浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

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お待たせしました。
ついに山寺ボイスの魔王(笑)が登場です。


標的57:次郎長と家光

「やれやれ。朧に言われてきてみれば、王様も随分と荒れてるようだ」

 並盛山の頂上で、一人の男が町を見下ろしていた。

 被り笠と烏の仮面で素顔を隠し黒いマントを羽織った、「卍」の形の鍔が特徴の刀を腰に差した美丈夫。しかしその瞳は血のような赤さであり、相対する全ての者達を畏怖させる得体の知れない何かが宿っているようにも見えた。

 彼の名は(うつろ)。八咫烏陰陽道の先代首領であり、性別が男性であることを除き一切が謎に包まれている存在だ。

「君がこの町に舞い戻ったということは、沢田綱吉の件かな」

「……私は彼と違ってあまり気には掛けてはいませんよ、チェッカーフェイス」

 鉄の帽子を被り、素顔を仮面で隠した男・チェッカーフェイスは虚に尋ねる。

「泥水次郎長も然り、君も然り。彼はジョット君のように人を惹きつける。血は争えないようだ」

「……私はあくまでも彼との約束ですよ」

「行動原理は変わらないだろう?」

「そういうところがバミューダ達に嫌われているんですよ」

 チェッカーフェイスを嘲笑う。

 虚は他者に畏怖されているが、嫌悪はされていない。国を護るためなら命をいくらでも奪う冷徹さと無慈悲さを持っているが、頭領としての器と手腕も兼ね備えている男だ。その反面、チェッカーフェイスはアルコバレーノを騙して人柱にしてきたため信頼に欠ける。実際のところ、虚との関係もギクシャクしがちである。

 日頃の行いは後々響くモノだ。

「……私よりも多くの人間を殺めておきながら言ってくれるじゃないか」

「少なくとも人を騙したことはないので」

「私より腹芸が上手いクセに……」

「さァ、とっとと帰って下さい。私だって長く生きてると気が短くなるんですよ」

 刀の柄に手を添える虚。

 チェッカーフェイスは「怖い怖い」とニヤつきながら踵を返した。

「――さて。約束は約束ですよ家康。いや……ジョット(・・・・)

 

 

           *

 

 

 一方、ついに勃発してしまった次郎長と家光の戦闘。

 夜通し行われたが、次郎長が優勢だった。

(そんな……あの親方様が、押し負けている……!?)

 家光の実力は、マフィア界でもトップクラスだ。〝若獅子〟と謳われた男はボンゴレの№2として君臨し、その勇猛さを裏社会に轟かせている。だからこそ、家光が追い詰められるという現実を受け入れきれないのだ。

 彼らは知らない。次郎長の天性の戦闘センスの凄まじさを。マフィアも恐れる〝復讐者(ヴィンディチェ)〟と繋がっており、子分に内緒で彼ら相手に鍛錬を重ねている事実(こと)を。

「ハァ……ハァ……どうしてェ、家光ゥ」

「ハァ……ハァ……クソ、デスクワークが長すぎたか……!」

 息を切らし頭から血を流しながらも、刀を手放すことなく立つ次郎長。それに対し、家光は片膝を突いて肩を押さえていた。

 互いに疲弊してはいるが、次郎長が家光を勝っていることを知らしめるには十分だった。

(化け物かコイツ……!? 守護者何人分(・・・・・・)の強さを持ってる……!?)

 家光は次郎長を見据える。

 自分が次郎長の強さを見誤っていたのは、紛うこと無き事実だ。ヤクザの世界とマフィアの世界は違う。どちらが広いかというとマフィアの世界であり、家光はその中で大物達を退けてきた歴戦の強者だ。だからこそ、次郎長の強さに疑問を抱いた。

 戦闘センスがずば抜けているのは、初めて出会った頃からわかっていた。だがヤクザの世界では法律の規制強化も相まって抑圧されていたため、マフィア界を脅かすような存在にはならないと判断していた。

 しかし再び戦って、次郎長は個の武で言えば家光はおろかヴァリアーや今の守護者達をも蹴散らすであろう強さを有しているのがわかった。わかってしまった(・・・・・・・・)

