浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

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少し遅れました、やっと投稿です。


標的22:変態野菜妖精〝ヌフフのナス太郎〟

 溝鼠組の屋敷では勝男達が自由に過ごしていた。

 ゲームをしたり将棋をしたり囲碁をしたり……集っているのはヤクザ者オンリーだが、これが全員高齢者ならデイサービスの風景である。

 そんな中、子分達と仲良く四人対戦中の勝男はこう話を振られた。

「アニキ、オジキはちゃんと満喫できとるんですかね? オジキが泊まるホテルで殺人事件が起きたって情報流れてまっせ」

「ハァ!? おんどりゃあ、何を空気を破壊しつくすようなこと言ってんねん!! 今マリパーやっとる最中やって――」

《ムワアアアアアアア!!》

「ああ、お前のせいで負けたやないかァァァァ!!」

 コントローラーを投げ捨て、話を振った子分に跳び蹴りする勝男。

 子分はキレイにすっ飛んでいき、中庭の池に豪快に落ちた。

「アカン、子分に八つ当たりするところやった」

「アニキ、もう手遅れです」

 勝男は子分に突っ込まれながらも咥えていた串を捨て、代わりに煙草を咥えて火を点けた。

「――まァ事件のことはわしもさすがに知ったわ。せやけどオジキなら心配あらへん……オジキのチェックインの時間と事件が発生した時間は一時間近くズレとる。予定通り到着しとるなら巻き込まれてないはずや」

『ハァ……』

 勝男はそう断言するが、心の中では組の中で誰よりも次郎長の身を案じていた。

 イタリアで起きたマフィア絡みの惨殺事件――運が悪いことに、それは次郎長が泊まる予定のホテルで起こった。だが勝男が心配しているのは次郎長がホテルに泊まれないことではなく、事件を起こした犯人が捕まっていないことだった。

 マフィア絡みとなれば裏のやり取りもあってイタリア当局としても踏み込みにくい所はあるだろうが、それでも全力で捜査をしているはずだ。それでも見つからないとなれば、次郎長がいつどこで逃走中の犯人と鉢合わせするかわからないのだ。〝大侠客の泥水次郎長〟として町の裏社会を牛耳っていた並盛の王者が逃走中の犯人如きに()られるタマではないだろうが、身元も何もかも名無しである犯人と殺し合う可能性も無いとは言えない。

(オジキ……大丈夫、やろうな?)

 

 

 勝男の予感は的中していた。日本から遠く離れたイタリアでは、次郎長がボンゴレ関係者のデイモンと斬り合っていた。

「はっ!」

「ヌフッ」

 

 ギィン!!

 

 刀と大鎌が火花を散らす。

 次郎長とデイモンの攻防は一進一退だ。得物は違えど、互いに一個勢力に匹敵する実力者であるのは揺るぎない事実。直撃すれば命ごと刈り取ってしまうような斬撃をぶつけ合い、肌を浅く斬っては斬られ、なおも勢いを殺さずに文字通りの死闘を繰り広げる。

「っ――中々できますね……この斬撃の強力さ、雨月を思い出す」

 デイモンは頬から血と共に一筋の汗を流す。斬り合いでは僅かに次郎長が上回っている証だ。

 大鎌は使い勝手は良くない部類の武器だ。長い柄のせいで刃から手元にかけては死角になり、相手に最接近を許すと何もできないまま攻撃されるという武器として致命的な欠点を抱えている。そもそもデイモンは幻術をメインとした戦闘スタイルなので、彼自身としては肉弾戦はあまり重視していないかもしれないが、それでもボンゴレ歴代最強の(ボス)のファミリーの幹部であったのだから相当の腕前だ。

 だが次郎長も彼と引けを取らない身体能力の持ち主。剣技こそ斬り覚えの喧嘩殺法でどの流派にも属さないデタラメな太刀筋だが、それを経験と喧嘩の才能が補うので常軌を逸した実力で彼に食らいついている。

「っ……思った以上に手強いな、雰囲気的には肉弾戦は向かねー野郎だと思ってたが……!」

「私は「実態のつかめぬ幻影」です。あなた如きに易々と見抜かれるような男ではありません!」

 デイモンは力を込めて大鎌を横薙ぎに振るうが、次郎長は大鎌を鞘で受け止めた。

「何!?」

「斬り合いはただ刃をぶつけりゃいいってもんじゃねェ」

 デイモンが驚いている隙に、次郎長は刀を逆手に持ち替えて柄で喉を殴った。

「ぐっ!?」

 喉を強打され顔をしかめたデイモンに、次郎長は撤退を促す言葉を発する。

「悪いこたァ言わねェ、ここらでもう退け。これ以上は――っ!?」

 次郎長の視界が、突然大きく歪んだ。空間がねじ曲がったような視界となり、平衡感覚が狂わされて立つこともままならなくなった。

「視界がっ……!」

「ヌフフ」

「危ない!!」

 デイモンは大鎌の柄の先の刃で次郎長の喉を刺そうと刺突を繰り出した。

 次郎長はデイモンと真の声、そして迫る殺気を察知して躱そうとしたが、あと少しというところで間に合わず右肩を貫かれ壁に叩きつけられ、刀と鞘を落としてしまい丸腰になった。

