沢田家では、溝鼠組の若頭である勝男がトレードマークの七三分けを整えていた。
「すまんのう、奈々の姐さん。面目ない」
「いいのよ、気にしないで! ――全く、タッ君ったら勝男君に仕事丸投げしてどこ行ったのかしら?」
プンプンと怒る奈々に、勝男は「ホンマにオジキの同い年なんか……?」と疑惑の目を向ける。
勝男は沢田家に向かうと言ってから屋敷に戻らず、連絡もしてこないため、確認の為に訪れたのだ。その際に久しぶりだからと奈々に歓迎され、夕食もいただいて風呂まで入れさせてもらったのだ。
「しっかし、オジキが来とらんのは気掛かりや……連中に巻き込まれてなきゃええんやけど」
「まあ、ツナ程のトラブル体質じゃねーとは思うがな」
「ほとんどお前のせいだよ!!」
さりげなく毒を吐くリボーンにツッコミを入れるツナ。
相変わらずやな……と勝男は呆れると、真剣な眼差しで二人を見つめた。
「――ツナ坊、それにリボーン。お前らにはこの際伝えとかにゃならん。オジキがここへ来ようとした理由を」
「え?」
「理由……?」
勝男は腕を組み、次郎長の手打ちの話を始めた。
「オジキがここに来る理由は、昼間の手打ちの件や」
「手打ちって、まさかボンゴレとか?」
「厳密に言えば、現当主直属の幹部とやけどな」
勝男の口から語られたのは、今回の事実上の抗争に関する和解の話。
当主が入院しているため、その側近達を相手に次郎長と勝男はボンゴレの解体を要求した。いくら
しかし襲撃事件の被害者である登が「溝鼠組にもツナにも並盛にも、金輪際手を出さないでほしい」と懇願したため、ボンゴレの解体からボンゴレ継承権の剥奪に変わることになったという。
「ツナのボンゴレ継承権の棄却……」
「まだ当の親玉がおネンネ中やけどな。まあ今回の件はさすがにマズかったんやないか? あのオジキを……並盛の王者・大侠客の泥水次郎長を本気で怒らせてしもうたんやからな」
リボーンは帽子を深く被った。
それ程の責任感が、ボンゴレ中枢にあるのだ。元はと言えばボンゴレも市民を守る自警団が原点……そんな組織が他の町の民間人を巻き込むなど、あってはならないことなのだ。
「この案件が通れば、ツナ坊は金輪際マフィアと関わらずに済む。リボーンはあくまでも今のボスの依頼っちゅー契約やから、
「おじさん……まさか、オレの為にここまで……」
「言っとくが、本来ならこれは家光の役目や。相応の大義名分が無ければ、オジキはここまで動かん。奈々の姐さん、極道のわしが言うのもあれやけど、家光にヤキ入れ――」
――ドォン……!
『!?』
突然の爆発音。
音はかなり遠い。しかし、その後もドンドォンと立て続けに起こっている。
間違いなく、戦闘だ。
「オジキィ!」
勝男は血相を変えて長ドスを片手に飛び出した。
「オレ達も追うゾ」
「え……うえぇぇ!?」
*
勝男が沢田家を飛び出した頃。
廃墟で二人の首領が激突した。
「消え失せろ!!」
「っと!」
銃口から放たれる極太の熱線を躱し、刀を逆手に持ち替える次郎長。
傲慢な
(……あのドラ息子の銃をどうにかしねーとな)
攻撃を躱し、ぶつかり合いながら次郎長は分析する。
広い射程範囲と強大な火力……それは次郎長にとって最も相性が悪い相手と言える。が、それで臆する次郎長ではない。
(死ぬ気の炎による遠距離攻撃……弾切れを狙うのもアリだが、早めに
次郎長は一瞬で距離を詰め、柄頭で胸を突いた。
「うぐっ……!」
その隙に次郎長は納刀し、
「ちぃっ!」
「くっ」
寸でのところで躱される。
すかさず逆手に持ち替え振り抜くが、これも不発。振り抜いた勢いの回し蹴りも紙一重で避けられてしまう。
独立暗殺部隊のボス――ボンゴレ10代目候補は伊達ではない。
(やっぱりあの高火力は大したモンじゃねーな。だが距離を取られると不利だな……)
次郎長は果敢に攻め入り、懐へ潜り込もうと肉迫する。
近距離での戦闘へ持ち込むためには、憤怒の炎を掻い潜り渾身の一撃を浴びせる必要がある。それに下手に避けるよりもケガは少なく済む。そういう意味では、一見無謀でも理には適っていた。
「――ふはっ! そんなに消し炭にされてーのか」
「バカタレ。拳で語る
「そうかよ。じゃあカッ消してやる」
直後、
「っ!」
ミシリという骨まで響く嫌な音が聞こえ、その痛みで刀を落としてしまった。
その隙を見逃すはずもなく、
「死ね!! 〝
――ゴキィッ!
