浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

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もしかしたら今年最後かもしれません。


標的47:無法者に必要なのは己の法

 次郎長と沢田家、そして古里家の親交は深い。ゆえに不定期に溝鼠組の屋敷に集まってご近所付き合いの宴会を催すことがある。

 市民や企業に極道組織への利益供与などを禁じる「暴力団排除条例」の施行後、警察は極道関係者と交際を繰り返す人物を「密接交際者」とみなして勧告・公表の対象となり、様々な不利益を被ることになる。並盛は雲雀家と次郎長の力で条例の影響はほとんど受けないため、一般人が極道関係者……というより溝鼠組関係者と交際があっても制約を食らうことはひとまず無い。

 そんな訳で沢田家と古里家は溝鼠組の屋敷に堂々と出入りすることができ、溝鼠組の構成員達もそれを承知の上でそれなりの付き合いをしているのだ。

 今日はツナが母親の奈々や居候達、そして次郎長と古里家で小さな宴会を開く。いつもは溝鼠組の屋敷で開くのだが、古里家は邸宅ではあるが溝鼠組の屋敷のような豪邸ではないため、人数の都合上溝鼠組からは次郎長一人が来ることになっている。

(やっと報われたよ、今まで耐え忍んだ日々が!)

 いつも以上に上機嫌なツナは、鼻歌すら歌いそうになる。

 何を隠そう、あのリボーンが昨日から用事のためイタリアに渡っているのだ。トラブル自動製造機と言える恐怖の家庭教師様が不在なだけで平和に宴会を楽しめるというのは、奈々や他の居候は寂しそうな表情をしたりするがツナにとって万々歳であった。

「ごめんくださーい」

 古里家の玄関で、インターフォンを押して待つ。

 すると()りガラスに人影が映り、鍵を解いてドアが開いた。

「――おお、ツナに奈々じゃねーかい。早く来たな」

「おじさん!」

「タッ君!」

 出迎えたのは家主の古里真ではなく、沢田家より先に訪れていた次郎長だった。

「……何か随分と増えてねーかい? 居候は牛小僧と料理音痴までだったろ」

「ムキー! ランボさんは牛小僧じゃないもんね!!」

「おめー自分で鏡見てみろ、オイラの言ってる言葉まんまだぜ」

 鮮やかとも言える見事な切り返しをする次郎長に、先程まで怒っていたランボは一気にクールダウン。どうやら本人も薄々自覚していたようだ。

「……で、そこのチビッ子は」

「僕はフゥ太! よろしく親分!」

 縦じまのマフラーを巻いた少年・フゥ太は挨拶しながら、上目遣いで次郎長の鋭い双眸を見つめる。

「フゥ太っつーのか……おめー日本人か?」

「フゥ太の本名はフータ・デッレ・ステッレ。イタリア人だゾ次郎長」

「リ、リボーン!?」

 まさかのリボーン帰国。

 平穏はあっという間……古里家に来ていきなりの再会にツナは絶望した表情を浮かべ、それを見たリボーンは「何だその面は」と呆れ返る。

「――チッ、分別不可能な工場廃棄物三号がもう(けェ)って来やがったか。てめー居ると絶対トラブるから嫌なんだよ」

 露骨に嫌そうな表情(カオ)を浮かべて舌打ちをする。最恐の家庭教師を分別不可能な工場廃棄物と言い放つ次郎長に、ツナは「絶対言えないよ……」と若干引いた。

 それと共に気づいた。

(一号と二号は!?)

 まさかそれが家光と9代目であるとは夢にも思わないだろう。

「それで、フゥ太ってのァ(なに)(モン)だ」

「ランキングフゥ太っていう情報屋だ。フゥ太が作るランキングブックに書かれたランキングは全部正確で、そのランキングブックを手に入れれば世界を取れるとも言われてる。てめーも一組織のボスなんだ、裏社会での戦略データの価値の高さぐれーわかるだろ?」

「成程、百発百中の情報網の所有者って解釈すりゃあいいんだな」

 顎に手を当てる次郎長にリボーンは「そういうことだ」と返して詳しい事情を話した。

 あらゆるものにランキング付けする能力を持ったフゥ太はマフィアに追われる日々を送っており、頼まれたら断れないマフィアランキング1位のツナを頼って来日したという。来日後は早速トッドファミリーというマフィアに狙われるも、リボーンの無茶ぶり――ではなく指導によって死ぬ気弾を撃ち込まれたツナによって撃退。目の当たりにしたフゥ太は「ランキングが初めて外れた」と感動し、そのハズミで居候組に加わったのだ。

