浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

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標的52:トマゾファミリー

 溝鼠組の屋敷の大広間。

 上座には組長の次郎長と若頭の勝男が座り、下座には子分達が揃っていた。

「オジキ、今日は一体何の緊急会議なん?」

「奴から、緊急の議題があるそうだ」

 次郎長は下座の最前列で正座をする登に目を配る。

 一同の注目が集まる中、登は口を開く。

「先日、僕は「トマゾファミリー」というマフィア組織が居を構えたという情報を入手しました」

 登の一言に、一斉にざわつく子分達。

 この町の裏は溝鼠組が支配しており、それ以外の勢力は存在しない。シモンファミリーという弱小マフィアがいるが、それは現当主と次郎長が盃を交わした間柄ゆえに例外として扱っている。いずれにしろ、他所の組織が並盛に根付くことは決して見過ごせない問題である。

「静かにせい、おどれら!」

 勝男の一喝でざわついた子分達が一瞬で静まる。

「……オジキ」

「その情報、どこからでい?」

「綱吉君です」

 意外な情報源に、勝男は目を見開き次郎長も眉間にしわを寄せた。

 ツナはウソを吐くのが苦手――というよりも下手――な性格だ。ましてや慕い続ける男にウソを吐くことなどできるはずもなく、そもそも言うこと自体に躊躇しそうだ。

 そう考えれば、登を通して次郎長に伝えることで何かしらの危機を知らせようとした……と考えるのが筋だろう。

「ランチア、おめー元々マフィア界(むこう)だったろ? 何か知ってねーか」

「……トマゾファミリーはイタリアでも屈指の古豪マフィアだ。ボンゴレファミリーの二代目と殺し合った間柄と聞く。現当主――8代目の名は内藤ロンシャンという綱吉と変わらない少年だ」

 ランチアの限られた情報に、次郎長は顎に手を当てる。

 マフィア組織は総じて秘密主義だ。詳細な情報など最初(ハナ)から期待などしていない。それでもトマゾファミリーを知る上では断片的でも欠かせない。

「対立関係か……ボンゴレとやり合う程なら、それなりの組織ってこったな」

「いや……それが日夜原因不明の内乱が繰り広げられているんだが」

「思った以上に劣悪やないか!! 組織基盤ガタガタやんけ!!」

 まさかの情報に勝男は盛大にツッコみ、次郎長は「よく今までやってけたな」と呆れた。

 極道組織は内外からの脅威を排除して組織の一体性を維持していくために、ヤクザ特有の倫理観・価値観に則った制裁を伴う掟を定めている。それは類似組織とされるマフィアも同様のはずなのだが、日夜内乱が起きていては裏社会の組織として成り立たなくなる。

 これでよく警察のガサ入れや官憲による圧力を食らわないものだ。

「内乱……それに頭目がツナと変わらねー年頃……後継者問題か?」

「その可能性はあると思う。8代目の内藤ロンシャンは能天気のお調子者だ。継承という面で問題なくとも、不満に思う勢力はいると思う」

「真さんのような一枚岩が天然記念物、ということでしょうか……?」

 登の疑問に、次郎長とランチアは無言で肯定する。

 マフィアもヤクザも同じ組織に属する者同士で血で血を洗う抗争が起こることがある。昨今では団結と連帯をしっかり維持できているのが珍しいくらいであり、溝鼠組のような内紛の無い統制が取れている組織はある意味で希少と言えるのだ。

「古豪のマフィアだが、原因不明の内乱が勃発中……危険すぎる」

 次郎長は断言する。

 抗争では一般市民や警察官が巻き添えに遭って死傷したり大きな社会不安を引き起こすことも多い。それらは敵対組員と誤認されるケースが大半だが、流れ弾による死傷も起きている。日常生活もままならない恐怖と不安の毎日が続くのは、周辺住民にとって最大の脅威なのだ。

 それを理解している次郎長は、喧嘩や揉め事はともかく抗争による被害を最小限に食い止めるためにあらゆる手段を尽くす。しかしトマゾファミリーはそうはいかない。ゆえに徹底的に排除しなければならない。

「カタギに向かん内に根こそぎ潰すべきやで、オジキ」

「オジキ! アニキに賛成でさァ!」

「俺も!」

「あっしも!」

 勝男を中心に、子分達はトマゾファミリーへの武力行使を主張する。

 日夜原因不明の内乱が繰り広げられているような組織を野放しにしては、いつ一般人の死傷者が出てもおかしくないし溝鼠組の面子も形無し。それはヤクザとしての正論だ。

 しかしそこへ、登が異を唱えた。

「相手はマフィアです、ヤクザの理屈が通じないかもしれません。どんな汚い手を使うかわかったものでもない。だからこそ、できる限り穏便に済ませるべきです」

 内乱中とはいえ、トマゾファミリーの実態を完全に掴めてない状況での武力行使は、かえって自分達を危うくしてしまうのではないか。そう訴える登に、勝男達は複雑な表情を浮かべる。綺麗事ではあるが一理あるのだ。

