浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

70 / 90
2021年最初の投稿は、本作におけるヴァリアー編最終話です。


標的68:第一次並盛戦争、終結

 沢田家では、溝鼠組の若頭である勝男がトレードマークの七三分けを整えていた。

「すまんのう、奈々の姐さん。面目ない」

「いいのよ、気にしないで! ――全く、タッ君ったら勝男君に仕事丸投げしてどこ行ったのかしら?」

 プンプンと怒る奈々に、勝男は「ホンマにオジキの同い年なんか……?」と疑惑の目を向ける。

 勝男は沢田家に向かうと言ってから屋敷に戻らず、連絡もしてこないため、確認の為に訪れたのだ。その際に久しぶりだからと奈々に歓迎され、夕食もいただいて風呂まで入れさせてもらったのだ。

「しっかし、オジキが来とらんのは気掛かりや……連中に巻き込まれてなきゃええんやけど」

「まあ、ツナ程のトラブル体質じゃねーとは思うがな」

「ほとんどお前のせいだよ!!」

 さりげなく毒を吐くリボーンにツッコミを入れるツナ。

 相変わらずやな……と勝男は呆れると、真剣な眼差しで二人を見つめた。

「――ツナ坊、それにリボーン。お前らにはこの際伝えとかにゃならん。オジキがここへ来ようとした理由を」

「え?」

「理由……?」

 勝男は腕を組み、次郎長の手打ちの話を始めた。

「オジキがここに来る理由は、昼間の手打ちの件や」

「手打ちって、まさかボンゴレとか?」

「厳密に言えば、現当主直属の幹部とやけどな」

 勝男の口から語られたのは、今回の事実上の抗争に関する和解の話。

 当主が入院しているため、その側近達を相手に次郎長と勝男はボンゴレの解体を要求した。いくら候補者(ザンザス)の暴走の影響があったとしても、並盛で抗争を起こした責任はボンゴレ中枢にあるからだ。

 しかし襲撃事件の被害者である登が「溝鼠組にもツナにも並盛にも、金輪際手を出さないでほしい」と懇願したため、ボンゴレの解体からボンゴレ継承権の剥奪に変わることになったという。

「ツナのボンゴレ継承権の棄却……」

「まだ当の親玉がおネンネ中やけどな。まあ今回の件はさすがにマズかったんやないか? あのオジキを……並盛の王者・大侠客の泥水次郎長を本気で怒らせてしもうたんやからな」

 リボーンは帽子を深く被った。

 それ程の責任感が、ボンゴレ中枢にあるのだ。元はと言えばボンゴレも市民を守る自警団が原点……そんな組織が他の町の民間人を巻き込むなど、あってはならないことなのだ。

「この案件が通れば、ツナ坊は金輪際マフィアと関わらずに済む。リボーンはあくまでも今のボスの依頼っちゅー契約やから、家庭教師(かてきょー)として関わるんやろうな」

「おじさん……まさか、オレの為にここまで……」

「言っとくが、本来ならこれは家光の役目や。相応の大義名分が無ければ、オジキはここまで動かん。奈々の姐さん、極道のわしが言うのもあれやけど、家光にヤキ入れ――」

 

 ――ドォン……!

 

『!?』

 突然の爆発音。

 音はかなり遠い。しかし、その後もドンドォンと立て続けに起こっている。

 間違いなく、戦闘だ。

「オジキィ!」

 勝男は血相を変えて長ドスを片手に飛び出した。

「オレ達も追うゾ」

「え……うえぇぇ!?」

 

 

           *

 

 

 勝男が沢田家を飛び出した頃。

 廃墟で二人の首領が激突した。

「消え失せろ!!」

「っと!」

 銃口から放たれる極太の熱線を躱し、刀を逆手に持ち替える次郎長。

 傲慢なXANXUS(ザンザス)との戦いに付き合うハメとなった並盛の王は、戦場で剣を振るう。かれこれ10分以上経つが、未だ戦線は膠着している。

(……あのドラ息子の銃をどうにかしねーとな)

 攻撃を躱し、ぶつかり合いながら次郎長は分析する。

 XANXUS(ザンザス)は〝憤怒の炎〟という凄まじい破壊力の炎を自在に使いこなし、掌中に発生させ放出して相手にダメージを与えることができる。それに加えて死ぬ気の炎を一時的に圧縮し吸収することができるという死ぬ気弾の特性を活用し、銃を用いて敵を殲滅する戦闘スタイルだ。

