浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

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二週間ぶりの投稿、かな?


標的38:護るべきモノの為に

 約束の日が、ついに訪れた。

 次郎長はかつての生家に足を踏み入れた。親を亡くし極道へと転身した男の「全ての始まり」であり、今では恩人・沢田奈々とその一家の住居として生まれ変わった一戸建て。家を売り払ったのは次郎長がヤクザになるずっと前……だからこそ、その変わらぬ姿にいつも懐かしい想いを抱く。

 普段は奈々やその息子・ツナと団欒するために訪れるが、今回は違う。自らを(おとこ)にしてくれた奈々の虚を突き、陰で見守り続けた少年を裏社会に引き込もうとする家庭教師という名の不届き者が住みついている。今日はその家庭教師と邂逅する日なのだ。

「……」

 次郎長の纏う空気は、凄まじかった。

 普段の彼が纏う空気は、ヤクザ者を束ねる極道の親分としての只者ではない雰囲気が常にある反面、見かけによらず一人の人間として接しやすい気安さがあった。だからこそ住民達も次郎長を怖がらずに話しかけ、尚弥をはじめとした町の有力者達も気の置けない間柄として付き合っている。

 だが今の彼には、その気安さは微塵も存在しない。あるのは眼前の敵を全て薙ぎ倒さんとする威圧感で、剣呑を通り越して殺気を放ちかけている。ただでさえ鋭い眼は次郎長の覚悟と心に秘めた怒りを反映しているのか、瞳孔が開いている。

(お望み通り喧嘩買いに来てやったよ)

 奈々を怖がらせないよう心を落ち着かせ、インターホンを鳴らす。

 暫くするとドアが開き、家事をしている最中だったのかエプロンを着用した恩人が顔を出した。

「――あら、タッ君! いらっしゃい」

 相も変わらず太陽のような笑顔で出迎える奈々。

 次郎長はいつものように不敵な笑みで挨拶し、用件を伝えた。

「ツナの家庭教師とやらに顔合わせしようって話でな。今居るよな?」

「リボーン君が? ええ、ちょうど今二階(うえ)でツッ君に勉強教えてるところよ」

「そうかい。上がるぞ」

 次郎長は沢田家に上がると、まっすぐ階段を上った。

 かつての自分の部屋が今では恩人の息子が使っているという奇縁に、思わず微笑みながらドアノブを握って開けた。

「おい、邪魔すん――」

「お、おじさん!? 何でここに……っていうか助けてーー!!」

「……何を滑稽劇繰り広げてんでい」

 眼前には、なぜかボロボロになっているツナとエスプレッソを優雅に楽しむリボーンが。

 非常にシュールな光景に、さすがの次郎長も唖然とした。

「ちゃおっス、来たな次郎長」

「……おう。てめーがリボーンか」

 次郎長は部屋に入るや否やテーブルへ向かい、刀を左に置いて(・・・・・)胡坐を掻く。

(コイツ、割と用心深いようだな……いや、本気で()り合う覚悟か?)

 リボーンは次郎長の認識を改めざるを得なかった。

 刀を自分の左側に置くということは、敵意と警戒心のあらわれ――リボーンに対し常に臨戦態勢であると同時に「いつでも斬れる」という脅しも兼ねている。裏社会に身を置いているからこそ、相手に隙を見せないよう緊張の糸を緩めないのだ。

(コイツ、狙ってやってるな……「ツナに何か起こってもいいなら(・・・・・・・・・・・・・・)殺してみろ」ってか?)

 さすがのリボーンも生徒の前で本気の殺し合いをするわけにもいかない。ただでさえマフィアになるのを嫌がっている――それが普通の反応であるが――ツナの眼前で次郎長と殺し合えば、マフィアになることを余計に嫌がるどころか周囲への不信感を募らせる可能性すらある。そうなってしまったら、たとえボスになっても仲間を心から信頼しない猜疑心の塊となるかもしれないからだ。

