浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

5 / 90
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追記(2019年1月)
後々調べたら着物の花が紅花のようなので、訂正しました。


標的3:もう一つの名

 高校をギリギリで卒業した辰巳は、進学することなく働く道を選んだ。

 とはいえ、辰巳はその腕っ節の強さから他校の不良が名を上げるために絡んでくることが多く、3年次に至っては極道関係者に目をつけられてしまう始末。そんな輩を雇ってくれる就職先など無く、やはり喧嘩三昧の日々である。

「ハァ……腹ァ括って成り代わったキャラ通りの極道になるっきゃねーか」

 右頬の十字傷がトレードマークの一部と化し、完全に泥水次郎長として成り立った顔を鏡で見ながら呟く。

 侠客でありながら町の顔役になる程の人気者となった彼のように、並盛の顔役として町を荒らすドグサレ共を追い払って生きる。その選択肢もいいのかもしれない……というか、それ以外に選択肢は無さそうだ。

「……ってなると、準備が必要だな」

 辰巳が準備すべきなのは、ある程度の人数と資金力。

 人数は喧嘩三昧の日常で自ずと入ってくるだろう。資金に関しては地道にコツコツ貯めるしかないし、バイトも新聞配達から土方や解体屋に変更し金の集め方も改善しなければならない。

 そして要らない物も売り払い、両親との想い出との決別もしなければならない。極道として生きるには、心のわだかまりや過去の清算も必要だ。

「世話になったな……」

 辰巳は住み慣れた我が家との決別を決意し、ベッドで横になった。

 

 

 後日、辰巳は自らを「泥水次郎長」と名乗るようになり、近所の川平不動産を頼って家を売り払って築30年のアパートで質素な暮らしをするようになる。

 その売り払った家が、後に奈々の手に渡ると知らずに。

 

 

           *

 

 

 月日は流れ、桜が咲く時期になる。

 冬の寒さが和らぐ穏やかなこの時期は、テレビ・ラジオの改編、法律・制度の実施や政令指定都市・中核市などの移行、合併などが多く行われ、卒業式や入学・入社式といった出会いと別れが行われ、年度替わりとして様々な区切りとなる。

 その頃から、並盛ではある青年の話が有名となっていた。泥水次郎長に名を変えた吉田辰巳のことである。

 辰巳――いや、次郎長は見た目も何もかも変わっていた。年中洋服のこのご時世に、赤い紅花があしらわれた黒地の着流し姿。赤く長い襟巻は白髪に近い銀髪と共に風になびき、二十歳未満とは到底思えぬ気迫に満ちている。

 〝吉田辰巳〟を捨てた彼は、全てを変えて第二の人生を送っている――のだが……。

(う~わ、スゲェ浮いてる……)

 やはり周囲の目は若干気にしているようだ。

 そもそもガングロかつ白髪に近い銀髪の端正な顔立ちの青年など、どんな理由であれ人目を引くに決まってる。しかも生まれつきなのだから、今更にも程がある。

(……やめた。んなこと考えるの面倒! とりあえずシノギと部下をどうするか考えねーと)

 ヤクザのシノギは色々あるが、大抵の場合はショバ代や用心棒代といったみかじめ料、闇カジノのような違法賭博、出資法に違反する高金利を取る闇金融、公営競技などを利用して私設の投票所を開設するノミ屋、転売屋の一種でチケット類を買えなかった人や買いたい人に売り捌くダフ屋などがある。中には売春の斡旋(あっせん)、覚醒剤や麻薬などの薬物取引も資金源としているケースも多い。

 当然のことだが、次郎長は法に背いてもクスリや人身売買で儲けをする外道な商売など真っ平御免だ。(きょう)(ふう)に富んだ「侠客(おとこ)」として畏敬を持って迎えられる顔役になるには、ヤクザ者ながらもその道に反した行為をせずに生きるのが重要だ。

(ってェなると、(テキ)()運営とかいいかもな)

 的屋は、縁日や盛り場などの人通りの多いところで露店や興行を営む。わかりやすく言えば焼きそばやたこ焼きを売ったり射的やくじ引を運営する屋台だ。

 的屋もまたヤクザのシノギであり、現実世界においても的屋系の極道組織も存在する。もっとも、的屋だけで食っていける程世の中甘くないのだが。

(そうとすりゃあ、シノギは的屋運営とみかじめ料、ケツ持ち辺りか? 請負業もよさそうだし……敵対勢力なら資産強奪してもいいよな、俺やってたし)

 そんなことを考えたからか、前方不注意で誰かと肩をぶつけてしまった。

 絡まれたらそれまでだが、詫びの一つくらい入れた方が良いと思い口を開く。

「おっと、すまねェ……」

「オイ待てコラ! 人にぶつかっといてたったそれだけか!?」

(あらら、絡まれちったい……)

 一言謝ったが、どうやら相手はゴロツキだったようだ。

 運が無いなと思いつつも振り返ると……。

(え……ええ!? 勝男ォ!?)