「そんなことがあったのか……迷惑かけちまったな、ツナ。――んなことより奈々、おめー家計大丈夫か?」

「家光さん最近羽振りがいいから大丈夫よ♪」

「オイラの逆鱗に触れたくねーだけだろ、そらァ」

 年単位で家庭放置している現状のせいで次郎長を怒らせたくないという家光の魂胆を見抜き、次郎長は「もっと(つら)ァ出せよバカ野郎」と頭を抱える。

「……まあいい、宴会の準備ももうすぐ終わる。上がってけ、真達も待ってる。ただしリボーン、てめーはダメだ」

「ちょっとタッ君、リボーンちゃんにそんな暴言はダメでしょ!」

「ふざけんじゃねーよ! こんな歩く理不尽、誰がどう見ても害悪だろ! 言っとくけど風紀委員会の要注意人物に指定されてるからなコイツ!」

「おい、それ聞いてねーぞ!?」

 

 これを機に、奈々と次郎長はリボーンを宴会に加えるか追い出すかで口論となった。

 ヒートアップするのに時間はかからず、いつも朗らかでおっとりとした奈々も段々口調が激しくなり、お互いに「正露丸」だの「万年童顔」だのと罵り始める事態に発展。いくら同級生とはいえ、一般家庭の専業主婦と町の裏を牛耳るヤクザの親分の口喧嘩にツナどころかリボーン達居候組ですらドン引きしたという。

 最終的には二人の舌戦を耳にした家主の真が駆けつけて仲裁し、彼が提示した妥協案に次郎長が渋々承諾したため奈々の勝利で終わった。

 

 

           *

 

 

 夜の古里家。親交の深い大家族に加え両家の仲立ちをした張本人(ヤクザ)が揃い、思い思いに楽しんでいた。

 次郎長は真と談笑し、奈々は真矢と料理をし、残りの子供達はゲームで遊んだりじゃれあったりしている。それは沢田家でもよく見る光景でもあるが、決定的な違いが一つあった。

 その場に居るだけで一騒ぎ起こすトラブルメーカーな居候達が大人しかったことだ。

(いつもと違ってランボやリボーンが若干大人しいな……)

「俺達の中のママンのイメージがブチ壊れかけたからな」

「ああ、そっか……って心読むなよ!」

 読心術で心を読まれてツナは声を荒げるが、内心では同意していた。

 まさか実の母親が次郎長相手に真っ向から口喧嘩を繰り広げ、ついには互いに罵倒し合っていがみ合うなどあまり見たくない。本人達は中高の同期だから気にしないだろうが、傍から見れば極道組織の首領と一般女性が人前で口論すれば色々とブチ壊すので、ツナにとっても見なかったことにしたいのは同感であるのだ。

 そんなことを思われてるなど一切知らない次郎長は大人同士の会話を続けている。

「……そうだ。そういやあフゥ太、おめー確か何でもランキングにできたんだよな?」

「? うん、そうだよ」

 次郎長はふと、フゥ太に話を振った。

「オイラは裏の世界じゃ、どうなってる? 金が要るなら出すが」

「お金はいらないよ。親分は裏社会でも住民と土地を愛するボスとして知られてるんだ、そういうボスは好きさ」

 フゥ太は徐に巨大な本、いわゆるランキングブックを取り出し、ペラペラとめくってあるページを開いた。

「親分は並盛町喧嘩の強さランキングで雲雀尚弥って人と同率1位だよ。日本の裏社会腕っ節ランキングでも2位だし、一騎打ち勝率ランキングと縄張り防衛率ランキングじゃいつもトップ10……親分は日本の裏社会で最強クラスの超強者だ!」

