浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

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久しぶりの更新です。
なぜか前編と後編に分けることになりました。


標的50:花見・前編

 時は流れ、季節は移りゆく。

 リボーン来日から早一年が経とうとしている。リボーン関連の何かしらの騒動が日常と化し、かつての平穏さにある意味で刺激が加わった並盛町では、町中の桜が咲き誇り春の訪れを伝えていた。

 

 

 満開の桜が咲き誇る。

 桜並木一帯の花見場所が近々風紀委員会によって占領されるという情報を入手した次郎長は、一家総出で例年より三日早く年に一度の春の宴を楽しんでいた。

「花見は子分達(かぞく)で呑むのが一番だな。勝男、おめーも一杯やろうや」

「へい!」

 ブルーシートの上で胡坐を掻き、徳利に注いだ日本酒をくいっと煽る組長(じろちょう)若頭(かつお)

 花見のシーズンは次郎長一家にとっては短期間でシノギを稼げる貴重な機会だが、次郎長は子分達と共に悠々自適に花見を楽しむ。いわゆる「オフの日」だ。

 溝鼠組の年中行事である花見の日は、上下関係がはっきり決まっている一家の数少ない無礼講が許される日だ。親しき仲にも礼儀ありとはいえ、絶対的な主従関係が緩み一日中和気(わき)藹々(あいあい)とでき破目を外せるのはとても貴重。ゆえに子分達は次郎長への礼儀を弁えつつも子供のように酒を片手に騒ぐのだ。

「……それにしても、大丈夫ですかいのう」

「あ?」

「いや、オジキわかっとるやろソレ(・・)……」

 勝男は次郎長の隣を指差す。その先には……。

「おいひいれふ……」

 頬を赤らめて呂律が回らなくなり、なぜか妙に色気がある登が座っていた。無礼講だからとアルコール度数の高い日本酒を飲み過ぎて、完全に酔っ払ってしまっている。

 普段の温厚で実直な性格からは考えられない、官能さを孕んだ緩い顔。これは起きた頃にはケロッとしていて記憶がほとんどない展開だろう。

「地味の向こう側みたいな面の割に何ちゅー色気出しとんねん……アッチ系(・・・・)に目ェ付けられて食われても知らんで」

 頭を抱えて深い溜め息を吐く勝男。

 すると……。

「にいさん? なんれすか……?」

 不意に紅い瞳が向けられた。

 酒が回って色気が出てきた登が、覗き込むように顔を近づける。勝男は反射的に顔を背け、動揺する気持ちを誤魔化すようにタバコを咥えた。

(女やったら完全に抱いとるで、コレ!!)

 これを自分よりも間近に見ている次郎長の精神力は、凄まじすぎる。

 同性とはいえ、官能的な雰囲気を醸し出している相手に全く動じないのは、ストイックにも程がある。元々色恋沙汰に興味が無いのもあるかもしれないが。

「勝男、おめーどうした?」

「オジキは登から何も感じひんのかい!?」

「何が」

 きょとんとした様子の次郎長に、勝男は気づいた。

 この人は鈍感なのだと。

「オジキしゃん、むひひないれくだひゃい……」

「――ハイハイ、世話の焼ける息子だよう。ほら、オイラの襟巻枕にしちまっていいから寝てな。ったく、破目外し過ぎだ」

 酩酊状態で敬愛する組長に引っ付く登。次郎長は呆れながらも穏やかに笑うと、首に巻いている赤の襟巻を解き丁寧に畳んで登に手渡した。

 登はとろけたような顔で受け取ると、頭の下に敷いて横になった。次郎長は酔っ払いの扱いにも長けているようだ。

「……扱いが上手いのう、オジキ」

「ハハハ、おめーとは3年の年齢差があるからな、それなりに見てるってこった。……そういやあウチで酒が(つえ)ェのってオイラと勝男以外にいたか?」

「お嬢も酒強いで。ランチアは……ちょっとわからんけど、大丈夫やないかと」

「……ピラ子の奴、この前オイラと飲み比べで張り合ってたよな」

「伊達に極道の女やないってこっちゃな」

 二人は酒の強さを語り出す。

 酩酊すると性格が一変するのは登だけだが、基本的に一家は酒が強い。その中でも溝鼠組の紅一点は、中々の酒豪だ。若さゆえか、それとも元々そういう体質なのか、飲み比べでは勝男をも出し抜いている。喧嘩の強さは次郎長が上だが、酒の強さは同等なのだ。