 広い射程範囲と強大な火力……それは次郎長にとって最も相性が悪い相手と言える。が、それで臆する次郎長ではない。

(死ぬ気の炎による遠距離攻撃……弾切れを狙うのもアリだが、早めに決着(ケリ)をつけてェ)

 次郎長は一瞬で距離を詰め、柄頭で胸を突いた。

「うぐっ……!」

 XANXUS(ザンザス)は咄嗟に後ろへ後退したため、威力は殺げた。しかし骨……いや、肺まで届く衝撃は確かに効いており、その鈍痛に顔を顰めた。

 その隙に次郎長は納刀し、十八番(オハコ)の居合を繰り出す。

「ちぃっ!」

「くっ」

 寸でのところで躱される。

 すかさず逆手に持ち替え振り抜くが、これも不発。振り抜いた勢いの回し蹴りも紙一重で避けられてしまう。

 独立暗殺部隊のボス――ボンゴレ10代目候補は伊達ではない。

(やっぱりあの高火力は大したモンじゃねーな。だが距離を取られると不利だな……)

 次郎長は果敢に攻め入り、懐へ潜り込もうと肉迫する。

 近距離での戦闘へ持ち込むためには、憤怒の炎を掻い潜り渾身の一撃を浴びせる必要がある。それに下手に避けるよりもケガは少なく済む。そういう意味では、一見無謀でも理には適っていた。

「――ふはっ! そんなに消し炭にされてーのか」

「バカタレ。拳で語る(おとこ)の喧嘩は、(けん)(りん)(だん)()の中で盆踊りやれるぐらいクレイジーじゃなきゃできやしねーんだよ」

「そうかよ。じゃあカッ消してやる」

 直後、XANXUS(ザンザス)は次郎長の右腕を思いっ切り蹴った。

「っ!」

 ミシリという骨まで響く嫌な音が聞こえ、その痛みで刀を落としてしまった。

 その隙を見逃すはずもなく、XANXUS(ザンザス)は獰猛な笑みを浮かべて次郎長の顔面に銃口を向けた。

「死ね!! 〝怒りの暴発(スコッピオ・ディーラ)〟!!」

 

 ――ゴキィッ!

 

「!?」

 引き金を引こうとした途端、脇腹に衝撃が走った。

 鞘だ。次郎長が逆手で鞘を握り、豪腕から繰り出す強烈な一撃を叩き込んだのだ。

 鉄拵えの鞘が打ち込まれたそこは、肝臓がある位置。打たれると激痛をもたらす人体の急所に、次郎長はピンポイントで衝撃を叩き込んだのだ。

「ぐっ……!」

 脂汗を流し、激痛を堪えるXANXUS(ザンザス)

 次郎長は刀から鞘に得物を変え、逆手から順手に持ち替えて猛攻を加えた。

 

 ドォン! ドゴォ! ガォン! ズドォン!

 

 顔を二回、顎を一回、そして鳩尾を突かれて吹き飛ばされる。

 鞘による連撃を食らったXANXUS(ザンザス)は壁を突き破り、瓦礫の山に減り込んだ。

(――何だコイツ……!? カスの分際で俺と……!!)

「ハァ、ハァ……ちったァ効いたか?」

 息が上がりつつも鬼のような強さを発揮し始めた次郎長に、XANXUS(ザンザス)は殺意を込めて睨みつける。

 その直後、戦場にあの三人が駆けつけた。

「おじさん!」

「オジキ!」

「……おめーら、手ェ出すんじゃねーぞ」

 勝男とツナの声が耳に届いても、次郎長は振り返らない。

 目の前の敵に集中しているのだ。

(……マズイな、あいつらが来ちまった。守り切れるか……)

 リボーンはともかく、勝男とツナは自分やXANXUS(ザンザス)には到底及ばない。

 むしろ助太刀しようものなら足手まといとなる。次郎長は駆けつけた面々を守りながら戦わねばならないのだ。

(なら、これしかない!!)

 次郎長は弧を描くように走り、XANXUS(ザンザス)に迫る。

 放たれる火球を躱し、懐に左手を伸ばして斬りかかったが……。

「ドカスが」

 次郎長の一太刀は躱され、二つの銃口から憤怒の炎が放たれる。

 髪の毛を多少焼かれながらもどうにか回避するが、その隙に蹴り飛ばされ、壁に激突する。

「終わりだ!!」

 獰猛な笑みを浮かべ、引き金を引いた。

 次の瞬間!

