標的69:溝鼠組改革
ヴァリアーとの抗争から二日が経過した。
今回の一件を重く受け止めた9代目は、早々にイタリアへ帰国し、ヴァリアーに厳しい処罰を下した。それだけでなく、騒動を拡大させる一因となってしまった
一方、ツナや次郎長をはじめとした巻き込まれた者達には改めて謝罪し、10代目の継承を一度白紙に戻すことを告げた。ただし何だかんだツナにするという可能性がゼロとは言い切れないので、次郎長はそこは警戒しているのだが。
何はともあれ、これで並盛に平穏が訪れた。風紀委員会との連携や次郎長の根回しによって突貫で後処理を終えたため、瞬く間に活気を取り戻した。ボンゴレ絡みの騒動もこれで落ち着き、普段の日常が始まるだろう。
しかしその裏で、溝鼠組は大きな節目を迎えようとしていた。
正午頃。
溝鼠組の屋敷の大広間で、次郎長は子分達を集めていた。
「全員集めていきなり
「オジキ、一体何事で?」
「全員集めるなんて、何かあったんですかい」
「まあ、合ってるっちゃ合ってるな」
次郎長は子分達の視線を浴びながら、話し始めた。
「承知の通り、先日のボンゴレとの抗争の後始末で、俺達は大金つぎ込んで町の復興に尽力した。……協力してくれたおめーらにゃ、感謝しかねェ。ありがとな」
「いやいやいや! 何じゃ急に改まって!」
「照れるやないかオジキ!!」
感謝の礼を述べる次郎長に、勝男達は一斉に照れ始めた。
が、次の言葉で事態は急変する。
「その上で、ウチがかき集めた資金が半分近く無くなった」
『……うええっ!?』
「さっき言ったろ、大金つぎ込んで町の復興に尽力したって。組の金、大分使っちまったから仕方ねーだろ」
次郎長の一言に、一同は遠い目をした。
合法非合法問わず稼いで金庫に保管してた大金が、今回の一件で半分も使ってしまったのは、ヴァリアーの暴走がやはり原因だ。組員の治療費、並盛中学校の修繕費、町中の公共施設や公共物の修繕費……あらゆる支出で組の金を使いまくり、気づいた時には結構ヤバイ状態になったという訳だ。
「オジキさん……上納金の桁、増やすんですか?」
傷が完治して組に戻った登の一言に、次郎長以外の肩がビクッと震えた。
極道組織において、上納金は出世の可否を握ると同時に生命線だ。上納金を納める額が多い程、組内での発言力が増して組織で影響力を持つようになる反面、上納金が納められなくなれば組織は瓦解し、解散に追い込まれる。組織によっては上納金すら満足に支払えない幹部が降格、場合によっては破門されることもあるので、上納金は組織としても組員としても命脈といって過言ではない。
そして現在、溝鼠組は資金難とまではいかないが 抗争中はシノギを稼ぐ暇も無かったため、今月の収入がマイナスになっているのである。
「昔みたいに塩舐める生活か……」
「アニキ、この年であの頃には戻りたくねーですぜ!」
「最古参のメンバー以外は、あの頃の生活難を知らんからのう」
溝鼠組創立期の貧困時代を経験している最古参三人組は、困り果てる。
すると次郎長が、煙管を燻らせながら「そうはさせねーよ」と言い切った。
「てめーら、ここからが本題だ。――実は昨日、京次郎がデケェ話を持ち掛けてきた」
「京次郎って、あの〝狛犬〟の?」
「……今朝の朝刊だ」
次郎長は一部の新聞を勝男に投げ渡した。
その一面には、意外なことが載っていた。
「姉古原町が、並盛町に吸収合併……!?」
一面に載っていた記事は、隣町の姉古原町が並盛町に吸収合併することが成立したという内容だった。
記事によると、姉古原は近年財政赤字となっており、財政破綻寸前だという。その原因の一つに、前町長の経営にあったという。
「前町長は、頂上作戦で金をつぎ込んじまったらしい」
「頂上作戦……?」
次郎長は、姉古原町の経緯を語る。
姉古原の前町長はヤクザ嫌いであり、裏の秩序を保っていた魔死呂威組を壊滅させようと躍起になっていたという。その為に条例で締め付けを行い、資金源の枯渇を推し進めていた。その影響をモロに受けた魔死呂威組は、同盟勢力からも縁を切られ始め弱体化が進んだが、締め付けて解散に追い込むために多額の税金をつぎ込んでしまい、財政が傾いてしまったという。
