ヴァリアーとの邂逅を終えた次郎長は、京次郎の後を追っていた。
(……)
鋭い眼差しで京次郎の背を睨み、悟られぬよう鯉口をゆっくりと切る。
どうもおかしい。いや、
次郎長は相手が敵であるという確信をもって、神速とも言うべき居合を放った。数々の危難を退けてきた、最強の次郎長を支えてきた白刃が彼の首へ肉迫し――
ザシュッ
首を刎ねた。
「身内の面でオイラ騙そうなんざ百年
一瞬の躊躇いもなく兇刃を振るったが、次郎長は警戒心を解かなかった。斬った感触でわかったのだ。目の前の偽京次郎は
その予想通り、次郎長の背後から京次郎……いや、京次郎に化けた偽者が大鎌を振るってきた。が、それを紙一重で躱し、すかさず距離を取って納刀し、二撃目をいつでも仕掛けられるよう居合の構えを取った。
「てめーが絡んでやがったか。ヌフフのナス太郎」
「……
「そりゃ敵だからな」
静かな住宅街で、二人の男から放たれる〝圧〟がぶつかり合う。
実に7年ぶりの再会。デイモンも次郎長も、7年前とは比べ物にならない力を得ている。
一分の隙も見せない両者は、臨戦態勢のまま言葉を交わす。
「あんなクソガキたきつけやがって……オイラの首取りに来るのは結構だが周りの人間巻き込むんじゃねェ。おかげでカタギに迷惑かかった上に身内が一人大ケガ負っちまったじゃねーか」
「だから何だというのです。ボンゴレのさらなる繁栄の為に必要な犠牲だ、時には非情な手段を取らねばならない。それはあなたもわかってるでしょう?」
「その非情な手段をなるべくとらねーように働きかけろってんでい。俺達ゃ所詮
次郎長の言葉に、デイモンは眉間にしわを寄せた。
この男は、やはり癪に障る。力こそが全ての裏社会で、任侠道などと綺麗事を吹聴する男が生き残っていることが気に食わない。圧倒的な力を持ちながら、なぜその先を、己自身や組織の為に求めないのか。
なぜ、王者が非力な少年とその母に忠義を貫く?
(……この男は、異常者だ。力とは正しい形で振るわれてこそ価値がある……それを承知の上で
一番異常な存在が何を言いやがる。
次郎長が彼の心の声を聞けたのなら、そう言っているだろう。
「……で、わざわざボコられに来たか」
「そんな訳ないでしょう! 話をしにきただけです」
「話……?」
「ええ。私と手を組みませんか?」
デイモンの突拍子もない言葉に、次郎長は虚を突かれた。
が、それも一瞬の出来事。すぐさま警戒心を強め、睨みつけた。
「……てめェ、どういうつもりだ」
「そのままの意味ですよ。陰で観察してましたが、やはり沢田綱吉はプリーモの思想を継いでいる。あのような男がボンゴレのボスになってはならない」
デイモンの野望は、ボンゴレのさらなる繁栄。
ただでさえイタリア最大最強のマフィアなのに、これ以上大きくなってどうするのかという疑問は残るが、おそらくボンゴレという裏の世界の絶対的支配者による千年帝国でも作る気なのだろう。
それを実現するには、穏健派、特に平和主義的思想の人間を徹底的に排除しなければならない。デイモンにとって一番ボンゴレから排除しなければならない存在が、ツナということなのだろう。
ツナをボンゴレから護りたい次郎長と、ツナをボンゴレから排除したいデイモン。忌々しいことに、結果的にだが利害は一致している――建前としては。
(……
次郎長は心の中でデイモンを嘲笑した。
ランチアを刺客として自分を殺そうとした男だ、目的を果たせば始末するか一生奴隷にするかのどちらかしかない。そもそもボンゴレの上層部が戦力としての次郎長親分を手に入れたがっている可能性があるのだ、こいつがそれを考えないわけがない。それにデイモンの言う排除は大体が暗殺だ、ツナを殺すという意味合いの方が強いに決まっている。
裏社会の住人としての腹の探り合いも板についた次郎長は、デイモンの本心を見据えていた。
「ヌフフ。互いに利があるとは思いませんか? 沢田綱吉を護りたいあなたなら、当然乗りますよね……返事は?」
「OK!!」
ドゴォッ!!
