浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

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お久しぶりです。

追記
多少話を修正しました。


標的41:体育祭の一幕

 並中で行われる体育祭は、町内屈指の一大行事(イベント)だ。毎年多くの町民が見物に訪れ、たった一日だけとはいえ町民の半数以上が並中及びその付近に集う。

 次郎長はそんな見物客をターゲットとしている。溝鼠組の主なシノギは的屋運営だが、それを行う日にちは必ずしも縁日だけではない。何かと大きな催しがあればそこで屋台を開き収入を得るのが溝鼠組のやり方だ。

(……とはいえ、一応アイツのシマにいるからなァ)

 並中はあの恭弥の縄張りで、群れようものなら問答無用で潰しにかかるヤンチャ坊主の力が最も強くはたらく場所だ。強さの求道者である彼は「次郎長を超える」という野心を秘めており、言いがかりをつけて喧嘩を吹っ掛けたとしても大人達は誰も逆らわないだろう。

 だからこそ、次郎長は警戒もしている。せっかくの体育祭(マツリ)を台無しにしないためにも。

「今んトコァ異常はねーか……ん?」

 ブラブラとのんびり見回りをする次郎長だが、遠くの方で喧騒が聞こえてきた。

 気になって近づいてみると、一台の屋台の前で煙草を咥えた銀髪の少年が二人組の男と何やら言い争っており、ハニーブラウンの栗みたいな見覚えのある少年が必死に宥めているではないか。しかもその二人組の男はというと……。

「おい、息子達よう……」

 次郎長の子分達――溝鼠組の中堅組員だった。一人はスキンヘッドで着流しを片肌脱ぎした出で立ちで、もう一人は角刈りの甚平姿であり腰にドスを差している。そしてそんな二人と言い争っているのは、ツナとよく絡んでいる現役マフィアにして不良の獄寺だ。

 これにはさすがの次郎長も溜め息を吐いて頭を抱えた。頭に血が昇り易いほぼ喧嘩腰のマフィア少年がヤクザ二人と揉めてれば、いつ暴力沙汰となるかわかったものではない。相手が同じ裏の人間だからと言って、カタギが多く集ってる中で喧嘩を買うのも浅短だ。

 中堅ともなれば大抵の揉め事は収拾がつくが、今回は自分が顔を立てるしかない――次郎長はそう判断し、喧騒のド真ん中へと向かっていった。

「何揉めてんだ、てめーら」

「「オ、オジキ!!」」

 子分二人は組長(オジキ)の介入に驚き、咄嗟に両手を膝につけて足を開き頭を下げる。

 反応したのは二人だけではない。ツナはいきなりの顔馴染みの登場に驚愕し、獄寺は警戒心を膨らませる。

「おじさん!! 何で並中(ここ)に!?」

「並中の体育祭は割とデカイ行事だからな、シノギを得るにはちょうどいいってんでい。現に向こうでベビーカステラを今売ってんだが割と儲けてらァ」

「じゅ、10代目! アイツは確か……!」

「うん、町のヤのつく人達の親玉で、俺の母さんの元同級生の次郎長おじさん」

「じ、次郎長!? やっぱりあの溝鼠組の泥水次郎長ですか!?」

 獄寺は次郎長の名を聞くや否や、顔色を悪くしていく。

「いや、この前会ったんだけどね……知ってるの?」

「ええ……マフィア界ではジャパニーズマフィアの代表格として知られてます。何でも、ルーキー時代で当時のボンゴレファミリー門外顧問と渡り合った化け物だと……」

「もんがいこもん?」

「ざっくり言えば、ボンゴレのナンバーツーだゾ」

「リボーン!!」

 颯爽とリボーンがツナの前に現れ、門外顧問についての説明をいきなり始めた。

「ボンゴレの門外顧問ってのは、いつもは部外者だが非常時においてはボスに次ぐ権限を発動できる。ボス後継者の決定権の半分は門外顧問にある」

「何か知っちゃいけないようなモノを知った気が……!」

「……あの野郎、来たら指詰めじゃ済まさねェ……」

 若干キレ気味な次郎長の独り言に、リボーンは何ともいえない表情を浮かべる。

 それもそうだろう、実の父親が門外顧問で若い時に次郎長と喧嘩したなど言えるはずもない。今のツナが次郎長を心から信用しているのは火を見るよりも明らかであり、年単位で家を空けてる父親なんかよりも頼もしいに決まっている。

