溝鼠組の屋敷にて、次郎長は自室のちゃぶ台の上に資料を広げていた。
(恭弥から貰った並中の風紀委員会が実施したアンケートを基に作ったツナを軸とした相関図、そして地雷亜との交渉で得た
次郎長の狙いは、リボーンの動きを先読みすることである。
ツナをマフィアのボスにさせるために、リボーンがまず行うのは仲間集めだ。現に次郎長も溝鼠組を設立した当初は勝男とその取り巻きだった景谷と杉村の四名で始まっている。次郎長の場合は圧倒的な実力と確固たる義侠心に惚れて勝男達が付いてきたのだが、ツナの場合はリボーンが裏で手を回していると考えていいだろう。
並盛の王者と最強の殺し屋による頭脳戦が、水面下で行われようとしているなど誰も知る由も無い。
(ここ最近でツナの周囲で起こった出来事……どう考えてもあのガキが手ェ回してるな)
相関図におけるツナの立ち位置は、似た者同士である炎真が親友として傍らに居り、ダメツナ呼ばわりされてる割には嫌われている様子は見受けられない。炎真と比べると親しみは浅いが、
その中で一際目を引くのが、イタリアからやってきたという
(この
獄寺隼人。体のいたるところに所にダイナマイトを隠し持っていることから〝スモーキンボム〟の異名で知られる未成年の殺し屋で、同業者も恐れる世界屈指の殺し屋である地雷亜もその名を度々耳にする程の有名人。気に入らない相手には誰彼構わず喧嘩を売る性格であるらしいが、どういう訳かそんな輩が並中に転校して以来ツナとよく絡んでいるという。しかも仲はどちらかというと悪くないらしい。
おそらく間にリボーンが入り、何らかのアプローチで二人をくっつかせたのだろう。そうでもしなければ大人しく学校生活できるわけが無い。
(……でもって、厄介なのはこっちだな)
次郎長が目をつけたのは、獄寺ではなく彼ともよく絡んでいる一人の生徒だ。
「あのガキ、早速外堀埋めてやがるな……」
リボーンの思惑を察し、苛立つ次郎長。
これは人質だ。一刻も早く味方を揃えるためには友人から押さえるのが手っ取り早いという意味合いもあるだろうが、間違いなくツナの反発を強引に封じ込めることを主軸としている。次郎長がランチアを勧誘した時とは訳が違う。
沢田家と長く付き合っているだけあり、次郎長はツナがどういう人間かよく理解している。ツナは確かに勉強も運動も苦手で何をやらせても冴えないが、自分の子分である登や現役マフィアの事実上の跡継ぎである炎真と同じ非常に仲間思いな優しい性格の持ち主だ。
その優しさをリボーンは突いた。友人が事件に巻き込まれていると知れば、何だかんだ言いつつも助けに行くだろう――そう推測したのだ。これは次郎長も同じ認識であり、だからこそ他者に悪用される可能性もあると危惧してもいたが、よりにもよって当たってしまった。それも巨大勢力・ボンゴレファミリーに目をつけられた。
(ツナも奈々も気づいちゃいねェ……どうにかして手を打たねーと……)
おそらくリボーンと関わった並盛の人間で、彼の思惑に勘づいたのは次郎長一人だけだろう。早くリボーンの思惑を狂わせないと、多くのカタギが知らない内に立派なマフィアとなってしまう。
一番の問題は、今後リボーンが恭弥に目をつけた場合だ。恭弥がマフィアに関わることで黙ってないのが〝鬼雲雀〟で知られる父親の尚弥。自らが溺愛する息子を跡目としても認識しており、これを妨害しようものなら誰であれ一切容赦しない。ましてやマフィアともなれば風紀委員会の立場もあって、間違いなくボンゴレと衝突する。元々市民を守る自警団であったボンゴレだが、今は泣く子も黙る巨大マフィアなので
(もしもの時ゃオイラが腹ァ括って潰しにかかるしか――)
「オジキ! 失礼しやす!」
「! ――杉村か、どうしてェ」
ツナ達を護るべくボンゴレとの全面対決も視野に入れるという物騒な考えに至ったその時、襖を開けて古参の子分・杉村が頭を下げてきた。
それに気づいた次郎長は、用件を訊く。