 次郎長の眼前に立つのは、成り代わったキャラの部下である「銀魂」のキャラ・(くろ)(ごま)(かつ)()と瓜二つだった。

 黒駒勝男は〝かぶき町の暴君〟の異名を持つ、泥水次郎長率いる溝鼠組の若頭。かぶき町を牛耳る有力者「かぶき町四天王」の内の二人、次郎長に加え元攘夷志士の豪傑・西(さい)(ごう)(とく)(もり)が一線を退いていることから現役では――銀時に匹敵する強さではないが――かぶき町最強と目され、かぶき町四天王篇以降は隠居した次郎長に代わって組を取り仕切っている。

 その勝男と瓜二つの人間と、肩がぶつかったことでいざこざが起きるという形で邂逅を果たした。思わず笑ってしまいそうになる。

(……こんな偶然、あるんだな)

「オイ! 聞いとんのかワレ!!」

「あん? 一言詫びたからいいじゃねーか、そんなんでイライラしちゃあ器の大きさが知れちまうぜい」

「なっ……!」

 次郎長の言葉が癪に障ったのか、青筋を浮かべる勝男似の男。

 すると彼の取り巻きであるゴロツキ達が声を上げた。

「おんどりゃあ! 何様のつもりじゃあ!?」

「泣く子も黙る(いし)(づか)(たかし)の兄貴を何だと思ってやがる!?」

(あ、そういう名前なのね……)

 どうやら目の前の勝男似の男の名は、石塚隆というようだ。

 部下を引き連れているあたり、それなりの人望はあるのだろう。

「オイラは一言謝ったろ。それでこの件はシメーだ、悪かったな」

 そう言ってその場を去ろうとする次郎長。

 しかし勝男似の男――石塚はそれを許してないのか、ドスの利いた声と共に拳を振り上げた。

「わしに喧嘩売るとどうなるか、思い知れやァァァ!!」

 思いっきり殴りかかる石塚。

 だが次郎長は、その拳を片手で平然と受け止めた。

「……は?」

「「え……」」

「――いい拳だが、喧嘩の仕方(・・・・・)をまだ理解できてねェようだな。ただ顔狙って殴りゃあいいってもんじゃねェ、てめーの拳に耐え切る奴が現れたら通じねェぞ……もっとも、素で強い場合(やつ)はどうしようもねーけどな!」

 次郎長はそう言って、お返しとばかりに拳骨を放った。

 顔面にモロに食らった石塚は成す術もなく殴り飛ばされ、それに唖然としていた取り巻きも次郎長の拳骨によって一撃で倒される。

「これでシメーだ」

 次郎長は石塚達を圧倒し、そこから離れようとした。

 その時、石塚が起き上がって血を流しながらも口を開いた。

「し、信じられん……手も足も出んかった……! アンタ、一体何者なんや……?」

「…………(あん)ちゃん、オイラは他人の生き方に水を差す気はねーが忠告はするぜ。辺りに咬みつき回るのは結構だが、咬みつく相手はちゃんと選んだ方がいい」

 そう言い残し、次郎長は嵐のように去っていった。

 しかし石塚にとっては、今まで出会った男達の中で最も印象に残った男だった。

 

 

           *

 

 

 並盛町のとある喫茶店。

 奈々は高校を卒業後、この喫茶店でウェイトレスとして勤め始めた。どんな人物でも優しく迎え入れる朗らかな性格が接客で大いに役立ち、彼女との面会を求めて来る常連も増えてきている。喫茶店にとっては願ったり叶ったりだ。

 さて、そんな喫茶店の休憩中に奈々は店長からある話を聞いていた。

「奈々ちゃん、知らないの? 最近並盛で噂のゴロツキの話」

「え?」

 店長曰く、近頃並盛に色黒の青年が現れチンピラ達をのしているという。その青年は彼岸花があしらわれた黒地の着流し姿で赤い襟巻きを巻いており、見かけによらず大した伊達男だという。

