 そんなある日のこと。次郎長はいつもとは違った出で立ちで玄関に立っていた。

 愛用していた赤い紅花があしらわれた黒地の着流し姿ではなく、白い股旅用の着物を纏って黒いマントを羽織っており、手甲(てっこう)を装着し、股引(ももひき)の上に脚絆(きゃはん)を巻いて草鞋(わらじ)を履いている。まるで時代劇の侠客のような姿に、子分達は歴戦の強者としての覇気を纏う彼に息を呑んでいる。

 さて、なぜ次郎長が股旅姿になったのか。それは今からちょうど一ヶ月前に遡る。

 一ヶ月前、次郎長は気分転換に並盛商店街で催されていた一等がイタリア旅行の福引に参加していた。そこはハワイ旅行だろうと言いたいが、主催者側の「大人の事情」をしつこく追究するのは野暮だと自分で納得させ、自分の番が来るまで奈々と談笑して待った。

 そして自分の番となり、抽選器(ガラガラ)を回して見たところ、金色の抽選球が出口から出てきて受け皿の上に転がった。それを見た主催者は、当たり鐘を鳴らしてこう叫んだのだ。

 

 ――おめでとうございます!! 一等のイタリアへ一週間の旅行をプレゼント!!

 

 ……という訳で、次郎長は運良く福引の一等である「イタリア一週間の旅」を当てたのだ。我ながら恐るべき強運である。

(わり)ィな、まさか一人だけとは思わなかった。少しの間、オイラの並盛を頼むぜ」

『オジキ!! 海外旅行、楽しんできてくだせェ!!』

 玄関で勝男達が立ったまま両ひざに手を置いて頭を下げる。

 次郎長は顔を綻ばせ、ピラ子の頭を撫でた。

「土産はちゃんと買って帰るから、楽しみにしてな」

『オッス!!』

 子分達に見送られ、次郎長はイタリアへと旅立つべく屋敷を後にした。

 

 

           *

 

 

 翌日。

 イタリアへ訪れた次郎長は、たった一人の旅行で空港から降り立ったのだが……。

「俺、イタリア語喋れねェじゃねーか……」

 何とイタリア語が喋れないどころか理解できないという致命的なミスを侵していた。

 次郎長は旅行の為に入念な準備をした。海外旅行ということで愛刀を持ち出すために尚弥を介してわざわざ文化庁文化財保護部美術工芸課に古美術輸出監査証明証の申請手続きをしたり、金を払って家光の支援でイタリア大使館と掛け合い――その際「ボンゴレ」の名が出た途端に大使館側は震え上がったが――パスポートを得たのにもかかわらず、一番初歩的なミスを侵してしまったのだ。

 それだけではない。何と宿泊先のホテルで12人の男達がエレベーターに箱詰め状態で惨殺されるという凶悪事件が発生し、次郎長はホームステイを余儀なくされたのだ。この件に関してはホテル側に非があるわけではないのだが、事件が事件であるため暫くの間ホテルは営業を中止するという。

「冬場だからって世情まで冷え込んでんのかよ。何が太陽の国イタリアでい、笑わせやがらァ」

 立て続けの不幸に、思わず呆れて笑う次郎長。

 とはいえ、イタリアは海外旅行先としても人気な国だ。日本人は少なからずいるはずだろう。日本人さえ探せればあとは問題ない。

「さてと、まずは誰に……」

 次郎長がホームステイの受け入れを交渉しようと動いた、その時だった。

 路地裏の方から何かを殴る音が響き、耳をすませば助けを求める声も聞こえたのだ。次郎長は怪訝に思い顔を出して見たところ、鼻の頭の絆創膏が特徴の赤毛の子供が黒服の男達に囲まれて暴力を受けていたのだ。黒服の男達はどう見てもカタギには見えないので、間違いなくマフィア関係者だろう。

 マフィアが無抵抗の子供を数人で囲い暴力を振るう光景に、次郎長は不快感を露わにして歩み寄り、そして――

 

 ドガッ!

 

「ぐばっはァ!?」

『!?』

 凄みのある笑みを浮かべながら、次郎長は拳骨を放って男を殴り飛ばした。

 男は次郎長よりも一回り大きかったのだが、その大柄の男がたった一発の拳骨によって吹き飛ばされ、壁に減り込んだ。あまりにも常識外れな光景を目撃し、男達は汗を流し赤毛の子供は血を流して唖然とする。

「義を見てせざるは勇無きなり……ここで目ェ逸らしたら次郎長親分の面目丸潰れだな」

「な、何者だ!?」

「あの服装は日本の……! ジャパニーズマフィアか!?」

 黒服の男達が叫ぶ中、次郎長は赤毛の子供に歩み寄ると、腰を下ろして声を掛けた。

「大丈夫か、坊主」

「え? あ、ありがと……」

「! おめーさん、日本語わかるのか。オイラは泥水次郎長……ただの通りすがりのヤクザだ」

「ヤクザ……?」

「お前に絡んできた連中よりは紳士的な自由業の業者だよ。おめーは?」

「……エンマ。()(ざと)(えん)()