「――で、何でギャーギャー騒いでんでい」

「オジキ、実は……」

 スキンヘッドの子分が事情を説明しだす。

 二人は登特製のキュウリの一本漬けを売っていたところ、次郎長と親密な関係であるツナがいつの間にか関わるようになった居候と友人を連れて買いに来た。ツナは友人と家族の分も含めて8人分のキュウリを買おうとしたところお金が全く足りず、何と5人分まけてくれるようせがんできたのだ。いくら次郎長(おやぶん)と縁が深い子供でもさすがに5人分まけるのは難しいと言ったところ、通常運転と言わんばかりに獄寺が噛みついてきて言い争うことになったという。

「それどう考えても煙草の坊主が(わり)ィじゃねーか。そっから割り勘にするなり後払いすると頭下げるなり何なりできたろーが。いきなり値切りのチャンスを潰してどうする」

「うっ……」

 次郎長の見事なまでの切り返しに獄寺はぐうの音も出なくなり、その容赦ない言葉にツナも引きつった笑みを浮かべる。

「フン……てめーが唆したかどうかは訊きゃしねーが、一言言っておく。――極道を舐め過ぎだ。てめーも、てめーのバックにいる古狸も、あのバカも」

 次郎長は鋭い眼差しでリボーンを見下ろす。

 この町に住む以上、溝鼠組の存在は風紀委員会と共に誰もが知ることになる。そのトップである次郎長と尚弥に喧嘩を売るような行為は自殺行為であり、万が一にも敵と認定されたら一巻の終わりだ。それでも喧嘩を売るとなれば、余程の命知らずか恭弥のような挑戦者、あるいは裏に何らかの意図があるくらいだ。

 次郎長はリボーンがツナにマフィアとして学ぶべき処世術として、交渉術を会得させるためにわざと自分の子分達と揉め事を起こした――と読んだのだ。

「……」

 リボーンはそれに対しては何も答えない。そういう腹積もりは確かにあったからだ。

 しかし獄寺の気性を考えると、どちらにせよ揉めるのは変わらなかった気もするのだが。

「……そういやあツナ、奈々いるか? 体育祭に来ると踏んで話があんだが」

「母さんに?」

「ああ。てめーら、シノギはきっちり稼げよ。オイラァ一人で構わねェ」

 次郎長は指示を送ると、子分達は命令通りに屋台へと戻っていった。

「次郎長、ママンに何の用だ?」

「まあ用事があるっちゃあるんだが――なァに、昔の思い出話に花ァ咲かせたくなってな」

 

 

           *

 

 

 ツナ達は次郎長を連れ、シートを広げて帰りを待つ奈々の元へ戻った。

「タッ君! 来てたのね」

並中(ここ)で会うのァ久しいわな」

「――!」

「はひぃ!? 褐色肌のお侍さんですか!?」

 次郎長は奈々の傍に二人の女性がいることに気づき、目を細めた。

 一人はセミロングの黒髪を後ろで一つにまとめた女子で、年齢はツナと同じぐらいだ。もう一人は長髪の美女で、ピラ子と同じか少し年下に見える。顔は知らないが奈々と仲良くしている辺り、一応彼女の知り合いだろうと判断して警戒を解く。

「……何者だ」

「私はビアンキ。フリーの殺し屋(ヒットマン)よ」

「み、三浦ハルです! ツナさんがお世話になってます!」

「それ、オイラの台詞(セリフ)じゃねーか嬢ちゃん……しかも殺し屋いんのかよ。――オイラは泥水次郎長だ、よろしくな」

 次郎長は穏やかな笑みを浮かべ、刀を右側に(・・・)置いてからシートの上で胡坐を掻く。それを見たリボーンは、次郎長が奈々をどう見ているのかを瞬時に理解した。

(……成程、次郎長はママンの前では休められる(・・・・・)んだな)

 次郎長も人の子だ。神話に出てくる魔物のように恐れられる彼も、生きるか死ぬかの極道社会に身を投じている以上は子分達や縄張りなどの「護るべきモノ」の為に尽力する。それゆえに心労も溜まりやすく、体を壊す可能性もゼロではない。

