浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

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卒業式と謝恩会があって遅れました、申し訳ありません。


標的23:イェーガーの正論

 次郎長はふと目を覚ました。

 視界には重厚な石造りの天井が広がっており、窓に目を向けると真っ白い雪景色と吹雪が確認できる。

「ここァ……」

「気がついたか、ジロチョウ」

 次郎長の顔を覗くのは、バミューダと行動を共にするイェーガー。その隣では、長であるバミューダが座っている。

「――病室じゃねーなこりゃ。化け物屋敷か何かか」

「君、死にたいのかな?」

「……悪かったな、正直に言っちまって」

「思ってるんじゃないか」

 次郎長の言葉にバミューダは不快そうな声色で言葉を並べる。

 ここはバミューダ達〝復讐者(ヴィンディチェ)〟の本拠地である牢獄の管理室みたいなところのようだ。傷の手当ても彼らがしてくれたようで、体には上半身を中心に包帯が巻かれている。

「三日間ピクリともしなかったからお迎えが来るんじゃないかと思ったけどね」

「地獄の閻魔が「(おとこ)を磨いて出直して来い」って呆れてたんだろうよ。――って、あの程度(・・・・)で三日も寝てたのかオイラは!?」

「あの程度って、君……」

 バミューダは思わず溜め息を吐く。

 術士の幻術は、強さに応じて幻覚のリアリティも増していき、慣れていない者が大量に幻術を魅せられると船酔いなどに類した「幻覚汚染」と呼ばれる症状が現れる。ましてやデイモンは凄腕の術士なのだから、彼の幻術を魅せられたら並の人間は死に至る可能性すらあり得る。

 精神的なダメージは肉体的なダメージよりも遥かに治りが遅い。次郎長のように三日で回復する方が異常なのだ。

「まァ君が無事でよかった、君のように自由に動ける協力者はいてくれるとありがたいからね」

「――バミューダ……アレは何だ」

「?」

「知ってんだろ? あのヌフフのナス太郎は――(デイモン)・スペードってのァ何者なんだ」

 次郎長の脳裏に蘇る、未知の領域に達した頭の房が特徴の死神(てき)――ヌフフのナス太郎こと(デイモン)・スペード。狡猾で残忍な彼は、大侠客次郎長を大いに苦しめ追い詰めた。

 生まれて初めて見た得体の知れない敵に、次郎長は恐怖心と警戒心を募らせた。

「オイラはヤクザだ、おめーさんらのように稼業始めて裏社会に関わるようになってから色んな奴を見てきてらァ……だがあんなに気味の(わり)ィ野郎は初めてだ。アイツは文字通り家光の野郎(バカ)に化けてやがった」

「……」

「もう一度言う。バミューダ……アレは何だ」

「……(デイモン)・スペードは「古の霧」。遥か昔、ボンゴレファミリー創世記に遡る」

 バミューダは次郎長に語り始める。

 (デイモン)・スペードはボンゴレファミリーの初代ボス・ボンゴレⅠ世(プリーモ)の「霧の守護者」というファミリーの実態をつかませない役割を担う幹部だったという。ヤクザのように公然と構えない徹底した秘密主義のマフィアらしい役割ではある。

 デイモンはボンゴレの在り方でⅠ世(プリーモ)と対立し、ついに彼をボンゴレから退去させ、自分だけが引き続きⅡ世(セコーンド)の守護者となり一介の自警団に過ぎなかったボンゴレファミリーを後世まで続く巨大マフィアとなる基礎を作ったという。強さと優しさを兼ね備えたボスを裏切り、弱者を護る自警団を泣く子も黙るマフィアへ変えたのだ。 

「君の前に現れた男が本物の(デイモン)・スペードなら、他人の肉体を乗っ取って生き続けているんだろうね」

「――本物(マジ)の化け物かよ。クソ、できればあの場で片ァつけたかったが……さすがにそうはさせちゃくんねーか」

「それで生き残るどころか一矢報いた君も人のことは言えないよ」

 悔しがる次郎長にバミューダは呆れる。

 Ⅰ世(プリーモ)はボンゴレのボスの中でも歴代最強とされている男。その男の直属の部下もまた、とんでもない強さを有していることに他ならない。そんなデイモンを仕留めることはできずとも撤退させた時点で大金星である。

「……野郎は何をしでかす気だ」

「それは僕にもわからないさ」

 クスクスと笑いながらバミューダは言う。

 バミューダ達が必要以上にファミリーのゴタゴタに介入しない可能性もあるだろうが、遥か昔から生き続けた亡霊はとても狡猾な輩らしい。マフィア界でも恐れられる掟の番人にも勘づかれないよう、息を潜めて水面下で蠢いていたのだろう。

