「こいつらもダメか……」
溜め息交じりに、掴み上げた構成員を投げ飛ばす。
登との再会後、次郎長は入江正一の捜索を続行していたが、結果として難航していた。
10年という空白期間こそあれど、次郎長は並盛を知り尽くしている。
10年前の入江正一は、次郎長の記憶では有名私立中学に通っていたという情報があったため、その母校にも掛け合ってみたが、有力な手掛かりは何一つ得られなかった。
並盛は並盛でも中心街にいない可能性、それ以前にそもそも並盛にはいない可能性も出てきた。並盛の外となれば、見つけ出すのが難航するのも無理はない。
「今日はここで引くか……」
このまま続けても結果は出ないと判断し、並侠連の事務所へと戻ろうとした、その時だった。
「っ!」
刹那、背後から迫る鋭い殺気。
次郎長は振り向きざまに抜刀し、刺客の刃を受け止めた。
刺客は、麻呂眉と蛇のような黄色の瞳が特徴的な剣士で、次郎長には見覚えのある顔だった。
「貴様は……!?」
「……おめェ、幻騎士か!!」
そう、ジッリョネロファミリーの幻騎士だ。
一度顔を合わせた程度だったが、尚弥の右腕である蘭丸と酷似していたため、妙に印象に残っていた。
「入江正一の差し金か? それとも白蘭っつークソガキに焚きつけられたか」
「いや……偶然居合わせただけだ」
どう考えても狙ってきたようにしか見えないが、次郎長は「そういうことにしといてやるよ」と言って真っすぐ見据えた。
「そんで? いたいけな少女に涎垂らして手ェ出すクソ野郎に忠誠誓った、仕える主人を間違えた甘ちゃんが何の用でい」
「口を慎め」
幻騎士は絶対視する白蘭への侮蔑が癪に障ったのか、濃厚な殺気を飛ばす。
次郎長は常人なら震えが止まらないであろうそれを軽く受け流し、目を細めた。
――こいつ、裏切ったな?
「なァ幻騎士……てめーがオイラに剣を向けるのは、白蘭の命令じゃなくともわかる。実際、こっちの時代のオイラが世話になったようだしな。……だが、てめーの勝手な事情で盃返されるのは、親の恥だ」
「……何が言いたい?」
「てめェ、アリアの部下じゃなかったのかよ」
次郎長は幻騎士の殺気を上回る殺気を放つ。
並盛の裏を統治していた〝王者〟の威圧感に、幻騎士は気圧される。
「親から受けた盃返す程の価値があんのか、あのケツの青い三下に。カタギに手ェ出すような野郎は、
マフィアもヤクザも、日陰者だ。日陰者が一般人に手を出すのは筋違いであり、無法の稼業人である以上はカタギへの危害を禁ずるのが絶対だ。
それを己の欲や利益、名声の為に侵すのは、決してあってはならない。現に次郎長は、カタギへの手出しを己にも子分にも禁じながら統治を敷いていた。
しかし白蘭のやり方は、裏社会の人間が遵守すべき〝鉄の掟〟を破っている。自分の縄張りで鉄の掟を破る人間を見逃す程、次郎長は甘くない。
「野郎は
「俺の命を救ってくださった白蘭様を愚弄するのか……自惚れるな」
「おう、あのクソガキのことなんざ何度でも愚弄してやるよ。筋を通さねー奴が命救う時ゃ必ず裏がある。人助けの
売り言葉に買い言葉。
緊張感が、一気に張り詰めた。
「前時代の遺物め……貴様の時代は終わったということがまだわからないか。白蘭様は新時代の象徴だ。
「……てめェ……」
かつてのボス・アリアすらも侮辱する幻騎士に、さすがの次郎長も青筋を浮かべた。
――こいつは、死ななきゃ治らねーバカだ。
町を荒らされたことに加え、一端の稼業人としての心得すらもコケにする幻騎士。この手で叩きのめさなければ、町の者達にシメシがつかない。
「……もういい、話し合いでどうにかならねーかと思ってたオイラがバカだった」
「俺はすでに、貴様をここで殺すと決めている。ようやくその気になったか」
互いに得物を構える。
旧世代のヤクザ者と、新世代のマフィア。二人の激闘が始まった。
ガギイィン!!