「客人です。オジキの兄弟の倅が来てやすが」
「炎真が? 珍しいな……杉村、客人用の飲みモンと菓子を用意しろ。オイラは緑茶でいい」
「へい!」
杉村に命令し、そそくさと資料を仕舞う。
暫く経つと、襖を開けて赤髪の少年が次郎長の自室に足を踏み入れた。
「よう炎真」
「おじさん、こんにちは」
どこか照れ臭そうに頭を触りながら、炎真は挨拶をする。
「ヤクザのお家に一人で乗り込むたァ、おめーも肝が据わってきたじゃねーか。おじさん感動したぜ」
「い、一応マフィアの血筋だしね……」
次郎長は炎真と談笑を始める。
「人間関係はどうだ? ツナ以外に
「うん、ここ最近増えたよ。ちょっとびっくりしたけど」
「びっくり? 何がでい」
「幼馴染なんだ、6年ぶりに会えて嬉しいんだ」
照れるように笑う炎真に、次郎長はきょとんとした表情を浮かべる。
炎真曰く、幼少期からの付き合いである鈴木アーデルハイト・
「そうか、そらァよかったな。――で、ソイツらはシモンの関係者か?」
「……おじさんには敵わないや」
次郎長の鋭い質問に、炎真は笑みを浮かべる。
そう、幼少期からの付き合いである件の三人はシモンファミリーの関係者なのだ。シモンファミリーはボンゴレファミリー創成期を語る上では欠かせない組織であり、ある意味ボンゴレの中核団体に近い勢力だった。ある事件を境にシモンファミリーは貶められ長年に渡り迫害を受けていたが、6年前の次郎長との出会いをきっかけにファミリーごと並盛へ移住することにしたのだ。
「そうか、生き残りはいたんだな……」
実はシモンファミリーは古里家を除いた関係者はマフィア界から追放されたり他勢力の手に掛けられたりしており、彼らを庇護する次郎長自身も古里家以外のシモン関係者の消息を知らない。ゆえに生き残りは古里家だけと次郎長は思い込んでおり、幼馴染までも関係者だとは夢にも思ってなかった。
だからこそ、次郎長は内心喜んだ。炎真を支えられる人間が残っていることに。
「おめーの幼馴染がどういう連中かは知らねーが、ちゃんと面倒見ろよ? オイラの庇護下たァいえ、おめーは一端のマフィア者なんだからよ」
「ハ、ハハ……大丈夫だと思う……それよりもおじさん、大切な話があるんだ」
炎真が真剣な表情になる。世間話や談笑の為に来たのではなく何らかの事情があると悟った次郎長は、鋭い眼差しで炎真を見据えて問う。
「……何があった」
「実はマフィアとしての活動再開についてなんだけど、どうかな……おじさんの邪魔かな?」
意外な言葉に、次郎長はきょとんとする。
「………真じゃなく炎真から吹っ掛けるとはな。誰にたきつけられた?」
「アーデル達が話を持ち掛けたんだ。皆もシモンの生き残りだし……」
炎真は「あの日の夜」に一家全員でシモンとボンゴレの因縁に関する真相に近づいたため、ファミリーの中核である古里家はボンゴレへの復讐は望まない。実行に移せばそれこそあの
だが他のシモン関係者は長年の迫害によってボンゴレへの憎悪を募らせている。次郎長の庇護下で力を蓄え、機を熟したらボンゴレに復讐する気なのは明白だ。そのストッパーとしての責任感は炎真も自覚しつつあるが、それでもボンゴレへの恨みは完全に消えたわけでもないので複雑な気持ちなのだ。
「僕らの命の恩人であるおじさんを利用したくない……でもっ――」
「おめーとしちゃどう思ってるよ? まずはそこからだぜ」
悩む炎真に次郎長は言葉を投げ掛け真意を問う。
「っ……6年前、おじさんのおかげでシモンは救われたし最悪の事態も避けられた。でも、シモンの誇りだけは取り戻したいんだ!」
「誇りねェ……。取り戻すにはアイツを出し抜かなきゃできねーぞ」
「うん……ボンゴレファミリー初代霧の守護者――」
「変態野菜妖精〝ヌフフのナス太郎〟を」
真顔で
余程ツボにハマったのか、涙すら浮かべている。
「お、おじさん!! 何てこと言って……!!」
