「~~♪」
母校の校歌を口笛で奏でながら、次郎長は並盛商店街を歩いていた。
次郎長にとって、町内の見回りは日課であり義務である。任侠の徒の大親分という裏の顔役は
一方で次郎長も段々マフィアの扱いに慣れてきた。というのも、どんな形であれ次郎長と接触したマフィア組織は地域住民を大切にする傾向である。次郎長はそこに目を付け、並盛町風紀委員会と結託し、並盛に居座るマフィア達の力の抑制に動いた。狙いはうまく行き、マフィア達はカタギの組織である風紀委員会に手を出せず、大人しくされるままとなった。おかげで次郎長が風紀委員会に支払う活動費が減って喜んだのは言うまでもない。
(この町の裏の支配者は、オイラだけだ)
日本の裏社会を統べるのは、極道だ。そして並盛町の裏社会の王は、町の裏を牛耳る溝鼠組の組長だ。
裏の顔役はただ一人。王は何人も要らないのだから。
「……?」
ふと、次郎長は男達に囲まれている女を見た。
長い黒髪で左目の下に五弁花のマークがある、赤いシャツと黒いネクタイが特徴の麗人。その雰囲気は奈々とは違い一組織を束ねる
彼女を囲っているのは、見るからにガラの悪そうな男達。見覚えのない顔であり、どうやら町外の組織の人間のようだ。大方、女を脅して金品を奪おうとしているのだろう。いくら女が不用心だったとしても、この状況を見逃すという選択肢など次郎長には無い。
取るべき選択肢は、ただ一つ――
ドゴォッ!
「女相手に何さらしてんでい」
仁義を欠くチンピラ連中を、問答無用で血祭りに上げることだ。
歴戦の猛者達と何度も渡り合った次郎長に、ただ群がっただけのチンピラなどすぐカタが付いた。
「よう姉ちゃん、大丈夫か」
「え……ええ、ありがとう」
圧倒的なパワーであっという間にチンピラ達をのした次郎長は、先程の蹂躙をまるで無かったことにしたように話しかけた。
幸いにも暴力を振るわれた様子はない。次郎長は内心安堵した。
「いくら観光だろうと不用心が過ぎるぜい。気をつけな」
「観光できたのは事実だけど、部下とはぐれてしまったのよ。そこは別にいいけど、まさかあんな目に遭うなんて思わなかったわ」
「……マジかよ」
思わず頭を抱える。
確かに並盛はガラの悪いヤクザが街中を平然と歩くような魔境ではあるが、次郎長の統治で治安自体は良好だ。とはいえ、スリや強盗、不良集団くらいはたまに出てくるので注意は必要である。というか、そもそも町中を一人で歩く女が狙われないわけが無い。
彼女の部下の失態は当然責められるべきだが、彼女自身の不用心さも責められるべきである。
「ハァ……しゃーねェ……オイラん
この流れを、次郎長は察した。リボーン達と同じマフィア絡みだと。
ここで別れれば本来ならばその後も何も起きないが、残念ながらマフィア絡みだともっと厄介な事件が起こって後始末が大変なことになる。イタリアの親戚達は地域住民を大事にすると標榜しておきながら周囲の人間を巻き込むので、未然に防ぐのも大事であるのだ。
「……いいの?」
「客人としてだ。ヤクザ稼業は親が白と言えば白だ」
次郎長は親が白といえば黒いものでも白だという極道の世界の慣習に則ってると豪語しながら煙管を取り出す。
「あなた、何者なの?」
「「溝鼠組」組長、泥水次郎長でい。おめーさんこそ何者でい」
「「ジッリョネロファミリー」ドンナ、アリアよ」
「……は?」
お互いが犯罪組織の
*
溝鼠組の屋敷で、次郎長は自室でアリアと酒を酌み交わしていた。
「それにしても、その首元の
「リボーンを知ってるの?」
「ああ、オイラの恩人の息子の家庭教師でい。本来ならとっととぶっ飛ばしてイタリアに強制送還させてートコだ」
「相変わらずのスパルタね……」
火皿に刻み煙草を詰めながら、次郎長はアリアと会話を交わす。
ヤクザの親分とマフィアのドンナ……似て非なる組織の首領二人が顔を合わせるのは、滅多に無いだろう。
「ちなみに一度
「あなた、リボーンと戦ったの!?」
「途中で中断
次郎長は自分が納得するカタチではなかったとでも言いたげに、盛大に溜め息を吐く。
しかし水を差されてしまったとはいえ、自他共認めるマフィア界最強のヒットマンと渡り合ったという事実は、一ファミリーの女ボスであるアリアに衝撃を与えるには十分だった。
「――ボンゴレの門外顧問に匹敵する実力っていう噂はよく聞くけど、まさかあなただなんて……信じられないわ」
「だろうな。しかもその話、オイラが10歳ちょい
今ならコテンパンにできるけどな、と断言する次郎長。
(それにしても……おめーさんが聞き分けがいい方で安心したぜ)
次郎長はアリアに感心していた。
というのも、彼自身の運が悪いのか、次郎長が関わってきたマフィアは大概ロクではなかった。原因不明の内乱を毎日起こすわ、教育と言っておきながら教え子をわざと危険な橋に渡らせるよう強要するわ、個人的な思惑で古美術商一家を皆殺しにしようとするわ、マフィア者の良い所を見つける方が苦労するような出来事に巻き込まれてばかりだ。
それに対しアリアは聡明で良識があり、カタギへの配慮を怠らない人物であることがわかった。彼女が率いる「ジッリョネロファミリー」はボンゴレと同等の歴史を持ちながら、途中で拗れて組織の理念、いわゆる存在理由を忘れずにいる。
「……おめーさんが連中みたいなポンコツじゃなくてよかったよ」
「中々キツい言葉言えるじゃない」
「これでも
すると、襖を叩く音が響いた。
「オジキさん! 今いいですかっ!?」
「? おう、どうしてェ登」
次郎長が承諾すると、若衆の一人である登が慌てた様子で襖を開けて入ってきた。
「オジキさん、今屋敷の玄関で揉め――」
揉め事が、と言い切る前に登は二人を見て硬直した。
「オ、オオオオジキさん! い、いつの間に愛人つく――」
チキッ
「おめー中々
次郎長は目にも止まらぬ速さで刀を抜き放ち、切っ先を登に突きつけた。
登は次郎長が刀を左側に置いていることから、アリアが
(な、何て速さなの……)
アリアは呆然としていた。
先程の居合の速さは、抜刀の瞬間が視認できなかった。言い方を変えればいつの間にか斬り殺されていた、という事態も十二分にあり得るということだ。
「……で、何言いに来たんでい」
「そ、そうだった! オジキさん、今玄関で黒スーツの男達がカチコミに来て、勝男兄さん達と乱闘状態になってます!!」
勝男の爆弾発言に、次郎長とアリアはポカンと口を開けた。
――今コイツ、何つった?