(この強さをボンゴレに活かせれば……)

「今、オイラがボンゴレの人間だったらと思ったろ」

「!?」

「顔に書いてあったぞ。腹芸ヘタクソだな」

 嘲笑う次郎長だが、その顔から憤怒は消えていない。

 切っ先を家光に向け、次郎長は告げた。

「ハァ……ハァ……オイラは、てめーたァ違う。組織の歴史や品格なんざ……どうだっていい。そんなモンにこだわるのがバカバカしい」

「何だと……!?」

「伝統? 格式? んなモンに何の意味がある? それが何を成せる? 必要なのは存在理由でい」

 何の為の組織であり、誰の為に力を行使するのか……要は原点回帰だ。

 権力も財力も、当然武力も、何の為に使うかによって人々を富める力にも滅ぶ力にもなる。

「存在理由を失った組織は、あるべき姿からかけ離れ醜悪さに満ちる。その年月が長い程、救いようがねェ」

「9代目がどんなお方か知らないお前に、何がわかる……!」

「あの老いぼれが聖人君子であったとしても……デケェ組織ってのはどいつもこいつも古株が腐りやすい。梃子でも動かぬ頭の固さ、融通の利かない無能っぷり……組織解体した方がマシだろ」

 王は屈さない。

 ここで一歩でも引いたり膝を突けば、自分が自分で無くなる気がしたのだ。

 ボンゴレにだけは、絶対に跪いたりひれ伏したりしない。どんな圧力をかけ、権力と武力に物を言わせようと、徹底して抗う。たとえどんなに傷つき、みっともない姿を晒しても、だ。

「おじさんっ!」

「ツナ、か……?」

「ツナ!」

 そこへ、ツナとリボーンが慌てて駆けつけた。

 その後を追うように、勝男達も馳せ参じた。

「オジキィ!」

「もうやめてくだせェ! それ以上やったら……!」

「黙ってろい。(おとこ)の喧嘩に水差す気か」

 子分達の説得に応じない次郎長。

 次に声を掛けたのは、リボーンだ。

「次郎長、もう止せ」

「勝男達煽ったのてめーか。……邪魔すんなら斬るぞ」

「お前が傷つけば傷つく程、死の淵に立ち続ける程、ママンもツナもおめーの家族も悲しむだろうが」

「今更ギャーギャー騒いでんじゃねェ!!」

 次郎長は怒る。

 悪鬼羅刹を彷彿させる凄まじい剣幕に、リボーンも怯んだ。

「座らせねェ……座らせて溜まるかよう……怨嗟と慟哭でできた玉座にツナは座らせねェ!!」

 次郎長は吼える。

 護るべきモノの為に修羅となった自分ならば、血塗られた玉座に座る覚悟はある。裏社会の人間である以上、何事にも相応の覚悟を要するからだ。だがツナはリボーンが家庭教師として関わるまでは一般人として過ごしていた。何も知らない子供を裏社会の頂点に立てようとするなど、次郎長から見れば狂気の沙汰だ。

 

 次郎長は知っている。ツナがどんなに優しい心の持ち主か。

 次郎長は信じている。弱気で逃げ腰な性格だが、芯が強く最後まで自分の意志を貫くことができると。

 

 だからこそ、是が非でもマフィアにさせるわけにはいかなかった。裏社会を生きるには、あまりにも優し過ぎた(・・・・・)から。

「あんなにも優しい子に……てめーらは人柱になれって言いてーのか!!」

「それが9代目の英断なら……止むを得ないことだ……ツナにしかボンゴレを守ることが出来ないんだ!」

 家光の言葉に、次郎長の中で何かが切れた。

 溜まっていた怒りが、殺意に変わった。

 

 ゴゥッ!

 

 刹那、鬼の形相で次郎長は一気に家光に迫った。

 凄まじい殺意が込められた目で、全身から憤怒を撒き散らし、刀を構えた。爆発的な加速と次郎長の豹変ぶりに虚を突かれた家光は、反応が少し遅れた。

 凶刃が、家光に振り降ろされそうになった。だが――

 

 

 ――タッ君!

