「オジキさん、最近スゴイ怖いなァ……」
24時間営業のスーパーでの買い物を終えた登は、敬愛する親分・次郎長を思い返していた。
ヴァリアーなる組織の人間が暴れて以来、次郎長はいつになく剣呑であった。子分達に対する優しさは変わらないが、リボーンをはじめとしたマフィア関係者への態度が硬く、顔を合わせるだけで殺気立っているくらいだ。
特に沢田家光の帰参以降、目に見える程に次郎長は怒っていた。おそらく、今まで一度も見たことがないくらいに。
「オジキさん、相当ストレス溜まってるんだろうな……」
あとで何か作っておこうかな、と次郎長を労わろうと呟く。
常識外れの強さから鬼や悪魔の類のように恐れられる天下の泥水次郎長は、その強靭な肉体に傷を刻むことこそあれど、過労や病気で倒れたことは無い。しかし所詮は人の子だ、いつかは体を壊すこともあるだろう。
痩せても枯れても溝鼠組が若衆。並盛の為に心血を注ぐ
「夜食にしようかな、それとも晩酌? オジキさんと二人っきりでお酒はいいな~……ん?」
ふと、背後の気配に登は気づいた。
誰だろうと振り向いた瞬間、彼は目を見開き……。
リボーンとの修行で疲れたツナは、帰路を辿っていた。
「もう最悪……お前らのせいで炎真達と遊べないし、あのバカ親父がおじさん怒らせるし、何で俺の周りって何でマトモな人いないんだよ……」
「ダメツナが何をほざいてやがる。それにそんなこと言ってる場合じゃねーからな」
「え?」
「レオンの尻尾が切れた」
その言葉に、リボーンの帽子の上にいつも乗っているペットのレオンを見る。
彼の言っている通り、レオンの尻尾は切れていて地面に転がりピチピチと動いている。
「キ、キモーーーーっ!! ってかカメレオンって尻尾切れんの!?」
「これが切れるってことは……不吉だ」
その言葉と共に、尻尾が切れたレオンはタコやトーテムポールなど色んなモノにコロコロと変身しまくった。
カメレオンとは何だろうか、そもそも爬虫類とは何なのか……そんな疑問すら沸き起こる。
「レオンどうしちゃったの!?」
「尻尾が切れて形状記憶の制御ができなくなってるんだゾ」
ただでさえレオンは変な生き物であるのに、その上常識に当てはまらない変な生態ときた。
どうでもいいことなのに、ツナはなぜか頭を抱えたくなった。
いや、それ以前に気になることがあった。
「不吉って……どういうことだよリボーン」
「レオンがこうなるのは不吉の前触れだぞ。こうなる時はいつも俺の生徒は死にかけるんだ」
「それどう考えても今回じゃん!!」
思わず悲鳴を上げるツナ。
リボーンの無茶ぶりも含めて今まで色んな理不尽に遭ったが、その時は一番頼れる
だが今回ばかりは、自分の命運もここまでかと感じてしまう。普通なら一番力になってくれるはずの父親が信用できず、その上一番頼れる次郎長親分との確執を深めている。風前の灯火とはこのことだろう。
「ん? 待って、俺の生徒ってことは……ディーノさんも?」
「ああ……まあ、今回はさすがにヤベーかもな。ディーノの時とはレベルが違う」
そう。今回は試練とか不吉とか、そういうレベルの話では済まされない。状況としては最悪の一途を辿っているのだ。
突如襲来した最強の暗殺部隊。
沢田家光の突然の帰参。
青い死ぬ気の炎の少年・バジルと「ボンゴレリング」。
そして次郎長とボンゴレの全面的な対立。
これを非常事態と言わない人間がいるだろうか。
「それにここまでの事態になっちまったってのに、ボンゴレの中枢の反応がねェ。9代目に何かあったのかもしれねェ」
「9代目って、今のボンゴレの?」
ボンゴレファミリーに、異常事態が起きている。
リボーンの言葉に嫌な予感を覚えつつ、突き当りを曲がろうとしたその時だった。
ドサッ……
「……え?」
目の前で何かが倒れた。
ツナはその正体を見て、絶句した。
「のぼ、るさ……」
それは、変わり果てた登の姿。
血を流しうつ伏せに倒れる姿は、さながら事件に巻き込まれた被害者が如く。
文字通り、血の気が引いた。
「登さん!! しっかりしてよ、登さんっ!!」
「ツナ! まずは止血だ、手伝え!」
一人の若者の身に起きた悲劇。
それは、この先に起こる巨大な戦いの引き金でもあった。
*
並盛中央病院の、ある病室。
リボーン達の目の前には、意識不明の重体となった登とその傍で付きっきりで看病する次郎長の姿。登は酸素マスクをつけてベッドで眠っており、かなりの大ケガだったのか体のあちこちに包帯が何重にも巻かれている。次郎長も先日の傷が完治していないのか、頬の湿布や頭の包帯を取っていない。
「すまん、次郎長……」
「……
次郎長は静かに告げ、顔を俯くリボーンを宥めた。
それがむしろ心にきた。
「……登。溝鼠組の門を叩いたあの時から、オイラァおめーが心配で仕方なかった」
意識を取り戻さない登に、優しく語り掛ける次郎長。
そこにいたのは並盛の王者ではなく、一人の親としての次郎長だった。
「極道の世界とは程遠い性格のガキに、次郎長一家として並盛を護れるのかってな。おめーじゃ荷が重すぎるから、いつか逃げ出すんじゃねーかと。オイラはそれを止める気は無かった……破門させてくれって言ってくると思ってた。それが当然の反応だってよ」