「なぜか知らないんですけど、ボスを攫ったとか言いがかりつけてきて……」
「私の部下だな、多分……」
「ハァ!? ってことは、あなたが!?」
衝撃の事実に登は驚きを隠せない。
一方の次郎長はジト目でアリアを見た。この流れでは、どう考えても
「オイラ出張ると
「ぜひそうさせてもらう……」
嬉しいのか呆れたのか……何とも言い難い表情で、今度はアリアが頭を抱える番となった。
溝鼠組の屋敷の敷地内で、ヤクザ達とジッリョネロファミリーの構成員達は取っ組み合いの喧嘩を起こしていた。その光景は、まさに警察のガサ入れそのもの。互いの首領が顔を出さないと取り返しがつかない事態にもなりそうだった。
そんな中で、ジッリョネロ側でも一際強さを見せつける金髪オールバックの男・
「……やってくれたのう、わしらの顔に泥塗ってタダで済むと思うなや」
「ボスを攫ったおたくの親分を出せばいいだろうに」
「よう言うわい、そう言った矢先に手ェ出しおって」
不敵な笑みを浮かべる
ジッリョネロファミリーが溝鼠組の屋敷に来たのは数分程前のこと。
しかし
「まあ、白を切るなら潰すまでだ」
「イタリアのチンピラ風情が極道潰そうなんざ百年早いで」
ドスを抜く勝男に、
その直後――
「うらァ!!」
「ぐほォ!?」
次郎長の拳骨が炸裂。殴り飛ばされた
次郎長の登場で歓喜の声を上げるヤクザ達と、
「ちょっと、あなたやりすぎよ!! あのバ……
「息子殴られて黙ってる親がどこにいる。拳骨一発で済んだだけマシだろうがい」
――今バカって言いかけたよね? あの人……。
心の声で満場一致していることなど意にも介さず、次郎長とアリアは伸びている
「おい、
「……こ、声の掛け方逆だろ……」
「
「ボス……これで大丈夫って言えるか……?」
どうにか起き上がった
「……今回は私も悪かったわ、連絡すれば少しは違ったのかもしれない」
溝鼠組の屋敷に上がってから、携帯電話なり固定電話なり、何らかの手段で連絡を取ってればこのような騒動にはならなかったのかもしれない。誤解をきっかけに全面戦争となれば、双方無事では済まないし、何より後でどうしようもない悔いが残る。
ここで乱闘が終わったのは、ある意味で奇跡かもしれない。
「カタギに手ェ出さなかった分これでも寛大だぜオイラ。子分の躾は下っ端まできっちりやっとけよ、アリア」
「帰ったらそうするわ」
すると、そこへ更に来訪者が。おかっぱ頭と麻呂眉と、蛇のような黄色の瞳が特徴的な剣士だ。
容姿は尚弥の右腕的存在であるあの蘭丸と酷似しているが、醸し出す雰囲気は別人。鋭い眼差しは次郎長に向けており、冷静ながらも警戒心を剥き出しにしている。
(アイツ……できるな)
喧嘩師としての本能か、長年培ってきた経験ゆえか。次郎長は剣士のまだ見ぬ実力を見抜く。
「ここにいたんですか」
「幻騎士!」
幻騎士と呼ばれた剣士は、静かに次郎長を見つめる。
次郎長もまた、幻騎士を鋭く睨む。
「……」
「どないしたん? オジキ」
「……知り合いに似てるだけだ」
「ああ……」
知り合いを思い出したのか、勝男も「確かに……」と口を開く。
「……悪かったね次郎長。私の部下が早とちりして」
「ああ、全くだ」
「オジキ、そこはフォローしてやったらどうです?」
ストレートに告げた次郎長に、勝男は同情的な眼差しをアリア達に向けた。
「おい、もう用は済んだろ。とっとと出ていかねーと住居侵入罪でてめーら叩き潰すからな」
「お前らが法律語るなよ……」
「一番言われたくねー奴に言われる気分を考えろ、金髪カカシが」
こうして、溝鼠組とジッリョネロファミリーのちょっとした騒動は、風紀委員会にもツナ達にも、リボーンにすらも知られず終息した。
しかしこの出会いが、後に並盛で起こる「ある強大な敵との戦い」で大きな影響を与えることとなる。