「そういやあランチアの奴、(おせ)ェじゃねーか」

 怪訝そうな表情を浮かべて酒を煽る。

 次郎長の下で一人前のヤクザ者になったとはいえ、ランチアはイタリアンマフィア出身なため日本の文化には疎い。それなので次郎長は一家の行事を利用して日本文化を楽しんでもらおうと思っていたのだが、本人は未だ来ない。

 刺客に襲われたとしても、元々強いため()られるという事態は例外(・・)を除いてまずあり得ない。

「アイツ、さてはヨーグルトと牛乳の食い合わせで苦しんでるな?」

「オジキ、ソレちゃいます。別の人です」

「じゃあアレか? やっぱり漬物石みてーなデカさのウン――」

「んな奴いるかァァァ!! 何がやっぱりやねん!!」

 真顔でボケる次郎長と怒号を飛ばしてツッコむ勝男。

 そんな安っぽいコントを繰り広げていると、彼と彼女(・・・・)は来た。

「オジキ~~~!! やっと来ましたよ~~!!」

「組長、若! 遅れて申し訳ない!」

「おう、ランチア! コッチ来い」

 相変わらず丈の短い着物を着たピラ子が、黒い無地の着流しを身に纏ったランチアを連れてきた。

 次郎長はランチアとピラ子を誘い、ブルーシートの空いている所に腰掛けるよう告げた。

「で、何で遅れた? 特別な用事はあるめェ」

「……アルコバレーノに絡まれた」

「――リボーンか?」

 次郎長は目を細める。

 北イタリア最強のランチアが日本の極道組織、それも生徒(ツナ)と親交の深い次郎長率いる溝鼠組の組員になっていると知れば、食いつくのは当然と言えよう。読心術でランチアを探ろうとしたのかもしれない。

 あくまでも次郎長個人の考えだが、おそらくリボーンは溝鼠組を上手い具合にコントロールしてツナをマフィアのボスにさせようとするのを諦めてない。組のほとんどの人間が沢田家と顔を合わせたことがあり、特に次郎長のツナに対する影響力はとても強い。屈するつもりは毛頭ないが、リボーンが次郎長を手中に収めるのを潔く諦めるとも思えない。

(まあ、探られたところで何にもなりゃしねーが)

「オジキ、二次会やりましょうよう」

「! おお、そうだな。じゃあ仕切り――」

 仕切り直すか、と言おうとした次郎長は、ふと視線を感じてある方角に目を向けた。

 その途端、顔色を変えて冷や汗を流した。

「おい、下がってろおめーら……!!」

『?』

「腹を空かせた〝鬼の子〟が突っ込んできやがった……!!」

 立ち上がり、刀を抜いて構える。

 視線の先には、学ランを羽織った並中最強の風紀委員長・雲雀恭弥が凶暴極まりない笑みを浮かべて全速力で迫っていた。

「クソ、アイツは息子にどういう教育してんでい」

 そう愚痴を零しながら、迫ってくる肉食動物を迎え撃った。

 

 ガギィン!!

 

 白刃と鋼鉄の棒身がぶつかり、火花を散らす。

 挑戦的な目が、浅黒い修羅を捉える。

「やあ次郎長。今日は随分と気を抜いていないかい?」

「ったりめーだ、そもそも今日はオフだって決めてんだからな。おめーこそ、いつもあんなに暴れてるクセしてまだ足りねーのか」

「僕の戦闘欲を満たせるのは、この町じゃあ君や父くらいしかいないからね」

「ただ喧嘩が(つえ)ェだけじゃ、オイラを超えられねーよ」

 次郎長の煽りが癪に障ったのか、恭弥は目に見える程に不機嫌そうな表情を浮かべて攻撃した。

 殺気を出して容赦なくトンファーを振るう恭弥の猛攻を、次郎長は全てお見通しとでも言わんばかりに捌いていく。鍛錬も戦略も覚悟も、次郎長が上なのだ。

「反撃しないのかい? 僕を舐めすぎてるね」

「……いいや、むしろ逆だ。二回で決められる」

 刹那、次郎長は刀を逆手に持ち替え、鎖骨目掛けて柄当てを放った。

 鎖骨は腕や脚の骨より太くはないが、それなりの強度がある。ただし折れると肩が上がらなくなり、腕一本使えないどころか制御も出来ず呼吸も苦しくなるので、戦闘中のハンディとしては致命的である。それをわかった上で放つ一撃だ、ましてや次郎長の豪腕を考えれば一発でへし折ってしまうだろう。