「おいおい、そらァ買い被りだぜフゥ太。半端者が増えただけだ、別にこの世界にゃオイラより(つえ)ェのが腐る程いんだろ?」

「そんなことないよ! 親分の強さはワールドクラスさ、どんなに凶暴なファミリーでもあなたを恐れてるんだから!」

「どうせ腰抜けしかいねーんだろ? オイラの組は組織の規模という点じゃあ(てェ)したこたァねーよ」

 あまりの強さに感服するフゥ太をたしなめるかのように謙遜する次郎長。しかし言動の割には嬉しそうな顔をしており、どこか照れ臭そうにも見える。

 化け物だの修羅だの言われて恐れられる次郎長も、どこまで行っても人の子。他者に称えられたりすると嬉しく感じるようだ。

「じゃあ恭弥はどうなんだよ、雲雀恭弥は」

「雲雀恭弥って人は並盛中の喧嘩の強さランキングでは一位だけど、並盛町全体だと6位なんだ」

「「はひーーーーっ!?」」

 思わず女友達の口癖のような悲鳴を上げるツナと炎真。

 並中最強の風紀委員長ですら、並盛町全体では6位。ランキングである以上は順位の変動は十二分にあり得るが、俄に信じがたい内容だ。ただでさえ恭弥は恐ろしい実力を秘めているのに、彼以上の豪傑があと5人もいるとはどういうことか。

 次郎長の強さの片鱗をツナは知ってはいるが、考えてみれば全力の次郎長を知らない。彼と肩を並べる尚弥も、彼らに続く強さを持つランキング上位の面子も、そのほとんどが本気は出しても全力で戦ったことがあっただろうか。

(こ、この町ってやっぱ恐かったりする……!?)

 ここまで局地的に表裏問わず実力者達が集い根を張る町など、危ないとしか言いようがない。だがそんな物騒さとは裏腹に名前通りの平和な町であるのも事実だ。

 少なくとも言えるのは、次郎長という怪物は並盛町の味方だということだけだ。

「てめーも然り、ヒバリの親父も然り、この町の実力者は何なんだ? マフィア界だったら守護者……いやゴッドファーザー級だゾ」

「知るかバカ野郎。拳で語ってたらいつの間にかああなってたんだよう」

 血を流しぶつかり合い、気づいたらとてつもない強さを得たと断言する次郎長。

 凄すぎて話にならない。

「喧嘩する程仲が良い、で合ってるの? お兄ちゃん」

「それとは違うんじゃないかな……」

「どちらかと言うと腐れ縁だよね……」

「言っとくけど志は同じだからねアイツとオイラ」

 次代の者達の一言に、溜め息交じりにぼやく旧世代だった。

 

 

 宴会後の深夜、ツナはパジャマ姿でトイレを出た。

 今回は古里家の好意で一泊泊まることを許され、炎真と真美と同じ部屋で寝ることになったのだが、ジュースを飲み過ぎたせいでトイレが近くなってしまったようだ。

「あ~、スッキリした……」

「ツナ君、起きてたんだ」

「――!? え、炎真!」

 トイレを出たらいつの間にか体育座りしていた炎真に遭遇し、ギョッとするツナ。

 なぜトイレ付近で……と言いたかったが、今それを言えば何かマズイような気がしたのか口には出さないことにした。

「ツナ君」

「な、何かな……」

「君にとってのおじさんは何なの?」

 その言葉に、ツナは目を見開いた。

「6年前に会って、僕はおじさんに救われたんだ。僕なんか見捨ててもよかったのに、助けても何の得もないのに、それでも手を差し伸べてくれた」

「……」

「それだけじゃない。おじさんは血塗れになって殺されそうになっても真美や父さん、母さんまで助けてくれたし、君に会わせてもくれた。あの人は損得や先の利益で動くんじゃない、むしろ平気で損ができるような人だ……だからこそ知りたいんだ。君の方がおじさんを知ってるんでしょ?」

 ツナはどう答えればいいか迷った。

 炎真と同様、ツナにとって次郎長は大切な人の一人だ。年単位で家庭放置して仕送りしかしない実父(いえみつ)よりも父親らしく感じ、ダメ人間である自分を一人の男として向き合い叱咤激励してくれるリボーンとは別の「教師」みたいなものでもあった。

 しかし次郎長は極道であり、顔役ではあるが弱肉強食の裏社会を生きる無法者だ。ボンゴレ10代目候補扱いされてるが、一般人(カタギ)として生きることを目指すツナにとっては対極の存在ゆえ、その生き方は決して〝善〟とはいえない。だが彼の(おとこ)()と信念は人として見習うべきところもあるのも事実だ。

「ツナ君、どうなの?」

「俺は……」

 その時、二人は紫煙の臭いが漂っていることに気がついた。

 今この古里家に居る人間で喫煙者はただ一人……次郎長だ。彼もまた起きているようだ。

「「……」」

 こんな時間に何をしているのか――自分達も他人のことは言えないが、どうにも気になった二人は顔を見合わせ、匂いがする部屋へとこっそり移動を開始した。

(アレは……)

(父さんと、おじさん……?)