「ヌフフ……古里真の声が届いたとはいえ、幻術で視覚を完全に狂わされた状態で急所を避けますか。デカイ口を叩くだけはあるようですね、あくまで平和ボケした島国での話ですが」

「て、めェ……!!」

 品定めをするような目で勝ち誇った笑みを浮かべるデイモン。いつの間にか血は止まっており、それどころか傷痕も無くなっている。そんな彼に次郎長は痛みに顔を歪ませながらも、鬼の形相で睨みながら殺気を膨らませる。

 優劣がはっきりしていても、常人なら息を殺されそうな殺気を放つ次郎長。その瞳に宿るのはどす黒い感情が一切こもってない純粋な怒りだが、デイモンが今まで見てきた憤怒や憎悪とはレベルが違う。それこそ、かつて仲間(プリーモ)が弱者を虐げる悪党達に対して向けた怒りを彷彿させる。

 それが、デイモンにとって無性にかつ非常に腹立たしかった。

「……何なんですか、その眼は。たかが五流マフィアに恩を売られただけで、なぜその眼ができるんですか? なぜ剣を握って戦えるんですか?」

 容姿も性格も何もかもが違うのに、デイモンはⅠ世(プリーモ)と面影を重ねた。

 彼は優しいがゆえに強く在るべきボンゴレを弱体化させた。優しさが甘さになってしまい、護らなければならない存在を護れなくなった。それではダメなのだ。自分のファミリーを強くして頂点を目指す野心や欲望、その為には手段を選ばぬ非情さが必要なのだ。人の為ならばなおのこと。

 そう考えてるデイモンだからこそ、次郎長が気に食わないのだ。家族でもなければ友でもない、ましてや仲間でもない赤の他人の為に強大な力を振るう次郎長が、あの男(プリーモ)と似ているのだから。

「なぜ戦えるかなんざ……てめーにゃ死んでもわからねェよ……!!」

「ヌフ?」

「てめーのルールも持ち合わせてねー人間(やつ)は、悪事だろうが善事だろうが何やったってダメなもんだ……!!」

 次郎長は右肩を貫く大鎌の柄の先の刃を引き抜こうと、力を込めて押し返そうとする。

 デイモンは次郎長の言葉に驚くと、目を細める。

(これ程の男……この場で排除するのも惜しいですね)

 デイモンは他人の身体を乗っ取って長い時を生き続けて力を蓄え続けた。その力は人の域を超えており、並の人間では歯が立たない程の強さを手に入れている。他人の身体を乗っ取っている以上、当然「相性」というものも存在する。相性がよければ生前――ボンゴレⅠ世(プリーモ)の守護者の頃――の実力を発揮できるが、悪ければ体に染みついた戦闘技能が十分には発揮できなかったり幻術の精度に影響が出る。今のデイモンは後者の相性が悪い身体であるが、それでも歴戦のマフィア達を無傷で倒せるくらいの戦闘力は発揮できる。

 だが次郎長は、その絶対的な能力の差に追い込まれても怯まず必死に食らいつき、傷が増える体に鞭を打って大立ち回りを演じた。傷を負うごとに動きのキレが悪くはなるが、彼も全力で戦っているだけあってデイモンも深手ではないが久しぶりに傷をつけられた。

 それ程の力を有する男をこの場で殺すよりは、次郎長だけはこのまま生かして一生(・・)ボンゴレの為に忠を尽くさせてもらった方が得策だ。

「せっかくです、あなたの刃で彼らを葬っていただきましょう……そして誇りなさい。あなたは命拾いするどころか、私の為に――ボンゴレの為に忠誠を誓い尽くしてもらえるのですから」

 デイモンの右目に、スペードのマークが浮かび上がる。次郎長にマインドコントロールを施し、意のままに操ろうという訳である。

 これで次郎長の目にも同じマークが映り、虚ろな目になれば全てが決まる。古里真とその一家(シモンファミリー)は命懸けで庇ってくれた恩人に斬殺され、絶望に満ちた表情で五流マフィアらしい醜く汚い死に様を晒すだろう。そして自らの手中に収まった次郎長は、その剣をボンゴレに刃向かう愚か者共に切っ先を向けて強きボンゴレの人柱となってくれるだろう。目の前の男は随分と厄介な不確定要素であったが、利用価値の高さを考えると出会えてよかった。

 デイモンはニヤリと笑ったが、()うは問屋が卸さなかった。

「この変態野菜妖精野郎、筋者ナメんじゃねェ!!!」

 

 ゴッ!!

