ツナは後悔した。
血の繋がりが無くとも、実父に代わって見守り続けてきた次郎長親分に、恩返しを一つもせずに死ぬのかと。実の父親よりも親のように接してくれるあの人との約束を、必ず果たしたいと。
ふと、リボーンが少し前に言っていた、心にくる言葉を思い出した。
――次郎長に頼りすぎるんじゃねーぞダメツナ。いつまでもアイツの庇護対象になろうとすんじゃねェ、ちったァ見返してやろうと思わねーのか。アイツも本心じゃあそう望んでるはずだ、見守り続けているなら尚更だろーが。
正直な話、自分はあの人に甘えすぎてた。当の本人は何とも思っていないが、相手はヤクザの組長で、本来なら世間のはみ出し者だ。
そんな人に長い間縋りついて、恥ずかしくないかと言われると、恥ずかしいというところはあった。いつまで経っても次郎長に頼り続ける自分が、どうしようもなく無力で、情けなかった。
だからこそ。どんなに無謀であっても、どう考えても目に見える未来であっても、あの人を
その為に、自分は――
「
「……まさかツナと喧嘩する日が来るとはな」
パンツ一丁のツナが、並盛人外フレンズの中でも際立った強さを誇る次郎長に挑む。
溝鼠組の面々はツナの豹変ぶりに愕然とし、リボーンはニヤリと笑みを深め、獄寺達は歓声を上げる。対する次郎長は、腰に差していた刀を勝男に投げ渡しゴキゴキと拳を鳴らした。
「うおおおおお!!」
パンツ一丁で拳を握り締め、ツナは次郎長を殴りまくる。
持ちうる力で並盛最強にラッシュを叩き込んでいく。顔面や鳩尾、頬と、フルスロットルで息の続く限り打ち続ける。それらは全て当たっており、次郎長も思うように反撃できないようだ。
「おお!」
「さすが十代目!!」
無敵の喧嘩師が反撃できずに攻撃を受け続けるしかない状態に、獄寺と山本は歓声を上げ、次郎長の子分達は心配そうに見届ける。しかし恭弥は呆れたような表情を浮かべ、勝男は「アレじゃあのう……」とどこか気怠そうに呟いていた。唯一表情を変えてないのはリボーンだけだ。
いつもの次郎長なら、ラッシュを叩き込まれる前に拳骨を叩き込んでいる。知っている顔、それも恩人の息子が相手なので反撃に出づらい状態になっているだけだ。
「おりゃああああ!!」
ツナは拳を構え直し、正拳突きを放った。
――が、次郎長に見切られ片手で受け止められてしまう。
「……強くなったな」
次郎長は笑う。
死ぬ気状態の連打をあれ程受けといて、ダメージを悟らせないどころか平然としている。ツナは死ぬ気弾の影響でリミッターを解除していた状態だが、そもそも次郎長とでは基礎的な体力と身体能力で埋めようにも埋められない差が生じている。
「チワワにもビビるような力とは無縁の子供が、こうも成長すると……心にくるな」
その鋭い双眸はとても穏やかで、まるで息子の成長を喜ぶ父親のような眼差しだ。
「しっかり手加減はする…………歯ァ食いしばれ」
――ゴリッ!
ツナが見た最後の景色は、どこまでも青い空と、ギラギラと輝く太陽だった。
*
「……ん」
ゆっくりと目を開けるツナ。
日はすでに傾き、空は赤い。当たりを見渡すと、そこは見慣れた自分の部屋だった。
「気がついたか」
「おじさん!」
ガバッと勢いよく起きた途端、頬を中心に痛みが走った。
「いってえ~~!!」
「ったりめーでい。手ェ抜いたとはいえ誰のパンチ食らったと思ってやがる」
痛みで涙目になるツナに、次郎長は喧嘩の後の経緯を話した。
あの騒動の後、ツナは文字通り次郎長に吹き飛ばされて秒殺されたのだが、それに激昂した獄寺と山本が次郎長に襲い掛かった。それすらも次郎長は拳骨一発で返り討ちにし、放置するわけにもいかなかったため子分達に送迎を任せたという。
ちなみに文字通り宙に飛ばされたツナは、直後に次郎長にキャッチされたのでそれ以上のケガは負っていない。
「おじさん、俺……」
「言うな」
どこか不貞腐れたように言う。
よく見れば、次郎長の左頬が若干赤い。
「ちょっと頬腫れてない?」
「奈々にビンタされた」
「母さんにビンタされた!?」
話には続きがあった。
次郎長は裸のツナを抱えて沢田家を訪れた。事の顛末を説明した直後、奈々は思いっきりビンタを放って次郎長を叱ったという。元同級生ゆえにそんな態度と行動ができるのかもしれないが、自分の中でのママン像が再び崩れて唖然としたリボーンも巻き込まれ、最終的に万年一人軍隊状態の