次郎長は思い出していた。
少年・幸平登との初めての出会い。組に引き取ってから、若頭や古株の組員の付き人として切磋琢磨した毎日。時には抗争に駆り出され、拳銃片手に敵対勢力との戦闘も経験した。
当然、その全てを次郎長は見守ってきた。だからこそ、次郎長は登から
「――だけどよ、おめーはオイラを慕い付いてきた。ヤクザという世間のはみ出し者として一生を終えることを受け入れる覚悟があった。大したモンだ。そして今回、この町で戦争を起こさねーように、チャカを抜かず被害を最小限に止めようとした。反撃の隙をつけるくらいに場数重ねているのにもだ」
次郎長が病院に着いた際、彼は旧知の間柄である内野婦長から登のマカロフを渡された。
安全装置は外れてはいたが、弾は一発も減ってなかったという。銃を抜いて照準を定めたが、引き金を引くのに躊躇っていたのだろうか。
登は次郎長や勝男と違い、
争いを好まない登のことだ、自分の命を捨ててでも平穏を守りたいとでも思ったのだろう。
「バカだなァ、親より先にくたばりかけてどうすんでい。……でも強くなったな、登。俺の背中見て育っただけある。親分冥利に尽きるぜ」
意識なく眠り続ける家族の頭を撫で、優しく手を握り締める。
その姿は、彼が家族を愛している
そしてそれは、相手に対する報復の正当性を象徴してもいた。
「なあ登。どんな無様を晒しても、みっともなく血反吐ぶちまけて地を這っても、おめーはこの吉田辰巳の……この泥水次郎長の大事な家族だ。オイラがずっと面倒見てやる」
ふと、次郎長は登の目から一筋の涙が流れていることに気づいた。
生理的なものか、それとも……それを見極めることはできないが、次郎長は愛用の赤い襟巻に手を伸ばし、ハンカチのようにそっと涙を優しく拭う。
我が子がやられて帰ってきて、何も思わない親などいない。
次郎長は、もう止まらない。シマを荒らされ、ツナが危険に晒され、身内を傷つけられ……これ以上の我慢はできなくなった。
「ゆっくり休め、息子。……今回のカタをつけてやる」
湧き上がる殺意と狂気を理性で強引に抑えつけるように、次郎長は静かな声を発して立ち上がった。
「……次郎長」
「
帽子を深く被るリボーンに釘を刺す。
本来なら、仕事上リボーンは次郎長を実力行使をしてでも止めねばならない。ツナをボンゴレのボスにするための最大の障壁が、次郎長だからだ。
だがリボーンはそれをしなかった。スクアーロの襲撃、家光との確執、そして今回登の一件……これ以上はリボーンも次郎長を牽制できなかった。
「……」
「向こうが
次郎長は一方的にそう言うと、廊下を出た。
リボーン達は、立ちつくしたままだった。ヴァリアーの動きは早いとは読んでいたが、まさか登に手を掛けるとは思いもしなかったのだ。
しかし、それも今となっては言い訳にしかならなくなった。
「やってくれたね。まさか本当に次郎長の子分に手を出すとは」
「お前は、ヒバリの……」
そこへ現れたのは、雲雀尚弥。
呆れて声も出ないのか、失望したような眼差しだ。
「……全く厄介事を起こしてくれたね。君達に責任を押し付けはしないけど、どう落とし前つける気なのかな?」
尚弥の言葉に、リボーンは返答しない。
「正直な話、僕は君を始末したかった」
「えっ!?」
「……」
「ここ最近僕の耳に入る事件や騒動、調べたら君やその関係者ばかりだ。幸い、この町の住民はしぶとくて図太くて強かでしなやかだ。次郎長が目を光らせてることもあるから様子観察で済ませてた。それに君と接することで、恭弥が変わり始めた。いつも以上に生き生きするようになったから、ある程度の信頼を置いていたんだよこう見えて」
尚弥は意識が戻らない登に目を配り、天井を仰ぐ。
そう、認めてはいたのだ。
どこか嬉しそうにリボーンのことを言う恭弥に、さらなる成長を見込んでいた。〝鬼雲雀〟の後継者である恭弥を、さらなる高みへと昇らせるための礎として信頼していたのだ。
だからこそ、許せなかったのだ。今回ばかりは。
「降りかかる火の粉は元から絶つ。それが僕ら並盛男児だ。彼がこのまま不届き者達を抗争になる前に一人残らず潰してくれれば、こちらとしては都合がいいんだけど……」
「……奴を……次郎長を止める術はあるのか」
「自分の縄張りを荒らされるまでなら、僕ら風紀委員会も手が出せるからある程度は堪えてくれるよ。だけど身内が傷つけられたとなったら、話は別だ」
雲雀尚弥は、
早くして家族を全て失い、誰一人味方のいない荒れた少年時代を過ごした次郎長。短くも辛く切ない「孤独」という地獄を見た彼は、自分はともかく家族や身内を傷つけられることを極端に嫌う。新入りだろうが古参だろうが、一度身内と決めれば死力を尽くして護るのが泥水次郎長である。
家族想い・仲間想いの強者を怒らせることが、いかに恐ろしいことか。それを具現化しているのが次郎長なのだ。
「もはや何をしても無駄だよ。今更沢田家光が指を詰めたところで、怒り狂った次郎長が止まることはない。……もう誰にも止められない。この僕ですらね」
「……」
――彼らは〝最強の極道〟の逆鱗に触れたんだ。
冷徹にそう告げる尚弥に、ツナは震え上がった。
さて、問題です。
登君を痛めつけた下手人は誰でしょう。ヒントは雷です。