浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

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今回は小話的なノリです。


標的43:食い逃げはいけません

 ここは竹寿司。次郎長や尚弥といった大物も御用達の、並盛町屈指の名店。

 その店内で、ツナはリボーンに奢られる形で寿司を堪能していた。ビアンキとランボも同席しており、高級なネタを頬張っている。

「でもびっくりだよ、お前達に寿司屋に連れて来られるとはな」

「たまにはな。最近ツナ色々頑張ったしな」

「リボーン、お前……」

 目頭が熱くなったツナは、潤んだ瞳を誤魔化すように鼻を人差し指で擦る。

 歩く理不尽であるリボーンも人の子のようで、弱音を吐きつつも懸命についてくる生徒にはご褒美をやるのが筋と考えているようだ。

 しかし、この考えが間違いだった。ツナは失念していたのだ。リボーン達はどこまで行っても裏社会の人間であり、表の常識が通用しないということを。

「ごちそうさま!」

「ん!?」

 突如、ビアンキが席を立って出入り口へと走り出した。

 リボーンもビアンキの腕に紐を巻きつけて一緒に出て行き、ランボまでもがその短い足で走り出した。

「お、おい! お前らどこい――」

 どこ行くんだよ、と言おうとした直後だった。

「待たんかい、おどれら」

 ドスの利いた声が店内に響く。

 嫌な予感がする――ツナはそう思い顔を引きつらせつつ、ブリキの人形のようにゆっくりと振り返る。視線の先には、赤い着流しとサラシを身に纏った左目の傷が目立つ端正な顔つきの男性がリボーン達に鋭い眼差しを向けていた。

 見た目からして板前ではない。どう考えても客であるヤクザだ。

(ヤ、ヤクザ……! しかも絶対強い人じゃん……!!)

 極道(アッチ)の人間とプライベートがズブズブなクセに今更ビビるのもおかしな話だが、ツナは顔色を悪くした。雰囲気で悟ってしまったのだ。相手は組長か若頭クラスの相手であり、稀にリボーンの理不尽によって絡まされるチンピラとは格が違うと。それはリボーン達も感じ取ったのか、ヤクザの只ならぬ威圧感に警戒し、ランボに至ってはもう半泣きである。

「食い逃げはいかんのう坊主共……極道者のわしでも自分が食った分は払うぞ?」

 声色には怒気は孕んでないが、眉間にしわを寄せている顔のせいか、肌をピリピリと刺すような威圧感が伝わる。

(この男……隙が無い……!)

 ビアンキはヤクザの殺気に反応してポイズンクッキングを用意したが、攻撃のチャンスを掴めずにいた。

 相手はたった一人だけの極道。死ぬ気の炎も扱えなければ、これといった特異な武器も持っておらず、暗殺術を会得しているわけでもないだろう。だが相当の修羅場をくぐり抜けてるのか、現役の殺し屋ですら怯むような気迫を纏っていた。それこそ、あの次郎長と似たような雰囲気だ。

 リボーンは相手が得物を手にしていない上にカタギの店内ということもあってか、愛用の拳銃を向けてはいないが、相手を警戒して問う。

「てめーは何者だ」

「二代目魔死呂威組組長、中村京次郎……〝狛犬の京次郎〟と呼ばれちょる」

 名乗ったヤクザ――中村京次郎の言葉に、リボーンは驚いた。

 二代目魔死呂威組。隣町の姉古原町を縄張りとして活動する極道組織で、あの次郎長率いる溝鼠組の親戚縁組として知られている組だ。みかじめ料徴収や高利貸し、建設業、ノミ行為で稼いでおり、日本の裏社会でも相当の財力を誇るという。しかも先代の下愚蔵が体調悪化を理由に組を若頭だった中村京次郎に譲ってから組織が強化されたという話もある。リボーンから見ても油断ならない勢力なのだ。

 そんな隣町の極道の組長が単身で寿司屋で食事しているではないか。

「わしゃ極道じゃ、カタギに手は出さん。が………お前ら裏の人間じゃと話は変わる」

「! ――なぜそう言い切れる」

「そこの牛の坊主から硝煙の臭いがかすかにした……撃ってから随分と時間が経っとるようじゃがな」

 その言葉に、ツナ達はハッとする。

 ランボは牛型の角を頭に装着していることさえ除けば、乳牛模様の尻尾付き全身タイツで身を包んだだけの5歳児だ。しかしその正体は中小マフィアであるボヴィーノファミリーの殺し屋(ヒットマン)で、隙あらばリボーンの抹殺を図りあらゆる銃火器で命を狙う立場なのだ。――が、最近は標的(リボーン)に全く相手にされない上に目的すら忘れてしまったために沢田家の居候として暮らしている。

