結果は最多の「リボーン(原作開始以降)」を採用します。
イタリア某所。
とある古城にて、「実態のつかめぬ幻影」は月を仰いでいた。
「……ランチアでは相手にならなかったようですね」
月を仰ぐ男――
ランチアを送りこんで次郎長を始末しようと暗躍したが、結果はランチアの惨敗。それも本来ならすぐに皆殺しにできるはずの若衆に足止めを食らい、最も得意とする肉弾戦で次郎長にほぼ一方的に負けたのだ。誇り高いマフィアにとって、どれ程の屈辱なのかは想像に難くない。
「北イタリア最強の用心棒と聞き、せっかくファミリーを潰して操り人形に仕立て上げたのに、無駄骨でしたね」
その後の話だと、ランチアはマフィア界を引退し、日本のヤクザとして生きる道を選んだという。おそらく次郎長が彼を組へ迎え入れたのだろう。
かつてデイモンが仕えた
そういう意味では、次郎長は
「全く、あの男はどうも〝彼〟と似ている」
溜め息を吐きながら、一枚の資料を手に取る。それはボンゴレが所持する次郎長のデータで――どういう経緯であのような不仲になったかは知らないが――彼と面識がある家光が部下や現ボス・
泥水次郎長。本名、吉田辰巳。
日本国並盛町の裏社会を牛耳る極道組織「溝鼠組」の創立者にして現首領。浅黒い肌と右頬の十字傷、銀髪に近い白髪が特徴。異名は〝大侠客〟または〝ならず者の王〟で、日本の裏の世界では最強の極道として恐れられる並盛町の王者たる男。
能力は未知数。死ぬ気の炎は扱えないが、常人なら戦闘不能になってもおかしくない威力の猛打が直撃しても平然と立ち上がる頑丈さ、コヨーテ・ヌガーの義手を抜き身も見せず居合で斬り落とす剣の腕前、自分よりもガタイのいい人間を苦も無く殴り蹴飛ばす身体能力を有する。勘は非常に鋭く、未知の能力を前にしても一切臆さず果敢に立ち向かう度胸も併せ持ち、その心及び戦意をへし折るのは困難と思われる。
並盛町にこだわり続けるためにマフィア界への進出は現時点では不明。しかし排除するには相当な戦力を必要とし、想定外の被害を被る可能性あり。要注意人物。
(――
他者の肉体に憑依して今日まで生きてきたが、かつての仲間だったアラウディが創った「
シモンの一件では一度退いて後で軌道修正すればいいと余裕ぶっこいていたが、後で調べ上げればまさかの門外顧問公認の要注意人物。しかも相手はマフィア界の掟が通じない勢力の人間で、死ぬ気の炎を扱えないのに化け物級の戦闘力の持ち主。デイモンにとって危険因子そのものと言っても過言ではない人間を、ボンゴレは今まで避けていたのだ。
ボンゴレを正しい在り方へと戻そうとする前に、
「ああ、全くもって忌々しい男だ……!」
しかし彼にとっては、正直な話あの呼び方以上に苛立たせるものがあった。それはシモンの一件で次郎長を追い詰めた時だ。
――てめーのルールも持ち合わせてねー
あの時の次郎長の表情と眼差しは、今でも鮮明に覚えている。弱者に対する理不尽な暴力に怒りを露わにした
誰よりも仲間思いでカリスマ性に富んだ人格者……それがボンゴレ
それにもかかわらず、デイモンは重なって見えてしまったのだ。古里家を庇う次郎長の姿が、シモン=コザァートを助けに来た
「泥水次郎長……やはりあの時殺すべきでした」
あの日以来、デイモンは次郎長を忌み嫌うようになっていた。泣く子も黙る巨大マフィアを恐れぬ心も、長い時を生きてきた強大な存在を相手に奮闘した実力も、愛するボンゴレを平和路線へと歩ませた
デイモンの強い執着心はボンゴレファミリーに向けられているが、それは誰もがその名を聞き震えあがるような、デイモンにとっての
「……ヌフフ……ヌフフフ、ヌハハハハ!」
しかし、デイモンは心の底から笑う。
シモン=コザァートに軟弱な思想を吹き込まれ、強さと優しさを兼ね備えた完璧なボスでありながらボンゴレの規模を縮小させたジョット。その彼と似た雰囲気を纏う泥水次郎長という不確定要素を排除することは、デイモンにとってはジョットと平和路線を完全否定することにも繋がる。次郎長との出会いは偶然であるのは間違いないが、こうして考えを改めると、次郎長は癪に障る存在であると同時に「越えるべき壁」でもあるように思える。