 信頼関係を逆手に取った脅迫に、リボーンは思わず舌打ちしたくなる。そんな中、次郎長は早速リボーンに〝先制口撃(こうげき)〟を仕掛けた。

「さて、まず訊こう……てめーの目的は何だ」

「ダメツナをマフィアのボスにするためにやってきた。俺はある男からお前らを立派なマフィアのボスに教育するよう依頼されてんだ。やり方は俺に任されてる」

「……ツナ、おめーはマフィア者になりてーのか?」

「んなわけないじゃん!! 俺はマフィアのボスにもマフィアにもならないよ!!」

 必死にマフィア界進出を否定するツナに「だよなァ」と頭を掻きながら返事をする次郎長。その光景にリボーンは顎に手を当てる。

 カタギの少年とヤクザの親分とでは、立場も生きてる世界も全く違う。それでいて人間関係上の上下関係は割と差は小さい。性格も反映されてるだろうが、次郎長とツナの関係の近さが容易に窺えた。常識的に考えればヤバイ光景でもあるのだが。

「……で、どこのファミリーだ」

「ボンゴレファミリーだゾ」

「ボンゴレ……ってこたァ、あの狸ジジイの差し金か? おいおい、人から聞いた話じゃ甥が三人いたと聞いたぜ」

 放たれた言葉に、リボーンは目に見える程に顔色を変えた。極東の島国の平和な町で根を張る程度のヤクザが、業界が異なるとはいえ絶大な権威を持つボンゴレのお家騒動を把握しているのは想定外だったようだ。

 次郎長の言う人から聞いた話とは、世界中で活動していた地雷亜の独自の情報網。世界屈指の凄腕の殺し屋は、情報網もかなりの規模のようである。

(地雷亜の情報は真実ってかい。――好都合だ)

 万年ポーカーフェイスと言えるリボーンの表情が崩れたのを見逃さず、次郎長は畳み掛ける。

「成程……何となく事情は読めたぜ。大方、ツナがマフィアの血を継いでいるからだろう? どんな三下でも盃交わしゃあ親子になるヤクザと違って、マフィア者は純血しか歓迎しない融通の利かねーエセ家族連中だからなァ」

 嘲笑うように口角を上げる次郎長に、リボーンは愛銃の銃口を向けた。抑え気味ではあるが殺気を放っており、並みの連中では息すらも殺されそうな鋭さを次郎長に浴びせるも、当の本人は平然としている。

 だがリボーンの殺気に反応はしたようで、左手で鞘を掴んでいる。それこそ、いつでも斬り捨てることができると言わんばかりの空気を纏って。

(この殺気……そうか、あの時の殺気はコイツだったのか)

 先日浴びた殺気の持ち主がリボーンであることがわかり、内心納得する次郎長。

「てめェ……どこまで知ってる? 答えねーなら一発だけブチ込んでやる」

「フッ……天下の次郎長がその程度の(・・・・・)脅しで屈すると思ってるなんざ、〝アルコバレーノ〟もたかが知れてらァ」

「っ――てめーは一体何者だ!」

 リボーンは柄にもなく感情を荒立て、次郎長を問い詰める。

 アルコバレーノ――それはイタリア語で虹を意味し、「呪われた赤ん坊」とも呼ばれるマフィア界最強の赤ん坊七人の総称だ。虹の一色を持つ「おしゃぶり」を胸から下げており、全員二頭身の赤ん坊の姿だが非常に高い戦闘能力を有し恐れられている。

 とはいえ、アルコバレーノはヤクザとは無縁であり、そもそも業界が違うためマフィアに関わっている者以外は知る者などほとんどいないのに、ヤクザの親分たる次郎長はアルコバレーノを知っている。これは本来なら絶対に(・・・)あり得ないことだ。

 ちなみにこれは百地ら八咫烏陰陽道から入手した情報である。

「答えろ、てめーは一体何者だ」

「答える義理なんざねーに決まってんだろ。オイラはおめーを信用しちゃいねーからな」

「くっ……」

 空いた手で拳を強く握り締めるリボーン。それに対し次郎長は、銃口が己の眉間に向けられているというのに勝利を確信したような笑みを浮かべている。

(リ、リボーンが慌ててる……!? おじさんやっぱりスゴイ……)

 ツナは次郎長のヤクザとしての一面を垣間見て、驚愕の色を隠せない。アルコバレーノという知らない単語まで出てきてチンプンカンプンではあるが、少なくとも言葉のやり取りでは次郎長が優勢だ。そもそもリボーンが慌てるどころか顔色を変える時すら見たことが無いのに、次郎長は容易く揺さぶってみせたのだ。

