原作開始はGW以降では済まないかもしれません……。
泥水次郎長と雲雀尚弥には、極道と風紀委員会という相反する勢力の人間ながら同じ町を想う者として不思議な信頼関係がある。
次郎長はヤクザの親分として町の裏の頂点に君臨し、敵対者及びその勢力が並盛に介入・干渉して人々に危害を加えぬよう自らの力を拡大させ示威することで護ってきた。尚弥は古くから並盛を統治してきた名家・雲雀家の当主として富と権力を受け継ぎ、並盛の秩序そのものとして町の風紀を正し続けてきた。互いの愛郷心が並盛町の治安と平和の維持に貢献しており、次郎長と尚弥は同志にして同士であるのだ。
その信頼関係は、当然
ある日の午後、雲雀家。
町の文化財にも指定されている立派な長屋門の門前で、次郎長や尚弥の後輩にあたる雲雀家の使用人・黒部蘭丸はある男を待っていた。
「もうそろそろ時間か……」
門前に立つ蘭丸は、時計に目を配りながら呟く。
すると――
ブロロロロ……
「!」
近づくエンジン音。
その音が聞こえた方向へと顔を向けると、視線の先には和装の男がノーヘルかつ猛スピードでスクーターをカッ飛ばしてくる。男はそのまま門前へと直行し、激突寸前のところでブレーキターンで停めた。
「ハァ……ったく、最近の
そう言って溜め息を吐くのは、赤い紅花があしらわれた黒地の着流し姿で赤く長い襟巻を首元に巻き、腰に刀を差した白髪に近い銀髪の男。右頬の十字傷や鋭い眼光、そして放たれる修羅のごとき気迫は、間違いなくこの町の裏を統治する並盛の王者だ。
「……次郎長親分」
「よお、後輩」
スクーターから降りる王に、蘭丸は気圧される。
実を言うと蘭丸は次郎長と面と向かうのが初めてであり、彼に関する情報は
蘭丸にとって、雲雀家こそこの並盛の支配者に相応しいと考えている。だが一から極道組織を作り上げて町中の無法者共を束ねる大親分には、並盛の王と自負していることを認めざるを得ない存在であると畏怖しつつも敬意を払ってる。雲雀家と風紀委員会の裏で力を示威して町を護ってきたのは事実だからだ。
「……で、アイツは居んのか」
「! ――ああ、尚弥様が待っている」
「じゃあ行くとすっか。雀の皮ァ被った猛獣の根城に」
次郎長は蘭丸に案内され、屋敷の門をくぐった。
*
屋敷に上がった次郎長は、そのまま奥にある尚弥の私室へと案内される。
「やあ、来たかい次郎長」
「おうよ」
いつも着ている黒の着流し姿で次郎長を迎える、富と権力で町の表社会の頂点に座する並盛町風紀委員会の首領。次郎長が来ることを見越してか、彼が座るであろう座布団の隣には湯呑みが置かれている。
次郎長は帯びていた刀を腰から抜き、
「よっこいせ――そんで、お望み通り子分一人連れずに来たがよ……」
(……尚弥様と反りが合っても、やはり相反するか)
刀を左に置いた次郎長に、警戒心を露わにする蘭丸。
通常、侍は左腰にさした刀を右手で抜くため、着座して刀を右脇に置くことで敵意の無いことを相手に示す。逆に刀を左に置くということは、「いつでも斬れる」という攻撃の意思表示である。
尚弥が何かしらの危害を加えたり妙なマネをするのならば容赦なく抜く――次郎長は言葉無き忠告でそう伝えているのだ。
「てめーがオイラ相手でも相談内容を電話で言わなかったってこたァ、てめーにとって内密な案件なんだろ? 本来なら組織全体での情報共有もいいはずなのに、それをしねーってこったろ」
「察しがいいね、さすがだ」
「オイラを誰だと思ってやがらァ。天下の泥水次郎長だぜ」
湯呑みを手にし、中のお茶を飲む。
尚弥は一度深呼吸してから、次郎長の目を見据えて口を開いた。
「これは君じゃないと解決しないかもしれないから、そこは理解してくれ。実は……」
「……実は?」
「恭弥が僕を
「帰る!」
相談内容が、まさかの
家に上がって早々に匙を投げられてしまった尚弥は、慌てて立ち上がって彼の肩を掴む。
「次郎長、せめて僕の話を最後まで聞いてからにしてくれないか!?」
「ふざけんな! んなもん極道呼び出して相談するようなことじゃねーだろ! それ以前に蘭丸、おめーでもどうにかなる案件じゃねーのか!?」
「……申し訳ありません、私ではどうにも……」
申し訳なさそうに頭を深々と下げる蘭丸。
次郎長以上に尚弥と長く付き合ってる分、彼は主人の為にと忠を尽くしている。雲雀家の為ならばと身命を賭さんばかりに働き、並盛の風紀にも貢献しており、雲雀家の事情を一番理解している人物であるのだ。当然雲雀家においては家事全般を担当し、息子である恭弥の世話係もお手の物である……はずだった。
恭弥はリサイタルを行うガキ大将を遥かに凌ぐ超問題児だったのだ。蘭丸曰く、本来ならば素直で純粋な一人の子供であるはずなのに、喧嘩や暴力にどういう訳か興味を示し、
「親譲りの無鉄砲ならぬ親譲りの凶暴性ってか……」
「……その通りです」
次郎長は顔を引きつかせる。
彼が娘として受け入れ育てているピラ子は元々極道の世界にいたため発言や行動が物騒なのは仕方ないが、恭弥は
「君は家族との接し方が得意だろう!」
「
次郎長の一家はヤクザ勢力の構造上、多くの子分と盃を交わして疑似家族になるため大所帯ではある。だが盃を交わした子分のほとんどはどんなに若くても第二反抗期を過ぎており、組の中での唯一の未成年者はピラ子ぐらいだ。
かくいう次郎長自身も奈々との交友関係が続いているため、彼女の息子の
「次郎長、本当に帰る気かい!?」
「ああそうだよ!! 足運んで損したぜ、
声を荒げながら襖を開けようとした、その時だった。
バリィッ!!