刃と刃を叩きつける音が、辺りを包み込む。
次郎長は一振りの愛刀を。幻騎士は二本の剣を。
並盛最強の男と、この時代最強の剣士は、互いの得物を押し合う。
(これが全盛期の……10年前の次郎長か……! 動きのキレは勿論、剣を受け止めた時に伝わる衝撃も桁違いだ……!)
幻騎士はどこか苦しそうな表情を浮かべる。
そもそも目の前の次郎長は、黄金時代の次郎長だ。幻騎士が戦った次郎長は消耗戦に持ち込まれて疲弊しきった隠居人で、それでも一矢報われ深手を負ってしまう程に強かった。
今の次郎長は、体力も気力も全快の、王を自負していた頃の
(だが……所詮は先の時代の残党。この世界の戦いを知らぬ
鍔迫り合いの中、幻騎士は鋭い蹴りを見舞う。
それを仰け反って避けながら納刀し、神速の抜刀術で抜き打った。
刃は幻騎士を真っ二つに胴を両断したが……。
(手応えがねェ……
この感覚を、次郎長は知っている。
高度な幻術を扱い、敵を欺き葬る術士の能力だ。
(本体はどこだ……!)
次郎長は五感だけでなく、並外れた戦闘勘をも研ぎ澄ます。
殺気は、右からだ。
「うらァ!」
次郎長は幻騎士の突きを躱し、振り向きざまの横薙ぎも回避。
その隙に右手を掴み、刀で首を貫いた。
ザッ!! ガッ――
「何っ!?」
確かに刃は首を貫き、血も吹き出た。
なのに手応えがない上、両手で刃を掴まれて抜けなくなった。
まさかの事態に、混乱する次郎長。
(――
「終わりだ!」
背後からもう一体の、本物の幻騎士が斬りかかった。
が、刃が背中に届く直前、幻騎士の腹部を中心に衝撃が走った。次郎長がすかさず鞘で応戦し、強烈な打撃を与えたのだ。
ドガァッ!
「がっ!?」
よろけたところで、浅黒い鉄拳が頬を抉る。
その衝撃は体全体に伝わり、思わず意識が飛びそうになる。
が、幻騎士は踏みとどまり、次郎長の胸を斬り裂いた。
「ちっ……!」
次郎長は苦い表情で舌打ちする。
傷は浅いが、自分の血で長年愛用する着物が汚れていくのは堪えるようだ。
(バカな……確かに奴は幻覚を見ているはず……! なぜ俺を捉えられた……!?)
口から血を流し、動揺を隠せない。
幻騎士は優れた剣士であると同時に術士だ。「欺いてこそ霧」の一家言を持つ彼の剣術と幻術の技量に加え、最大の武器である研ぎ澄まされた感覚のキレと冷静で抑制のきいた判断力は、多くの猛者を葬ってきた。ボンゴレ狩りにも大きく貢献し、信奉する白蘭からの信頼も得た。
しかし、幻騎士には一つの誤算があった。次郎長には幻覚に対する〝耐性〟があったことだ。
ヌフフのナス太郎……優れた術士と敵対していた次郎長は、彼との全面衝突に備えて精神力を強化するため、幻覚汚染の耐性を身につける訓練を独自にしていたのだ。それが功を奏し、並大抵の幻術では惑わされない程の強い精神力を持つことに成功したのだ。
次郎長が術士との戦闘経験があることを、幻騎士は知る由も無かった。
(……剣の技量は互角、幻術も並みのレベルでは通じんか……)
「そんなんでよくオイラに深手を負わせられたな」
「確かに、貴様は強い。前に屠った貴様とは別物だ」
幻騎士はそう言うと、小さなサイコロ状の箱を取り出した。
「次郎長、この時代の戦い方を知っているか?」
「……成程、そいつが
「その言い方だと、よくは知らないようだな。ならば、圧倒的に倒すのみ」
幻騎士は指に嵌めたリングに死ぬ気の炎を灯し、
その時だった。
――ゴッ!
