そろそろ原作開始に向けて気合入れて頑張ろうと思います。
東京都・某所。
ネオンの光で昼間のような明るさで賑わう繁華街。その通りから外れたところにあるヤクザ勢力「岩波会」の事務所で、構成員達がある男に依頼していた。
「俺を使う必要はあるまい。お前さん達でも抗争を起こせば隙を見て首は取れるのではないか?」
嘲るように口を開く、首の紅い蜘蛛の入れ墨が特徴の和装の男。その獰猛さと危険性を孕んだ眼差しを向けられ、ヤクザ達は震え上がる。唯一どっしりと構える会長ですら冷や汗を流しており、着物の男は只者ではないことが容易に窺える。
「そ、そういう訳にもいかん! 昔と違って抗争はしにくくなっとるんじゃ、暴対法で若い衆の活動についての責任を問われるようになったしな」
会長は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
近年のヤクザ勢力は世論の強い反発や警察の取り締まり強化により、組織の数や構成員の数が減ってきている。ヤクザの抗争は一度発生すると一回限りの殺傷事件では止まらない性質であるため、抗争が起こると速やかに手打ちを行うこともあるのだが、ヤクザの世界は本質的に抗争が避けられない構図……小競り合いが蓄積し続ければ爆発し、全面戦争になる。一昔前ではそれも厭わなかったが、今は
その影響か、一部の有識者は今後の抗争の形は二つになるという説を挙げている。一つは暗殺で、相手の組織の要人を殺人事件だったのか事故だったのかわからないような形で殺すというものだ。もう一つは金属バットや角材などを使った喧嘩を装うやり方で、拳銃や日本刀などの刃物を使用するよりも罪が軽い点や同じ殺人でも組織の命ではなく私的な怨恨が動機だと言い張ることができるという理由だ。
「殺し屋は一度受けた依頼はやり遂げる者だろう? ましてやお前のようなプロ中のプロは、それが誇りだろう」
「……」
「報酬はこれぐらいは払う、手を打ってくれないか。お前ならば
机に札束が詰められたアタッシュケースを置き、会長は男の名と異名を口にする。
羽柴藤之介は――地雷亜はその依頼を請け負うことにした。依頼内容は、〝大侠客の泥水次郎長〟の暗殺だ。
*
並盛町。
情報収集中の地雷亜は、とある喫茶店で休憩していた。
(〝大侠客〟泥水次郎長――本名は吉田辰巳。少年時代から凄腕の不良として知られ、極道になってからは町の裏社会の頂点に君臨するようになった並盛の王者……この男を殺せということか)
地雷亜は次郎長の情報をまとめたメモ帳に目を通す。
この小さな地方都市で一人の
(問題は、奴と戦闘になった場合だな。情報が正しければ、今まで潰してきた連中とは別格なのだろう)
次郎長の腕っ節は、極道の世界においては最強とも噂されている。
少年期には木刀片手に隣町の蒼竜組事務所に乗り込んで無傷で生還し、極道の世界に足を踏み込んでからは地元の桃巨会を壊滅させて瞬く間に勢力を拡大し、最近では斬念眉組や関東集英会、裏社会で恐れられていた殺し屋〝人斬り似蔵〟をことごとく撃破している。この国の裏社会には化け物みたいに強い猛者は探せばいるが、少なくとも次郎長は極道の世界でもっとも最強に近い人物であるのは間違いない。
彼自身の野心が無いからか縄張りの拡大こそしてはいないが、地雷亜にとって次郎長率いる溝鼠組はかなり手強い部類だろう。
(日中は迂闊に行動できそうにないな、始末するとすれば……夜一人で出歩いた時か)
幸いなことに、依頼人は期限を定めていない。闇雲に動くよりも準備万全かつ次郎長を暗殺できる条件が全て整った時に狙うのが一番だ。
(あとは機を待つのみ……どう抗うか見物だな)
蜘蛛の巣にかかった
一方、まさか二度も殺し屋に命を狙われてるなど夢にも思ってない次郎長は、一人の若者と共に食事をしていた。
若者の名は
「どうだい、ちったァ慣れたか?」
「はい……勝男兄さんのおかげで、色々と……」
「ハハハ、ウチの組はストリートチルドレンやおめーのような身寄りのねー中卒は何人かいる。気ィ楽にしといても責めやしねーから安心しな」