 恭弥はトンファーをクロスさせてガードするが、次郎長の狙いは別にあった。

「一芸で生きていける程、裏社会は甘かねーんだよ」

 ガードした途端、恭弥の脇腹に衝撃が走る。

 それは、鞘による一撃だった。

「っ…………!!」

 恭弥は目を見開き、顔色を悪くして膝を突いた。

 肝臓は打たれると激痛をもたらす。親譲りの力を持つ風紀委員長様も、これは一溜りもなかったようだ。

「今の一発、蘭丸なら避けてた。おめーの親父なら受け止めてオイラの腹に一発ブチ込めてた。……体の使い方がなってねーぞ、恭弥」

「……!」

 次郎長は刀を鞘に納め、ブルーシートの上に戻って腰を下ろす。

 そこへ、思わぬ人物が訪れた。

「おじさん! お花見中だったの?」

「ツナか?」

 数少ないカタギの友人の登場に、目を見開く。

 後ろには友人である獄寺と山本が立っており、遅れてはいるが場所取りに来たのだろう。

「……って、ヒバリさん!? 大丈夫ですか!?」

「肝臓をちょっと叩いただけだ、コイツのタフさならあと数秒で立――」

 

 ギィン!

 

 立つだろ、と言いかけた直後。

 恭弥は先程以上に殺気を膨らませて牙を剥き、次郎長は咄嗟に刀の鍔で受け止めた。

「……すぐだったな」

「……まだ終わらないよ、次郎長……」

「今日はやめとけ。せっかくの花見をブチ壊したくもねェ」

 息が荒い風紀委員長と、彼の攻撃を座ったまま造作も無く受け止めた極道の組長。

 それを見るだけで、ツナ達は力の差を理解できた。雲雀恭弥はとてつもなく強かったが、次郎長はそれすら一蹴する強さ(バケモノ)なのだと。

 さらにそこへ、町どころか日本の外からやってきたマフィア界屈指の鬼畜――ではなく、殺し屋を兼業する家庭教師・リボーンが首を突っ込んだ。

「ちゃおっス、次郎長。あのヒバリを一捻りとはな。俺とタメを張ろうとしただけはある」

「……てめーの差し金か?」

「俺の差し金だったら先にダメツナ達がやられてる」

 不快感を露わにする次郎長に、リボーンは意地汚く微笑む。

 リボーンに関わると常に何かしらのトラブルに巻き込まれる。しかし上から目線の言葉が腹立たしいとはいえ、どうやら恭弥の件は彼の差し金ではなさそうだ。それはそれで質が悪いのだが。

「やあ赤ん坊。会えて嬉しいよ」

「どうだヒバリ、花見の場所をかけてツナ達とタッグを組んで次郎長に挑まねーか」

「なっ……何で俺の名前出してんだよーっ!!」

「断る。次郎長をたった一人で咬み殺すことに意味がある」

 リボーンに対して恭弥は強く告げた。

 群れずに町の頂点を超えると宣言した自分に「無駄とは言わねェ」と不敵に応えた無敵の王者を、この手で倒したいと願って鍛え続けた。それゆえに、次郎長との決闘を共闘で制するなど、誇り高き肉食動物として到底受け入れられるものではなかった。

 受け入れたら、一度交わした約束は死んでも守る最強の次郎長(えもの)の期待と信頼を裏切ってしまう。次郎長にとっても自分にとっても、それは屈辱なのだ。

「僕の邪魔をするなら、先に君達から()るよ」

「……!」

 怒気を放ち始めた恭弥に、リボーンは虚を突かれたのかポーカーフェイスを崩している。

 ツナは一家で親交があるため、次郎長との関係が深いのは十二分に承知していたが、まさか恭弥との「獲物と狩人」の関係は知らなかった。言い方を変えれば、次郎長は恭弥をも人柄で丸め込んでしまうのだ。

 思えば、次郎長はあのランチアすら子分として従えている。尾行して問い詰めたところ、彼は敵に操られて次郎長を殺しに来たのに、迎え入れて可愛がっているという。自分の命を狙う者をも、己の任侠心で大空のように包み込んで自分の「色」に染める。