資料によると彼は並盛町一帯を牛耳りながら、その力を縄張りに介入・干渉する不届き者共を跳ね除けるために使っているようだ。裏社会でよく起こる縄張り争いや覇権争い、更なる勢力の拡大などには興味を示さないという無欲な部分も平和路線を優先した
(ヌフフフ……いいでしょう。泥水次郎長は格下でも三下でもない、私がボンゴレの損得を度外視してでも叩き潰すべき〝敵〟と認めましょう)
現ボスの九代目は穏健派であり、彼が居座る以上ボンゴレの弱体化は避けて通れない。そんなボンゴレを誰もが恐れる「本来のボンゴレ」に立て直すのがデイモンの最優先事項だ。
だが、それとは別に次郎長という男を是が非でも倒さねばならない。確かにどこの馬の骨とも知れぬヤクザ者に計画を邪魔されたことへの恨みはあるが、次郎長を倒すことで
(これがあなたの意図ではないでしょうが、せいぜいその目に焼き付け嘆き続けるがいい
次郎長の惨殺死体を想像し、デイモンは笑いが止まらなくなった。
*
「ぶへっくしゅ!!」
「大丈夫か? 組長」
「ああ、
一方、因縁深きナス太郎にボンゴレ
「ランチア、アレから二週間経ったがどうでい?」
「少し慣れてはきたが、前職の癖が中々取れん……あんたをオジキとは呼びにくい」
「極道社会は似て非なる業界だからな、無理もねーわな。名前の方は呼びやすい名でいいさ、登もそうだし」
溝鼠組に入門したランチアは、マフィアを辞めてヤクザに転身した。次郎長に「
「ランチア、ある程度慣れて来たら
「具体的には何をする?」
「露店を出してモノを売ったり、雀荘で賭博や情報取引をしたり、民事介入で面倒事を請け負って解決したり……まァ色々でい。もし自力で稼ぎてーならウチの掟に則った仕事にしな。オイラの組はみかじめ料を取らねー方針だし、クスリの捌きや売春も御法度でい」
次郎長の説明に、ランチアは意外そうな顔をする。
マフィアの世界でも違法薬物の売買や売春を禁止するファミリーはいるが、みかじめ料を取らない組織は滅多にいない。みかじめ料の徴収はマフィアにとっても重要な資金源だ、縄張りが大きければ大きい程に徴収される額も大きくなる。それを必要としないということは、次郎長自身の愛郷心もあるだろうが、みかじめ料抜きでも十分な金を得ている証拠だ。
収入を安定して得られるのは組織の基盤を支える上では非常に重要であるので、次郎長は相当の手腕家と言えよう。
「一代でそれ程の組織に成長させたのか……」
「おうよ。そう考えると隠居後が楽しみだぜ、勝男達がオイラを越えられるか見物でい」
次郎長は上機嫌にニヤニヤと笑う。
するとそこへ、二人とは別に買い物をしていた登が
「あの、オジキさん……この人達がオジキさんを探してたのですけど……」
「登か。オイラに用があるってのァどこの――」
そう言って振り返った途端、次郎長は目を見開いて固まった。
登が連れてきた一家は、次郎長がよく知る人達だった。
「真……!!」
「親分……お久しぶりだね」
驚きを隠せない次郎長に挨拶するのは、古美術商でシモンファミリーの現ボス・古里真だった。その後ろには彼の妻・真矢と成長した炎真と真美がいた。
「おじさん、久しぶり!」
「また会えて嬉しいよ、おじさん」
「炎真と真美か……! デカくなったな、一丁前の面構えになったじゃねーか」
次郎長が頭を撫でると、恩人との再会に喜びつつも、ある程度成長したがゆえか二人は顔を赤くした。
「後ろの方は……まさか北イタリア最強の用心棒・ランチアじゃないか?」
「殺しに来たところをギッタンギッタンにして息子にしたぜ。今は部屋住みで頑張ってる」
「ハハ……あなたじゃないと出来ない芸当だね……」
暗殺者を返り討ちにして子分に迎え入れるという離れ業を成し遂げた次郎長に、さすがの真も顔を引きつらせる。
「んなことより、来てるなら電話ぐれー寄越しゃいいだろうに。電話番号教えたろ?」
「それについては申し訳ない、僕らも立場が危ぶまれてるからね」
真の言葉に、次郎長は眉をひそめる。
シモンファミリーの数奇な歴史は真自身の口から聞いてはいるが、創立者の教えを守り細々と生きてきた彼らへ向けられた理不尽な暴力は未だに続いているようだ。そしてヤクザの次郎長に会ったというのは、当然久しぶりに会いたいと思ったのもあるかもしれないが……。