 

「ひぎいっ!?」

 次郎長はマインドコントロールを施される前に、デイモンの股間を蹴り上げ金的を喰らわせた。自らの勝利を確信していたデイモンは見事に受けるハメとなり、情けない声を上げて崩れ落ちた。

「ハァ……ハァ……ハァ……」

「あ、は、ぐう……!!」

 肉体的にも精神的にも疲弊しきって片膝をつく次郎長に対し、デイモンは股間を押さえて動けないでいる。

 人の理から外れても、男は男であるようだ。

「ヌフ……ヌフフフフ、これは想定外です。まさかここまでとは……」

「ハァ……ハァ……おめーは詰めが(あめ)ェんだよ……人間ってのァな、己の常識で物事を判断すると墓穴を掘ることがあんだよ……」

「……」

 デイモンは思考に浸る。

 次郎長は幻術を見破り、更には〝器〟が上質ではないとはいえ互角に渡り合った男だ。仮に次郎長を始末したとしても、こうも派手な戦闘で時間稼ぎをされたら真犯人を見つけるべく躍起になってるボンゴレが嗅ぎつけてしまう可能性もある。そうとなれば間違いなく厄介事になるので、ここで一度退いて出直すのが賢明だろう。それに今ここで古里家を消さずとも、後で軌道修正すればいい。

 泥水次郎長という不確定要素により予定は大幅に狂ったが、全てが水の泡になったわけではない。そう結論づけたデイモンは、撤退することにした。

「――ヌフフ……仕方、ないですね……不本意ですが、ここで退くとしま、しょう……!!」

「……その方が互いに利がある」

 濃い紫の霧が、未だに股間を押さえるデイモンの体を覆いつくす。

Arrivederci(また会いましょう)……こ、今度会う時は覚悟なさい、泥水次郎長」

「アリヴェデルチ、〝ヌフフのナス太郎〟」

「!? だ、誰が〝ヌフフのナス太郎〟ですか!? 人をバカにするのも大概にしなさい!! 私は(デイモン)・スペードですっ!!」

「そうかい……じゃあな、変態野菜妖精〝ヌフフのナス太郎〟。詰めの甘さを直しとけよ」

「人の話聞いてました!?」

 漫才のようなやり取りの末、デイモンは次郎長に「今度会った時に〝ヌフフのナス太郎〟とか言ったら本気で殺しますからね!!」というフラグが立ちそうな捨て台詞(ゼリフ)を投げ掛けて姿を消した。

(やれやれ……ボケナス一人を片田舎から追い出すだけでこの様たァ、オイラもまだまだだな……)

 次郎長は一人の人間――ただし人の理から外れてるが――から古里家を護るだけで満身創痍になった自分を嗤いながら意識を失い、ゆっくりと前のめりに倒れた。

「親分!!」

「「おじさん!!」」

 気絶した次郎長に慌てて駆け寄る真達。

 右肩の出血や幻術の影響で心身共にかなりのダメージを負っているようだ。血がにじんだ股旅用の着物や体中に刻まれた切り傷が、いかに凄まじい戦いをしていたのかを物語っている。

「親分……」

「炎の気配がしたから、来てみたら……これはどういうことだい?」

 第三者の声が響き、真達は声のした方向へ振り向く。

 そこで佇んでいたのは……。

「〝復讐者(ヴィンディチェ)〟!?」

 マフィア界の掟の番人の登場に、真は動揺する。

「……復讐者(ヴィンディチェ)、一体何の用ですか?」

「彼の身を僕達が預かりにきただけさ。ジロチョウ自身にも用があるしね」

 その言葉に、真は絶句した。

 ヤクザとマフィアは似て非なる存在……次郎長の生きる極道社会(せかい)では掟の番人などは存在しないし、そもそもマフィア界の掟が通じない。そこへ復讐者(ヴィンディチェ)が手出しできるような道理は無いはず。

 次郎長と復讐者(ヴィンディチェ)には、どのような関係があるのだろうか。

「彼はマフィアではないけどマフィア界(こっち)に片足突っ込んでるんだ。協定をこんな形で破られると困るしね」

「協定?」

「君らには知る必要の無い話さ」

 真がバミューダとイェーガーを相手にしている間にも、二人を除いた復讐者(ヴィンディチェ)達が気絶した次郎長と彼の刀を回収して炎の中へと消えた。

 炎真と真美はその後を追おうとしたが、真矢が制した。彼女もマフィアの当主の妻――復讐者(ヴィンディチェ)の恐ろしさを知っている。

「心配せずとも、牢に閉じ込めるわけじゃない。ケガが治れば解放するさ……ただ、彼がそう望むのかは知らないけどね」

「どういうことです?」

「それも君らに教える義理は無いが……このまま帰る気ではいられないんじゃないかな?」

 包帯で顔を覆っているためどんな表情をしているかは知らないが、真は赤ん坊(バミューダ)が笑った気がした。

 その声色は、呆れているとも取れれば面白がっているようにも取れる不思議なモノであった。

「……さてと、ここらで失礼するとしようか。イェーガー君」

「御意」

 バミューダはイェーガーと共に真っ黒い炎の中へと姿を消した。

「父さん……」

「大丈夫だ……復讐者(ヴィンディチェ)は約束は守る。後は親分次第だ」

 泣きそうな息子(えんま)の頭を、真は優しく撫でた。




次郎長とDの初勝負、どちらが勝ちと思えるかはご想像にお任せします。
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