「かみ殺す!!」
「っ!?」
突如として尚弥が子供サイズに縮んだような男児が、両手に木の棒を携えながら襖を破って次郎長に襲い掛かった。尚弥の実子である恭弥だ。
次郎長は咄嗟に後退して第一撃を躱し、すかさず放たれる二撃目を愛刀の柄で受け止める。
「トンファーか……!」
次郎長は鋭い眼光でそれを見据える。
トンファーは沖縄の琉球古武術において使用される打突武器兼防具で、十手と同様に刀を持つ敵と戦うために作られた攻防一体の武器だ。アメリカやヨーロッパでは武器としての使い勝手の良さから角柱を円柱に変えた「トンファーバトン」を警棒として採用しており、合理的かつ有効な装備として警察や警備会社が重宝している。
リーチが短い反面、鍛錬を積むことで多彩な攻防が可能になるという強力な長所があるため、決して侮ってはいけない武器である。
(尚弥の
次郎長は恭弥の攻撃を躱しつつも、彼に驚嘆していた。
得物は違えど体の使い方が――身のこなしが
「ちなみに恭弥に戦闘の基礎を叩き込んだのは僕と蘭丸だよ」
「だろうな……だがオイラとコイツじゃあ
その瞬間、部屋の温度が一気に下がった。
「「!!」」
「っ!?」
「雲雀恭弥……俺ァこの並盛の王だ。今のてめー程度なんざ刀抜かずとも勝てんだぜ?」
次郎長はドスの利いた声と共に殺気を放つ。多くの修羅場をくぐり抜けてきた彼の殺気は、愛刀のように鋭く冷たく、常人ならば息を殺されたり耐え切れずに嘔吐してしまいそうになる程に研ぎ澄まされていた。
さすがの恭弥もこれには怯んだか、素早い後退をみせた。完全に気を持っていかれたようで、トンファーを握った手が振るえている。手を出さずに恭弥を制した次郎長に、蘭丸は愕然とした。
(これが〝大侠客の泥水次郎長〟……! 尚弥様と肩を並べるだけある……)
日頃恭弥に手を焼いていた蘭丸は、次郎長の強さの片鱗を垣間見て感嘆する。
だが尚弥は冷たい眼差しで得物の十手を握り締め、次郎長の後頭部に十手の先を突きつけていた。彼もまた殺気立ち、次郎長に対し怒りを露わにしている。
「尚弥様……!!」
緊迫した状況に蘭丸は焦る。この二人が本気で戦えば、大の大人の喧嘩では済まなくなる。始まった瞬間に殺し合いの領域となり、どちらかが戦闘不能になるまで止まらないし周囲への被害も拡大し続けてしまう。
並盛においては最強の二人といって過言ではない尚弥と次郎長。二人が万が一にも暴れてしまった場合、今の蘭丸の技量では止めることなど到底できない。事の成り行きを見守るしかない。
「他人の息子に殺気浴びせるなんて良い度胸じゃないか、次郎長」
「こうでもしねーと退かねーだろ? おめーの息子は」
次郎長の言い分に納得したのか、尚弥は無言で十手の先をゆっくりと下ろす。
今の恭弥は「引き際」を知らない。引き際を見極められないと、戦闘であれ普通の生活であれ必ず失敗する。尚弥はそれを次郎長とのやり取りを通じて知った。
「……ヤクザ者の君に借りができちゃったね。心外だよ」
「その割にゃ随分と清々しい面してるがな……」
次郎長は呆れた表情で尚弥を一瞥すると、刀を再び床に置いて両手を上げた。
「わーったよ、教えりゃいいんだろ? だが迷惑料で金取らせてもらうからな」
「ふうん……いいよ、金は後でだけどいいかい?」
「さっさとしようぜ、このままだと次の話に進まねーだろ。ただでさえ作者は仕事で更新しにくいってのに」
「何の話をしてるんだ!?」
蘭丸にツッコまれながら次郎長は尚弥を指差す。
「いいか? 子供ってのは無条件に親を信用し全てを任せているようなモンだが、「親が自分を支配しようとしている」と思われたらシメーだ」
「「!」」
「オイラだってピラ子を育ててるが、ある程度の我が儘ぐれーちゃんと付き合ってる。育て親である以上はいかなる時でも愛情を持ってなきゃならねーって恩人に教わったんでな」
次郎長は子どもの心理に介入・干渉し、それをコントロールしようとすることは親が絶対にやってはいけないことだと説く。その理由は、常に自分の都合を優先したり全てにおいて完璧を求めたりする子育ては、子供本人が成長してから生き辛くなるハメになるからだという。
次郎長自身、ピラ子への教育は熱心ではあるがテキトーな部分もある。これは奈々に金を払って相談し、彼女の実体験やアドバイスを参考にしている。
「……オイラが言いてーのはこんなところだ」
「さすがに参考になるね……それにしても、沢田奈々を随分と頼っているようだね」
「……俺ァ奈々に大恩がある。それだけでい」
次郎長は一言告げ、口からゆっくりと煙を吐いた。
その顔には懐かしさと覚悟の入り混じったような、何とも言い難い表情が浮かんでいた。