 揉める子分達に、親分の次郎長が声を発する。

「おめーらの言う通り、この町を統治する者としての理屈じゃあ、カタギに手ェ出すような三下連中は組織ごと潰すのが手っ取り(ばえ)ェ。戦争すんのにも金はいるが、内乱中ならほぼゼロ円で潰せるだろうよ」

『オジキ……』

「だが登の言う通り、むやみに血を流すわけにゃいかねーってのも道理だ。――ピラ子、おめーならどうする」

 次郎長はピラ子に話を振った。

 組内では鉄砲玉や特攻隊長のイメージが強いピラ子だが、頭の回転が速く抜け目のない一面も持ち合わせている。若さゆえの切れ者ぶりを次郎長は重宝しているのだ。

「私なら、ご~っそりシノギを奪いますね」

「……経済的基盤を崩すってェことか?」

「はい。どんな組織も資金を減らされるのが一番こたえるんですよゥ。だったら色々と口実並べて活動を制限させ、彼らの資金源を枯渇させればいい」

 実行犯が検挙されても首謀者が検挙されなければ活動し続け、その収益が組織の維持・拡大や将来の犯罪に再投資されるおそれが大きい。しかし言い方を変えれば、主要幹部の摘発・犯罪収益の剝奪・資金源の遮断の三拍子を揃えられると組織の中枢を切り崩されやすくなるということでもある。

 ピラ子はトマゾファミリーの経済的基盤の切り崩しを行い、溝鼠組に逆らえない程に弱体化させようというのだ。人的基盤は少年をボスに置こうとしている時点でガタガタなのは明白。あとは経済力をごっそり削ればいい。

「オジキィ、せっかくだから真さん()に横流ししましょうよ。ボンゴレへの見せしめにちょうどいいでしょうし」

「えげつないなァ、お嬢」

「えへへ♪」

 トマゾファミリーの資金を奪うどころか、奪った金を義兄弟に渡すという資金洗浄(マネーロンダリング)以上に悪質な手段を思いついたピラ子。可憐な見た目とは程遠い腹黒さに、次郎長以外は顔を引きつらせる。

「この件は、オイラが直接話を付けてくる。手出し無用だ」

「オジキ!?」

「向こうの業界はおっかねー番人がいる。奴らをチラつかせりゃあすぐにでも()ェ上げらァ。今日はご苦労だった」

 次郎長はニヤリと悪童のような笑みを浮かべた。

 

 

          *

 

 

 三日後。

 トマゾファミリーの屋敷の大広間で、座布団の上で胡座を掻きながら次郎長は煙管を吹かしていた。

(わり)ィな、こんな田舎(いなか)(モン)の為に時間を割いちまって」

「いえ、滅相もありません。わざわざお一人で来ていただいて本当にありがたい」

 そう答えるのは、トマゾファミリー8代目・内藤ロンシャンの専属家庭教師であるマングスタ。

 お調子者の生徒(ロンシャン)とは真逆で、話がわかりそうな相手であるのに次郎長は内心安堵していた。というのも、次郎長はトマゾファミリーの門を――インターホンが無かったため――斬り裂いて殴り込んで襲い掛かった黒服十人を4秒でシバいた直後、洗礼を受けたからだ。

 

 ――溝鼠組組長、泥水次郎長だ。内藤ロンシャンってェガキゃどこでい?

 ――ロンシャンは俺だよ! スゴイ強いね! よろしくジロチョン! ピースピース!!

 ――……誰がジロチョンだコラ。

 

 といった具合で出鼻を挫かれたが、町の支配者のアポなし特攻に慌てた真面な連中が事情を察し、急遽話し合いの場を設けたのだ。

 ちなみにロンシャンは当事者ながら外へ遊びに行ってしまったので欠席である。

「……マフィア者も人材不足に苦しんでんだな」

 同情するように呟いた次郎長に、マングスタをはじめとした構成員達は誰一人反論できなかった。

 疑似家族のヤクザと違い血統を重んじるマフィアは、後継者という点では致命的な欠陥がある。血筋が途絶えた途端、組織は滅ぶ以外道が無くなるからだ。

「……さて、早速だが本題に入ろう」

 鋭い双眸がマフィア達に向けられる。

「ここはてめーらの土地じゃねェ、オイラが支配者だ。郷に入れば郷に従えってよく言うだろ? てめーらの道理はまず通じねェ」

「……」

「先日知り合いの不動産屋がオイラに泣きついてわかったんだが……おめーら、ここの土地奪い取ったらしいじゃねーか。土地の買い方知らねーって訳じゃあるめェ」

 次郎長はトマゾファミリーを睨む。これは事実であり、現に近所のラーメン屋で川平のおじさんと久しぶりに顔を合わせた際に発覚した。川平のおじさん曰く「あんな怖い人達、あたくしゃ関わりたくないから頼む」とのことで、次郎長は快諾して交渉に臨んだのだ。