「……じゃあもう一つ訊く――ボンゴレファミリーと古里家には何があった?」

「ジロチョウ」

 バミューダは氷のように冷たく次郎長の名を出す。周りの復讐者(ヴィンディチェ)達も殺気立っており、次郎長は眉間にしわを寄せる。

 どうやらあまり触れてはいけない案件のようだ。

「また掟か? ヤクザのオイラにゃ通じねーから別にいいだろうが。それに古里家を必死で護ったんだ、ちったァ融通利かせろよ」

「ならぬ。ボンゴレとシモンの「誓い」は、何人たりとも穢してはならないのだ」

 イェーガーの言葉を聞き、次郎長は鼻で笑った。

 大方、その「誓い」とやらは両ファミリーの未来を想って当時のボスが固く交わしたものだろう。だが現実にはその誓いを嘲笑うかのように古里一家(シモン)D・スペード(ボンゴレ)に襲われた。この時点で誓いは穢されたも同然だ。

 当時のボスは子孫を信じていただろうが、問題なのはその子孫が誓いを知っているかいないかだ。知っていれば争いは避けてたはずなのに、その争いは数日前に勃発寸前となりかけた。しかもあの男(デイモン)はその誓いを知っている可能性も十分にあり得る。知った上でボンゴレがシモンに喧嘩吹っ掛けたら本末転倒だ。

「……秘密主義のてめーらだ、そういう回答がくるたァ思ってたよ。それにイェーガーだっけ? おめーさんの言葉で何となく察したよ」

「……」

「後先考えとくべきだったな……誓いなんて軽々しくやるモンじゃねェ。子孫がよくてもソイツらの部下(まわり)がダメなら結果は同じだろ?」

 辛辣な言葉を並べる次郎長に、バミューダ達は言い返さない。

 誓いとはある事を必ず成し遂げようと決心または約束することで、誓ったことは恐れずすみやかに必ず果たさなければならない。だが誓いには実行できないようなことを平気で約束したり、いつまでもその約束を実行しようとしなかったりするケースがある。最悪の場合、その誓いを無かったことにしてしまうこともある。ゆえにどんなに厚い信頼関係があろうと軽々しく誓うことは禁物なのだ。

 ボンゴレとシモンも然り、当時のボス達が誓っても次代がその誓いを果たし続けねば意味が無い。果たせない誓いや果たす気の無い誓いは、ただ苦行と不幸を招くだけの呪縛として残るのだ。

「……まァ、オイラにとっちゃどうなろうが知ったこっちゃねーがな。ケガの手当てありがとな、迷惑かけちまった」

 次郎長は起き上がると、ベッドの傍に丁寧に畳まれた着物に手を伸ばして着替え始める。

「どこに行くんだい?」

「ある程度傷は治ったんだ、ここらでリハビリちょっくらして日本に帰るとすらァ」

 着替え終えた次郎長は、刀を腰に差してマントを羽織った。

 その直後、バミューダが鎖を放って次郎長の足に巻きつかせた。

「……何のマネだ」

「せっかくイタリアに来たんだ、君に仕事をしてもらおう」

「てめーらの仕事をオイラに押し付けるのか? 協定上オイラは復讐者(てめーら)とは手ェ組んでも下っ端になる気はねーぞ」

 次郎長は鋭い眼光でバミューダを睨み、刀の鯉口を切る。

 ビリビリと窓ガラスが軋み、部屋の温度が外の吹雪のように一気に下がる。殺気立つ次郎長に、バミューダは包帯の下で笑った。

「僕と()る気かい? ジロチョウ」

「意地の張り合いなら受けて立つぞ」

「ドロミズジロチョウ、無謀なマネは止せ」

 復讐者(ヴィンディチェ)の一人・アレハンドロは次郎長を牽制する。そんな彼に続き、イェーガーはぐうの音も出ない正論(ことば)を投げ掛けた。

「ジロチョウ……たとえ我らが主・バミューダを出し抜いたとしても、この牢獄から下界までどう戻るつもりだ?」

「――全くだ、帰り方(それ)を忘れてた!!」

 ごもっともなイェーガーの正論に、次郎長はすっかり忘れてたらしく頭を抱えた。

 復讐者(ヴィンディチェ)の牢獄はマフィア界の人間でないとわからないような遠く離れた雪山の奥地にある。仮に外に出られたとしてもどこへ向かって下りて行けばいいのかわからず、下手をすれば遭難という元も子もない事もあり得る。それこそ本末転倒だ。

 つまり次郎長はどう足掻いてもこの鉄壁の牢獄からは出られないのだ。色んな意味で。

「やっぱり君は面白い、見ていて飽きないよ」

 愉快そうに笑うバミューダ。

 次郎長は詰んだ状況に置かれていると悟ったのか、両手を上げて溜め息を吐いた。 

「ハァ……わーったよう。だがヤクザに借り作るからにはオイラの要求を呑め、それが筋だ」

「要求ね……一体何だい?」

「……オイラを鍛えてくれ」

 次郎長の要求は金でもなければ地位でもなく、自らの師匠となってもらうことだった。

 バミューダは訝しげに理由を問うと、次郎長はこう答えた。

「古里の件で学んだことが一つある……自分(てめー)の未熟さだ。どんなことがあろうと護りてーモンがあんなら、てめーが変わるしかあるめーよ。アイツのような野郎がこの世に一人だけとは限らねェ、オイラは世界に合わせて強くならなきゃならねェ」