 そんな次郎長の数少ない心を休められる場が、奈々と共に居る時なのだろう。刀を右に置くことは警戒心や害意が無いことを意味する。奈々の前では気を遣う必要も無く、〝大侠客の泥水次郎長〟としてではなく〝元同級生の吉田辰巳〟としていられるのだ。

「じゃ、じゃあハルは一旦失礼します」

「そうね、ママンと二人で話したら?」

「あら、ごめんなさいね……ありがとう」

 ハルとビアンキは一旦その場から離れ、ツナの傍に立つ。

「ツナさん、一体どういう関係で?」

「母さんとおじさんは同級生なんだ。俺も赤ん坊の頃から面倒見られててさ」

「ジロチョウって言えば業界は違えどマフィア界じゃビッグネームよ。まさかあなたとママンがジロチョウとそんな関係だったなんて……」

 次郎長と沢田家の関係を知らない二人は驚きを隠せない。

 そんな中でも、次郎長と奈々の軽い会話は続く。

「……ちょっとタッ君、煙草臭くない?」

「あ? ……まあ煙管吹かしてりゃあ嫌でもそうなるっての」

「もう……肺ガンになっても知らないわよ!」

「どんな生き方してどんな死に方してもオイラの勝手だ、横からギャーギャー言わねーでくれや。それにそんなんで死ぬ(タマ)じゃねーさ」

 軽口を叩き合う二人。

 ツナは「ホント仲良しだな、母さんとおじさん」と呑気に呟いているが、町一帯の裏社会を長く支配している極道の親分と一般家庭の主婦のあまりにも仲睦まじい光景に周囲はざわつき始める。大侠客次郎長親分を中学時代のあだ名で呼ぶなど、この町どころかこの世では奈々くらいである。

「しっかしまァ……お互い年食っちまったな。お互い33歳となりゃあ、いよいよおっさんとおばさんの仲間入りだ」

「ちょっとタッ君!」

 年寄りじみた発言をストレートにキメた次郎長に、奈々は顔を赤くする。

「――でも、ホントそうね。初めて会ってもう二十年経ってるものね……」

「二十年……(なげ)ェようで(みじけ)ェな」

「あら? そう言えばタッ君って体育祭って参加してたかしら?」

「二十年も前の話だからなァ………棒倒しで羽目を外しちまって出禁食らったから一回しかやってねーから、オイラもあんま憶えてねーんだわ」

(何があったの!?)

 次郎長の中学時代が想像以上にヤバかった事実を知り絶句するツナ達。体育祭で出禁を食らうなど、一体二十年前に何があったというのか。

 訊けないわけではないが、訊いたらそれはそれでヤバイのではと勘繰ったツナ達は黙ることにした。

「……で、何か頼みがあるんじゃないの?」

「! どうしてそれを」

「う~ん……何となく」

「女の勘ってヤツか?」

 直感で次郎長が頼みごとを持ってきていることを察した奈々。

 次郎長は「怖い怖い」と笑いながら本題を切りだした。

「……ウチの平子(むすめ)が料理教えてほしいっつってんだけどよ、金払うから叩き込んでくんねーか? まともに家事できんのウチじゃオイラと登しかいねーんだわ情けねーことに」

「まあ、ピラ子ちゃんが! 別にいいけど……タッ君や登君じゃ無理だったの?」

「不可能じゃねーが、野郎から教わるより同じ女から教わった方が(はえ)ェ気がしてな」

 溝鼠組の構成員の多くは一人暮らしを経験してはいるが、その中でも次郎長と登は断トツに期間が長い。それゆえに経験も豊富なのは当然である。

 だが、それと専業主婦を比べるとやはり差は出てしまう。そもそも専業主婦と一人暮らしの家事では仕事量・責任感・クオリティ・時間制限という点で大きく異なる。仕事量は倍以上の差が生じ、専業主婦には時間の制限がつく上に責任感とクオリティの高さも求められる。専業主婦と一人暮らしの家事は同等ではないので、いかに効率よく生活に必要な諸作業をこなせるかを熟知しているのは、どちらかというと専業主婦だろう。それに異性だと考え方や思考回路に違いがあるため、完全に理解し合うのは難しく、同性の方が似ているところがあるので理解しやすいというのは事実ではある。

