浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

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すいません、仕事が忙しくて更新が非常に遅れました。


標的34:多少寄り道した方が楽しいこともある

 古里家が並盛へ足を運んで次郎長と再会を果たして、早一週間が経った。

 次郎長の手回しによって土地と家を与えられた真達は、シモンファミリー創立期にあったゴタゴタでボンゴレと仲違いせざるを得なくなったシモンの本懐を遂げるため、〝大侠客の泥水次郎長〟という大きな名で護られつつマフィアとしての活動を控えて生きることにした。次郎長はマフィア界でも恐れられる存在であり、迂闊に手を出すとファミリーの力を削がれてしまうため、その力に頼れば最低限の身の安全は確保できるという訳だ。現に敵対勢力の刺客に度々襲われていたにもかかわらず、次郎長の縄張りで暮らすことになった途端一人としてシモンに手を掛けてくる輩の襲撃に遭わなくなった。並盛――いや、日本において次郎長の名はそれ程に強力で巨大なのだ。

 しかしイタリアで暮らしていた時期が長い分、彼らが日本で新しい生活を送るのに苦労するのは目に見えている。そこで次郎長が手を打ったのは、意外な手段だった。

 

 

 並盛町3丁目。

 溝鼠組の屋敷が建っているために「並盛の王者の御膝元」と呼ばれており、町で最もヤクザ者の出入りが多いことで知られるこの区域に古里家の新居は建てられた。

 その新居の中庭で、次郎長一家と結びつきが深い少年・沢田綱吉が赤髪の少年・古里炎真から手当てを受けていた。近くにボールが転がっているので、ツナがキャッチに失敗したのだろう。

「ツナ君、ごめんね……」

「だ、大丈夫だよ! エンマ君のせいじゃないから……」

 互いに笑い合う両者を、次郎長と真は縁側に座りながら見つめる。

「炎真があそこまで他人と接して笑うのは、初めてかもしれないな……」

「良くも悪くも、同性の似た者同士は相手の考えに本当に共感できるもんだ。ツナも炎真も交友関係のスタートはこれが一番だと思ってな」

「……親分には敵わないな」

 目頭を押さえる真に、次郎長は笑いながら煙管の紫煙を燻らせる。次郎長がとった意外な手段は、沢田家と古里家を仲良くさせることだったのだ。

 奈々の息子であるツナは友達が少なく、それも親友と言える存在もいなかった。この現状を奈々が内心憂い、中学時代からの長い付き合いである次郎長に相談したこともあった。それを思い出した次郎長は「紹介したい一家がいる」と連絡して顔合わせをしたのだ。かくいう炎真もシモンファミリーの事情で友達と言える者がいなかったため、似たような性格のツナに共感し仲良くなるのはそう時間が掛からなかった。

 次郎長は何だかんだ言いつつ、血縁が無くともツナとも長く付き合っている。ツナから見れば母親の顔馴染みであることもあってか赤の他人という括りの中でもっとも信頼されており、正直な話実父(いえみつ)よりも信頼している。家光よりも長くツナという人間を見てきたからこそ、炎真という同類と会わせたのだ。

 それに乗じて真の妻・真矢にも次郎長は手を回し、奈々と意気投合させることに成功した。今では真美を連れて商店街へよく出かけており、女同士仲良くやっている。

 沢田家と古里家の結びつきは、次郎長を介して強固なものになったのだ。

「――ところでだが真、よく今まで無事だったな。あの後も結構ひどい目に遭ったんじゃねーかい?」

「ああ、その節は〝マフィア狩りの六道骸〟の一味に世話になってね」

「骸だと? ――成程、オイラに〝借り〟を作らせる気だな……」

 久しぶりに聞いた名に、次郎長は目を細めると同時にニッと口角を上げた。

 骸とはほとんど音信不通ではあったが、まさかシモンファミリーの手助けをしていたとは思ってもみなかった。しかし骸がかつて送った手紙には「マフィアだからという理由で無差別に殺すような愚者に成り下がる気は無い」と綴られており、全てのマフィアに憎悪を向けている様子でもなかった。おそらく何らかの形で真達と接触した際、骸達にとっても恩人である次郎長との関係を知ったから手を差し伸べた――そう考えるのが妥当だ。