「ゴフッ……!?」
「やるとわかってる明らかなパワーアップを、黙って見てるわけねーだろうが」
一瞬で間合いを詰めて柄当てを繰り出し、幻騎士の胸に強烈な一撃を叩き込んだ。
よろめく幻騎士に、追い打ちをかけるように次郎長は居合の連撃を繰り出し、
「ぐうっ……!」
「言っとくがオイラァ、てめーを見くびっちゃいねーぞ」
一太刀一太刀が致命傷になり得る居合の連撃を繰り出しながら、次郎長は声を掛ける。
しかもよく見れば、次郎長は手ばかり狙っている。手を斬り落とし、剣も
(先程よりも動きのキレが……!)
このまま持久戦に持ち込み、体力を消耗させるのも手だろう。
しかし、全盛期の次郎長にどこまで通じるかは不明だ。百戦錬磨の次郎長は、それすらも見越しているに違いない。
そこまで柔な代物ではないはずなのだが、次郎長はおそらく
(仕方あるまい、こんなところで足止めを食らうわけにはいかん)
幻騎士は一気に距離を取り、次郎長から離れる。
そして
「……何のマネでい」
「一応殺せとは命じられてはいない。次郎長、
そう言い残し、幻騎士は背景に溶け込むかのように姿を消した。
気配はすでになく、勝負はお預けのようだ。
「……オイラを後回し、か……」
納刀し、次郎長は考える。
次郎長というイレギュラーによって、間違いなくミルフィオーレファミリーは混乱し、自分の抹殺を目論んでいるだろう。現にいくつかの部隊を潰しており、相手の兵力を削っているのは紛れもない事実だからだ。
そんな次郎長を放置してでも、遂行しなければならない目的は何なのか。
その大方の予想は付く。ボンゴレ狩りだろう。
(兵力をゴリゴリ削ってる暴れん坊よりも、ボンゴレを徹底的に潰すことを優先してる……コイツァ、何か裏がありそうだな)
余程自分に自信があるのか、それとも然るべき目論見があるのか……いずれにしろ、厄介な敵であるのは変わらない。
「ひとまず、傷を癒さねーとなァ……」
浅いとはいえ、血を流してるのは変わらない。
下手に暴れて余計に傷が開いては本末転倒なので、次郎長は入江の捜索を切り上げて並侠連の事務所へ戻るのだった。
その一部始終を、モニター越しで見ていた者が一人。
入江正一である。
「いやいやいやいや!! 冗談だろう!? あの幻騎士と互角以上に渡り合うなんて聞いてない!!」
基地からの電波ジャックで見ていたが、その強さに頭を抱えていた。
入江自身、次郎長を甘く見ていたのは事実だ。入江が10年前、すなわち中学生だった頃は溝鼠組の統治によって抗争はほとんどなく、次郎長自身も表立って暴れることが少なかったため、実力を詳細に掴めなかった。それに加え、死ぬ気の炎を使えないためにこの時代の戦いに付いて行けないと思い込んでもいた。
ところが蓋を変えたら、この時代において最強の剣士と同格以上に渡り合い、負った傷も胸を浅く斬られた程度。明らかに人間として異常であった。
「ボ、
そこまで来たら人間どころかこの世の生物として怪しいレベルだが、次郎長も自分と同じ心臓一つの人間一人。ただ戦闘力が規格外なだけなのだ。
だが、この時代の戦いの主戦力である
ここで独り言。
本作、未来編は長くなりそうです。
継承式編はかなり省きます。継承式編はナス太郎フルボッコ編なので、袋叩きになりそうです。っていうか、そうします。(笑)
代理戦争は集大成として、オールスター感謝祭どころか大乱闘スマッシュブラザーズ状態にする予定です。(笑)