「!?」
引き金を引こうとした途端、脇腹に衝撃が走った。
鞘だ。次郎長が逆手で鞘を握り、豪腕から繰り出す強烈な一撃を叩き込んだのだ。
鉄拵えの鞘が打ち込まれたそこは、肝臓がある位置。打たれると激痛をもたらす人体の急所に、次郎長はピンポイントで衝撃を叩き込んだのだ。
「ぐっ……!」
脂汗を流し、激痛を堪える
次郎長は刀から鞘に得物を変え、逆手から順手に持ち替えて猛攻を加えた。
ドォン! ドゴォ! ガォン! ズドォン!
顔を二回、顎を一回、そして鳩尾を突かれて吹き飛ばされる。
鞘による連撃を食らった
(――何だコイツ……!? カスの分際で俺と……!!)
「ハァ、ハァ……ちったァ効いたか?」
息が上がりつつも鬼のような強さを発揮し始めた次郎長に、
その直後、戦場にあの三人が駆けつけた。
「おじさん!」
「オジキ!」
「……おめーら、手ェ出すんじゃねーぞ」
勝男とツナの声が耳に届いても、次郎長は振り返らない。
目の前の敵に集中しているのだ。
(……マズイな、あいつらが来ちまった。守り切れるか……)
リボーンはともかく、勝男とツナは自分や
むしろ助太刀しようものなら足手まといとなる。次郎長は駆けつけた面々を守りながら戦わねばならないのだ。
(なら、これしかない!!)
次郎長は弧を描くように走り、
放たれる火球を躱し、懐に左手を伸ばして斬りかかったが……。
「ドカスが」
次郎長の一太刀は躱され、二つの銃口から憤怒の炎が放たれる。
髪の毛を多少焼かれながらもどうにか回避するが、その隙に蹴り飛ばされ、壁に激突する。
「終わりだ!!」
獰猛な笑みを浮かべ、引き金を引いた。
次の瞬間!
ドォォン!!
『!?』
引き金を引いた途端、
憤怒の炎を溜めた銃が暴発したのだ。
「なっ!?」
「暴発!?」
「クク……うまく行った」
何が起こったのかわからず、戸惑いを隠せないツナ達に対し、次郎長は不敵に笑った。
煙が晴れ、服がボロボロになった
「ぐっ……てめェ、何しやがった!?」
「それ
次郎長がそう言った途端、
爆炎の影響で消し炭状態になっているが、かろうじで形は保っている。それを手に取った
拳銃の暴発の原因は、何と二枚の十円玉だった。
「くっ……カスが、小賢しいマネを!!」
「ワンコインもバカにできねーだろ?」
「そうか、さっきの一発で
リボーンは次郎長の狙いを悟った。
二人の決定的な違いは、得物の種類。銃と刀では射程範囲に圧倒的な差が生じ、死ぬ気弾と死ぬ気の炎が合わされば絶対的な差となり、次郎長の勝ち目はほぼ無くなる。
それを解決させるのが、銃を無力化すること。銃を二挺とも使えなくさせ、有利な近接戦闘に持ち込ませるという算段だ。その為に次郎長は、
「ちっ……
「二挺とも使えねーようにできるかは賭けだったけどな」
使う銃弾も宿る
銃ならではの欠点で、次郎長は形勢を覆したのだ。
「並盛男児はそんじょそこらの腕自慢とはレベルが
(っつーか、死ぬ気の炎使えねーのに
多少の外傷こそあれどダメージを悟らせない次郎長。
そんな彼と唯一互角に渡り合える尚弥も然り、この町に君臨する次郎長世代の人間は規格外すぎる。
「クソ野郎が……!!」
「へェ……この次郎長を相手に
「た、耐えたーーーーーっ!?」
「さあて、一発には一発だ!」
ゴパアァァ! ドドォン!