 極道として生き抜く術は組長である自分が叩き込むのが筋だが、一人の女性としてならば奈々が叩き込んだ方がいい――次郎長はそう考えたのだ。

「金は積んでおくからよ、ウチの娘に教えてくれねーかい」

「お金なんていいわよ! ちょうど昼間は時間空いてるし、私としてもありがたいわ。ツッ君は学校行ってるもの」

「すまねーな、色々迷惑かけるかもしれねーがピラ子を――」

 ピラ子を頼む、と言い切ろうとした瞬間、次郎長は迫ってくる気配を感じ取り警戒した。

 その気配の正体は、この町の人間ならば誰もが知る、並盛で最も恐れられている不良の頂点――並盛中学校風紀委員長・雲雀恭弥だった。

「ヒバリさん!?」

 トンファーを手にした恭弥が次郎長へ突貫。鈍く光る得物を振るい頭を狙ったが、次郎長はその一撃を何と背を向けた状態で素手で掴み受け止めた。

(う、受け止めた!! 前々から思ってたけど、この人ホントに人間なんだよね!?)

 自分の中での人間の定義が曖昧になっていくのを感じ始めるツナ。

 一方の次郎長はゆっくりと振り向き、威圧的な双鉾(そうぼう)で襲い掛かってきた恭弥を見据え、静かに口を開く。

「……喧嘩にも最低限の礼儀はある。また今度にしろ、恭弥」

「わざわざ来てくれた獲物を逃すと思うのかい? 早く君を咬み殺したくてウズウズしてるんだよ」

「生憎だがカタギに迷惑かけるような暴れ方はオイラの任侠道(ルール)に反するんでな」

「なら、嫌でも戦わせてあげるよ!」

 

 ブシュッ!

 

「っ!?」

 掌にいきなり鋭い痛みが走った。打撃武器であるはずのトンファーから放たれたのは、刃物や尖ったモノで肉を刺された痛みだった。

 さすがの次郎長もこれは想定外だったのか、掴んでいたトンファーを慌てて放した。それを待っていたかのように恭弥は獰猛な笑みを浮かべ、容赦なくフルスイングして一撃必殺を狙った。次郎長は置いていた刀を抜いて防ぎ、抜刀と共に押し返す。――が、押し返されたと同時に恭弥はトンファーを振るい、棒身から出ていた「痛みの正体」のせいで着物が裂けて傷んでしまった。

「オイラの着物が……高くつくぞ」

 血を流す手など全く気にせず、恭弥を睨む次郎長。

 トンファーの棒身からは無数の(トゲ)が出ている。おそらくそれで次郎長の掌を貫き着物を裂いたのだろう。並盛の王者・泥水次郎長を自らの実力で(・・・・・・)王座から引きずりおろすという下剋上を果たすために、武器の改造もしていたようだ。

「トンファーから棘……? 打撃武器のはずだろ」

 戸惑いの声を上げる次郎長。その声を嘲笑うように恭弥は口を開く。

「平賀源外に頼んで改良させてもらったのさ。牙は複数持っておくのが利口だよ」

「ハァ……あのじいさん、ある意味おっかねーな」

 次郎長は警戒心を高める。

 並盛町屈指のマルチ人間・平賀源外の手でギミックが追加されパワーアップした恭弥のトンファー。棒身に仕込んだ棘で斬撃を得たとなれば、他のギミックの搭載も十分にあり得る。あの尚弥の十手も棒身中に分銅鎖を仕込んでおり、射程範囲の拡大と戦法の多様性を手に入れているのだ。鬼と呼ばれた親すらも咬み殺さんとするのだから、父のマネはしないなどという堅物さは恭弥にはないはずだ。

 それに恭弥は並盛随一の戦闘マニアだ。武器の相性も当然考えており、我武者羅に突っ込むのではなく相手に合わせた戦法も使い、機転を利かせ翻弄することもある。次郎長が知る限りでは誰よりも戦闘にこだわる人物と言っても過言ではない。

「……で? それくらいでオイラを倒せるなんて(あめ)ェ考えは持っちゃいねーだろ」

「そうだね、僕はそこまで楽観してないさ。それに僕が咬み殺したいのは全力の次郎長さ」

 破顔する恭弥に、次郎長は眉をひそめた。

 次郎長の本気を垣間見た人間は何人かいるが、彼の全力をその目で見た者はほとんどいない。だからこそ恭弥は、持ちうる力を全て解放した次郎長を――文字通りの修羅と化した「最強かつ最恐の次郎長」を咬み殺したいのだ。