 匂いの元は、古里家の主である真の自室。

 そこでは、次郎長と真が酒を酌み交わしていた。

「ジュリーのギャンブル三昧に参っていてね……シモンの資金源をどうにかしたいんだ」

「あのバカ、何の為に炎真の子分になったんだ? 他人の娘に手ェ出した上にこれか」

「め、面目ない……」

 真は申し訳なさそうに次郎長に頭を下げる。

 ジュリーこと加藤ジュリーはパチンコ店にほぼ毎日通う女好きで、女性絡みの騒動も稀に起こすこともある程だ。大抵は身内とも言えるアーデルハイトだけだが、たまに炎真の妹である真美にも迫るので女絡みで粛正されるのはシモンファミリーの日常となりつつある。

 実はあまり周囲には知られてないが、ピラ子に迫ったこともあった。ピラ子はジュリーの評判を聞いて距離を置いていたのだが、懲りぬジュリーはしつこくナンパし、最終的には「あんなガングロより俺の方がいい男だって」という発言にキレたピラ子が抜刀する事件に発展。ジュリーの所業に怒り心頭の溝鼠組の構成員達は、すぐにでもケジメをつけようと殺気立ったのだが、これを止めたのが一番キレてもおかしくないはずの次郎長。理由を説明してもらいその内容によって判断すると伝え、子分達を宥めたのだ――が、よりにもよって当の本人が隣町へナンパに行く形でバックレてしまい、ついに次郎長も激怒。真が溝鼠組の屋敷に乗り込んで謝罪し、ジュリーは炎真を閻魔にさせた上で真美にタコ殴りにされることで収束した。

 そんな先日の事件を思い出して互いに溜め息を吐くと、次郎長は真に告げた。

「……シノギってのァ必ずしも非合法が全てじゃねェ。バイトやカタギの職で得た収入を上納金として納めてる奴も多い。企業を興してその収益の何割かを納めるやり方だってある」

 ヤクザの資金源と言われれば、大抵は違法薬物の売買や賭博、みかじめ料の徴収、売春の斡旋、闇金融といった非合法な経済活動が挙げられるだろう。しかしヤクザは幹部から平組員まで個人事業主であり、シノギを得るためには合法非合法は関係無かったりする。グレーな商売・ブラックな商売ばかりがシノギではないのだ。

 マフィアも同様だ。ヤクザのように薬物の売買やみかじめ料の徴収を行うが、中には不動産業など合法的な経済活動も行っている。

「まあ古美術商オンリーでやっていける程、日本の裏社会も甘かねェ。一応オイラの預かりとしよう、この町でおめーらができることを手当たり次第探しとく」

「そうか……」

「どうする? いっそのことオイラの組の二次団体にでもなるか? マフィア界と縁斬っちまった方が楽かもしんねーぞ」

「…………それも考え物だね。でも今は――」

「あくまでも提案だ……呑むかどうかはおめーの自由さ、真。だがおめーらのご先祖様はあんなの(・・・・)にあり続けることにこだわってるわけじゃねーだろ?」

 次郎長はヒュッと煙管の先端を真に向けた。

「一番大事なのァ意志を継げるかどうかでい。設立者の教えを守り続け、次の世代に一切の歪みなく伝えられるか……そこが肝だろ?」

「! ……ああ」

 設立者が何の為に、誰の為に組織したのか。何を成すのが本来の目的なのか。

 存在理由を忘れた組織の標榜はお題目に過ぎず、最終的には権力に溺れ護るべき者達を知らず知らずのうちに虐げて甘い汁を啜るようになる。それを防ぐためには、設立者の教えと信念を次代を担う者達にありのまま継げさせねばならない。