 

 ――今のツナよりも、ボンゴレのボスに相応しいではないか。

 

 そう思った瞬間、リボーンは一連のやり取りを静観する若き大親分に戦慄した。

 次郎長の器のデカさは、むしろ危険だ。敵も味方も惚れさせてしまう彼の性格は、マフィア界に進出すれば勢力図を大きく掻き乱してしまう。極道の世界とマフィアの世界は似て非なるモノであり、次郎長が海外進出など考えるわけもないだろうが、その身に秘めた力はボンゴレすら脅かしかねない。

 おそらく周囲はおろか、家光や9代目も気づいていない。次郎長の真の恐ろしさは、強さではない。人としての器の大きさだったのだ。

(……これはいいな)

 だが、リボーンは笑った。

 次郎長を手本とすれば、ツナは歴代屈指のボスになれる。不幸中の幸い、ツナは次郎長に対して特別な情を向けており、義理の父親にも似た感覚で接している。勘がかなり鋭いので相変わらず一筋縄ではいかないだろうが、次郎長に悟られなければイケる(・・・)だろう。

(まあ、今はコッチに集中するか)

 崩していたポーカーフェイスを戻し、リボーンは提案した。

「じゃあこうしようじゃねーか。花見の場所を賭けて俺達が次郎長と戦う。その間おめーは体力を回復させ、次郎長に挑む。……俺達は目的が果たせるし、おめーはついでに俺達ファミリーの強さを知れる。悪くはねーだろ?」

 ニヒルな笑みを浮かべるリボーンに、恭弥は目を見開く。

 恭弥は戦闘マニアであり、戦闘狂だ。咬み殺す相手が多い方がいいに決まっている。それに恭弥自身、ツナ達と戦ったことがあり、興味を持っているのも事実だ。それに恭弥自身、父から「強くなるには戦うだけではなく、相手から学ぶことも大事だ」と説かれていた。ここはあえてリボーンの提案を受け入れるのが得策であるかもしれない。

「――いいよ。特別に譲ってあげる……君達じゃあ片膝を突かせることすら不可能だろうけど」

「んだとコラァ!?」

 恭弥はツナ達を嗤うと、桜の木にもたれかかる。

 もはや一戦交えるしかない。次郎長は溜め息を吐きながら、ゆっくりと立ち上がる。気づけば子分達の視線が集中しており、酔い潰れていた登も起きている。

「登、それ返せ」

「……はい」

 貸していた赤い襟巻を返してもらい首元に巻くと、次郎長はツナ達に告げた。

「いいかツナ……オイラはヤクザの首領だ。ヤクザっつー生き物はメンツで生きてる。ボンゴレファミリーとして挑むか、並盛の人間として挑むか……まずはそこをはっきりしろ」

「んなもん、ボンゴレとして挑むに決まってんだろ!」

「てめーに訊いてねーんだよタコ助」

「っ――!!」

 ガンをつける獄寺を、次郎長は一言で一蹴する。

 普段は威圧感を纏いつつも接しやすい気安さがある男の変貌ぶりに、各々が体を強張らせる。静まり返ったその場に、ゴクリ、と誰かが息を呑む音がはっきりと聞こえた。

「どうなんだツナ? おめーも男だ、お前が全てを握っている」

 穏やかに、それでいて詰め寄るような次郎長の言葉に、ツナは迷った。

 マフィアのボスになりたくないし、周りは騒動ばっかり引き起こすし、痛い思いなんかしたくもない。でも、そのおかげで自分の何かが変わったと思う時もあった。そんなことくらい、次郎長はお見通しだろう。

「お、俺は……」

「ちんたらしてんじゃねーぞ、ダメツナ」

 

 ――バァン!

 

 突如銃声と共に、ツナの額を銃弾が貫いた。

 その直後、撃ち抜かれた額に炎が灯り、ツナは復活した。――パンツ一丁で。

復活(リ・ボーン)!! 死ぬ気でおじさんを倒す!!」

「……まさかツナと喧嘩する日が来るとはな」

 次郎長と死ぬ気モードのツナが、ついに拳を交えた。




この小説で初めてですね、次郎長とツナが戦うのは。
一応次郎長VSツナ達という構図で後編をやろうと思います。
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