煙管を吹かす次郎長に、登は苦笑いを浮かべる。
町一帯の裏社会を牛耳るヤクザの大親分が日本刀を腰に差した状態で外を出歩くなど、法律的には間違いなくアウトなのに誰も気にしない。その異様な光景には、常識人な幸平にとっては戸惑いを隠せないものだ。それ程までに次郎長は強大な存在なのだろう。
「そう言えばオジキさん、何でヤクザなんてやってるんですか? ルックス的にはモデルとか俳優とかイケそうな気がしますけど……」
「……どうしてだと思う?」
「え? えっと……強いから? でも強いならボクサーもやれるか……」
必死に考える登を面白がって、次郎長は笑みを深める。
「――正解は、同級生と町に対する恩義だ」
「!」
煙管の紫煙を燻らせ、次郎長は少しずつ自らの経緯を話し始めた。
子供の頃、誕生日に交通事故で両親が亡くなったこと。その悲しみから逃れようと朝から晩まで喧嘩をしたこと。そんな自分に近づいて友人として接してくれた唯一の同級生がいたこと。町民からは不良であることを承知の上でバイトをさせてもらったこと。
あまり表沙汰になっていない次郎長親分の過去に、登は息を呑む。
「そう考えると……アイツは泥水次郎長の生みの親とも言えるかもな」
「……その方とは、今は?」
「今も仲良くしてるさ、プライベートの付き合いも――」
次郎長は外に視線を向けた途端、瞠目して固まった。
着流し姿で紫の羽織に袖を通した男が、次郎長の視界に入ったのだ。その正体を知っている次郎長は、冷や汗を流した。
「オジキさん、どうかしましたか……?」
「……いや、何でもねーよ」
問題ないと告げている次郎長だったが、登は不安だった。
喧嘩すれば敵無しの次郎長の動揺を隠しきれない表情を、目に焼き付けてしまった以上は。
*
その夜、次郎長は一人で並盛商店街を夜歩きしていた。
顔色は未だ晴れておらず、動揺することは無くなったが眉間にしわを寄せている。
(地雷亜だけはできれば
次郎長は昼間に出会った男を思い出す。
あの容姿と危険な雰囲気は、間違いなく
そんな彼に、次郎長はなぜ接触を避けたがるのか。それは彼の危険な性質と実力を警戒しているのもあるが、一番は「この世界での立ち位置がわからない」からだ。
地雷亜の危険な性質が生まれたのは、妹を人質にとられて一族郎党を皆殺しにした仇に仕えたことが原因だ。一族を根絶やしにした仇に仕え、その憎しみ・哀しみ・恥辱の念から逃れるために己を殺し孤独に追いやるようになり、いつしか歪んでしまったというわけである。
だがこの世界においては、それが無い場合がある。天人の襲来も攘夷戦争も伊賀の勢力争いも起きない平和な時代では、彼自身の性質も経歴も何もかも変わっている可能性を否定できず、下手に接触すれば何が起こるか予想できない。その上銃刀法の制限があれど裏社会では銃の密輸は続いており、高性能な銃火器も流れている。ただでさえ凄腕の忍者なのに、現代兵器まで使ってきたらさすがの次郎長も無事では済まないだろう。
(……できる限り人気のねー所でブラブラした方がいいな。この町であの化け物と
少なくとも地雷亜と真っ向勝負を挑んで勝てるのは、並盛にはほとんどいない。心してかかる必要があるだろう。
そんなことを考えていたせいか、次郎長の背後から人の気配がした。ゆっくりと振り返れば、昼間に見た男――地雷亜がいた。
「マジか………オイラに何か用かい」
「恨みは無いが、仕事は仕事だ」
地雷亜はそう言ってクナイを投げつけた。
次郎長はすかさず抜刀し、放たれたクナイを的確に打ち落とすが、その僅かな間に地雷亜はクナイを片手に急接近した。だがそれを察知していたのか、次郎長は刀を瞬時に逆手に持ち替え、一歩踏み込んで薙いだ。
白刃と黒刃が激突し、火花が散った。互いの斬撃の影響か、次郎長は右頬の十字傷の下に、地雷亜は額に切り傷が入った。
「――成程……我流の喧嘩殺法で俺の技を受け切るとは。〝大侠客〟の名に恥じぬ実力はあるようだな」
「生憎だが容易く取られるような
「殺し屋に名を名乗れと?」
「社会の常識だ。嫌なら名前だけウソでもいいぞ、ヤクザならではの情報網で糸辿ってやらァ」