暴力とは無縁の母親が、迷いなく次郎長に色んな意味で喝を入れたことが信じられず、ツナは呆然とするしかなかった。ちなみにリボーンも例外ではなかったようで、好物のエスプレッソが暫く喉を通らなかったのは秘密だ。
「やっと起きやがったか、バカツナ」
「リボーン! お前ふざけんなよ、おじさんと戦わせるなんて……!!」
「マフィアになりたくねーって戯言ほざいてるクセしてヤクザに頼りまくる野郎に言われたくねェ」
リボーンのごもっともな反論に、ツナは何も言い返せなくなる。
「……つっても、死ぬ気弾でのパワーアップも通じねーのは想定外だったゾ」
リボーンは昼間の出来事を思い浮かべる。
死ぬ気弾はボンゴレファミリーに伝わる特殊弾で、危機によるプレッシャーで外部からリミッターを外す代物だ。被弾した体の部位によって名称も効果も変化するのだが、いずれにしろ被弾者の潜在能力を発揮するという点は同じだ。
だが死ぬ気弾を用いながらも、ツナは成す術も無くたった一発で倒された。死ぬ気弾の力ですら次郎長の力には敵わない……いや、それ以前に死ぬ気で倒せるようなレベルの相手ではなかったのだろう。
「ダメ人間とはいえ、ツナは初代ボンゴレの血統だから鼻血ぐれー出してくれるんじゃねーかと思ってたが……てめー本当に人間か?」
「ククク……オイラもよくわからねェ」
どこかとぼけたように誤魔化す次郎長に、リボーンは眉を顰める。
前々から死ぬ気の炎を扱えない次郎長の桁外れの強さに困惑していたが、今思えば安堵している部分もある。もし次郎長が死ぬ気の炎を扱えるようになったら、ボンゴレでも手に負えない本物の怪物になってしまうだろう。
「……ツナよう。すまねーな」
「え?」
窓から夕焼け空を眺めながら、突然謝罪の言葉を口にした次郎長。
申し訳なさそうな、どこか悔しそうなその声色に、ツナは戸惑う。
「オイラはよ、情けねーことに今までなあなあな対処だったんだ」
「!」
自嘲気味に笑う次郎長。
ツナをマフィアにさせたくないのは、本心だ。どんなに強い覚悟でも、
だからこそ裏社会に極力関係の無い世界で生き抜いてほしいし、個人的にはリボーンの排除も覚悟していた。だが、一方でツナを陰から見守ってきた分リボーンに期待していたことにも気づいていた。指導方法が癪に障るが、ツナ自身にも周囲にも変化が訪れているからだ。
ゆえに次郎長は見出していた。もしリボーンがツナの成長を見届けることを一心に願い、依頼人ではなく生徒の意思を最優先してくれれば、マフィアにならない道もあるのではないか――そんな可能性もゼロではないと。
「……バカな話じゃねーか。天下の次郎長がカタギをマフィアにさせたかねーってのに、ごくわずかな可能性に賭けてるんだぜ?」
「おじさん……」
自嘲気味に笑う次郎長に、ツナは複雑な表情を浮かべる。
おそらく、次郎長の中でも迷いがあるのだろう。全面対決も辞さない姿勢で、その覚悟もあるが、血を流して無関係の人間を巻き込んでいいのかと。ツナがもしマフィアのボスになる道を肯定したら、自分はどう動けばいいのかと。
恩人の息子を裏社会の人間にさせたくない自分の意思と、リボーンの教育で変わりつつある
「ツナをマフィアにはさせねーが、ツナを一人前の男にしたい。だがそれは、オイラ一人ではどうも厳しいようだ。その上でリボーン、お前に一つ問いたい」
「何だ?」
「おめーは今、ツナをマフィアのボスにさせろってあのジジイに頼まれてるらしいな。だがもし途中で「ツナを殺してほしい」という依頼に変わったらどうする気だ?」
次郎長の言葉に、その場が凍りつく。
リボーンの本業は殺し屋であり、ツナとの関係はビジネスの上での契約である。契約内容が途中で変わるのは表の世界でもあることであり、殺し屋の界隈でも標的の暗殺を依頼人の都合で中止することだってある。仮に依頼を達成したとしても、ツナの元を去れば逆にツナの殺害依頼が来たって何らおかしなことではない。ましてや自他共認める世界最強の殺し屋であれば、なおさらのことだ。
殺し屋は損得で物を言う。受けた仕事を途中で放棄すれば、依頼が減るのは目に見える。相手が世界最大級のマフィアグループの首領となれば、その顔に泥を塗ったも同然で、9代目は穏便に済ませようとするだろうが若い人間が黙ってはいないだろう。
「人間ってのは極限状態になると本性を出すらしい。殺し屋のプライドを捨てて生徒の身を護るか、旧友との友情と自分のメンツを優先するか……おめーはどっちだろうな」