 しかもトマゾファミリーの屋敷がある土地は、元々は溝鼠組が新しいシノギとして活用する予定でもあった。今回の交渉はカタギに迷惑を掛けたケジメをつけるだけでなく、溝鼠組をコケにしたことへのケジメの意味合いもあるのだ。

「その上で言わせてもらう。おめー達に選択肢を与えてやる」

 トマゾファミリーに残された選択肢は、二つに一つ。

 一つは、並盛町で住む代わりに原因不明の内乱を終わらせることと、土地を不正に得た件を見逃す代わりに「迷惑料」を支払い続けること。もう一つは、並盛町から出ていき、二度と足を踏み入れないこと。この約束をもし破れば、溝鼠組と並盛町風紀委員会による制裁が発動してトマゾファミリーに壊滅的な打撃を与える。

 二つとも義理人情とメンツで生きる溝鼠組(ヤクザ)との対立を避ける最善の手段だと次郎長は主張する。

「オイラ達をコケにした落とし前にしちゃ安い方だろう?」

「貴様……我々を何だと――」

「おい(あん)ちゃん。オイラがてめーらをこれっぽっちも恐れちゃいねェってこと忘れてんじゃねーぞ」

 ビリビリと襖と障子が軋み、部屋の温度が一気に下がった。次郎長から放たれる殺気に、マフィア達は滝のような汗を流して身動きが取れなくなる。

 動いたら斬るぞ、とでも脅されているかのように。

 そんな中でも、次郎長に刃を向ける勇者が一人。

「……あのガキのペットか」

 次郎長の背後に立つ、ロリータ・ファッション風の衣装を着用した少女。

 彼女はパンテーラ。風車を武器として戦う内藤ロンシャンの部下の一人だ。

「引きなさいパンテーラ」

「……ダメ……油断できない」

 リボーンと引けを取らぬポーカーフェイスから出た、殺し屋のように冷徹さを孕んだ声。しかしどこか震えているような声でもあり、目の前の修羅に対し恐怖を抱いているように感じ取れた。

 女だてらに極道の親分に刃を向ける胆力に感心したのか、次郎長は笑みを浮かべた。

「いやいや、おめーさんの判断は正しい。オイラの殺気に反応できるたァ中々躾が行き届いてるじゃねーか。それに対してオイラァ最近表立って暴れる機会が少なくなっちまったからなァ。そのせいで色々とキレが悪くなっちまった。年ァは取りたかねーな。ああ、そういやあさっき……」

 次郎長は何かを思い出したかのように天井を仰いだ。

 その直後、彼女が持っていた風車が砕け散り、頬が浅く斬れて血が流れた。

「本気でおめーさん()ろうとしたの、気づかなかっただろ?」

「っ!?」

 ザザッ、と素早く後退するパンテーラ。額には汗を、前髪の間から見える瞳には恐怖を浮かばせ、本能が危険を察知したせいなのか体を震わせている。

 完全に気を持っていかれ、文字通り蛇に睨まれた蛙のような様子に、一同は動揺する。彼女がここまで相手を警戒して恐れることは今までなかったのだから。

「……そこの嬢ちゃんの肝っ玉に免じて、暴れねーでいてやるよ」

 どこか愉快そうに喉を鳴らす次郎長。

 トマゾファミリーはここでようやく理解した。目の前にいるヤクザ者は、たった一人でファミリー一つ分の戦力(チカラ)を秘めた男であると。並の人間では歯が立たない、本物の豪傑であると。

「……2日だ」

『!!』

「本来ならここで決めてほしいが、すぐに答えを出せそうにねーと見た。2日以内に結論を出せ。期限を過ぎたら、並盛への敵対行為と判断して叩き潰す! ――文句は言わせねーぞ」

 それは、脅しを交えたれっきとした契約だった。

 たった一人で敵陣に乗り込む豪胆さ。武装した構成員を素手で倒し、正門を居合で両断する規格外の実力。本心だったかは不明だが、少女(パンテーラ)をも斬ろうとした獰猛さ。――日本裏社会屈指の豪傑である大物ヤクザを前に、イタリアの古豪マフィアは妥協せざるを得なかった。

 組織(ファミリー)を護るためには、時には相手に合わせることも必要なのだ。

「……ロンシャン君を交え、必ず返答いたします」

「そうか。答えが出たら連絡してくれ、これがオイラの名刺だ」

 次郎長は懐から自らの名刺をマングスタに渡す。

 ヤクザがマフィアに打ち勝った、決定的な瞬間だった。

 

 

 翌日、溝鼠組に一本の電話が掛かった。

 その内容は、「トマゾファミリーは全力で内乱終結に努めるため、並盛での滞在を了承していただきたい」というものだった。




実は前半部はあるゲームのパロディです。
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