 銃を向けられても一切動じず笑顔すら見せる余裕と相手の動揺を誘う言い回しに、改めてツナは次郎長がいかに凄まじい男であるのかを思い知らされる。

「……なぜそこまでツナを庇う」

「そらァてめーにゃ死んでもわからねーだろうよ。カッコよく言うなら……「(おとこ)の鎖」ってモンかねェ」

 睨み合う両者。

 そんな一触即発の状況を打破したのは、ツナだった。

「ちょ、ちょっと!! やめてよ俺の部屋で!!」

「ツナ……」

「おじさんが俺を庇ってくれるのはスゴイ嬉しい……でも下に母さんいるんだよ!? リボーンのこと完全に信じちゃってるし、下手こいて誤解されたら……!!」

「……それもそうだな」

 ツナの言い分を聞いた途端、次郎長はあっさりと左手を鞘から離した。対するリボーンも「たまには言うじゃねーか」とニヒルな笑みを浮かべて手を引く。

 しかし緊張の糸は未だ緩めていないのか、リボーンは銃を握ったままで次郎長もいつでも刀を抜けるようリボーンの手を見据えている。

(……ついに尻尾出しやがったな、古狸。この様子じゃあバカ光もグル確定だな。だがナス太郎の差し金もあり得そうだ)

 次郎長は9代目と家光に対し怒りを覚える。現状としては、内部抗争を丸く収めるためだけにツナをボスに据えようとするボンゴレが、外堀を埋めて身動きを取れなくし家庭教師という名の殺し屋を監視役として配属させるといったところ。これが物心つく前から裏社会で育てられていたというなら多少なり理解できるが、これを一般人(カタギ)として生きてきた少年に背負わせているというのが癪に障るのだ。次郎長にとって、次代の未来より組織の未来を迷わず選択してくれた二人に殺意を抱くなというのが無理な話だった。

 その上で次郎長は(デイモン)・スペードの関与を疑う。ここまでの用意周到さを考えると、裏でデイモンが動いてツナを都合のいい操り人形にしようと画策する可能性もあり得るからだ。だが内部抗争とは本来危険な状況であり、小さな火種でも大爆発を起こしかねない緊張状態が収束するまで延々と続くことと同じ意味だ。組織が巨大であればある程にちょっとした小競り合いで瓦解しやすくなるため、そんな危険(リスク)を冒す必要があるのか甚だ怪しい。

(……ダメだ、考えんのァやめだ。あのボケナスの思考回路は理解できねェ)

 デイモンのことを考えたこと自体がバカバカしい――そう思って溜め息を吐く。

 そんなコロコロと変わる次郎長の表情や仕草に、リボーンは珍しく困惑していた。

(コイツ、何を色々と考えてやがる? こんな奴は初めてだゾ……)

 リボーンは読心術の使い手である。その精度は多くの経験を積んできたため非常に高く、大抵の出会った人間は誰であろうと容易に心の中を読みとることができる。だからこそ死が付き纏う数々の修羅場をくぐり抜けてきたのだ。

 しかし読心術は超能力(エスパー)ではなく、相手の僅かな機微から判断する技術だ。腹芸が達人級だったり素で飄々としている人間だと読みにくいこともある。今の次郎長は一度に複数の考え事をしている状態であり、その全てを読み取り把握するのは困難となる。ましてやナス太郎ことデイモンは本来は生きているはずのない過去の人物であり、そもそも次郎長はデイモンをちゃんと呼んでないので心を読んでも誰だかわからない。可能性があるとすれば、せいぜい同姓同名と思い込むか似たような髪型の六道骸(パイナップル)と誤解されるくらいだ。

「……てめーが何をどこまで知ってるかは後で調べるとして、どうする気だ?」

「決まってんだろ、ツナはマフィアになんかさせねェ」

 次郎長の迷い無き宣言。何と世界最強の殺し屋の前で、世界最大のマフィアを相手に対立する姿勢を見せたのだ。

 リボーンは一瞬瞠目したが、想定していたのか先程よりかは表情を崩さずポーカーフェイスのまま口を開く。

「ボンゴレがどういう組織なのかわかってねーな。ただのマフィアじゃねーんだ、どれ程の人間が――」

「組織ってモンをよく知らねーようだな。(わり)ィがオイラの耳はてめーらの都合のいい耳じゃねェ……どう表現しても「ツナがボスだと操りやすい」としか聞こえねーな」

 リボーンは絶句した。

 ツナは一般人であり、溝鼠組と縁はあれど直接的な裏社会との関わりなどほとんどないカタギの子供を巨大マフィアのボスに飾るなど、正気の沙汰ではない。もしそれに何らかの意図があるとすれば、無知で幼いボスを陰で操り好き勝手するために決まっている。次郎長はそう考えているのだ。