「……そう言う可能性もあるだろうとは思ってはいたけど、まさか本当に言うとは。君という人間は本当に面白い、赤の他人の為に強くなろうとするなんて」

「それが任侠ってモンさ。弱きを助け強きをくじくのが侠客(オイラ)の仕事だ」

 面白がるバミューダに対し、次郎長はそれを当然のように語る。

 警察や公安が昨今の極道組織を「悪辣な犯罪を組織的に敢行している犯罪組織」と見なし、現に掲げる任侠がお題目に過ぎない組もあるが、元を辿れば無頼漢が自警や相互扶助を目的に組織化したのが極道組織である。「任侠道」を標榜する以上はそれに沿った生き方をせねばならない。

 それに次郎長自身、事情はどうあれ困ってる人間を放っとくことには耐え辛い人間(タイプ)だ。とりあえず手を差し伸べてみることが日常でもよくとる行動で、ある種の癖の領域に達している。だからこそ、出会って間もない古里一家を気にかけて己を鍛えることを選んだのだ。

「今更だけど人間の頃(・・・・)みたいな感じを楽しむってのも悪くないね、それで手を打とうジロチョウ」

「……?」

 バミューダの意味深な発言を耳にし、怪訝な表情をする次郎長。

 だが訊くだけ野暮と思ったのか、それについて質すことはせずに携帯で数字を打って勝男に連絡を取った。

「おう、勝男か?」

《オジキ! 無事やったんやな、わしら三日前の事件で肝冷やしとったんじゃ!》

「別に巻き込まれちゃいねーよう。ただ別の面倒事に巻き込まれてな……もう暫く組を任せてもらっちゃくれねーかい。それと奈々に連絡して家光のこと訊いてくれ、居るか居ないかでいい。あと国際電話って料金バカ(たけ)ェからもう切るぞ」

《ファッ!? オジキ、要件だけかいな!? まだ話したいこ――》

 

 ブツッ

 

 勝男に用件だけ伝えた次郎長は電話を切り、バミューダ達と向き合う。それを見ていたバミューダ達は、目が隠れているためわからないが遠い目をする。

 義理人情を重んじる割には若頭に要件だけ伝えるのは、子分を信頼しているからだろうがもう少し話してもいいだろう。次郎長は組の扱いが少しテキトーな面が多いのではないだろうか。

「君って、要件人間だったりする?」

「やかましい」

 

 

           *

 

 

《国際電話って料金バカ(たけ)ェからもう切るぞ》

「ファッ!? オジキ、要件だけかいな!? まだ話したいことめちゃんこあるんやけど!? どこの馬の骨だか知らん三下が絡むわ、どういう風の吹き回しか商店街に妙なメイド喫茶できるわ、源外のじいさんが変な発明するわで――ってああ! 切られてもうた!」

 一方、要件だけ伝えられて電話を切られた勝男は頭を抱える。

 組長が不在の間は若頭が組長代行となって組を取り仕切る。次期組長として暫定されている勝男は、現在溝鼠組に所属している全ての組員の中で最も長く次郎長の背中を見てきた。彼ならばあともう暫く任せても問題ないだろうと次郎長はシノギも町の治安も頼んだのだ。

 だが次郎長と比べると勝男は目に見えて劣る。次郎長は一から極道組織を創り上げて勢力を拡大させ、溝鼠組を町の裏の統治者としての地位を確立させた。勝男は次郎長と会う前はごく少数の勢力で暴れており、彼と出会ってその人柄に惚れて彼の子分になった。次郎長はあらゆる面で勝男を上回っている。

 だからこそ、勝男は燃えるのだ。溝鼠組を創り町の顔役として君臨する大親分〝大侠客の泥水次郎長〟に匹敵する「〝黒駒勝男親分〟への道」を突き進む大事な一歩だとして。

「アニキ、オジキは……」

「何か別の厄介事で暫く戻りそうやないらしい……せやからここが正念場や!」

 次郎長不在の今、極道関係者の干渉・介入は増えつつある。源外の方はともかく、メイド喫茶の件も店を開いているだけなのに風紀委員会が監視対象として首を突っ込んでいる。たった一人の人間がイタリアへ旅行に行っただけでこの有様だ。

 こういう時にこそ、勝男は若頭としての手腕が試されるのだ。現役では間違いなく最強であろう次郎長親分が一線を引いたら、勝男が組を引っ張っていくことになる。次郎長不在時は、そのデモンストレーションであるのだ。勿論それを評価するのは次郎長であり、彼が納得いくような活動をせねばならない。

「わしはお前らのアニキじゃ、アニキらしくオジキに代わって引っ張ってかなアカン」

「アニキ……!」

「並盛町はわしらのモンじゃ、わしらの力で護るんじゃ」

 そう意気込んだ勝男は、乱れた髪型を整えて含み笑いを浮かべた。




次回はエストなんとかファミリーと全面衝突します。
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