「事実じゃねーか、あのボケナスはしつこい奴だぞ。それに調べてみりゃ随分前にくたばってるはずの野郎らしいな。見た目は若く中身は年寄りって何なんだよ、コナン君も真っ青でい」
慈悲など無用と言わんばかりにデイモンをボロクソに言う次郎長。ランチアの件の恨みもあるのか、一言一句に怒りが混ざってるようにも聞こえる。
「……まあ話はわかった。真は何つってる?」
「父さんは皆を宥めて保留扱いだけど……」
「だろうな。あの喋るナスがおめーらを潰すことを諦めてるという確証がねーんだ、勇み足だと足掬われらァ」
「おじさん、デイモンのこと僕達より恨んでない?」
言葉を交わす度にデイモンの呼び方が酷い方向へ変わっていくのに気づいた炎真だった。
*
日本某所。
誰も場所を知らない大きな屋敷の奥で、百地はある男と面会していた。
「ほう……アルコバレーノを寄越すとは。ボンゴレは随分と慌てているようですね」
百地に背を向ける形で口を開いたのは、亜麻色の長髪が特徴の烏の羽を大量に付けたマントを纏った謎の男。物静かで丁寧な紳士のような口調であるが、その一言一句に他者を圧倒するかのような威圧感を孕んでいる。
彼の名は〝
「先日次郎長と邂逅し、見事に対立したところぞよ」
「そうなると思ってましたよ。我々の次に縁の深いあの男は、綱吉君を決して見捨てないでしょう」
百地から聞いた次郎長の情報に虚は全く驚かず、むしろ当然の結果だと語る。
その直後、虚の後を継いで現在の首領となった朧が音も無く現れて今後の対応について質した。
「虚様、如何様に」
「暫く泳がせましょう。
壁に掛けてあった仕込み錫杖を手に取り、被り笠と烏の仮面で素顔を隠した。
「私はこれから留守になります。百地は
「承知した」
「指揮の方は朧に任せます。アルコバレーノに我々の動きを悟られぬよう留意するように」
「はっ――道中お気をつけて」
朧の気遣いに仮面越しに笑みを浮かべ、虚はその場から消えるように去っていった。
虚が居なくなってから、朧は次郎長と引けを取らない程の鋭い眼光を百地に向ける。
「百地、連中は後継者探しに躍起だそうだな」
「マフィアとやらは血筋を尊ぶ組織。純血を望み混血を嫌うのだ、荒れに荒れるのもまた道理ぞ」
八咫烏陰陽道の情報網は、はっきり言って規格外だ。溝鼠組や風紀委員会の情報網、地雷亜の人脈をも遥かに凌ぐ影響力と情報収集能力で相手の情報を徹底的に奪う。国内においてはほんの些細な動きも見逃さない程で、海外勢力が乗り込んだ場合は彼らを監視・尾行することで国外の情勢も把握できる。それは八咫烏陰陽道が国を護るために創立以来ずっと行ってきており、ボンゴレファミリーの情報網すら八咫烏陰陽道には及ばないだろう。
さて、そんな情報網にかかったのは、ボンゴレファミリーで起きている後継者争いの顛末。その中で朧は不審に思っている点を百地に伝えた。
「俺はこの男の死がどうも気に掛かる。ただの暗殺ではあるまい」
朧がそう指摘するのは、海に沈められたマッシーモ・ラニエリの写真。彼は現在のボンゴレのボス・9代目の三人いた甥の一人で、海に沈められて死亡している。下手人は未だ不明ではあるものの、内部抗争によって殺され証拠隠滅の為に海に沈めたと判断して間違いなさそうだ。
だが朧は、この写真に違和感を覚えたという。
「写真を見る限りでは水深は浅く、目立った外傷が確認できん」
「……というと?」
「浅瀬で外傷が確認できん水死体ということは、海に沈められたのは何かしらの妖術である可能性もあり得るということだ」
朧もそうだが、闇の組織が遺体を海に沈める際は徹底した証拠隠滅を行う。特に死因を特定されることは絶対にあってはならず、下手人が誰であれ細心の注意を払う。
たとえば、殺した標的を事故死に見せかけるには「誤って海に転落した」ようにしなけらばならない。首を絞めても刃物で刺しても、必ず体に痕は残る。その痕を見られないように海底深くに沈めるのだ。そうすれば深く広い大海で一人の遺体を的確に見つけるのは困難であるからだ。