「……どうやらオイラを頼らなきゃならねーようだな」
次郎長は勘づいていた。マフィア界全体からの圧力が真達に掛かっていると。
真達は似て非なる業界の最有力者の一角である次郎長に身を寄せざるを得なくなっているのだ。
「ガキ共連れてウチに来い、話はそれからでい」
溝鼠組の屋敷へと案内された古里家は、次郎長の自室でもてなされた。
「ほ~、あんさんらがオジキがイタリア行ってた際に出会った古里家か」
「マフィアとは思えへんなァ」
「わしらの想像とは全く違うのう」
柄の悪そうな子分達は想像していたマフィアと違うことに興味津々で、襖を開けて四人を凝視している。一方の真達は視線が気になるのかソワソワしており、炎真に至っては若干涙目である。
四人一家が大勢のヤクザに見られてはそういう反応になるのも仕方ないだろう。
「おい、何で炎真が震えてんだよ? 普通真美の方だろ。っつーかツナでもここまでビビらなかったし恭弥なんか笑ってたぞ」
「いや、これが普通の反応だよ親分。君の周りがおかしいんだよ、きっと」
「並盛男児はご立派だ」
真に言われ、ヤクザが公然と歩き回る並盛で生まれた若者の図太さをしみじみと感じる次郎長。
「親分、ちょっと……」
「ああ……」
真の心意を悟った次郎長は、ドスの利いた声で子分達に喝を入れた。
「いつまでジロジロ見てんだてめーら。とっとと仕事しねーと今月の小遣いやらねーぞ」
『へいっ!!』
次郎長の一声で一斉に自室を離れる子分達。
ヤクザ勢力というものは基本的に全ての人が個人事業主であり、個人で自身のシノギを見つけ出し稼ぎ上げ、定められた一定金額を「上納金」として自身の所属する組に払うシステムだ。家族を模したヤクザは、子である若衆は〝親孝行〟として上納金を納める。どんなに小さな組織でも上納金制度は取り入れており、これによって組織の体制を維持しているのだ。
溝鼠組も例外ではなく、的屋運営のような一家総出の資金活動を除けば一人一人が稼ぎその一部を上納金として組に納めているが、その中で次郎長は子分達への謝礼として月に一度「小遣い」を与えている。月々の収入によって変動はするが、子分達にとっては私的に使える唯一の資金である。それを一月分でも与えられないのは、自分の享楽の時間が減ることを意味するのでかなりの痛手なのだ。
「この一言で大抵の内輪揉めは丸く収まらァ」
「皆お金が大事なんだね」
「真美、それ言っちゃマズイよ!?」
次郎長の前で思いっきり毒を吐く真美に、大声を出して慌てる炎真。
それがツボにはまったのか、次郎長は吹き出して笑った。伊達にマフィアの娘なだけはあるようだ。
「クク……大した肝っ玉だ、どっちに似たんだか。――おい」
「お呼びですか」
(早っ!!)
まだ名前も言ってないのに襖を開ける登。
おそらく廊下ですでに待機していたのだろうが、あまりの対応の速さに炎真は驚きを隠せない。
「暫くの間、真達はウチの食客になるっつーのを全員に伝えとけ。それと川平と掛け合って土地探しておくように。金はオイラが用意しとくからそこは気にしなくていい」
「部屋の方はどうしますか?」
「ウチらとは別の方がいいな。野郎だらけ、ましてや全員ヤクザの部屋にぶち込むって罰ゲームどころじゃねーぞ。……そうだな、ピラ子なら大丈夫だろ」
「歳も近く真美ちゃんとも馬が合う、ということですか?」
「よくわかってるじゃねーか」
ニヤリと笑う次郎長に、登は「ピラ子ちゃんに話を通しておきます」と言って襖を閉じた。
ヤクザとは思えない穏やかな雰囲気を纏う彼が気になったのか、真は次郎長に訊いた。
「親分、彼は一体?」
「登か? ピラ子の次に
「成程……」
「――まあ、色々あって疲れたろ? ウチでゆっくりしな」
次郎長はそう言って笑みを浮かべ、古里家を歓迎した。
*
夜が訪れ、月明かりが庭を照らす。
愛する子分達と古里家が寝静まる中、次郎長は自室の障子を開けて月見酒を一人楽しんでいた。今日は「鬼嫁」という銘柄の酒だ。
(ヌフフのナス太郎……なぜそこまでしてシモンファミリーに執着する?)