地雷亜は次郎長の態度が面白かったのか、愉快そうに喉を鳴らして笑った。
「クク……いいだろう。俺は地雷亜……今は羽柴藤之介とも名乗っている」
「ってこたァ、羽柴の方は本名じゃなさそうだな」
「それはお前さんが自分自身で確かめればいい。もっとも、そうなるかは保証できんがな!」
突如地雷亜は地面を強く蹴りつけ跳躍し、無数のクナイを放った。降り注いだクナイを紙一重で躱しながら次郎長は鋭い眼差しで夜空を見上げると、地雷亜は宙に浮いていた。
不敵な笑みを浮かべて自らを見下ろす地雷亜。人間が宙に浮くという超常現象のような光景だが、地雷亜は張り巡らせた糸の上に乗って敵を蹂躙するという戦法を得意とすることを次郎長は知っているので一切動じない。よく見れば、張り巡らされた糸が月明かりに照らされて光っている。
「すでにお前さんは俺の巣の中……逃げられやしない」
「それはどうかねェ。死中に活あり――人間はこういう時にこそ強くなれる。溝鼠を甘くみねーこった」
「フッ……面白い! 巣にかかった餌の末路、その身をもって知るがいい!!」
地雷亜が動き出す。
糸を辿って宙を駆け回りながらクナイを投げ、地上に降りて体術や逆手に持ったクナイでの斬撃を浴びせる。降り注ぐクナイと襲い掛かる近距離攻撃を刀と鞘の二刀流で防御する次郎長だが、変幻自在の攻撃を全て捌くことはできず、徐々に傷を増やしていく。
すると何を思ったのか、次郎長は納刀して商店街の店と店の間にある狭い通路へ逃げ込んだ。
「糸の張られてない
糸を辿って次郎長を追いかける地雷亜。
しかし次郎長は小路の入口の手前で振り返り、納刀状態の刀で上段の構えをとった。
「!?」
「
次郎長は射程範囲に入った地雷亜を渾身の力で叩き落とした。
轟音と共に土煙が上がって仕留めたかと思った直後、地雷亜が右手に持ったクナイで突いてきた。次郎長はそれを躱すと刀を捨て、右腕を掴んで一本背負いを決めたが、地雷亜は受け身を取って距離を置いた。その隙に次郎長も刀を回収する。
「ちっ、せっかく誘き出せたってーのに……」
「!? 貴様、まさか――」
「そうさ、勘づかれたらマズかったがな」
次郎長の目的が自らを商店街へ誘導することであったと悟り、顔をしかめる地雷亜。
地雷亜の戦法は、〝蜘蛛手〟の二つ名の通りに目に見えない程に細いワイヤーを張り巡らせて自在に操り、それを辿って縦横無尽に闊歩し敵を蹂躙するというもの。辺り一面が何にもない更地でもない限り、屋内外問わず糸を張られたら不規則な攻撃によって確実に劣勢に立たされてしまう。
その一方で、軌道を絞られると反撃されやすいという弱点もある。事実、地雷亜は初戦こそ銀時を圧倒した反面、第二戦では出口に誘導されて木刀で叩き落とされ猛烈な反撃を許してしまっている。もっとも、それは銀時が凄まじい戦闘力を有しているからであり、並大抵の人間では地雷亜を倒すことは容易ではない。
だが次郎長は――吉田辰巳は、第一次攘夷戦争の激戦を生き抜いた豪傑・泥水次郎長として転生している。地雷亜と互角に渡り合うことも当然といえよう。
「――ククク……巣にかかるのが避けられないのなら、己が戦い易い場所に巣を張らせようということか。だが糸が無くとも蜘蛛は蜘蛛……お前さんは俺には勝てん」
次郎長の一撃を受けてなお平然としている地雷亜は、着物の裾からクナイを出す。
「オイラが勝てねェ? それはどうだか。
「何?」
「極道と殺し屋――侍と忍者、どっちが日ノ本最強か白黒はっきりつけられるじゃねーか」
次郎長の言葉にきょとんとした地雷亜だったが、すぐさま笑みを深めた。
日本の歴史に刻まれる武人・侍と忍者。長い歴史の中でどちらが強いかという議論は未だに続いており、両者が世界的にも有名な戦士である以上いつかは終止符を打つべき。極道と殺し屋という形ではあるが、その終止符を打つのは今だ。
次郎長はそう解釈できるような言葉を放ったのだ。
「意地の張り合いか。それもよかろう」
地雷亜はクナイを両手に持ち、次郎長は居合の構えを取る。
「いざ、尋常に」
「勝負」
ドゴォン!!
