長かったです、お待たせしました。
標的36:全ての始まり
マフィア発祥の地・イタリア。夜の静けさの中、とあるバーでスーツの男達が酒と煙草を楽しんでいると、静かにドアが開かれ黒いスーツを着こなした赤ん坊が入ってきた。
スーツと揃いの黒の帽子には小さなカメレオンを連れた彼は、見た目とは裏腹に裏社会の人間特有の雰囲気を纏っている。一般人どころか裏社会の人間ですら驚く光景なのだが、男達は見知った顔なのか笑みを零して声を掛けた。
「リボーンか……またオヤジに呼び出されたようだな」
「今度はローマか? ベネチアか?」
「
赤ん坊――リボーンは子供特有の高い声で行き先言い放つと、男達は驚愕する。
「何!?」
「オヤジの奴、とうとう腹決めやがったのか!」
「長い旅になりそうだ」
ニヒルな笑みを浮かべるリボーン。
そんな中、一人の男が彼に質問をした。
「……一つ訊くが、
「ナミモリという町だゾ」
リボーンの口から出た地名に、男達は先程とは比べ物にならないくらいにざわめく。
耳を澄ませば「穏健派だったんじゃねーのか」だの「9代目は戦争でもしてーのか」などの言葉が飛び交い、散々な言われようだ。ボンゴレファミリーの現ボス・9代目の決断は「神の采配」と謳われているのだが、今回はどうも気でも違ったのかと疑われているようだ。
さすがのリボーンも旧知の仲である彼に対する暴言に不快感を露わにするが、男達がここまで9代目の決断を疑うのは今までに無かったので質してみた。
「何でそこまで騒いでんだ」
「リボーンよう。ナミモリってこたァ、あのジロチョウの縄張りだぜ?」
「!」
男の言葉に、真っ黒でつぶらな瞳を見開かせる。
リボーンも聞いたことがある。それは日本で活動するジャパニーズマフィア――いわゆるヤクザに泥水次郎長という圧倒的な力で他勢力の介入・干渉を跳ね除ける、歴戦のマフィアをも恐れさせる実力者がいるという話だ。彼に関する逸話はマフィア界でも有名で、中でもコヨーテ・ヌガーの義手をすれ違いざまに斬り飛ばしながら9代目ファミリーに啖呵を切った話は伝説として語られている程である。
そして次郎長は並盛という地にこだわり続けてるため他所の縄張りや海外情勢にはあまり興味を示さない反面、一度自分の縄張りで勝手なマネをしようものなら一兵卒に至るまで叩き潰す。その化け物じみた力によって並盛に手を出した勢力はことごとく潰されており、次郎長一人によって壊滅させられたファミリーも少なくない。
「アイツは並の人間じゃ敵いっこねー化け物だって聞くぜ……確か〝ボンゴレの若獅子〟と
「それは俺も知ってるぜ。噂じゃあ
「今じゃ
日本での活動を視野に入れているファミリーにとって、次郎長と彼が率いる溝鼠組はかなりの脅威だ。昨今のヤクザは官憲の締め付けで思うようなシノギを得られなくなったためにマフィアとのビジネスも行っている組織が多いが、次郎長の溝鼠組は組織の利益よりも義理人情を重んじる昔気質の極道組織。子分一人一人が仁義を重んじた統治を敷く次郎長の影響を受けてるため儲け話に乗ることはなく、構成員の数こそ極道社会では少ない方だが崩すのは容易ではない。
それ以前に次郎長自身の戦闘力が異次元の領域だ。コヨーテ・ヌガーの件は今から十年以上前の話であり、その時点で桁外れの力を見せつけているのだから並大抵の実力では殺すどころか深手を負わせることすら至難の業である。そんな男を止められるのは、それこそボンゴレファミリーのボスみたいな百戦錬磨の豪傑でないと歯が立たない。
「成程……だから俺に頼んだんだな、9代目は」
リボーンは笑った。
9代目が依頼をしたのは、勿論かつての教え子・ディーノの一件のように家庭教師としての教育手腕の高さを買っているだろうが、一番は暴れん坊の次郎長を抑えるためなのだろう。ボンゴレ関連の事件で衝突しても実力行使で丸く収められるように。
「そうとなりゃ早速行くとするか」
愛用のボルサリーノを被り直し、羽がない天使は決意を固めた。
*
「あ~あ……もう最悪だよ~……」
ここは日本の並盛町。便利ではなくとも不便というほどでもない平和な町で、一人の少年が愚痴を零しながら家路を辿っていた。
少年の名は、沢田綱吉。運動もダメ、勉強もダメ、何をやらせてもダメだから〝ダメツナ〟という不名誉極まりないあだ名をつけられているごく普通の少年だ。