豪腕から放たれる右ストレートが
再び吹き飛ばされるが、何とか受け身を取ってダメージを抑えた。その隙に次郎長は刀を回収し、納刀して居合の構えを取る。
「ぐっ……」
「おめーじゃあ接近戦に勝機はねェ。大人しく引け。裏の世界も引き際は大事だぜ?」
「ほざけ!! このド畜生が!!」
ふと、
怒りの感情に呼応するように浮かび上がるそれは、顔中を覆う。
「あらら、頭に血が昇ってらァ……」
「捻り潰す!!」
その時、両者の間に氷の線が走った。
「「!?」」
「――もうその辺にしておきなさい」
「「9代目!?」」
そこへ現れたのは、何とボンゴレファミリー現当主・
ケガが完治していないのか、昼間の幹部二名に連れられ車イスで参上した。
「ジジイ……!!」
「
「黙れ!! 老いぼれが――」
「9代目の実の息子じゃねーのがそんなに気に食わねーかい」
その言葉に、空気が凍りついた。
勝男とツナはピンと来ていない様子だが、当事者二名とリボーンは目を見開いて次郎長を見た。
「……次郎長……いつ知ったのだね」
「海外の裏社会の情報を流してくれる知人がいるだけさ。もっとも、何も知らずとも今回の件の拗れ具合で大体察するけどな」
「……ああ、私と
9代目は、どこか苦しそうに語り出す。
9代目の口から語られる真実に一同は息を呑み、全てを聞いた次郎長は青筋を浮かべた。
「……結局は逃げたんじゃねーか」
「!!」
「親として子のことを思うなら、最初っから実子ではないことを伝えるべきだろ。そうすりゃあゴタゴタなんぞ起きずに済むってのによ」
次郎長の非難に、9代目は何も言えなかった。
もしかすれば、クーデターのタイミングと真実を告白するタイミングが運悪く前後したのかもしれない。だがそれは楽観視もいいところであり、
それなのに、9代目は
「てめーのァ愛情と呼べねェ。自己満足の施しっつーんだよ。てめーの優しさを全否定はしねーが、家光と同じで人の親としてズレてんだよ」
「……君の言う通りだ。もっと早く話し合い、向き合っていれば、こうはならなかったのかもしれない……逃げるつもりは毛頭無かったが、そう言われても仕方ない」
「9代目……」
目を閉じて項垂れる9代目は、話を手打ちに変えた。
「昼間の件、コヨーテから聞いたよ。確かに今回の一件は、我々に非がある」
「……話の流れじゃ、ボンゴレ解体からツナのボンゴレ継承権棄却になってらァ」
「その要求を呑もう」
その言葉に、次郎長と勝男以外は驚愕する。
「ジジイ……!!」
「9代目!?」
「私は聞いたんだよ。幸平登君の命懸けの行動を」
9代目は、登の一件を語り出した。
ヴァリアーの幹部・レヴィが引き起こした襲撃事件。その被害者である登がボンゴレとの全面戦争を避けるために抵抗しなかったことを聞き、ひどく胸を痛めたという。
「彼の顔に泥を塗らないためにも、これ以上の無益な戦いを避けるためにも、私は真摯に受け止める義務がある」
「……異論はねーってか」
9代目は無言で頷いた。
それはボンゴレと溝鼠組、いやボンゴレと並盛の抗争の終結宣言を意味していた。
「
「9代目……」
(……うまい具合に丸く収めたか)
頭を深く下げた9代目に、ツナと
表も裏も問わず多くの人間を巻き込んだ、一月近く続いた「第一次並盛戦争」はひとまずの終結を迎えたのだった。
しかしその後、次郎長は今度は並盛どころか世界の命運すら関わる大きな戦いに巻き込まれることとなる。
次回、未来編です。
十年後の溝鼠組と本作のオリキャラ達、そんな彼ら彼女らにボコボコにされるミルフィオーレファミリーの活躍に乞うご期待。
これまであまり活躍しなかったキャラの無双も思案中ですので、乞うご期待。