 

 ドォォン!!

 

『!?』

 引き金を引いた途端、XANXUS(ザンザス)は爆炎に呑まれた。

 憤怒の炎を溜めた銃が暴発したのだ。

「なっ!?」

「暴発!?」

「クク……うまく行った」

 何が起こったのかわからず、戸惑いを隠せないツナ達に対し、次郎長は不敵に笑った。

 煙が晴れ、服がボロボロになったXANXUS(ザンザス)が激昂して次郎長に問う。

「ぐっ……てめェ、何しやがった!?」

「それ自動拳銃(オートマチック)だろ? 欠点ぐれー知ってるよな」

 次郎長がそう言った途端、XANXUS(ザンザス)の足元に何かが転がった。

 爆炎の影響で消し炭状態になっているが、かろうじで形は保っている。それを手に取ったXANXUS(ザンザス)は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて次郎長を睨んだ。

 拳銃の暴発の原因は、何と二枚の十円玉だった。

「くっ……カスが、小賢しいマネを!!」

「ワンコインもバカにできねーだろ?」

「そうか、さっきの一発で遊底(スライド)が動いた時に硬貨を投げつけ、ジャムを起こしやがったのか」

 リボーンは次郎長の狙いを悟った。

 二人の決定的な違いは、得物の種類。銃と刀では射程範囲に圧倒的な差が生じ、死ぬ気弾と死ぬ気の炎が合わされば絶対的な差となり、次郎長の勝ち目はほぼ無くなる。

 それを解決させるのが、銃を無力化すること。銃を二挺とも使えなくさせ、有利な近接戦闘に持ち込ませるという算段だ。その為に次郎長は、XANXUS(ザンザス)の銃の遊底(スライド)が発射時の反動で後退した瞬間に硬貨を投げ入れ、一番の武力を封じたのである。

「ちっ……最初(ハナ)からコイツが狙いだったのか」

「二挺とも使えねーようにできるかは賭けだったけどな」

 使う銃弾も宿る能力(パワー)も桁違いだが、所詮は銃。基本的な構造は変わらず、当然誤作動や動作不良も起こる。

 銃ならではの欠点で、次郎長は形勢を覆したのだ。

「並盛男児はそんじょそこらの腕自慢とはレベルが(ちげ)ェぞ。腕も頭も何もかも……持ちうる力を全て使って叩き潰す。特に()()()()()はな」

(っつーか、死ぬ気の炎使えねーのにXANXUS(ザンザス)とタメを張るって、化け物かアイツ)

 多少の外傷こそあれどダメージを悟らせない次郎長。

 そんな彼と唯一互角に渡り合える尚弥も然り、この町に君臨する次郎長世代の人間は規格外すぎる。

「クソ野郎が……!!」

 XANXUS(ザンザス)は使えなくなった銃を投げ捨てると、一気に距離を詰めて次郎長の顔面を抉ったが――

「へェ……この次郎長を相手に素手喧嘩(ステゴロ)かい」

「た、耐えたーーーーーっ!?」

「さあて、一発には一発だ!」

 

 ゴパアァァ! ドドォン!

 