 それが次郎長の考えであり、己の任侠道でもあった。

「え……?」

 ツナは動揺を隠せなかった。

 一連の会話を聞いてると、古里真は古美術商とは別の顔があるように聞こえる。それも次郎長がヤクザの資金獲得活動を教えたりマフィアの話をしてることから、真は裏社会にも首を突っ込んでいるようだ。

 それはつまり――炎真もまた、裏社会に関わっているという意味でもある。

「………せっかくだし、教えてやれよ。おめーらの正体」

「!? それは……」

「別にいいだろ、バミューダ達にバレてもピーチクパーチク騒ぐような案件じゃあるめェ。そうだろ? 夜更かし組」

「「げっ」」

「炎真!? ツナ君まで!?」

 次郎長に盗み聞きが勘づかれていた。

 観念した二人はごまかすような笑みを浮かべて大人しく部屋に入った。

「全く、いつもはもっと早く寝てるだろうに」

「アハハ……ごめん父さん、今日眠れなくて……」

「……それで、本当に話してもいいのかい?」

「どの道おめーらの素性はいつかバレるさ。それにツナにはおめーらの辿ってきた数奇な運命を知らなきゃならねェ……親友としてな」

 次郎長の勧めに真は無言で頷き、炎真に目を向けた。

 その意味を理解した炎真は困惑したが、一度深呼吸をしてツナに今まで隠していた事実を伝えた。

「……僕はシモンファミリーというマフィアの次期当主だよ。ツナ君」

「え……うええええ!?」

 一番の親友がまさかのマフィアで、しかも次期当主という重要ポジションだった。

 次郎長がヤクザであるのは長い付き合いで理解しているし、そもそも町の顔役の一人として地元住民からも有名な人物だったため、これといった驚きは無かった。だが一番の親友がまさかのマフィアだった上、組織の構造上かなりの重要人物であるのは初耳だった。

 ツナは冷や汗を流しながら炎真に詰め寄った。

「炎真ってマフィアだったの!? 知らないんだけどそんな事実!!」

「別に訊かれなかったし……」

「それ以前に親友にマフィアですかなんて質問しねーって、普通は」

 次郎長の正論に「確かに」と困ったように笑う炎真と真。自覚はあるようだ。

 いや、それ以前にツナは気になることが――

「って言うか、おじさん知ってたの!?」

「当たりめーでい、そもそも今の当主である炎真の親父とオイラは義兄弟の盃を交わしてるからな」

「な、なな……!」

 親友の実家がマフィア。次郎長がマフィアの当主と盃を交わしている上、古里家の事情を知っている。

 畳み掛けるカミングアウトについて行けず、ツナは口をポカンと開けて呆然とする。

「シモンファミリーと溝鼠組が繋がってたとはな……」

「リボーン! お前起きてたの!?」

「さすがに耳を傾けなきゃいけねー気がしてな」

 そこへ何とリボーンも現れた。赤ん坊の彼は6時には寝てしまうこともあるのだが、どうやらいつもそうではないようだ。

「そ、それよりもシモンファミリーって何なの?」

「シモンファミリーはボンゴレと付き合いが相当古い。交流自体はお前のご先祖である沢田家康からで、シモンの設立者であるシモン=コザァートは炎真と真のご先祖にして家康の唯一無二の親友……何よりボンゴレ創立のきっかけを作った男だ」

「炎真の、ご先祖様が……!?」

 知られざる真実に、ツナは驚くしかなかった。それはリボーンも同じで、ポーカーフェイスを崩していつも以上に大きな瞳を開かせている。

 それと共に、リボーンは警戒もしていた。シモンファミリーとボンゴレファミリーの関係など、今まで知らされていなかった。それこそ家光や依頼人の9代目から、一言もだ。だが業界の違う人間がその関係を知っているのは、普通に考えればおかしな話なのだ。

 もっとも、そのことを追及しても「盃を交わした仲だから」といった理由を返される可能性もあるのだが……リボーンは次郎長に訊いた。

「俺でも知らねーことを何でお前が知ってるんだ、次郎長」

「言っただろーがい。オイラと真は五分の盃を交わした義兄弟だぜ」

 ニヒルな笑みを消して真剣な表情で言葉を投げ掛けるリボーンを、案の定の回答で一蹴する次郎長。

 ボンゴレの秘密を知っているのではと勘繰っていた分、リボーンは悔しそうな顔をした。それと共にツナがハッとなって声を上げた。

「ちょ、ちょっと待って! 炎真のご先祖様が……シモン=コザァートって人がボンゴレ創立の立役者ってことだよね? それってボンゴレにとっては恩人のはずなのに、何で……」

 

 ――何でリボーンやボンゴレの人達は、それを知らないの?