 そんなランボだが、天性のトラブルメーカーと呼んでもおかしくないくらい彼の周囲で様々なトラブルが発生する。それもトラブルの度に銃火器を使用するので質が悪い。そういう日々が続けば自ずと硝煙の臭いがこびりつくものだ。

(コイツ……)

「フッ……そう心配するな、わしゃ今回は親戚呼んだだけじゃ。寿司屋でドンパチする気にもなれんしのう」

「親戚?」

 リボーンは眉間にしわを寄せると、京次郎の言葉の意味を説明するかのように戸が開いた。 暖簾をくぐって現れたのは、次郎長だった。たった一人で来たのか、子分は誰一人として連れてきていないようだ。

「京次郎よう、珍しいじゃねーか。おめーが並盛に来てオイラを誘うなんざ……普通逆じゃね?」

「おう、来たか次郎長親分」

 次郎長は京次郎の隣の席に座ると、剛は気前よくお茶を出した。

「よう親分! ウチは随分と久しぶりじゃねーかい?」

「大将も元気そうで何よりだ。――そうさな、最近は一人で外食しねーからな。今日は勝男達が気ィ遣ってくれたんでい。なァに、金の方はあぶく銭が(へェ)ったから大丈夫だ。あ、いつものヤツくれ」

「サーモンとイクラかい? あいよ!」

 次郎長の最初の注文に景気よく答え、寿司を握る剛。久しぶりの常連客に気分がよくなったのか、握る速さが若干速い。

「あぶく銭ってことは、博打か?」

「おう、賭場でイカサマ見抜いて50万ちょい儲けてな。詰めの(あめ)ェ詐欺師だったよ」

「それは随分と経験の浅い野郎だったのう」

「おうよ。その内指詰めんじゃねーか?」

 ヤクザの親分同士、茶を啜り紫煙を燻らせながら仲良く物騒な談笑を始める。

 生まれも違えば育ちも違い、組も己の生き方も異なるが、極道としての性分と任侠精神は同じだ。だからこそ互いに認め盃を交わし、こうして男二人で呑気に寿司を食い茶を飲むことができるのだろう。古今東西いつの時代も似た者同士は馬が合うようだ。

「……で、(こん)()ァ何やらかしたんだツナ」

 低い声で呆れ気味に言うと、ツナは体をビクッとさせ嫌な汗を流し始めた。

 ツナにとって次郎長は心から信頼できる数少ない大人の一人だが、やはりヤクザの親分なだけあって怒らせると非常に怖いことを理解している。

「知り合いじゃったか。――食い逃げじゃ、厳密に言えばそのツナとやらの連れ三人じゃが」

「ハァ? 生徒を捨て駒に食い逃げかよ、家庭教師が聞いて呆れたぜ」

「クク………ヤクザに説教されるとは世も末じゃのう」

「ホントだぜ、誰だよあんなクソガキ家庭教師(カテキョー)として送りつけたボケナスは。――まあいい、ツナ、オイラが代わりに払ってやろう。前科持ちはシャレにならんだろ」

「お……おじさーん!」

 呆れ半分だがケツを持つことを宣言した次郎長に、ツナは感極まって泣きついた。

「相変わらず器がデケェな親分!」

「目の前で恩人の子が居候に嵌められて立ち往生してるのを黙って見てるわけにゃいかねーってんでい。あ、イカとタコくれ」

 注文した寿司を平らげると、イカとタコを追加で頼む。

 その直後だった。

「……って、ああっ! アイツらいつの間にかトンズラしやがった!!」

 次郎長は京次郎との話に夢中になり、リボーン達が店を出たのに気づくのが遅れた。

 もし次郎長がいなかったら、ツナは今頃どうなっていたことだろうか。

「リボーン! ビアンキ! ランボ! やっぱ皆俺置いていったの!?」

「あんのクソガキ……オイラが奈々に手ェ出せねーこと利用しやがって……!!」

 喧嘩すれば敵無しの次郎長の唯一の弱みは、恩人である奈々だ。厳密に言えば弱みというよりも逆鱗に近いのだが、いずれにしろ奈々を裏切るようなマネを次郎長はしないしできない。