 次郎長が勝男を後継者(にだいめ)と決めているのは、組の内外での人望と統率力で判断した結果だ。腕っ節など二の次として扱っておらず、ましてや血筋など論外だ。血筋だけで全てを判断し、相手(ツナ)の事情に気を遣うどころか大人の事情を汲み取れと要求する彼らに次郎長は腹を立てているのだ。

「おめーらが何しようがツナの人生はツナのモンだ、あの子の日常と幸せをボンゴレに壊させてたまるかってんでい。()る気なら別にいいんだぜ、オイラ達ゃ最初(ハナ)からボンゴレファミリーなんざ恐れちゃいねェ」

「!」

「おじさん……」

「大切なモン護るためなら、俺ァいつでも(おとこ)捨てて修羅(おに)になってやる。俺ァ奈々にデカイ借りが――一生の恩がある……その恩に報いるために、奈々の大切なモンを全部護り抜くと決めた。それがこの泥水次郎長が沢田奈々に通す仁義だと信じてる………それを貫くために死んでも構わねェ。約束を違うわけにはいかねーんだよ」

 次郎長は立ち上がり、置いていた刀を腰に差すとツナの頭を突然撫でた。

 いきなりの行動にツナは動揺する。

「ツナ……たとえどんな逆境・修羅場でもオイラはおめーの味方だ。だから安心して今を楽しめ、何があってもオイラが護ってやる」

「お、おじさん……!! じゃあ俺も約束する!! 俺はマフィアのボスにならない!!」

「おう。男の言葉に二言は無い……頑張りな」

 穏やかな笑みを浮かべる次郎長と泣きそうになるツナが、互いの小指を曲げ絡み合わせ約束を交わした。

 そんな二人のやり取りを間近で見たリボーンは、ただ黙って見るばかりだった。

 

 

           *

 

 

 その日の夜、珍しくリボーンは起きていた。ツナはベッドで熟睡しており、どこか安心したような表情を浮かべて寝転がっている。

「……アイツを利用しようと考えたのは甘すぎたな」

 リボーンは自嘲気味に笑いながら、次郎長との邂逅を思い返していた。

 あれ程の威圧感を見せた輩は、久しぶりに会った気がした。勢いや正攻法で勝てるような相手ではないと気づいた。そして何より――生徒(ダメツナ)奈々(ママン)との関係を知り、己の仕事の険しさを理解した。

(ツナは次郎長を信頼してる……いや、信頼なんて生易しいモンじゃねェ。アレは家族の領域だ)

 リボーンは、次郎長が帰った後のツナとの会話を思い出した。

 

 ――ツナ、おめーはなぜ次郎長を信頼する?

 ――おじさんを信頼する理由か~……それはダメダメな俺と真っ直ぐ向き合ってくれるからだよ。俺の父さんって蒸発中でさ、数年に一度帰ってくるかどうかわかんないんだ。そんな俺と母さんの生活を、いつも父さんに代わっておじさんは見守ってくれたんだ。

 ――おめーとママンをか?

 ――うん。ダメ人間の俺に親友を与えてくれたし、愚痴も聞いてくれるし、いつもどこかで俺と母さんを助けてくれる。だから嬉しいんだ。おじさんが俺の(・・・・・・・)父さんだったら(・・・・・・・)よかったのにな(・・・・・・・)って、何度思ったかな……。

 

 ツナの人生はツナのモノ。ツナと奈々を護るためならいつでも(おとこ)捨てて修羅(おに)になる。

 そう言い放った次郎長に、リボーンは気圧されたと同時に気づいてしまった。次郎長は首領(ボス)をも超える〝王〟の器の持ち主であり、親の鑑でもあると。

「……こんな平和な町に、あんな化け物がいるとはな」

 平和な並盛の頂点に君臨する王者に、リボーンは感服すらしていた。ああいう覚悟を、ツナにも持ってもらいたいものだ。

 それよりも――

「家光、おめー何てことしてくれてんだ」

 9代目と同様に旧知の仲であるとはいえ、年単位で家庭放置している門外顧問を初めて恨んだリボーンであった。


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