「ねえ、どうしたら君は全力になってくれる?」

「……」

「なってくれないなら、させるだけだよ」

 恭弥はトンファーを構え、視線を逸らした。その先にいるのは、ツナ達だ。次郎長が全力を出して戦わないのならば、ツナ達を標的にすると脅しているのだ。

 さすがの次郎長もこれには苛立ちを瞳に現し、その視線を恭弥へ突き刺した。

「恭弥……正気かてめーは。不意打ちはまだしもアイツらにまで手ェ出すのか」

「こうでもしないと君は全力を出してくれないだろう?」

「そんなら言葉を変えて、もう一度言ってやらァ」

 次の瞬間だった。

「つまらねーマネしてでも下剋上する気なら俺ァ容赦しねェ。(おとこ)を捨てた極道の恐ろしさを教えてやろうか?」

 

 ゾクッ!

 

『!?』

 次郎長から強烈な殺気が放たれ、一瞬にして空気が凍りついたような感覚に襲われた。

 その殺気に包まれた恭弥は戦闘欲を刺激されて恍惚の笑みを浮かべているが、額から冷や汗が流れ、わずかにだが握ったトンファーが震えている。(こころ)は歓喜しているが体は恐れているのだ。己の前に立ち塞がる全ての動物(てき)を叩き潰す、弱肉強食の理をも破壊しかねない猛獣(バケモノ)――泥水次郎長という「修羅」に。

「……素晴らしいね……極上だ」

「……」

 次郎長は静かに刀を鞘に収め、腰を深く沈める。

 居合――抜刀術の構えだ。それは次郎長が完全に臨戦態勢に入った証だ。

「ワオ……!」

 冷や汗を流しつつも歓喜する恭弥。

 一触即発となり、大喧嘩を通り越して殺し合いが始まるかと思われた、その時――

 

 ビシッ

 

「タッ君、ダメでしょ!」

「え……ええええええ!? 母さんんんんんんん!?」

「……」

 いきなり奈々が次郎長の脳天へ軽いチョップを炸裂させ、息子(ツナ)は思わず絶叫。頭に突然襲い掛かった軽めの衝撃に、次郎長は無言でゆっくり顔を振り向いて鋭い眼光を向けた。

 カタギどころかヤクザやマフィアですら震え上がり腰を抜かすくらいの凄まじい〝圧〟を向けられても、奈々は意にも介さず頬を膨らませて腕を組んでいる。元々次郎長とは彼がなりふり構わず暴れ回っていた中学時代からの付き合いであり、隣で叱っていた度に向けられていたため慣れているのだが、そこまでの関係であることを知らない人間から見れば信じがたい光景だ。

 町の裏を長く牛耳る並盛の王者に手を出した彼女を心配し、一同は肝を冷やしたが――

「……わーったよ、オイラが悪かったよ。そうカッカすんな」

「全く、昔からヤンチャが過ぎるんだから!」

 次郎長はわざとらしく頭を擦りながらあっさりと殺気を収め、申し訳なさそうな表情で奈々に詫びた。

 暴れん坊の次郎長をたったの一喝で止めてみせた奈々に、その場に居合わせた全ての者が愕然とする中、恭弥は羽織っていた学ランを翻して背を向けた。

「……興が醒めたよ」

「ヒバリ、どうやらてめーの負けだな」

「残念だけど今回は勝ち負けなんて関係ないよ。次郎長の全力を一瞬でも見れればそれで十二分だしね……」

(お、おっかねえ……)

 いつもは自分を肯定してくれて護ってもくれる頼もしい親分の怒りに、今回ばかりはツナは恐怖を覚えたようだ。それと同時に、殺し屋でも尻尾を巻いて逃げ出すであろうキレた次郎長に睨まれても微動だにしない奈々の器のデカさも思い知った。