次郎長は猪口の酒を一気に飲み干し、再び注ぐ。
デイモンがシモンファミリーを一族郎党
思想か、秘めたる能力か、それとも――考えれば考える程にデイモンの思惑が理解できなくなる。
(正直あの変態相手すんのキツイんだよなァ……何がボンゴレの為だよボケナス、マジでそんなもん豚に食わせろってんでい)
次郎長は露骨に不快感を表す。ボンゴレファミリー初代霧の守護者であり、人智を超えた彼を変態だのヌフフのナス太郎だのボケナスだのと散々な呼び方をするのは、後にも先にも次郎長以外一人としていないだろう。
その時、ちゃぶ台に置いた次郎長の携帯が鳴り響いた。怪訝そうな表情で手を伸ばして応対すると、意外な人物の声が聞こえた。
《ジロチョウ、聞こえるかい?》
「……バミューダ?」
何と電話の相手はまさかのバミューダだった。
「おめーらって、電話使えるんだな……しかも包帯グルグル巻きの割にハッキリ聞こえるし」
《バカにしてるの?》
「いや、むしろ感心してる。――で、何のようだ」
本題を尋ねる次郎長に、バミューダは「ある男を探してほしい」と協力を求めた。
《素顔を仮面で隠してる鉄の帽子を被った男を探してくれないか》
「そんな奴、今時いるか!?」
思わず大声でツッコむ次郎長。確かに素顔を仮面で隠しているだけならともかく、鉄の帽子を被った人物など今時いないだろう。
「何だよソイツ、ただの不審者じゃねーか。特徴はわかったから、名前はねーのかよ名前は」
《チェッカーフェイスだ》
「それ名前っつーより異名だろ! んな不確かな情報じゃこっちも動けねーわ!!」
あまりの情報の少なさに次郎長は再びツッコミを炸裂。
マフィア界の掟の番人ですら素性を把握しきれてない輩を探せというのは無茶振りにも程があるだろう。10代後半から80代前半の中肉中背の男性もしくは女性というような不確かな情報を寄越されても、手の打ちようがない。
「ったく、何でそんな奴を探さなきゃなんねーんでい。特殊詐欺にでも引っかかったか?」
《…………ちょっとお礼をしたくてね》
「おい、今の間は何だよ」
バミューダの返答の遅さに次郎長は察した。彼とチェッカーフェイスなる人物との間に、間違いなく〝何か〟があったのだと。
《ジロチョウ、手伝ってくれるね? 選択肢は了解か断る代わりにランチアの件を――》
「やるしかねーじゃねーか! ……わーったよ、手伝えばいいんだろ」
《そうかい! ありがとね》
「てめェ、どの口で言ってやがる……」
目の前にいたら今すぐにでも殴り飛ばしたい気分なのか、次郎長はバミューダの態度に青筋を浮かべた。しかしランチアの前科を帳消しにすることを持ちかけられると、背に腹は代えられない。
(――あ、そうだ。せっかくだし訊いてみるか)
ふと次郎長は、シモンファミリーのことを思い出した。
マフィア界の情報を入手していない次郎長にとって、
「……バミューダ。一つだけおめーに訊きてーことがある」
《訊きたいこと?》
「真達がウチの食客として来てるんだが、業界の圧力が強くて相当追い込まれてるらしい。何があったか心当たりはねーか?」
《……胸糞悪くなるよ》
バミューダの言葉に、次郎長は眉間にしわを寄せるが――
「……知らねーよりかはマシだ、人間は嫌なことだろうとそれを知り受け入れなきゃなんねェ」
《やっぱり君は面白い人間だ》
クスクスと笑いながら、バミューダはシモンファミリーにまつわる「ある昔話」をし始めるのだった。
そろそろ原作の日常編に入れるかと。