 

 ツナの純粋な疑問に、その場は水を打ったように静まり返った。

 それを聞いた炎真と真は難しい顔をし、次郎長は「当然の質問だな」と返しつつ厳しい表情をして口を開いた。

「ハメられたんだよう。沢田家康の子分である〝ヌフフのナス太郎〟に」

「ハメられた? …………って、待って待って!! ヌフフのナス太郎って誰だよ!? それただの悪口じゃない!?」

「てめーソイツの名前憶える気ねーだろ」

「あんな時代錯誤も甚だしいナス頭した放射性廃棄物、名前憶えなくても記憶に残るっての」

 ボンゴレとシモンの関係を引き裂いた張本人を愚弄する。

 思い出すだけでも非常に嫌な気分になるのか、青筋すら浮かべている。

「ヌフフのナス太郎は炎真達を殺そうとした不届き者でい」

「え!?」

 ますます理解できないツナ。ヌフフのナス太郎が誰なのか教えない次郎長の心中はともかく、話の流れではどう考えても悪い方向に向かっている。

 少なくとも言えるのは、ヌフフのナス太郎はボンゴレ側の人間で、炎真達を闇に葬ろうとしたことだ。

「マフィアに詳しい知り合いから聞いた時ゃ、さすがに耳を疑った。沢田家康の子分は、オイラが6年前に古里家を護るために戦った刺客と同一人物だったからな」

「――おい、待て。おかしいだろ」

 リボーンは次郎長の証言に矛盾が生じていることを指摘した。

 沢田家康の子分とは、ボンゴレ初代ボスのボンゴレⅠ世(プリーモ)の世代の人間という意味だろう。だがⅠ世(プリーモ)の世代はボンゴレ創立期であって、少なくとも一世紀近く前のこと。6年前に次郎長が会っているというのはどう考えてもあり得ないことだ。

(……だが次郎長がわざわざ俺とツナにウソをつかなきゃなんねー理由が見当たらねェ。話は信じがてーが、本当の可能性が高いか)

 リボーンは次郎長に話の続きを促した。

「家康とコザァートの間に何があったかはともかく、家康が日本に帰化してからシモンはマフィア界から迫害を受けてきた。そんな屈辱的な扱いを後世まで受けつつも初代の教えを守り、細々と生きて……」

「そして6年前に、おじさんが真さんと炎真と出会ったんだね……」

 ツナの呟きに、炎真は蚊の鳴くような声で「そうだよ」と口を開いた。

 その一言はとても頼りない声だが、色んな感情がこもっており、重々しく感じ取れた。

「ちょっとした縁ですっかり仲良くなったオイラは古里家に案内されたが、その日の夜に襲撃を受けた……奴だ」

「「……」」

「激闘の末どうにか野郎を追い払い、深手を負ったオイラは偶然現れたある男達(・・・・)に連れて行かれた」

「何者だったんだ、次郎長」

「さあな……黒ずくめで顔を隠してたから奴らの素性は知らねェ。だがオイラをわざわざ手当してくれたから(わり)ィ連中ではねーだろう」

 ある男達とは、後に個人契約を結ぶことになるバミューダが率いるマフィア界の掟の番人〝復讐者(ヴィンディチェ)〟である。

 次郎長は復讐者(ヴィンディチェ)との繋がりはバレてもいいのだが、どこで誰が聞いているのかわからないので万が一の為に隠して伝えた。ちなみに復讐者(バミューダたち)の素性を全て知ってはいないので、ウソは言っていない。

「皆殺しを目的とした刺客が来た以上、シモンがマフィア界によって消滅させられるのは時間の問題。オイラはシモンの居場所がほとんどないことを知って、3丁目にシモンの拠点を用意したって訳でい」

「……」

「正直な話、真も全部知ってるわけじゃねェ。何しろシモンに関する情報は執拗なまでにもみ消されてる。いずれにしろ、ボンゴレは獄寺が思ってる程クリーンな連中じゃねーだろうよ」