 次郎長と関わってきたせいか、一般人でありながら極妻級の度胸を兼ね備えるようになってしまったらしい。

「ところでタッ君、ちょっと味見してくれないかしら? だし巻き玉子なんだけど」

「おう、(わり)ィな」

 突然話を変えることで殺伐とした空気を一変させるという離れ業を成し遂げつつ、奈々は自らが作った弁当箱を開けてだし巻き玉子を次郎長に味見するよう頼んだ。

 その要求をあっさりと呑み、次郎長は一つ口の中へと入れる。何度か咀嚼すると、何かに気づいたのか目を見開いた。

「むっ、結構甘いな……上白糖じゃねーの使ってるだろ」 

「さすがタッ君ね! ランボ君も食べれるように黒糖を入れてみたの♪」

「黒糖か……って、誰だランボって奴ァ」

「あ、ランボってコレだよおじさん」

 ツナがそう言って抱えてきたのは、乳牛模様の尻尾付き全身タイツを身に着けた角の付いたアフロヘアーの子供。お昼寝中なのか、大きな鼻提灯を膨らませている。

 初めて見るそれに、次郎長は何とも言い難い表情を浮かべる。

「何だそのガキゃ……児童相談所から預かったのか?」

「それが……何かボヴィーノファミリーってマフィアのヒットマンらしいんだ。それもリボーンを倒しに来たっぽい」

「マジかよ。槍一本でステルス戦闘機に挑むようなモンだぜ、てめーの子分を何だと考えてんだそこのボスは」

(いや、おじさんこそ槍一本で戦闘機撃墜できそうだけど……)

 ツナがそう思い顔を引きつらせると、次郎長は溜め息を吐きつつも寝ているランボの頭を撫でた。5歳でありながら殺し屋としての道を歩むことを決意した彼を労うように、過酷な裏社会で懸命に生きようとする彼を励ますように。

 彼の鋭い眼光もどこか穏やかであり、その瞳には目の前の子供に対する同情が孕んでいた。

「コイツも苦労してんだな……ツナ、さぞかし手を焼くガキだろうがちゃんと向き合えよ?」

「!」

「親や保護者ってのはそういうモンだ。どんなバカでも面倒見ると決めた相手を決して裏切っちゃならねェ………それが「責任(ケツ)を持つ」ってこった。マフィアもヤクザもカタギも関係ねェ、これは人として問われることだ」

 三桁もいる子分達(かぞく)を支える親分の言葉の重みに、ツナは息を呑む。

 上司と部下の関係でない、親分と子分という家族のような関係を特徴としたヤクザならではの「思考」か。幼くして両親を事故で亡くした過去を抱える、孤独な時期を歩んだ人間が大家族を得たことで導き出した「答え」か。

 いずれにしろ、次郎長は極道人生を歩んだことで大きな変化があったのは間違いない。

「もっとも、あのクソッタレに俺の爪の垢でも煎じて飲ませてやりてーとこだが」

(どんだけ嫌われてんだよウチのダメ親父!?)

「……そうだ、家光で思いだした。ツナよう、アイツと連絡出来たらこう伝えてくれねーかい」

「何だ?」

 次郎長はツナを呼び、周りに聞こえないくらいの小声で耳打ちした。

 最初は怪訝な表情を浮かべていたツナだったが、見る見るうちに目を見開き、ついには青ざめて引きつった笑みを浮かべた。

「アーユーオーケー?」

「え、あ、うん……」

「頼むぜ。じゃあな、オイラはここらで失礼するぜ奈々」

「また遊びに来てねタッ君♪」

「おう」

 次郎長は立ち上がって刀を腰に差し、赤い襟巻をなびかせてその場を後にした。

 短い時間であったが並盛の王者の余韻は凄まじく、去っても暫くの間は次郎長に関する話が尽きなかった。

「……ハッ! じゅ、十代目! アイツに何て言われたんです?」

 ここで獄寺が我に返り、ツナを質した。

 実の父・家光に対するツナが青褪めるような伝言。その内容が知りたいのだ。

「……おじさん、こう言ってた」

 

 ――今度奈々を裏切るようなマネしたら偽装離婚させてから叩き潰す。指詰めやコンクリ詰めなんぞ生温いわボケコラカス。

 

『…………』

「リボーン……」

「……おめーは悪くねーぞ、ツナ」

 そう遠くない未来に親父(いえみつ)のせいで沢田家が崩壊しそうな気がするツナ達だった。




次回辺りでディーノとか出そうかな……。

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