浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

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皆さん、ありがとうございます。


標的24:エストラーネオファミリー

 イタリアに渡ってから、早一週間。

 次郎長は協定を理由としたバミューダ率いる復讐者(ヴィンディチェ)の要請――ほとんど命令に近いようなものだが――に応え、彼らの仕事を手伝っていた。

「……ホラよ、さっき潰した連中が持ってた資料だ」

「侠客を名乗るだけある、仕事には律儀なんだね君は」

自分(てめー)が蒔いた種は自分(てめー)で刈り取るのが男だ」

 顎で使われてるように思えて露骨に苛立ちを露わにする次郎長に、バミューダはクスクスと笑う。

 次郎長に与えられた仕事は、バミューダが目をつけた組織を壊滅させることだ。バミューダが目をつける組織の多くはマフィア界の掟に反した勢力だが、中には掟に触れるギリギリの線で活動する連中もいる。そういう連中を摘み取るには組織に介入して真偽を確かめる必要があるのだが、復讐者(ヴィンディチェ)は掟の番人であるために「掟無き闇の勢力」に手を出すのは容易ではない。マフィア界からは恐れられても、他の世界――ヤクザやギャング、イタリアとは違った別のマフィアグループ――から見ればイタリアマフィアを牽制できる都合のいい存在であり、場合によっては悪用されかねない。

 そこで次郎長に課せられたのは、一線を越えるか否かの瀬戸際で活動するマフィアを抑制し、越えていればその組織を殲滅することだ。そもそもバミューダが次郎長に目をつけ協定を締結したのは、ボンゴレとの関わりや彼自身の実力もあるが一番はマフィア界との関わりが深くなっていること――ヤクザの世界とマフィアの世界の両方を行き来する次郎長は復讐者(ヴィンディチェ)にとっても都合がいいため、協定を締結することで自分らの思い通りに動いてくれる強力な手札を手に入れられた。次郎長も〝バミューダの狗〟に成り下がるつもりは毛頭ないと主張しつつも、マフィア界で流れる正確な(・・・)情報を手に入れられるという利益を踏まえて次郎長個人として(・・・・・・・・)彼らの為に動くことを「通すべき筋」として了承している。

「んで、次ァどこへ行かせる気だ?」

「そうだね……じゃあエストラーネオファミリーのところに行ってもらうかな」

「逝ってもらうの間違いだろ、四日連続でマフィアグループ潰すのァ一応疲れるんだぜ」

 次郎長は「人使いが粗い連中だな」とバミューダ達を揶揄する。

「で、そのエスト何とかファミリーは何をやらかしてるんだ」

「エストラーネオファミリーね。彼らはキナ臭い噂の絶えない連中でね、噂じゃあ誘拐した子供達を実験台にしているらしい」

 バミューダの言葉を聞き、次郎長は目を見張った。

 次郎長は違法薬物の密売や人身売買、売春の斡旋といった稼ぎ方を嫌っているため手を出してないが、ヤクザの世界でも誘拐はよくある話だ。その理由は身代金や人身売買によってシノギを得るためであり、特に人身売買は裏社会にとって武器取引や麻薬取引についで三番目に大きな資金源であるのでまとまった巨額の利益を得られる。そこはマフィアの世界でも共通なので、ファミリーの経済面を支えるための活動なのだろう。

 だが人体実験は初耳だった。誘拐した子供で人身売買するのではなく人体実験の被検体にするという狂気の行動をしているファミリーがいることに、次郎長は絶句すると共に怒りが沸いてきた。

「……てめーらは何もしなかったのか」

 怒りの矛先は、バミューダにも向いた。

 なぜその子供達を助けようとしなかったのか。そんなファミリーをなぜ潰さなかったのか。マフィアどころか人間としてのクズを野放しにするのか。そんな憤怒の激情を孕んだ視線が、バミューダ達に注がれる。

「噂程度で僕らが易々と動けると思えるかい?」

 バミューダの冷たい一言に、次郎長は意味を理解して舌打ちする。

 裏社会では情報戦も重要だ、組織を護るために多くのデマ情報が流れる。それを見極めなければ取り返しがつかない。それはバミューダ達も同様であり、根拠のない噂話を信用して牢獄に放り込んで冤罪が後でわかったら、掟の番人としての存在意義が揺らいでしまう。

 だからこそ確固たる証拠を掴むことが大事であり、立場を濫用して何でもかんでも首を突っ込んでいい訳でもないということなのだ。それに下手に動けば勘づかれて雲隠れされてしまう可能性もあり得るので、罪人を捕らえ裁くとはいえ迂闊に動くのも問題だ。

「だからこそ、君が必要なのさ。協力者ならば好きに動けるしね」

 ――日本の極道が復讐者(ぼくら)と裏で手を結んでるなんて、夢にも思わないだろう?