「炎真には申し訳ないけど、やっぱ俺には学校キツイよ~……」
ツナの一番の親友である古里炎真は、諦めが早いダメ人間という似た者同士でありながらも現状を打破しようとする考えは持っている。ツナもそれにあやかろうとしたが、もはや才能の領域に達している炎真以上のダメっぷりのせいですぐ諦めてしまった。
最近では
「京子ちゃんは持田先輩と付き合ってるし、もう俺いる意味が無いじゃん……」
学校に行くことすら嫌がり始めているツナが、なぜ行くのか。当然義務教育だからというのもあるが、一番はクラスメイトである想い人の
しかしそれも剣道部主将の持田剣介と度々付き合っているところを見てから一気に学校へ通う気が失せてしまい、その現実から逃げるように早退したのである。
明日から学校行くのやめようかな――そう考えていた、その時だった。
「ツナじゃねーか」
「どうしたの? 具合でも悪いのかな?」
「おじさん! 登さん!」
見知った面々に声を掛けられ、ツナは驚きの声を上げる。
彼の名は泥水次郎長。本名は吉田辰巳と言い、並盛町の裏社会を牛耳る極道組織「溝鼠組」の組長だ。若い頃から類稀なる喧嘩の腕っ節で極道の世界に足を踏み入れ暴れ回り、その絶対的な力と仁義を重んじた統治を敷く様から〝大侠客の泥水次郎長〟の異名で日本の裏の世界でも恐れられ君臨し続けているこの
そして彼の傍に立つのは幸平登。次郎長の子分の一人で、一見はヤクザとは程遠い地味な雰囲気を纏う青年だ。溝鼠組の若衆の中では際立って温厚な性格であるため極道関係者とは思えないが、任侠の徒として極道の世界を行く覚悟は本物だ。
「おめェ、
「な、何でそんなこと知ってんの!?」
「ヤクザの情報網をバカにすんなよ。壁に耳あり障子に目あり肩にフェアリーってこった」
いきなり途中で学校をサボって帰っているのがバレていることを告げられ、ショックを受けるツナ。しかも次郎長の言い回しが真実ならばツナの学校生活は完全に把握されているように聞こえる。
次郎長は見回りがてらに町をブラブラと歩き回るが、学校に関しては基本干渉しない。学校をはじめとした教育機関は風紀委員会が仕切っているため、カタギはカタギに任せるのが一番効果的でヤクザ者が口を出す義理が無いからだ。それでも付き合いがあるとはいえ生徒の学校生活の情報をいつの間にか入手しているのは恐ろしいものだ。
「ったく、喧嘩三昧だったオイラでもサボりだけはやらなかったんだぞ?」
「極道の僕達が言うのもアレだけど、学費を無駄にするような生活はダメだよツナ君」
「だって俺学校に入る意味ないもん!!」
「知ったことか、諦めろ。カタギの世界もヤクザの世界も〝最低限の学〟は必要なんでい」
ツナの言い訳を無慈悲に一刀両断。
ヤクザの親分だが高卒である次郎長の妙な説得力に、ツナはそれ以上の反論ができなくなる。
「そんなァ……おじさんの意地悪!! ガングロ!! 正露丸!!」
「ツナ……おめーあんまり奈々の手ェ焼かせるならオイラが今ここでヤキ入れてやるけど?」
「すいませんでしたっ!!」
ゴキゴキと拳を鳴らしながら笑みを浮かべる次郎長に、ツナは頭を深々と下げる。喧嘩すれば敵無しと謳われる次郎長親分にこってり絞られるよりも母親に喝を入れられた方が色んな意味でマシと考えたらしい。
隣に立つ登が苦笑いを浮かべる中、次郎長は「賢明な判断だ」と言いながら煙管を取り出し吹かしながらツナと父・家光の話を始めた。
「そういやあバカ光とはどうなんだよ」
「父さん? 父さんは去年会ったけど、母さんが心配してんのに「大丈夫」の一点張りですぐ仕事に行っちゃったよ! しかもそれから連絡してこないし」
「マジかよ。……ちっ、あのネグレクト親父、
次郎長と家光は、はっきり言って仲が悪い。正確に言えば「次郎長が家光を嫌っている」のだが、その原因は次郎長の家族観と家光のツナとの向き合い方にある。
次郎長は疑似家族の特質を持つヤクザという立場上、溝鼠組そのものが自分の大切な家族である。盃を交わしたものは誰であれ実の子のように接し、時にヤクザの組長として厳しい態度を取ったりヤキを入れたりするが、その根本には確かな家族愛が存在する。極道組織は総じて親分の支配や集団の一体性を乱すような行為が反履して発生する性質を持つのだが、溝鼠組でそのような事態が起きないのは幼くして両親を失った過去を抱える次郎長の家族という集団に対する想いが大きく影響している。