 それに骸は頭の切れる人間であり、ヤクザの次郎長と対等に話す程の度胸もあった。次郎長に借りを作らせることで、いつでも力を借りることができるように整えたのだろう。

「見ねー内に強かになったようじゃねーか……」

 愉快そうに喉を鳴らしながら次郎長は盃を二個用意して酒を注ぎ、片方を真に渡した。

「親分、これは……」

「五分の盃だ。本当ならおめーん()でする予定だったが、遅くなったな」

 五分の盃は「五分と五分」という対等な関係を意味し、次郎長と真の間には上下関係が存在しないことを示す。年も立場も生きる業界(せかい)も違っても、盃を交わせばそれだけで縁となり、互いに行動を起こす際の大きな理由となるのだ。

 そしてこの場で真が次郎長の盃を受け取って飲んだ瞬間、真と次郎長は上も下も無い義兄弟の関係となり、強い縁で結ばれるのだ。

「良縁は結ぶが吉。断るならそれでも結構だが、どうする?」

「いや……ありがたく頂くよ」

「そう来なくちゃな」

 二人で盃に注がれた酒を飲み干す。

「これでオイラとおめーとの間にちゃんとした(・・・・・・)縁ができた。この町にいる限りは安全だし、オイラがいる限り連中もすぐに手出しできねェ」

「親分……そこまでしてくれるなんて」

「クク……何でしてくれんだって面ァしてるな? オイラもよくわからねーよ……だがあの兄妹の〝出番〟をこの眼で拝みてーわな」

 次郎長は不敵な笑みを浮かべ、煙管を吹かしたその時だった。

「やあ、勝手に入れさせてもらうよ」

「尚弥! 蘭丸!」

 現れたのは、並盛の表社会の支配者である風紀委員会会長の尚弥。その背後には彼の従者である蘭丸が立っている。

「手続きが終わったからね。書類を渡しに来たよ」

「……一応まともな仕事すんだな」

「うるさいよ」

 尚弥が茶封筒を真に渡した。

 そんな中、次郎長は蘭丸に小声で尚弥の中国旅行について尋ねた。

「おい蘭丸……そういやあ尚弥の奴中国(あっち)で何やってたんだ?」

「いや、一人で自由に旅行したようだが……赤ん坊の武闘家に出会って弟子入りしたようなのだ……」

 蘭丸曰く、本来はもっと早く帰国する予定だったが(フォン)という赤ん坊の姿の武闘家と出会い、彼に師事したという。

 帰国後の尚弥の話によると、(フォン)という赤ん坊は中国武道大会で3年連続優勝を果たした武道の達人であり、その腕前は弾丸を素手で止める程だと言われている。その彼と出会って偶然戦う場面を目撃して感動し、頭を下げて弟子入りし発勁(はっけい)を短期間で修得したという。

「鬼雲雀の尚弥が師事するって、余程の猛者だなその赤ん坊」

「驚かないのか……!? 赤ん坊に尚弥様は師事したんだぞ……!?」

「オイラにも知り合いに似たようなのがいるからなァ……」

 次郎長の脳裏に、黒集団と赤ん坊の姿が浮かぶ。

 武道の達人である赤ん坊・(フォン)と、裏社会で〝鬼雲雀〟と恐れられる(いっ)(ぱん)(じん)・雲雀尚弥。マフィア界の掟の番人の長であるバミューダと、並盛に君臨する〝大侠客〟と呼ばれるヤクザの親分・泥水次郎長。互いにとてつもなく強い赤ん坊と縁があるとは、何という偶然だろうか。

「――さてと、手続きはこれで全部済ませたから本題に入ろう」

「本題?」

「そう……話は全て聞いてるからね、イタリア系マフィア「シモンファミリー」の首領・古里真」

「っ!」

 口角を上げる尚弥。その笑みには爽やかな見た目とは程遠い獰猛さが孕んでおり、次郎長と引けを取らない威圧感があった。

 この男はヤバイ――相手はマフィアでもヤクザでもない表社会の人間なのに、真はそう感じ取ってしまった。

「君達がマフィアを語る以上は、僕達風紀委員会の監視対象として過ごしてもらう。並盛の風紀を乱すマネをすれば強烈な締め付けを行う……それについての君らの一切の異論は認めない。ここは並盛だ、イタリアじゃない」