 そう言ったバミューダは笑った。

 要は次郎長にエストラーネオファミリーに殴り込んでもらい、復讐者(ヴィンディチェ)が動く口実を作れということだ。

「……おめーさん、それって違法捜査に(ちけ)ェんじゃねーか?」

「裏社会に表社会の常識は通じないよ」

 バミューダの投げ掛けた言葉に、次郎長は顔を引きつらせて同意した。

 

 

 数時間後、次郎長は復讐者(ヴィンディチェ)の能力でエストラーネオファミリーのアジト付近に移動した。

「我々が手を貸せるのはここまでだ」

「ありがとよ、あとはオイラに任せな」

 力を貸してくれた復讐者(ヴィンディチェ)に、次郎長は礼をする。

「しかし、てめーらの操る炎は何なんだ? 瞬間移動なんざ……」

「ドロミズジロチョウ、〝夜の炎〟への追究は許さぬ」

「――〝夜の炎〟か。その言い分だとてめーらの専売特許ってやつらしいな……なら追究する筋合いはねーわな、オイラとしちゃあ知ったところでどうにもならねー気もするが」

「賢明な判断だ」

 復讐者(ヴィンディチェ)はそう告げると、夜の炎の中へと姿を消した。次郎長はそれを見届けると、アジトの方へ視線を向けて動き出した。

 秘密主義のマフィアグループだ、戦力は未知数で相当の数の銃火器を揃えてると考えた方がいい。正門もマシンガンで武装した構成員が警備兵として監視しており、見た感じでは警備も厳重でバレずに侵入するには骨も折れそうだ。

「そうとなれば、取るべき行動は一つだ……なっ!」

 次郎長はそう言うと全速力で正門へと向かい、門番を叩きのめしてから得意の居合で巨大な正門を一太刀で破壊。そのまま高速で駆け抜けた。

 次郎長が執った策は「闇夜に乗じて忍び込む」でも「敵をおびき出して闇討ちする」でもなく、攻撃開始の途端本陣まで一気に突き進む「正面突破」だ。多くの極道組織と海外勢力による干渉・介入を跳ね除けてきた次郎長ならば、常軌を逸した状況でも生還できる。

「るおおおお!」

 マフィア構成員に囲まれながらも、それらを捻じ伏せて猛進する次郎長。淡々と敵を屠り薙ぎ倒していくその姿は、修羅そのものだ。

 彼の戦法は刀を振るうだけでなく、蹴るは殴るは鞘や柄で叩きつけるは、何でもありの「型」が存在しないデタラメぶり。だが次郎長は一対一(サシ)よりも一対多数の戦いの経験の方が多いため、どれ程の人間に凶器を向けられても一切怯まずに突っ込んでいく。

「命がいらねー奴から前に出ろ!! オイラァ早く娘と子分の面ァ拝みてーんだよ!!」

 

 

           *

 

 

 痛みを訴える悲鳴と絶望に満ちた叫びが木霊する無間地獄――それが人体実験の被検体であるオッドアイの少年・六道(ろくどう)(むくろ)の日常だった。

 その無間地獄に光が差し込んだのは、白衣の男達に連れられて実験室に入った時だった。

「……おい、外が随分騒がしくないか?」

「そう言えば……」

 実験室は奥にあるので響く音は小さいが、何十人もの怒声や奇声、そして悲鳴と銃声が聞こえる。声だけなら喧嘩だろうと認識できるが、銃声まで聞こえたら思いつくシナリオはただ一つ。

「まさか、襲撃を受けているのか!?」

 一人の白衣の男の呟きにより、顔色を悪くする一同と怪訝な表情をする骸。

 今までなかった事態に白衣を着た構成員達が一人、また一人と狼狽え始めた、その時――

 

 ドゴォン!!

 

『!?』

 扉をぶち破って来たのは、一人の黒スーツ姿の構成員。

 白目を剥いたその顔は血だら真っ赤で右頬には殴られた痕があり、余程強烈な一撃だったのか拳の形がくっきりと浮かび上がっている。

「ここァ……実験室か? おいおい、バミューダの奴の情報は本物だったのかよ。最悪じゃねーか」

 実験室に現れたのは、股旅姿で顔の十字傷と銀髪に近い白髪が特徴の色黒の男――次郎長だ。

「な、何だ貴様!?」

「あ? 何だチミはってか? そーです、私が泥水次郎長親分でござんす」

 テキトーに――というよりもフザけて――仁義を切る次郎長。

 しかし白衣の男達はその名を聞いて眉間にしわを寄せ、暫くすると顔を青褪め震え上がった。

「ジロチョウ? ……まさか!?」

「コイツがボンゴレ9代目の守護者の腕を斬り落とした男なのか!? なぜここに!?」

 まさかの乱入者に、研究員と思われる白衣の構成員は動揺を隠せないでいる。

 数年程前にある噂を聞いていた。それは「ボンゴレ現当主の9代目とそのファミリーが日本のヤクザと小競り合いになった」というもので、イタリア最大のマフィアグループの幹部たるコヨーテ・ヌガーが義手とはいえ片腕を斬り落とされたというマフィア界を揺るがす事件だ。その腕を斬り落としたのが、泥水次郎長と名乗る極東の島国・日本のある地方都市の裏社会の頂点に立つ〝ならず者の王〟だった。