「古里炎真、か……」

 互いに自己紹介をすると、次郎長は赤毛の子供――炎真の頭を撫でた。

 いきなり他人に頭を撫でられた炎真は、頭の中で整理が追いついていないのか暫し呆然とする。

「炎真、よく耐えてきたな……あれだけタコ殴りにされて一発も殴り返さねーなんざ、並の男じゃあできやしねェ。おめーは大した野郎だよ、ヤクザの親分であるオイラも感服するぜ」

 次郎長の言葉に、赤毛の子供は大きく目を見開く。

 炎真はイジメられ体質でもあるが昔から諦めが早く、チンピラに絡まれても「どうせ戦っても勝てない」と判断して一切抵抗せず、生傷が絶えない日々を送っていた。それゆえに周囲から虐げられて侮辱され続けた。

 だが目の前に現れた次郎長は、そんな炎真を褒めた。どれだけ虐められ暴力を振るわれても手を出さなかったことに、彼は敬意を払った。それが無性に嬉しくなり、炎真は微笑んだ。

「さてと………極道者を前によりにもよって弱い者いじめなんざ、今時の黒服連中はいい度胸にも程があらァ。この次郎長親分が任侠道の名の下に成敗してやるとするか」

 次郎長は炎真を庇いながら改めて男達と向き合うと、鋭い眼差しで睨みつけながら殺気を放って威圧した。

 その瞬間、男達は全身の毛穴が総毛立つ感覚に襲われた。男達は腐ってもマフィアだ、それなりの修羅場もくぐり抜けている。だが次郎長が放つ殺気は「お前達がくぐって来た修羅場など屁でもない」とでも言わんばかりであり、寒気すらも覚える。

 男達は目の前の次郎長が只者ではなく、むしろ自分達よりもはるかに格上の相手である可能性があると理解したのか、次々に武器を構え始めた。

「き、貴様! どこのファミリーの者だ!?」

「どこのファミリーでもねェ。っつーかオイラはヤクザの親分なんだけど? おめーらの業界で言うボス的な立場なんだけど?」

「何だと!? なぜここにいる!?」

「ホテルが泊まれなくなっただけだ」

 素っ気無い会話だが、男達は次郎長の威圧感に気圧されて冷や汗をダラダラと流す。

 しかし、ここでどこの馬の骨か知れない輩の殺気に呑まれて逃げたとなれば、自分達の面子が台無しになる――男達はそう考え、全員で(・・・)次郎長に襲い掛かった。

 だが――

 

 ドッ!

 

『ぎゃああああ!!』

 たった一太刀、たった一瞬。

 次郎長は自分の間合いに入ってきたところを、居合で男達を武器ごと斬った。しかも抜刀の瞬間が視認不可能な程の速さで、傍から見れば男達が近づいた直後に血飛沫と共に宙を舞ったように錯覚してしまう、マフィアやヤクザの抗争の域を越えた一方的な蹂躙だ。

 次郎長の圧倒的な実力に、炎真は口をポカンと開けている。

「シメーだ」

 刀を鞘に収めると、男達は倒れ伏す。

 すると、一人の黒服の男が次郎長に怯えて情けない声を上げた。どうやら先程殴り飛ばされた男が途中で起き上がったようだ。

 次郎長は彼の元へ向かい、男に声を掛けた。

「まァ見ての通りオイラはそれなりに(つえ)ェ。一週間はイタリアにいるから、この泥水次郎長の前で仁義を破らねェよう気をつけるこったな」

「泥水次郎長……? はっ! お前はまさかボンゴレ9代目の守護者の腕を斬り落としたという伝説の――」

「三秒やるから早く逃げな……てめーはオイラの得物の射程範囲にいるんだぜ」

 腰に差していた刀の鯉口を切ると、男は一気に血の気が引いて逃げていった。

 次郎長は男の情けない背中を見届けると、炎真の方へ戻り、懐から財布を取りだして。

「さて、三下共は追い払ったところだし……炎真だったか、金払うからちょいと通訳頼む」

「……僕が通訳?」

 

 

 場所変わって、とある片田舎。

 人気旅行先ランキングでは常に上位である世界で最も世界遺産が多いイタリアは、主要都市であるローマやフィレンツェ、ミラノ以外にも魅力的な場所は多い。だが次郎長が案内されたのは、住民が何人いるか把握できないような田舎の中の田舎と言うに相応しい小さな町だった。