「ヌヒィッ!?」
次郎長は迷いなく股間を蹴り上げた。
デイモンにとって、同じ相手からの金的攻撃は二度目である。
「ひ、卑怯者……!!」
「虫のいいこと言ってんじゃねェ、裏社会に卑怯って言葉が通じるかよ」
次郎長は股間を押さえて蹲るデイモンの頭を踏みつける。
「真の件とランチアの件を許したわけじゃねーぞオイラ」
「シモンの件はあなたには関係ないでしょう!?」
「オイラにとっちゃあ盃交わしゃ誰であろうと身内でい。それ以前にカタギの人間をボスに据えようとするてめーらの意図が理解不能だよこちとら。てめーと組む理由も、組まなきゃならん理由もねェ。変態に魂売り渡すような柔な野郎じゃねーんでな。生き汚い老害はとっとと成仏しねーか」
次郎長の容赦ない
そこへ、さらなる暴れん坊が。
「こんな夜中に何してるんだい」
「尚弥……!」
「!? ア、アラウディ……!?」
偶然にも、次郎長とタメを張れる男と遭遇。
デイモンはかつての仲間の生き写しのような着物姿の人間に、目を大きく見開いた。
「カタギのおめーが出る幕かよ」
「僕も君と同じこの町の守護者だ。並盛を外敵から護るのに理由はいるのかい?」
「……
「さて、そこのスイカ頭。君は何者かな」
「ス、スイカ頭……!」
ヌフフのナス太郎という不名誉なあだ名の次は、スイカ頭。おそらく髪の毛の生え際のことだろう。
「てめーはスイカ呼ばわりか、あのヌフフのナス太郎」
「……確かにパッと見はナスだね」
「だろ?」
「あなた達……!!」
――この二人、殺してやる。
デイモンは久しく湧き出なかった殺意をぶつけるが、並盛人外フレンズの二人は意にも介さない。
それどころか、尚弥を煽ってしまった。
「今の殺気、いいね。可愛い恭弥のプレゼントにちょうどいいかな」
「――っ!!」
底光りする、世に言う獲物を見る目。
明らかに血の気が多そうな、猛獣のような獰猛さに満ちた笑み。
デイモンは全身の毛穴が総毛立つ感覚に襲われ、自らの背中が汗で濡れたのを感じた。
(何で一般人がどう考えても歴戦のマフィアが出すような威圧感を出せるのですか!?)
デイモンは大混乱していた。
まさか目の前の着物姿で十手を携えた男が、この町で唯一次郎長と互角の猛者など、夢にも思わないだろう。
「次郎長、彼は僕が貰うよ。久しくスイカ割りをしてないから、恭弥も喜ぶ」
「おい、それどう考えてもアイツの頭叩き割るようにしか聞こえねーぞ。願ったり叶ったりだけどよ」
ジャキッと音を立て、十手を構える尚弥。
デイモンは嫌な予感がしたのか、その場から逃走しようと己の体に鞭を打った。
(何なんですかあの二人は!!)
デイモンは逃走を恥じず、「小さな勝ち」など微塵もこだわらない。
だが、今はそれ以前の話だ。ボンゴレの未来ではなく
が、相手は最凶の風紀委員長・雲雀恭弥の実の父。息子以上の凶暴性と能力を秘めていることなど知るはずもない。
「逃がさないよ」
その言葉と共に、尚弥の十手の先端が飛び出てデイモンの首に巻き付いた。
尚弥の十手は仕込み十手であり、棒身中に分銅鎖が搭載されている。暗器の扱いにも秀でた尚弥は、分銅鎖による命中精度の高い捕縛術も心得ているのだ。
(う、動けぬ!?)
首を絞められて苦しみもがくデイモン。
必死に首に巻き付いた鎖を解こうとしている間に、尚弥は満面の笑みを浮かべ発勁による掌底攻撃を鳩尾に見舞った。
「がっ!」
「まだだよ」
攻撃の雨は止まない。
膝蹴りで腹を突き、続けて顎を穿ち、十手の柄で額を叩く。刀と鞘の二刀流も含めた喧嘩殺法の次郎長とは違うベクトルの強さ――中国武術と十手術を併用した戦闘術に、デイモンは不意を突かれた分成す術も無い。
あまりにも一方的な暴力に、次郎長は思わず同情するような視線を送った。
「お、おのれ……!!」
デイモンはどうにか鎖を解いた。
瞬時に体勢を整えて、懐から三枚のトランプカードを取り出し投げつけた。それは刃のように鋭く、尚弥の首に迫るが、彼はまるで予想通りと言わんばかりの落ち着きぶり。十手の鎖分銅を回収して元の状態に戻し、目にも止まらぬ早さで弾いた。
「っ……!」
「悪足掻きはもう終わりかな? さて、どう料理しようか……原型は留めないとね」
舌なめずりしながら殺気を飛ばす尚弥に見つめられ、デイモンは頭の中でプツリと何かが切れる音がした。
「~~~~っ!!」
言葉にならない悲鳴を上げ、デイモンは考えるよりも早く真っ黒な炎を生み出した。
「覚えてなさい次郎長!!! アラウディもどき!!!」
そんな捨て台詞を吐き、デイモンは炎の中へと飛び込んだ。
逃がすものかと追撃しようと尚弥は肉迫するが、あと一歩というところで炎は消滅してしまった。
「逃げられちゃったな」
「仕方あるめェ、逃げ足だけは
構えを解いた次郎長は、煙管を取り出して吹かし始める。
「あんな変態に目を付けられるとは、ご苦労なことだね」
「とっとと縁切りてートコなんだが、身内の身の安全を考慮するとな……そういうおめーも恭弥の生け贄にしようたァ中々の趣味じゃねーの」
「スイカは割ってナンボだろう?」
「残念だが、
スイカ頭が消えた夜に、二人の修羅が言葉を交わしていると……。
「お~い! 辰の字!」
「! じいさん」
そこへ駆けつけたのは、髭を蓄え作業着に身を包んだ壮年の男性。
唐揚げ屋の屋台で有名な頑固親父――室武こと平賀源外だ。
「ちょいと来てくれ。おめーさんもだ鬼の字」
「……いつの間にそう呼ぶようになった? じいさん」
「こっちの方が呼びやすいんだよ。てめーにとやかく言われたくねェ、早く来い。何かバイオハザードのネメシスみてーなのが来て困ってんだ」
――何でそんなのいるんだよ。
二人は顔を見合わせると、ひとまず付いていくことにした。
次回からリング争奪戦開催です。
おそらく並盛中デスマッチになるかも。