 その男が、なぜかイタリアにいるどころか目の前に立っている。経緯は不明だが、見られたからには生かすわけにはいかないと各々が得物を構える。

「貴様、どうして入ってこれた!?」

「んなもん決まってんだろ、メタルギアのスネークみてーに潜入できっこねーから正面突破だ。詳しく知りたきゃ後で確認しな……できたらの話だが」

 次郎長は実験室の周りに目を配る。

 血の臭いが充満する実験室は、ホルマリンに漬けられた人体の一部や無造作に捨てられた血だらけの白衣など、吐き気を催すような光景であった。

「胸糞(わり)ィことしやがって……人体実験ってどこの強制収容所だ、ヤクザの業界でもやらねーぞ」

 不快感を露骨に出す次郎長。

 その隙にメスを持った白衣の男が二人、次郎長に襲い掛かった。だが次郎長は襲い掛かった二人の顔を鷲掴みにすると、思いっきり床に叩きつけた。床にはヒビが生じ、男二人はそのままピクリとも動かなくなった。

「そんな安物の鈍を持たせたところで、何人束になろうとオイラの(タマ)を取ろうなんざ百年(はえ)ェ」

「なっ!?」

 刹那の瞬間だった。

 次郎長はいつの間にか距離を詰めて白衣の男達の一歩手前まで接近しており、目にも止まらぬ速さで抜刀して薙ぎ払った。男達は血飛沫と共に吹き飛ばされ、そのまま床に伏した。

 それを一瞥した次郎長は刀を鞘に収め、骸と向き合う。青い左の瞳と「六」の文字が入った赤い右の瞳が、眼光鋭い灰色の瞳を捉える。

「……坊主、無事か?」

「ひっ……こ、来ないでください!」

 骸が次郎長を拒絶した瞬間、辺り一面が一瞬で火の海になった。

 しかし熱を一切感じず、それどころか着ている着物やマントにすら火が燃え移っていない。この感覚は、次郎長もよく知っていた。

(コイツァ……アイツも(・・・・)か?)

 先日のデイモンと同じく、目の前の少年も幻覚を操る能力があると次郎長は確信した。ふと彼の右目を見ると、先程は「六」の文字であったのに今は「一」の文字に変わっている。

 人体実験で、何か特殊な能力を植え付けられたのだろう。マフィアのことだ、少年兵のような立場で抗争に向かわせてファミリーを始末するという魂胆だろう。

「な……なぜ、効かないのですか!? 同じマフィアのはずです!!」

「数日前に似たような野郎と殺し合ったからな………それにオイラはマフィアじゃねェ、ヤクザでい」

「ヤクザ……?」

「そこで伸びてる連中よりは紳士的な自由業をやってる野郎だよう。ったく、旅行で訪れといて刺客と殺し合うわ化け物屋敷に連れてかれるわ、挙句の果てには自分(てめー)から厄介事に首突っ込んで散々なんだぞ? 柄にもなくオイラが泣きてーわ」

 骸の警戒心と恐怖心を孕んだ視線など意にも介さず、その場で胡坐を掻く次郎長。あまりにも場違いな態度に、骸は困惑する。

「そんで……後ろのガキ共は?」

「っ!」

 次郎長は骸の後ろにいた子供達に目を向ける。

 泣きながら睨みつけ、体を抱きしめ合い、ガラス片やメスを手にしている。子供達に敵意の視線を向けられた次郎長は苦笑いする。

「これで連中が黒だとわかりゃあオイラは用無し……おいガキ共、こっから出るぞ」

 次郎長の言葉を耳にした子供達は、声を上げて泣き出した。

 ようやく自由の身になれたのだ。マフィアがヤクザに成敗されるという皮肉な展開だが、そのマフィアによって人の扱いを受けず実験台として虐げられた彼らにとっては(ぎょう)(こう)だ。