 しかし観光地とはまた違った風情の建物が立ち並び、人も出入りはしているので、イタリアでも知る人ぞ知る穴場スポットなのだろう。

「さすが本場のカルボナーラは美味い! この味の濃厚さ……うまみと塩気がぐんと効いていて、おつまみ感覚で楽しめるのは最高だ。酒が欲しくなるな」

 次郎長は町にある小さなレストランで、カルボナーラを食べながら満喫する。

 初歩的なミスを侵しただけでなく宿泊先のホテルで惨殺事件が発生して気分が落ち込みそうになったが、本場のカルボナーラの美味しさですっかり機嫌がよくなったようだ。

「それにしても、イタリアにこんないい町があるとはな。子分達を連れてきたかったぜい」

 そう言いながら、煙管の火皿に刻み煙草を詰めて火を点け、ゆっくりと味わうように煙を吸う。炎真は自分を庇ってくれた男がご機嫌であるのに安堵したのか、笑みを溢している。

 空は曇っているが晴れればさぞかし風情ある景色だろうと想像しながら、次郎長は炎真に尋ねた。

「よくこんな穴場スポット知ってるな。行ったことあるのか?」

「行ったも何も……ここで僕は家族と暮らしているんだ」

「! ――成程、そういう訳かい」

 炎真がこの町の住人であることを知り、次郎長は納得する。住人ならばこの町を知っていて当然だ。

 すると今度は、炎真が次郎長に尋ねた。

「……おじさんってさ、何で僕を助けたの?」

「オイラはまだ二十代だぞ………何でい、いきなり」

「いくらおじさんが強くても、放っておけばよかったのに。放っておけば気が済んで皆――」

「バカチン」

 

 ゴッ!

 

「い゙っ!?」

 次郎長は炎真の反論を一蹴するどころか、呆れた表情で拳骨を落とした。

 さすがに手加減はしたが、それでも痛いものは痛いので炎真は悶絶し、涙目で次郎長に怒った。

「何するの!?」

「バカ言ってんじゃねェ、困っている奴を助けるのが人間だろーが。それにオイラは強きをくじき弱きを助ける極道だ、おめーをあそこで見捨てたらオイラの人生を自分(てめー)自身で否定しちまうようなもんだろ?」

 炎真を助けたのは人として当然のことであり、もしもあの場で見捨てたら自分の人生を自分で否定してしまうと次郎長はカルボナーラを食べながら主張する。

 その言葉に炎真は、次郎長が今まで出会った人間とは違うことに気づいて呆然とする。

「おじさん……」

「だが喧嘩の売り買いはてめーの自由だとしても、あの状況でロクに抗おうとしねーのもどうかと思うぞ。もしもあの場でおめーの家族も虐められてたらどうするつもりだったよ?」

「そ、それは……」

 次郎長の指摘にぐうの音も出ない炎真。

 彼は炎真の忍耐力――実際は無抵抗なだけなのだが――を評価しつつも、やはり問題行動だと受け取ったようだ。炎真だけでなく家族まで巻き込まれたら、それこそ大変な事になっていて無抵抗ではさすがにマズかっただろう。

「炎真、何ができるかできないかなんか最初(ハナ)っから決めつけるな。限界を作らず、やれるだけやってみろ」

「やるだけ、やる……」

「おう、そうすりゃちったァ違う景色が見れると思うぜ」

 カルボナーラを食べ終え、手を拭いてから炎真の頭を撫でる。

 すると、遠くから日本語が聞こえてきた。

「炎真ー! どこにいるんだー!」

「父さん!」

 炎真は声の主の下へ駆け寄った。どうやら父親のようだ。

 次郎長は金勘定を終えて彼の後を追う。

「炎真、無事でよかった。中々帰ってこなかったから心配したんだ」

「あ~……オイラが通訳頼んじまったからだな」

「! 君は……?」

 炎真の父親に尋ねられると、次郎長は腰を中腰に落とし、右手の手のひらを見せるように前へ突き出し仁義を切った。

「お(ひけ)ェなすって。あっしは生まれも育ちも日ノ本が並盛町、生まれ育った故郷への御恩を返すべく、刀槍剣戟に身を置いてヤクザ者を束ねる大親分として君臨しておりやす。並盛が王者、〝大侠客の泥水次郎長〟こと吉田辰巳でございやんす」

 風で髪とマントをなびかせながら挨拶する。

 ヤクザ社会独特の挨拶に、古里親子は暫しの間きょとんとする。

「……とまァ、オイラァ渡世名は泥水次郎長、本名は吉田辰巳だ。縁あって炎真(ソイツ)と行動していた。好きに呼んでくれりゃあいいさ」

 次郎長の笑みに釣られ、古里親子も顔を綻ばせた。

 この出会いが、後に古里家の運命を変えてボンゴレにも影響を与えることになろうとは知らずに。




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次回には何とあのナスが登場します。
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