一方の家光はボンゴレの門外顧問を務める現役マフィアで、ツナの実の父親で奈々の夫である。家族をマフィア界の騒乱に巻き込みたくないという思いはあるだろうが、世帯を持ったからには相応の責任がある。某江戸のクソ親父のように「ガキなんざカカアがいれば立派に育つ」と思っているだろうが、それは父親として自分の子供が善いことをしたら目一杯褒めて悪さをしたらしっかり叱ってやれる男が言える言葉だ。ツナと会った時には常に一分一秒でもちゃんとしたコミュニケーションを取っていれば別だったろうが、今となっては後の祭りである。
次郎長と同じ裏社会の大物で一家の大黒柱でもあるという点では同じだが、父親としてのレベルの差は大きい。だからこそツナは実の父より次郎長を信頼するのだ。ちなみにツナは父親の本職は知らない。
「……今の野郎は仕事に夢中でおめーら二人に構ってる暇がねーんだろうな。だがそれを最善と判断したのァ
「そうかな……オレは父さんはどこまで行ってもダメ親父だと思うけど」
「本音を言うとオイラも同意見だ」
「本音サラッと言っちゃってるしーーーー!!」
「オジキさん、彼一応奈々姐さんの夫ですよ!?」
次郎長のわざと漏らしているようにしか聞こえない本音。家光がどんなに家族の為に命を懸けても、日頃の行いはそれでチャラにできなさそうである。
「んなことより早く勉強しろ。大学に行けだの大企業に就けだのたァ言わんが、今の内にやっておかないと手痛いしっぺ返しが待ってるぞ」
「何でお母さんみたいなこと言ってんの!? それじゃあね、おじさん、登さん!!」
ツナはその場から逃げるように去り、次郎長はその背中を見つめ続け登はヒラヒラと手を振る。
その直後だった。
ゾクッ――
「っ!?」
突然背後から感じた殺気に、次郎長は目を大きく見開いた。
ヤクザの親分が裏を支配してるとはいえ、平和な町に不釣り合いな研ぎ澄まされた殺気。殺気の質から相当の強者と判断し、目にも止まらぬ速さで刀を抜いて振り向き登を庇うように立つ――が、彼の眼前には人はおろか動物すらいない。その場にいるのは次郎長と登だけだ。
「オジキさん……!?」
「登……おめー何か感じなかったのか?」
いきなり臨戦態勢に入った次郎長に動揺しつつも、登は首を横に振る。
気づけば感じていた殺気もまるで無かったかのように消えていた。殺気の持ち主がいなくなったと判断し、刀を鞘に収めるが次郎長は警戒を解かない。
(何だ、今の殺気は……!?)
最近は減ったが抗争や襲撃といった修羅場をくぐり抜けてきた次郎長は、持ち前の勘の鋭さで敵の気配どころか大抵の力量を予測することができる。その次郎長の勘をもってしても、例の殺気の持ち主の力量は一切予測できなかった。
ということは、この並盛に余所者――それも招かれざる客が訪れてきているのだ。何かの拍子で暴れられたら溜まったものではないゆえ、これを野放しにするわけにはいかないが、素性が一切掴めてない状況では手の打ちようがない。次郎長は諦めざるを得なかった。
「クソ……どこのバカだか。
「あ、はいっ!」
「……驚いたな」
例の殺気の持ち主――リボーンは、思わず驚愕の声を漏らす。
イタリアから遥々来たリボーンは、これから家庭教師として関わるようになる
子分と共にボンゴレファミリーの次期ボス候補と話し合う彼の第一印象は、只者ではない雰囲気を纏いつつもジャパニーズマフィアの首領どころか裏社会の人間とは思えない呆れる程に気安い男。刀を腰に差してなければただの着物姿の男に過ぎず、リボーンは拍子抜けしてしまった。そのせいで苛立ってしまったのか、リボーンは少しばかり殺気を漏らした。興味を持った自分がバカバカしい――そう思ってしまったのだ。
だがその直後に彼は刀を瞬時に抜いて辺りを警戒し始めた。常人はおろか裏社会の人間ですら感知できない程度の殺気に反応できる者は滅多におらず、本来ならば傍にいた子分の登の反応が普通である。それにもかかわらず次郎長は反応
「〝大侠客〟の二つ名は伊達じゃねーようだな。アイツは使えそうだゾ」
漆黒を纏う小さき
ここから原作に沿っていこうと思います。
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