 大まかに炎真達とその先祖にまつわる話を語り終えると、リボーンは無言で部屋を出た。

「リボーン! どこ行くんだよ!?」

「先に帰ってる。ママンによろしく言っとけダメツナ……調べてーことがある」

 一切の感情がこもっていないような冷たい声色に、ツナは押し黙った。

 リボーンが腹を立てている。その怒りの矛先はおそらく……いや、間違いなくボンゴレに向いているだろう。

「リボーン、ちったァ思い知ったか」

「……何をだ」 

「貸し借りや仁義を煩わしく思った時点で無法者失格ってこった」

 それは、ならず者の王としての忠告だった。

 無法者は自分の流儀を貫いてこそ真の無法者なのだ。己自身が定めた鉄の掟、最期まで守り貫くと決めた信念、譲れない意地……それが無法者の持つ武力をコントロールする。それは無法者が組織を率いるようになっても同じだ。

 だが一度自分の流儀を失ったり捨てたりした無法者は、己のエゴの為に武力を振るうことになる。それはいつしか仲間や家族を蝕み、罪の無い人間を巻き込み、最悪の場合我が身の破滅を招く。無法者とは、己の法で生きなければならない生き物なのだ。

「……探しモンでイタリア行くんなら9代目のクソジジイに言っとけ。設立者の教えを守れない親玉に未来はねェ、とな」

「……」

 リボーンは一言も発さず、部屋を出た。

「……ツナ、炎真」

「「!」」

「おめーらは仲が良いから、大喧嘩しても仲違いはしねーと思う。だからこそ言わせてもらう。奴は間違いなくおめーら二人の仲を引き裂こうとする」

 その言葉に、ツナと炎真は固唾を呑む。

 ツナの日常を脅かすどころか炎真との絆をズタズタに切り裂かんとする巨悪が、ボンゴレ内部にいる。それを裏づける証拠こそ無いが、次郎長の体験談と推測、何より古里家の事情から考えると絶対に無いと言い切れない話だろう。俗に言う「証拠はないが確信がある」というやつだ。

「あのボケナスの思い通りにさせねェ。未来を繋げるには、おめーら二人が親友であり続けなきゃならねーんでい」

「…………それがシモンの誇りを取り戻すことに繋がるなら、僕は命を懸けて貫くよ」

「炎真……」

 いつもはヘタレ気味な炎真のただならぬ覚悟に、実父の真は驚愕し、次郎長は笑みを溢した。

「ツナ、おめーは?」

「……俺は、本当なら戦いたくないよ……」

 ツナは泣きそうな声で心情を吐露した。

 元来争いを好まない性格であるツナにとって、戦いは最も避けたいものだ。たとえ次郎長のように大切なモノを護るためであっても、他者を傷つけることは死ぬ程嫌いなのだ。誰も巻き込みたくないし、誰も苦しめたくない――それがツナにとっての意地だった。

 泣きそうになるのを堪えるツナを、次郎長は嗤いもせずただ静かに見つめた。

「痛いのも嫌だし、痛めつけるのも嫌だよ……!」

「ああ。だからこそオイラ達がいるんじゃねーのか?」

「!」

「力が無いなら、いつでも貸してやる。助けてほしいなら、いつでも助けてやる。どんなに自分(てめー)の非力さを嘆いても、心だけは折れるなよ。……おめーは孤独(ひとり)じゃねェ、おめーの隣には(おとこ)がいるだろ」

 そう言ってフッと不敵な笑みを浮かべ、次郎長はツナの頭を撫でた。

 数多の無法者を屠ってきた恐ろしいまでの剛力を秘めてるとは思えない、大きく温かい浅黒い手。ただ縁があるだけで父親ではないのに、本当の父親のように感じる。

 ツナの涙腺を崩壊させるのに、十分すぎた。

「ふ、ぅ……うああああああ!」

「――バカ野郎、男は黙って泣くのがカッコいいんだぜ?」

 顔では呆れつつも、次郎長は優しさに満ちた声でツナの頭を撫で続ける。

 その様子を、沢田家に帰っていたはずのリボーンが盗み聞きしていた。

「……アイツも〝大空〟かもしれねーな」




感想・評価、お待ちしてます。
次回は来年かもしれませんが、何卒よろしくお願いします。

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