二人が戦おうとした直後、ビュンッと風を切り猛烈なスピードで十手が飛んできた。それは深々と電柱に突き刺さり、大きな亀裂が生じている。
「こんな時間に何してるの」
「尚弥!」
「……!?」
現れたのは、並盛町の風紀と治安を守る風紀委員会の頂点・雲雀尚弥だった。
「商店街での決闘罪と器物損壊罪、強い奴が来たのに僕を呼ばなかった罪で咬み砕く」
「残り一つはてめーの戦闘欲じゃねーか!! つーか最後が本命だろ!?」
「さすがじゃないか、僕と肩を並べるだけはある」
「否定しろよ!!! あと器物損壊はてめーもだからな!?」
風紀と秩序の維持の為だけでなく個人的な感情も混じって登場した尚弥に、次郎長は大声でツッコミを炸裂。
一方の地雷亜は、尚弥が只者ではないと察知したのか怪訝そうに見据えている。
「――何者だ」
「僕かい? 僕は並盛町風紀委員会会長・雲雀尚弥――この町の秩序さ」
突き刺さった十手を抜き、先端を地雷亜に向ける。
尚弥から放たれる肌を刺すような冷ややかな殺気に、地雷亜は目を細めた。
「……で、どうするよ地雷亜。コイツ追い払って続きするか?」
次郎長は口角を上げて挑発するが、地雷亜はクナイを仕舞った。
「俺の依頼はお前さんの暗殺だが、表の人間を巻き込んでまで依頼を遂げるつもりは無い。――引き際だ」
「地雷亜……おめェ……」
あっさりと退いた地雷亜に、次郎長は驚く。
しかしそれは当然であった。プロの殺し屋とは、標的がうまく始末できないような状況は直ぐに身を引いて次の機会を待つのが定石だ。その方がリスクも少なく、標的に勘づかれずにすむからである。
「蜘蛛にも蜘蛛の食事のルールがある。それを捻じ曲げてまで
地雷亜は何事もなかったかのように踵を返した。
彼にも彼なりの流儀があるようで、次郎長は内心安堵していた。獲物に対する忠誠心などという狂気を孕んだ変態だったら溜まったものではないだろう。
「また会おう溝鼠、決着はまた今度だ」
「……いつでも受けて立ってやるよ」
地雷亜はほくそ笑みながら商店街を離れていく。
事態が収拾したのを確認した尚弥は、次郎長に問う。
「次郎長、彼は何者なの?」
「そうさな……プロとしか言いようがねーな」
「――素晴らしいね。並盛の風紀が守られればそれでいいし裏社会は興味ないけど……戦ってみたいな」
地雷亜との出会いは尚弥の闘争本能を刺激したらしく、次郎長は頭を抱えるのだった。
後日、東京某所で岩波会が何者かに壊滅させられるという事件が発生したが、それが地雷亜一人の手で行われたのは誰も知る由も無い。