「締め付けとは、一体……」

「それは度合いによるかな。軽ければ経済活動の制限といった罰則で手は打つけど、あんまりひどいと町内会に話が持ち込まれて、並盛から全員(・・)追放しちゃったりするかもしれないよ」

「マフィアより怖いな……」

 風紀委員会の警察をも超越した強権を知った真は顔を引きつらせ、「次郎長と尚弥は敵に回してはいけない」と思い知る。

 あくまでも次郎長は町の裏社会の頂点であり、表社会の頂点は尚弥だ。並盛町においては「法そのもの」と言っても過言ではなく、彼と揉めた場合はいかに屈強な組織でもタダではすまない。ましてや風紀委員会は実力行使も平然とやってのけるため、マフィアやヤクザの威力に屈しないどころか返り討ちにする連中である。だが敵対せず持ちつ持たれつで関わると、いざという時には心強い味方になる連中でもあるのだ。

 すると、そこへ次郎長が待ったをかけた。

「――いや、ちょっと待て。てめー何で知ってんだ」

「羽柴からの情報さ。彼はいい情報源だ、世界の裏事情も知っている」

「ハァ!? 地雷亜が!?」

「地雷亜……? まさか〝蜘蛛手の地雷亜〟か……!?」

 何と尚弥は地雷亜と取引をして情報を得ていたのだ。

 凄腕の殺し屋と情報取引をしていたことに驚く次郎長に続くように、真も愕然としている。

「彼もまた並盛の住民となった。あまり揉めないでよ次郎長」

「ハァ!? アイツいつからこの町の人間になった!? オイラァ聞いてねーぞ!!」

「一週間前に手続きを終えたばかりだから無理も無い。今は弟子一人と高層マンションに事務所を構えて特殊株主をやってるそうだ」

「総会屋かよ!!」

 総会屋とは、株主総会に出席して議事進行に協力または妨害工作を仕掛けることで企業から報酬を貰っている者で、企業側からは特殊株主やプロ株主とも呼ばれている。戦後日本においてはヤクザ勢力が資金源の多角化を求めて積極的に進出するようになったことでも知られ、大物の総会屋は経済評論家以上の理論と経験を持ち合わせていると言われている。

 地雷亜は殺し屋だ。殺し屋はスキルを多数持つ程に様々な業界でも通じるため、資金の獲得だけでなく経済界の情報を収集するのが目的だろう。

「ったく、並盛はならず者の梁山泊じゃねーんだぞ……」

「ならず者の代表格の君が言うのかい?」

「言うじゃねーか、半グレ集団のボス猿が自分達(てめーら)のこと棚に上げて」

「……咬み砕かれたいようだね。今ここでやってあげようか?」

「あ? てめェ、まさかこの次郎長を王座から引きずりおろせるとでも思ってんのか?」

 持ちつ持たれつの関係でありながら殺気をぶつけ合う両者。その気迫に真と蘭丸は呑まれて汗を流し、居合わせていたツナと炎真はガクガクと震え始めた。

 しかし次郎長に戦意が無いと感じ取ったのか、尚弥は溜め息を吐いて残念そうに踵を返した。

「……蘭丸、帰るよ。これ以上長居する理由は無くなった」

「は……はっ!」

 尚弥は蘭丸に声を掛け、古里家の新居を後にした。

 その二人の姿に、真は思わず次郎長に質した。

「親分……彼は本当にマフィアじゃないんだね?」

「やってることは極道(オイラ)よりえげつなかったりするがな」

 

 

           *

 

 

 その夜、並盛山にて。

「ハァ、ハァ、ハァ……さすがに(つえ)ェな……」

「貴様がそれを言うか、ジロチョウ」

 息切れして片膝を突く次郎長に、古参の復讐者(ヴィンディチェ)・アレハンドロは呆れかえる。彼の隣には物言わなくなったジンジャー・ブレッドが転がっている。

 ここ最近、次郎長は復讐者(ヴィンディチェ)と手合わせをする時間が増えている。ランチアの一件であのヌフフのナス太郎――(デイモン)・スペードが次郎長の首を狙っていることが発覚したため、いつ全面対決となってもいいように己を追い込んでいるのだ。