 名前は知らないが、かなりのイケメンということで主婦の間ではレアキャラ認定されてるとのことだ。

「そんな人、並盛にいたんですね」

「まるで一昔前の映画の極道みたいな雰囲気の人よ。でも悪い評判は聞かないわ、つい最近にも石塚ってゴロツキを秒殺したのよ! 清々したわ、この町の人達は石塚を怖がってたからねェ」

 その時だった。

 ふと、二人の視界に件の青年が入って来た。

 鋭い眼差しは戦場の真っ只中にいるかのようで、若さとは裏腹に醸し出す風格は歴戦の大物のようだ。カタギと言うにはあまりにも遠く、かと言ってゴロツキと言うには威厳に満ちている、不思議な男だ。

 しかしその正体を、奈々は知っていた。忘れもしない、色黒の同級生だ。

「……タッ君!?」

「? ……何でい、誰かと思ったら奈々じゃねーか」

 その呼び方に反応する、件の青年。

 店長はその光景を見て、驚愕した。

「な、奈々ちゃん!? 彼がそうなんだけど……ええ!? 知り合いなのォ!?」

「はい、中学・高校の同級生なんです。高校はクラスこそ違いましたが。それでタッ君、今は何やってるの? あと喋り方変わった?」

「この町で流れる噂通りのことを仕事にやってらァ、それと今は〝泥水次郎長〟って名ァ通してんでい……喋り方は色々あって(なま)っちまった」

「そうなの? じゃあジロちゃんって呼んだ方がいいかしら?」

「オイラとしちゃあタッ君の方が良い。ちゃん呼びは嫌だし、タッ君の方が親しみがあるからな」

 ウェイトレスとゴロツキの親しそうな雰囲気に、戸惑いを隠せない店長。

 奈々の意外な一面を垣間見た瞬間でもあった。

「……ここで働いてるのかい? (わり)ィ男に絡まれんなよ、おめーさんは良くも悪くも人が良すぎらァ」

「……店長、せっかくだしタッ君に()()()の相談しない?」

「え? あの件を!? でも……」

「何でい、何か揉め事か?」

 次郎長の問いに、店長は俯きながらも口を開いた。

 実はここ最近、隣町の黒曜からチンピラが恐喝しに来ていて金を取られているのだ。被害総額は15万であり、警察に言えばタダでは済まさないと強く言われ中々言えないという。かと言って、このまま放置すれば店の経営が傾きかねないし金を取れなくなったチンピラ達がどんな行動をするかもわからない。

 話を聞いた次郎長は、二人に背を向けた。

「話はわかった……ここは民主主義で行こう、オイラがちょちょいと話してくらァ」

「え!?」

「無茶よ! 相手は――」

「大丈夫だ、さすがにすぐ手ェ出さねーだろうよ。その辺の()は弁えてるはずでい」

 

 

           *

 

 

 翌日。

 黒曜町のとあるビルの一階にある事務所の前には木刀を持った次郎長がいた。

(ここが黒曜に根を張る(そう)(りゅう)(ぐみ)か……)

 蒼竜組。

 暴力・傷害沙汰をよく起こしカタギに手を出すこともある、極道の風上に置けないチンピラの集まり。ここらで一度成敗する必要があるだろう。

「あ~らよっとォ!!」

 

 ドガァァ!

 

『――あ゙あ゙っ?』

 事務所のドアを破壊し、殴り込む次郎長。

 殴り込みに遭った男達は、怒りを露わにして一斉に立ち上がる。

「何でい、一体(いってェ)……!!」

「てめェ、ここをどこだと思ってやがる!?」

 一斉に刃物(ドス)を向けられるも、色黒の少年は一切臆さずに笑った。

「てめェ……どこの組のモンだ!? おお!?」

「名乗る程の野郎じゃねーよ。ただ、女を騙し金をせしめたクソ野郎とのケジメをつけに来ただけでい」

 数々の修羅場を潜り抜けてきた根っからの暴れん坊と言える次郎長に、ドスを見せつけられても怯えることは無い。むしろ間合いが測りやすいため安心する始末だ。

「組長さんに話がある。――並盛町の喫茶店からぶん取った金、返してくれねェか」

「なっ……」

「何だてめェ、何様のつもりじゃあ!!」

 すると、一人の男がドスを構えて襲い掛かった。

「筋者ナメるんじゃ――」

 

 ドゴッ!

 

「ぶべェッ!?」

 

 ドドォン!