「………てめーこそどうなんだ?」
「……任侠ってのは、正しいか正しくないかで計れる程甘かねェ……メンツを潰してでもやれる価値があるかどうかを判断するのも、ヤクザにゃ必要だ」
ツナはヤクザが重視するメンツを擲ってでも護らなければならない。
それが次郎長の答えだった。そのせいで色々苦労するハメになったのだが。
「リボーン……ツナはマフィアのボスにはなりたがらねーが、一端の男にはなりてーと思ってるはずだ。行動理念は違うが、お前の教育はツナに変化をもたらしている。オイラにはできなかったことを、おめーはやってのけた。オイラはそれを甘んじて受け止めよう」
「……」
「だから、ツナの想いを踏み躙るんじゃねーぞ。マフィアのボスになることがツナの幸せじゃねーってことは、わかってんだろ?」
次郎長の言葉に、リボーンは無言で帽子を被り直した。
リボーン自身、旧友の依頼とはいえ一般人として暮らしていた子供を裏社会に引きずり込むことに、同情はしなかったが可哀想だと素直に思ってはいた。
「ここらで一度、心機一転するか」
「え?」
「原点回帰だ。次郎長一家を、溝鼠組を敵に回すとどうなるか、ちったァ思い知ってもらわなきゃな」
並盛の王は、静かに口角を上げた。
*
一方、雲雀家。
邸宅内にある道場で、尚弥が十手で畳表を丸めた巻藁の前に立っていた。諸肌を脱いだ彼の肉体は程よく引き締まり、次郎長には及ばずともいくつかの古傷や弾痕もある。
元々は警察・公安の関係者であった尚弥。国内の過激派や海外から進出してきた犯罪組織とやり合ってきた身体の強靭さは健在のようだ。
「……ハッ!」
力を込め、巻藁をサンドバッグのように殴りまくる。かつては警棒を握っていた手が鋼鉄の十手に変わろうと、その技量に衰えはなく、巻藁は二度と使えなくなる程に変形してドスンと倒れた。
「……〝芯〟に完全に届いてないな。少し怠けすぎたかな?」
尚弥は倒れた巻藁を見下ろして呟く。
彼が使用する巻藁には青竹の芯を入れてある。青竹は骨の硬さに似ていると言われており、青竹の芯が折れれば人体における骨格の破砕と同等の結果になるということだ。十手の衝撃が完全に伝われば折れるどころか粉砕できるはずなのだが、「前線」から遠ざかったせいか効果はイマイチのようだ。もっとも、実際に人体にぶつければ痛いでは済まないのだが。
ふと、尚弥は気配に気づいた。それは彼自身が最もよく知る気配で、最も愛おしい気配だ。
「……何か用かい? 恭弥」
「……別に」
脇腹を押さえながら戸に背中を預ける恭弥に、尚弥は微笑む。
「また次郎長に挑んだんだね?
「……フン」
そう断言する父親に、恭弥は反論はしなかった。
純粋な喧嘩で次郎長と渡り合う者や迫り善戦する者はいても、倒せる者は現時点で並盛にはいない。あの浅黒い修羅は〝強さ〟の化身だ。正攻法で勝てる者など、この世に何人いるだろうか。
それでも――
「……あの男を超えたい」
「!」
「そして、あなたには頼らない。群れずに超えると誓ったからね」
雲雀恭弥という男にとって、群れとは〝弱さ〟だ。群れる弱者は視界に入るだけで咬み殺したくなる程にムカつく存在であり、それらを「草食動物」と揶揄している。だが次郎長はその理屈に当てはまりそうではない。明らかに自分よりも弱い人間を率いて群れを成しておきながら、「肉食動物」の強さを容易く跳ね除ける圧倒的な武力を有しているのだから。
――次郎長の強さの秘密を必ず暴いて、完膚なきまでに咬み殺す。
当然強い人間と戦いたいという戦闘欲もあった。だがそれ以上にあの男がなぜあんなにも強いのかを知りたかった。孤高の強さを上回るチカラ……その正体を知れば、愛する並盛で威勢を誇る最強の次郎長親分をも超えられると考えたからだ。
「次郎長は僕の獲物だ、横取りしないでよ」
「彼と唯一タメを張れる父親に釘を刺しに来たとはね。――好きにすればいいさ、息子の願いを聞き入れるのも親の務めだ。ただし自分が並盛中学校風紀委員長であることは忘れないように」
「あなたが言う? それ」
「フフ」
愉快そうに笑う鬼にムカついたのか、肉食動物はムスッとした顔を浮かべるのだった。
時系列上ヴァリアー編までまだあるっぽいので、アリアとかオリキャラとか詰め込めるだけ詰め込んでいこうと思います。
あと、どっかで虚様出します。
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