 そんな次郎長と奈々の関係を居候達は逆手に取り、奈々の信頼をある程度集めた上で好き勝手されては溜まったものではない。

「……そこまでのバカではないじゃろう。天下の次郎長をわざわざ敵に回さなきゃならん理由があるとは思えん」

「それはどうだかなァ。連中にとっての一番の邪魔者は間違いなくオイラだろうよ」

 次郎長は暗にボンゴレファミリーが自分の疎ましく思っているのではないかという旨を口に出しつつ、携帯を取り出してメールを打ち始める。

「ツナ、あとはオイラに任せろ。登に連絡寄越しといたから店の前で待って乗せてってもらえ。この時間帯なら軽トラで買い物帰りだろうよ」

「登さん軽トラなの!? ――って、あ、ありがとうございます!」

「気にすんな、おめーとオイラの仲だろうに」

 ツナは感謝の言葉と共に頭を下げ、竹寿司を出て帰路に就いた。

 次郎長はツナがいなくなり京次郎と剛だけになると、本題を切り出した。

「――さて、オイラと飯食うために呼んだわけじゃあるめェ。何があった」

 次郎長は鋭い眼差しを京次郎に向ける。

「……桃巨会を知っとるか?」

「! ああ、俺が昔ぶっ潰した三下勢力の?」

「ウチのモンからの情報じゃ。何やら斬念眉組や関東集英会の残党が東京で会合開いているようじゃ」

 次郎長の眼光が鋭さを増す。斬念眉組も関東集英会も、溝鼠組創立初期に次郎長の手によって壊滅させられた組織だ。

「連中の狙いは、お前への復讐じゃろう。当時弱小勢力だった次郎長一家に組織ごと潰された恨みは中々晴れんようじゃのう」

「連中は揃えちゃいけない〝負け確定の条件〟を揃えちまっただけさ。情報不足・慢心・思い込み……この三つが揃っちまったら大抵の勝負は負けるのさ」

 次郎長は温くなったお茶を飲み干すと、愛用の煙管を取り出した。火皿に刻み煙草を詰めて点火させ、吸い口を咥えて紫煙を燻らせながら天井を仰ぐ。

一対一(サシ)で挑もうが徒党を組もうが、所詮は口だけは達者なトーシロさ。本物の無法者(アウトロー)は死すら脅しにならねェ」

 次郎長も一端の無法の稼業人だ。生死のやり取りもあれば腹の探り合いもあり、それに付随する「死」など一々構っていては弱肉強食の裏社会で生きていけない。

 闇の世界は日本の戦国時代のような状態であり、裏切りや脅迫、暗殺に闇討ちは手段通り越して〝作法〟だ。ゆえに次郎長はかつての関東集英会の一件のように和解(てうち)の場で騙し討ちを受けても「卑怯者」などと罵倒する気は無い。そのような女々しい言葉を吐くような器では親分を名乗れないと考えているからだ。

自分(てめー)の護るべきモン失うぐれーなら、それを護るために死んだ方がオイラにとっちゃずっとマシよ。護るべきモン護れんのァ生きてる間しかできねーんだ、死ぬ気で生きて護るべきモン護り抜いてから逝く……それが(おとこ)ってモンだ」

「……!!」

「――そうだろ? 京次郎親分(・・)

「ハッ……道理じゃな」

 次郎長の言葉に目を見開いた京次郎は、敵わないと言わんばかりの笑みを浮かべた。

「……話が逸れたな。それで、連中の数は?」

「少なくともお前んトコの組よりかは多いじゃろうな。わしの組も似たような規模じゃが」

「極道だって戦争するにも資金がいる。っつーこたァ、オイラ一人潰すために金も時間も掛けてるってことかい……当然比例してそれなりの戦力を整えるわな」

 極道の世界において、一旦抗争が発生すれば双方ともに死力を尽して徹底的に戦うこととなる。抗争の根本は経済基盤である縄張りの維持・拡大や手を出してきた相手に対する報復だが、いずれにしろ抗争を長期化させては場合によって共倒れになるおそれがある。その上殺傷した相手方に対する見舞金や仲裁人に対する謝礼など莫大な額の金も必要となり、組織にとっては大変な負担になる。

 ゆえに極道の世界には決定的な争いは避け、自らのことは自らの手で解決を図るという考え方が広まっているが、それでも抗争を辞さない強硬な態度となれば厄介な話となる。だが次郎長にそれは当てはまらない。厄介どころか、むしろやり易く感じるのだ。

「この次郎長に全面戦争仕掛ける腹積もりなら受けて立ってやるさ。一対多数の戦闘は中坊(ガキ)の頃から慣れてる」

「そんな頃から卑怯なマネされてたのか……!?」

 驚愕する京次郎を、次郎長は鼻で笑った。

「圧倒的強者に勝つためには数に頼るのが定石だぞ? 高校の頃は木刀一本でドスや金属バット持ったヤクザに立ち向かった。中坊の頃は素手喧嘩(ステゴロ)で武装した不良集団を返り討ちにした。やれ卑怯だの卑劣だのと言ってる間に誰かしらお陀仏するのが抗争というモンだ、戦い方を責めたところで何にもならねーだろ?」

「少年期に過ごしていい生活じゃねーぞ……」

「お前やっぱりおかしいって」

 次郎長の規格外な過去に、剛と京次郎は呆れるを通り越して軽く恐怖すら覚えたのだった。




次回、次郎長がついにリボーンに喧嘩を売ります。作者も待望のドリームマッチです。
乞うご期待。

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