(僕達と関わって以来、ジロチョウの力は右肩上がりだ……)

 二人の手合わせを見ていたバミューダは、次郎長の実力に驚嘆する。当初はジンジャー・ブレッド二体を倒すことすら苦しんでいた彼が、今ではアレハンドロ本人とギリギリで渡り合う程に成長した。死ぬ気の炎を扱える人間ならばともかく、純粋な戦闘能力で(・・・・・・・・)ここまでの実力を持つ者は滅多にいないだろう。

「バミューダ、ジロチョウは一体……」

「ジョット君のような超直感の持ち主ではなくとも、彼の〝戦闘勘〟は尋常じゃない。生まれつき戦いに特化した人間――天性のファイターなんだろうね」

 バミューダの返答に、イェーガーは目を見開く。

 戦闘勘はその名の通り、戦闘という極限状態においてのみ効果を発揮する直感力だ。ボンゴレファミリーの初代ボスの血筋が受け継ぐとされる、「全てを見透す力」とも呼ばれる常人を遥かに凌ぐ直感力〝超直感〟とはまた違う力だが、戦闘能力に大きな影響を与える。

「戦闘能力ってのは腕っ節だけじゃない……精神力のような心の強さも含まれる。裏社会に身を投じたことでジロチョウは人間の域を越えた戦闘能力を発揮している」

 超直感が「未来予知に近いレベルの第六感」とすれば、戦闘勘は戦闘という場面のみの中で「己の戦闘能力の上限を引き上げる力」だ。強者と戦えば戦う程、死地で命のやり取りを重ねれば重ねる程に次郎長は進化するのだ。

 しかしそれは人間の限界を無理矢理引き上げることで、自らの身体に限界を超えた負担をかけることとも解釈できる。アレハンドロとの手合わせは本来ならば身体が壊れてもおかしくないレベルだが、次郎長の身体は耐えきっている。

「もし彼がマフィア界(こっち)の人間だったら、勢力図が変わるのかもね」

 クスクスと笑いながら呟くと、次郎長が吹っ飛んできてバミューダとイェーガーの眼前に倒れ込んだ。満身創痍という程ではないが、愛用の着流しと襟巻は泥だらけになり、生傷が体中にできており、かなりの激戦であったようだ。

「っ……どうにも(かて)ェ野郎だ、一太刀浴びせりゃこっちの勝利(もん)だってのに……!」

 口を拭って立ち上がる次郎長だが、立ち上がるや否や刀を鞘に収めた。

「ハァ……オイラもまだまだだなァ。ただ手合わせするだけじゃ物足りねーのかもしれねーな……」

「君、やっぱり本当は人間じゃないんじゃない?」

「バカ野郎、オイラも心臓一つの人間一人だっての。ただそこらで名を馳せる筋者とは鍛え方が(ちげ)ェだけよ……(わり)ィが今日は(けェ)らせてもらうわ、また今度頼まァ」

 疲弊しきった次郎長はバミューダ達に背を向けて山を下りていった。

 その姿を一瞥したイェーガーは、バミューダに問う。

「……つまり我ら〝復讐者(ヴィンディチェ)〟とも戦えるジロチョウは、常人を遥かに凌ぐ戦闘勘とそれに適応できる程の身体を兼ね備えていることなのか?」

「あくまで仮説だけどね……でもこれが一番納得がいく。とはいえ復讐者(ぼくたち)とジロチョウは違う……いずれ肉体的な限界が訪れるんだ、その時はどうするのか気になるね」

 包帯の下で、バミューダは微笑んだ。

 いかに次郎長が化け物じみた力を有していても、肉体への過剰な負担や老いでガタは必ず来る。年月が経てば思ったように体が動かなくなり、限界を迎えて大きく衰えるのは目に見えている。そのあまりにも巨大すぎる敵に次郎長はどう足掻くのか。

 長い時間を生きた彼だからこそ、知りたかったのだ。人間の真の限界を。

「チェッカーフェイスへの復讐が第一だけど、多少の〝寄り道〟もいいだろうイェーガー君」

「……」

 バミューダとイェーガーは次郎長の背中を見届けると、仲間達と共に真っ黒い炎の中へと姿を消したのだった。




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次回か次々回から原作にやっと入れます!
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