 豪腕から放たれる右ストレートがXANXUS(ザンザス)に叩きつけられる。

 再び吹き飛ばされるが、何とか受け身を取ってダメージを抑えた。その隙に次郎長は刀を回収し、納刀して居合の構えを取る。

「ぐっ……」

「おめーじゃあ接近戦に勝機はねェ。大人しく引け。裏の世界も引き際は大事だぜ?」

「ほざけ!! このド畜生が!!」

 ふと、XANXUS(ザンザス)の顔や全身に古傷が浮かび上がった。

 怒りの感情に呼応するように浮かび上がるそれは、顔中を覆う。

「あらら、頭に血が昇ってらァ……」

「捻り潰す!!」

 XANXUS(ザンザス)が両手に光球を宿して次郎長に迫る。

 その時、両者の間に氷の線が走った。

「「!?」」

「――もうその辺にしておきなさい」

「「9代目!?」」

 そこへ現れたのは、何とボンゴレファミリー現当主・9代目(ティモッテオ)だった。

 ケガが完治していないのか、昼間の幹部二名に連れられ車イスで参上した。

「ジジイ……!!」

XANXUS(ザンザス)。これ以上は無益だ、ここで引きなさい。私は彼と話がある」

「黙れ!! 老いぼれが――」

「9代目の実の息子じゃねーのがそんなに気に食わねーかい」

 その言葉に、空気が凍りついた。

 勝男とツナはピンと来ていない様子だが、当事者二名とリボーンは目を見開いて次郎長を見た。

「……次郎長……いつ知ったのだね」

「海外の裏社会の情報を流してくれる知人がいるだけさ。もっとも、何も知らずとも今回の件の拗れ具合で大体察するけどな」

「……ああ、私とXANXUS(ザンザス)の間に、血の繋がりは無い」

 9代目は、どこか苦しそうに語り出す。

 XANXUS(ザンザス)は元々貧民街出身で、彼の宿す憤怒の炎を見て妄執に取り付かれた母親の進言で9代目の養子となった。9代目は彼なりの愛情を持って育て上げ、XANXUS(ザンザス)はボス候補と騒がれる程の威厳と強さを持ち合わせるようになるが、「自分は9代目の息子ではない」という真実を知ってボスに成り得ないと絶望し、クーデターを起こして封印されたのだ。

 9代目の口から語られる真実に一同は息を呑み、全てを聞いた次郎長は青筋を浮かべた。

「……結局は逃げたんじゃねーか」

「!!」

「親として子のことを思うなら、最初っから実子ではないことを伝えるべきだろ。そうすりゃあゴタゴタなんぞ起きずに済むってのによ」

 次郎長の非難に、9代目は何も言えなかった。

 もしかすれば、クーデターのタイミングと真実を告白するタイミングが運悪く前後したのかもしれない。だがそれは楽観視もいいところであり、XANXUS(ザンザス)が本当に実子であれば後継者に名が挙がることは確実であり、仮に養子であっても抜きんでた素質と実力があれば支持する者達が必ず現れるはずだ。

 それなのに、9代目はXANXUS(ザンザス)よりもツナを選んだのだ。血縁は無くとも実子同然に思っていた養子よりも、日本で平和に暮らしていた少年をとったのだ。

「てめーのァ愛情と呼べねェ。自己満足の施しっつーんだよ。てめーの優しさを全否定はしねーが、家光と同じで人の親としてズレてんだよ」

「……君の言う通りだ。もっと早く話し合い、向き合っていれば、こうはならなかったのかもしれない……逃げるつもりは毛頭無かったが、そう言われても仕方ない」

「9代目……」

 目を閉じて項垂れる9代目は、話を手打ちに変えた。

「昼間の件、コヨーテから聞いたよ。確かに今回の一件は、我々に非がある」

「……話の流れじゃ、ボンゴレ解体からツナのボンゴレ継承権棄却になってらァ」

「その要求を呑もう」

 その言葉に、次郎長と勝男以外は驚愕する。

「ジジイ……!!」

「9代目!?」

「私は聞いたんだよ。幸平登君の命懸けの行動を」

 9代目は、登の一件を語り出した。

 ヴァリアーの幹部・レヴィが引き起こした襲撃事件。その被害者である登がボンゴレとの全面戦争を避けるために抵抗しなかったことを聞き、ひどく胸を痛めたという。

「彼の顔に泥を塗らないためにも、これ以上の無益な戦いを避けるためにも、私は真摯に受け止める義務がある」

「……異論はねーってか」

 9代目は無言で頷いた。

 それはボンゴレと溝鼠組、いやボンゴレと並盛の抗争の終結宣言を意味していた。

XANXUS(ザンザス)……次郎長……ツナ君……この場を借りて、君達に責任を持ってお詫びする」

「9代目……」

(……うまい具合に丸く収めたか)

 頭を深く下げた9代目に、ツナとXANXUS(ザンザス)は言葉を無くし、次郎長は目を細めたのだった。

 

 

 表も裏も問わず多くの人間を巻き込んだ、一月近く続いた「第一次並盛戦争」はひとまずの終結を迎えたのだった。

 しかしその後、次郎長は今度は並盛どころか世界の命運すら関わる大きな戦いに巻き込まれることとなる。




次回、未来編です。
十年後の溝鼠組と本作のオリキャラ達、そんな彼ら彼女らにボコボコにされるミルフィオーレファミリーの活躍に乞うご期待。
これまであまり活躍しなかったキャラの無双も思案中ですので、乞うご期待。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。