その責任を取って前町長は辞職したが、財政再建はできず、並盛町に吸収合併することになったという。なお記事には載っていないが、尚弥と蘭丸が根回ししたという。
「デケェ話ってのは、吸収合併後のことでい。――実は今な、姉古原には複合商業施設の開発計画が持ち上がっている。まあ建設業だが……その建設の莫大な利権を得ようってこった」
「でも、それは他の勢力も手を伸ばす話じゃ?」
「フッ……物分かりが良くて助かる。登の言う通り、この話は裏社会界隈で話題沸騰中でい。偶然にも、これから並盛駅に地下商店街造る計画もある。同時並行で利権独占すりゃあデカイ金が手に入る」
「せやけどそないなこと、並盛の秩序に関わるで。利権を巡って抗争になるんは明白じゃ」
勝男の言葉に、古参組員は首を縦に振る。
並盛町の秩序は、表は風紀委員会が、裏が溝鼠組が独占し君臨することで成り立っている。だが姉古原は、魔死呂威組一強だが他の勢力も蠢いているのが現状。並盛と姉古原が合併すれば、姉古原の反京次郎勢力が溝鼠組の縄張りに流れ込んでくる。
そうなれば姉古原と合併して大きくなった並盛の裏社会は群雄割拠となり、事件の絶えない緊張状態が続き、戦争の可能性すら出てくる。
「おう、そこでだ。今回の合併を機に、〝溝鼠組改革〟を実施しようと思ってる」
『〝溝鼠組改革〟?』
次郎長が立案する溝鼠組改革は、吸収合併後の並盛町内での影響力をさらに高める施策だという。
具体的な内容は、「二次団体の創設」と「親戚団体の編入」の実行だ。溝鼠組の中から小規模の下部組織を置き、五分の盃を交わしている古里真と中村京次郎がそれぞれトップを務める親戚団体を正式に傘下に収めることで、区域が拡大した町内の裏社会関係者を監視・牽制するのだ。
これによって溝鼠組の影響力が及ばない区域を無くし、不穏分子を封殺して抗争を未然に防ぐ。さらに組織の再編成で誕生した下部組織のシノギの一部を上納金として溝鼠組に納めることで、組織全体の収入を増やすという経済的な意味合いもある。
「成程……」
「今までウチらがやってきたのは、的屋や雀荘の運営、請負業と民事介入やからなァ」
「二次団体っつーか下部組織は四つぐらい欲しい。シモンんトコと京次郎んトコ含めてな」
つまり、残り二つは溝鼠組の組員がトップを務める組織だということだ。
現時点の組員の数は総勢135人。弱体化した魔死呂威組の吸収合併などを考えても、下部組織の構成員はかなり少なくなるだろう。
「それを言うんでしたら、私が昔いた植木蜂一家の再興とかどうですか? 私が溝鼠組本家若頭補佐も兼ねた〝直参〟となれば問題無いかと」
「まあ、一度潰れちまったから看板は変わるかもしれねーがな」
次郎長はそう言うと立ち上がり、襖を開けて廊下に出た。
「オイラァ今から真んトコに話を持っていく。勝男、あとは任せるぞ」
「心配無用やで、わしゃ若頭じゃからのう」
「……そうじゃねーとな」
次郎長は不敵な笑みを浮かべると、勝男もまたニッと薄く笑った。
*
古里家に訪問した次郎長は、二階の広間でファミリー一同と顔を合わせた。
「いやァ、全員来ていてよかった。いくらか話がしやすい」
「僕だけじゃなく、シモン全体に話さなきゃならないことなんだね?」
「
次郎長は勝男達に伝えた話を、真達にも語った。
親戚団体の弱体化、隣町との合併、そして溝鼠組改革……全てを聞いた真は真剣な眼差しで次郎長を見据えた。
「僕らシモンを、マフィアではなくヤクザとして生きろということなんだね」
「お前らがオイラの組の下部組織になると都合がいいんでい」
シモンファミリーが溝鼠組の下部組織になると、古里家のメリットはかなり大きい。
マフィア界を抜けてヤクザ界に転じれば、マフィアの世界の掟「
カタギからはマフィアの家ということで敬遠され、マフィアからはシモンだからと迫害されたシモンファミリーにとって、次郎長の提案はかなりの好条件だ。迫害の歴史に終止符を打つ絶好の機会を逃すわけにはいかない。
しかし、当主の真以外はそう簡単に割り切れなかった。
「シモンの名を捨てろと言うのか……?」
「おいら達にも誇りはあるんだ」