「そういやあ坊主、名前は?」

「……骸、です……」

「そうかい。(わり)ィな骸、敵さんはこのままじゃ納得いかねーようだ」

 次郎長はそう言って立ち上がり、後ろへと振り返る。

 視線の先には、満身創痍のマフィアの構成員数名が殺気を放って睨みつけていた。

「何でい、大人しく()られてたふりすりゃ痛い目に遭わずに済んだってのに……人生は重要な選択肢の連続だ、わざわざババを引くたァ根性だきゃ(てェ)したもんだな」

「貴様、よくも……我々エストラーネオファミリーを敵に回すのか!!」

「敵に回す? この次郎長がてめーらのような仁義を通さねーバカ共に従うとでも思ってるのか? そう思ってる時点でお門違いだ、顔洗って出直して来い」

 次郎長は彼らを嘲笑すると、煽られて激情に駆られたのか銃を構えた。

 それを見た子供達は怯え震えるが、次郎長は意にも介さないのか煙管を取り出して刻み煙草を詰め、火を点けて吹かし始めた。

「な……貴様、どういう状況かわかってるのか!?」

「オイラは至って真面目だぜい……何てったってオイラの出番はここまでだからな」

「何だと……!?」

「後ろを見な、それが答えだ」

 次郎長はニヤリと笑みを深め、エストラーネオファミリーの構成員達の背後を指差した。

 構成員達は怪訝な表情を浮かべながらゆっくりと後ろを振り返ると、無数の鎖が飛んできて首に巻き付いた。その鎖を見て、男達は震え怯え始めた。

「ま、まさか――〝復讐者(ヴィンディチェ)〟!?」

「……罪人ヲ牢獄ヘ連レテイク」

 危険かつ謎の存在であるマフィア界の掟の番人が現れ、状況は一変する。

 エストラーネオファミリーは混乱し、拘束された者達は涙を流したり抵抗したりする者が現れ、中には次郎長に助けを求めたりするという惨めな醜態を晒している。そんな中でも冷静な輩がいたのか、復讐者(ヴィンディチェ)は質された。

「な……なぜだ復讐者(ヴィンディチェ)! お前達は我々を裁く道理など――」

「貴様ハ勘違イシテイルナ……我々ハ貴様達ガ襲撃ヲ受ケテイルノヲ目撃シテ駆ケツケタノダ」

「なっ――」

「駆ケツケテミレバ死屍累々ノ惨状……シカシ調ベ回レバ貴様達ガ人体実験ヲ行ッテイル証拠ヲ見ツケタ。法デ裁ケヌ者達デアル以上、黒イ噂ノ絶エヌ敵対勢力(ファミリー)ノ構成員ナラバ多少ハ目ヲ瞑ルコトモ考エタガ、コノ世界(・・・・)トハ無縁ノ子供達トナレバ話ハ別……重罪ダ」

 復讐者(ヴィンディチェ)の言い分に、男達は絶句する。

 彼らは次郎長が殴り込みをかけた状況を利用してエストラーネオファミリーのアジトのガサ入れを行い、非人道的な人体実験をしていた数々の証拠を掴みその場で裁きを下したのだ。もっとも、すでに次郎長と復讐者(ヴィンディチェ)が繋がっていてエストラーネオファミリーの黒い噂も知っていたため、何がどうなろうと悪足掻きに過ぎないのだが。

「ジ……ドロミズジロチョウ、コノ件ハ手出シ無用ダ」

(アイツ、今オイラのこと下の名前で呼ぼうとしたな……)

 次郎長はそんなことを呑気に考えながら、挨拶するように手を振る。

「なぜだ、このタイミングで復讐者(ヴィンディチェ)が介入など……っ!! ま、まさか貴様らは――」

 男のその言葉を最後に、復讐者(ヴィンディチェ)は〝夜の炎〟の中へと消え、辺りを静寂が支配した。復讐者(ヴィンディチェ)の牢獄に連行された彼らは、二度と日の目を見れないだろう。

 しかしこれで次郎長の名は更に広く知れ渡るだろう。人の目とはどこにあるかわからないものだ、噂話は伝染病のようにあっという間に広まるので極道世界だけでなくマフィア界からも目をつけられるハメになるのは明白だ。

「さてと……これで解決したとはいえどうするか」

 子供達の待遇をどうしようか迷った時、再び〝夜の炎〟が発生してバミューダとイェーガーが現れた。

「本当に一人で潰したんだね」

「潰したはいいものの、ガキ共をどうするか迷っててな……こんな所に居続けるわけにもいかねーし」

「ふうん……じゃあとりあえずこっちに連れてこうか。処遇はその後にしよう」

 バミューダがそう言った途端、人間一人分の大きさだった〝夜の炎〟が一気に次郎長達を包み込める程に大きくなってその場にいた全ての者をのみ込んだ。

 そして炎が消え、誰もいなくなったのだった。




次回辺りでこの章は終わり、原作開始時点に向けてトントン拍子で話を進めます。
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