 

「……今話してる最中だ、言い終わってから来い。行儀の(わり)(あん)ちゃんだな」

 ドスを抜いた組員が襲い掛かったが、辰巳は左ストレートを見舞って殴り飛ばした。組員は事務所の窓ガラスを突き破って道路を越えてコンクリートの壁に叩きつけられ、そのまま意識を失った。

 それを目の前で見た組長は腰を抜かし、組員達も唖然とする。

「………ってな訳で組長さん、ここは器のデケーところを見せてシノギとして手に入れた金を返しちゃくれねーかい」

「イッ!?」

「ガキ一人のせいで組員総崩れの恥を晒すのは御免だろ? 俺も疲れるし……」

 殺気を放って威圧する次郎長。

 その気迫に強い恐怖を感じた組長は、無言で首を縦に振った。

「わ……わかった、勝手に持っていきな……おい、てめーら!」

「へ、へい!」

 組長の慌てた声に反応し、組員達が動き金を用意する。

 暫くすると組員の一人が金を持って現れ、次郎長に渡した。

「ひーふーみー……きっちり丁度だ、無理を言って済まなかったな」

「あ、ああ…………」

 次郎長は手にしていた木刀を腰に差し、札の数を数える。

 数え終えると、組長と組員達に背を向けて事務所を後にした。

「や、野郎! よくも――」

「よせ!! 構うんじゃねェ!!」

 その叫びに、一斉に組員達は振り向く。

 組長の顔は汗だくで、青ざめて震えていた。

「あ、ありゃあ〝獣〟の目だ……!! そんじょそこらのチンピラやドグサレなんぞとは桁どころじゃねェ、格が違う……!! 今時あんな目をした野郎(ガキ)が、(すぐ)(そば)に潜んでいるなんてよォ……」

『っ……!!』

「下手に怒らせて相手取ったら本当に組を潰されちまうかもしれねェ……金返すだけで事が丸く収まるなら安いモンよ……」

 

 

 次の日。

 次郎長は奈々が働く喫茶店を訪れていた。

「う~い、返してもらったぞ」

「タッ君、ホントに!?」

「おうよ」

 テラス席に座り、懐から封筒を取り出し奈々に渡す。

 次郎長がパクられた金を取り戻したことを聞きつけたのか、店長も駆けつけた。

「ありがとう! 何て礼を言えばいいか……でも、本当に話し合いをしてくれたのね」

「ああ、一人ぶん殴っ……じゃなくて、話し合って粘り強く交渉して折らせたんでい」

「ちょっと待って、今「一人ぶん殴って」って言いかけたわよね? 言いかけたわよね!? 一昨日言ってた民主主義はどこ行ったの!? 思いっきり拳で語ってるじゃない!!」

 店長のキレのいいツッコミが炸裂する中、次郎長は語る。

「隣町の連中から取り戻した金の件はこれでシメーだが、奴らは諦めちゃいねーはずだ………俺は()()()()()()で名を上げて町の顔役として護ってやんよ」

「え? タッ君、警察官になるの?」

「奈々ちゃん、話の流れわかって言ってんの!? 彼は極道になるっつってんだけどォ!?」

 奈々の天然ボケまで発動する中、次郎長は笑みを浮かべる。

「オイラはこの町と町の人達に恩義がある……それもただの親切だとか気遣いなんてレベルじゃねェ、一生の恩だ。だがその恩を返すには、俺はヤンチャが過ぎた……だからそのヤンチャさで恩を返すって決めたのさ」

 成り代わったキャラのように、ヤクザとしての活動の一方で次他所のドグサレ共から並盛を護る――それが彼ができる唯一の恩返しだ。

 喧嘩三昧の日々を過ごしたがゆえに、ロクな生き方はもうできないし悪名が広がってしまい働く場所もほとんどない。ならば裏社会の人間としてこの町を護るために生きるのも手だろう。

「吉田辰巳の名を語るのもこれで最後かもしれねーな……じゃあ、また今度なァ」

 次郎長は小さく呟いてから席から立ちあがると、髪と襟巻を揺らして喫茶店から離れていく。

「タッ君……」

 段々と離れていく元同級生の暴れん坊の背中を見続けながら、奈々はその名を小さく呟くのだった。




原作との相違は、オリジナル展開である点……というか、この話そのものです。(笑)
この話以降、辰巳は次郎長に表記を変えますのでご了承ください。

次回から、例の男がついに……!
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