「結局、ボンゴレに負けを認めることになるではないか」
反発、という程ではないが難色を示す若者達。
シモンファミリーという名を大切に思って生きてきたからこそ、向き合わねばならない現実と避けられない変化に戸惑うのだ。
その上で、次郎長はこう告げた。
「おめーらのご先祖様は、何を望んでるのかオイラにゃわからねェ」
「……」
「だが仇を討ってくれと伝わってねーのは、復讐とは別のことを願ってるってことにも解釈できる」
その一言に、その場にいる全員が目を見開いた。
初代ボスのシモン=コザァートは、マフィア界から姿を消した後、復讐ではなく何を願ったのか。それは子孫の明るい未来かもしれないし、マフィアの世界からの解放かもしれないし、その両方なのかもしれない。少なくとも、自分の子孫が恨み憎しみを持って一生を終えることを願ってないのは確かだ。
だからこそ、負の歴史を紡がないよう、シモンファミリーの在り方を考えねばならない。
「……炎真は、どう思ってるんだ?」
「えっ!?」
「今のままだと、次期当主はおめーだろう。もしおめーが自分の手でマフィアの世界とケジメつけてーんなら、オイラはいつでもに力になってやる。――オイラァ兄弟の盃を蔑ろにゃしねェ」
次郎長の真っ直ぐな瞳に射抜かれた炎真は、一度視線を逸らしてから口を開いた。
「……僕は、おじさんに感謝してる。僕達一家をボンゴレから救ってくれたことも、ツナ君と会わせてくれたことも、返しきれない恩だよ」
「……」
「本当はシモンとかボンゴレとかそんなのどうでもいい。皆と笑って一緒にいたいよ。でも……先にスッキリしておきたい」
炎真は本心を吐露した。
ボンゴレに対しては確かに憎しみはあるし、迫害と弾圧をしてきたマフィア達を見返してやりたいと思ってもいる。だがそれ以上に傍にいてくれる仲間や家族が第一であり、庇護下に置いてマフィア界から自分達を護った上に友人を与えてくれた次郎長への恩返しも大事と思うようになった。それを踏まえて、自分達を縛るマフィアの世界とケジメをつけねばならない。
復讐心を上回る使命感があると語った炎真に、次郎長は優しく微笑んだ。
「マフィアの恨みはマフィアの内に
「っ……!」
ワシワシと次郎長に頭を撫でられ、顔を真っ赤にする炎真。
中学生にもなって頭を撫でられることへの羞恥と、恩人から成長を認められた嬉しさでごっちゃになっている。
「そうとなりゃあ、早速手ェ回して置かねーとな。ちょうどボンゴレは今回の抗争でゴタついている。脅すなら今がチャンスだ」
「脅迫前提なのか」
「いいんだよ。裏社会は大義名分がありゃあどうにでもなる――」
ピリリリリリッ
「……すまん、電話だ」
着信音が鳴り、懐から携帯を取り出す。
発信者は、登だ。
「……登、どうした急に」
《オジキさん、リボーン君見ませんでした?》
「見てねーが、それがどうした」
《実は……》
登は次郎長に用件を伝えた。
つい先程、買い物帰りにツナと遭遇し、リボーンを探すのを手伝ってほしいと頼まれたという。リボーンは度々イタリアに帰ることがある上、これからシノギに動こうとしていたので耳を貸す気は無かったのだが、あまりに切迫した状況に見えたので話を聞いたという。
ツナ曰く、ランボが余計なマネをしてリボーンに返り討ちに遭い、癇癪を起こして10年バズーカを撃ったという。それはリボーンに向かい、直撃して姿を消したのだ。
(直撃? 避けられなかっただと? あれ程の腕利きが?)
次郎長は眉間にしわを寄せた。
リボーンと直接戦ったことがあるからこそわかる違和感。いくら不意打ちだろうと、真っ正面から直撃を受けてしまうような相手ではない。
(嫌な予感がする……)
《オジキさん、どうしましょう……》
「……アイツは奈々にも黙って出ていく奴じゃねェ。その案件は俺が引き取る。お前はいつも通りシノギをしろ。もし新しいシノギに手ェ出すなら、まず俺に言え」
《わかりました》
次郎長は電話を切ると、真達に目を配った。
「
「いや、僕達は気にしないよ。いってらっしゃい」
「……ああ」
妙な胸騒ぎに襲われながらも、次郎長は古里家を後にして並盛の街へと赴いた。
次回から10年後の並盛となります。
乞うご期待。