だがこの写真には、その徹底ぶりが見当たらない。つまりマッシーモは本当に事故死したか、常識外れの手段で葬られたかのいずれかに限られる。
「連中の検死の結果だと、毒物反応が無いようだ。されば、何かしらの妖術である可能性は高まる。このタイミングで偶然死んだ可能性も勿論あるが」
「となると、やはり……」
「百地、下手人に心当たりがあるのか?」
百地は無言で頷き、次郎長が6年前にイタリアへ行った際に起きた「ある事件」を語った。
「実は次郎長は6年程前にイタリアへ行ってな、そこの日本人一家と意気投合した。だがその日の夜、件の日本人一家を皆殺しにしようとするボンゴレの刺客の襲撃を受けた。次郎長は奮戦し重傷を負いつつも刺客を退け、〝
「――そうか、次郎長が
朧は納得した表情を浮かべる。
八咫烏陰陽道は外敵を根絶やしに日本人と日本を守護するのが仕事ゆえ、あらゆる手段で情報収集する。その中で次郎長が並盛山で黒衣の集団と会っては戦うという情報を耳にし、場合によっては介入し始末する手筈だったのだ。だがその黒衣の集団が
「……して、下手人はどうなんだ百地」
「おそらく次郎長と殺し合った件の刺客ぞ……じゃが俄に信じがたい」
百地は刺客の正体を次郎長から聞いた。
その正体もまた、かつて八咫烏の教えの下に日本を守護した唯一の帰化人から聞き得た輩。問題なのは、本来生きているはずのない男である点だ。
「〝蒼天〟沢田家康のかつての友にしてボンゴレファミリー初代霧の守護者……
「!」
百地の口から出た名前に、さすがの朧も目を見開いて驚いた。
「――成程。そういうことか」
八咫烏陰陽道には、かつてイタリアから帰化したボンゴレ
その中には、デイモンとの確執や裏切りについても語っていたという。
「奴は物事を分析する魔レンズを所有しており、それで睨まれた者は呪われて次の日に海に浮かんだと言われている。浮かんではいないが、この写真の光景はまさしくそれではないか?」
「!」
朧の指摘に百地は頬から冷たい汗を流した。睨まれた者に掛けられる呪いは不明だが、確かにマッシーモの末路は魔レンズを行使した後とも解釈できる。
二人が導き出した答えは、
「うむ……根拠は無いが、そう考えると妙に辻褄は合うな」
「あくまで可能性の話だが、虚様も同じ答えを導き出してるだろう」
朧はそう結論づける。
この世にいるわけない人間の暗躍など、普通に考えれば絶対にあり得ないが、彼の仕業と考えると納得がいってしまうのだ。
「百地、この件は次郎長から全てを聞いた方がいい。我々は
「じゃな……少なくとも奴は必ず日本に牙を剥くぞ。その時はどうする?」
「知れたこと。八咫烏の教えの下、賊を討つまでだ」
その夜、川平不動産にて。
相も変わらずラーメン三昧の川平のおじさん。今晩は煮干しラーメンなのか、部屋に魚介類の香りが充満している。
「まさか晴れのアルコバレーノが来るとは。ボンゴレも随分と焦燥に駆られているようだな……」
その筋の人間でないと理解できない単語が飛び交う独り言。
あっという間に煮干しラーメンを間食し、追加で頼んでおいたチャーシューメンを食べ始めたその時だった。
――ピンポーン
「? はーい」
夜中に突然の来客。
不動産屋としての営業はすでに終了しているが、営業以外の用事も考えられる。風紀委員会の活動費徴収の可能性もあり、仕方なく戸を開けた。
しかし来客の姿を確認した途端、川平は思わず握っていた箸を落としてしまった。
「……虚、か……!?」
「こうして会うのは何十年ぶりですね〝チェッカーフェイス〟……いや、今は川平と呼称するべきか」
ついにやっちゃいました、銀魂最強キャラが登場。
チェッカーフェイスこと川平のおじさんとの関係は……?
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