 

 

 次郎長の脳裏に、奈々の顔がよぎった。

「――!」

 白刃は、家光の眼前で寸止めされた。

 額から流れた血で赤く染まった顔には、鬼か悪魔か、憎悪に狂っているようにも見える怒りの表情が見えた。害する存在全てを潰さねば気が済まないであろう今の彼に、リボーンは顔を強張らせた。

(よくこらえた、って言いてーが……)

 今の次郎長は、火が点いて爆発寸前の火薬庫も同然。

 頭が沸騰しそうなくらい怒り心頭の彼は、極道としての矜持か、あるいは奈々とツナへの想いか、理性でどうにか自分をコントロールしている感じだ。

 然るべき対応をしなければ、取り返しがつかなくなる。リボーンは言葉を選んだ。

「……わかってくれたか、次郎長。お前の組とボンゴレファミリーとじゃ背負うモノが違うんだ、それを背負えるのは――」

 

 バキッ!!

 

「いだあァ!?」

 リボーンはすぐさま膝蹴りで家光を制裁。

 次郎長が再び暴れ狂うのをどうにか回避した。

「何をするんだ、友よ!!」

「何で煽るんだ、バカ光。おめーが命狙われるのはそういうところが原因なんじゃねーのか、本当は」

「リボーン!?」

 リボーンは血走った目で睨みつける次郎長と向き合う。

「次郎長、これは俺の独り言だ。聞かなかったことにするかどうかはおめーの自由だ」

「……」

「今は殺し合う場合じゃねェ。近々ヴァリアーがツナ達を皆殺しにするべく、ここへ来るはずだ。ツナ達も強くなっておかねーと万が一の場合もあり得る」

 リボーンの言う万が一。それはおそらく、次郎長が倒れた場合のことだろう。

 スクアーロを圧倒した次郎長が殺されるなど、到底あり得ない話だが、何らかの形で次郎長が動けなくなったらツナ達は丸腰になってしまう。ならば、ツナ達に自衛の術――ヴァリアーに対抗しうる力を付けてこの危機を回避しなければならない。

 それがリボーンの主張だった。

「っ……!!」

 次郎長はいつになく乱暴に刀を鞘に納めると、踵を返した。

「オジキ! そのケガは――」

「自分で病院行く元気ぐれーはある」

 静かに、冷たく言い放つ。

 その刃のように鋭い声に、子分達は顔色を悪くして後退った。次郎長の怒りは、まだ収まっていない。

「……言っとくがな。てめーらの事情なんざ知ったこっちゃねェ」

『!』

「栄えるも滅びるも世の習い。力なき者は滅ぶのが道理だが、あるべき姿を見失っちまったら外道に堕ちるのもまた道理でい」

 今のボンゴレは腐っている――遠回しにそう言い放ったことに、家光や彼の部下は怒りを露わにする。

 しかし次郎長は、彼らの怒りをも飲み込む程の怒りを露わにしていた。

「本当にこの並盛(まち)でこれ以上好き勝手やろうってんなら、ボンゴレの歴史はオイラが終わらせる」

 

 ――ゾクッ!

 

『っ!?』

 地獄の底から響くような声に、その場にいた者は縮み上がった。

 リボーンと家光は平静を保ってはいるが、その強烈なプレッシャーに息を呑んでもいた。

「オジキ……」

「てめーら……これは俺の戦いだ、そこのバカ共が余計なマネしねーように気ィ配っとけ」

「ま、まさかオジキ! 一人で連中相手取る気でっか!?」

「…………勝男ォ、親に野暮言わすもんじゃねーだろ」

 

 ――家族失うのは、もう御免なんだよ……。

 

 普段の次郎長からは想像もつかない、あまりにも弱々しい一言。

 勝男達はおろかツナや家光も固まり、その場から動けなくなった。そんな彼らを他所に、次郎長は一人去っていった。




同時進行の「JUMP DRIFTERS」でも、銀魂キャラ及びリボーンキャラを出す予定です。

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