浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

8 / 90
12月最初の投稿です。


標的6:次郎長親分の相談事情

 半年後、川平不動産。

 その日次郎長は、川平のおじさんと交渉していた。

「屋敷建ててェんだがよう、何かいい土地ねェ?」

「今度は金を払う側かい、親分……しかも母さんがいない時に」

 頬杖をつく次郎長に、呆れ気味にラーメンを啜る川平のおじさん。

 次郎長が彼の元を尋ねた理由はただ一つ。そろそろ大きな屋敷でも建てて住みたいので良い土地を探しに来たのだ。

 次郎長が溝鼠組を立ち上げてから半年が経過したが、当然その間に子分の人数も増えればシノギを得るのに必要な物資も自然と増える。築30年のアパート暮らしだと限度があるため、ここらで大きな買い物をしようという訳なのだ。

「土地ね……まァこの町は急に開発することは無いから、広い土地なら探せばすぐ見つかるとは思うよ。ただ、屋敷建てるからにはお金は用意できてるよね?」

「人をバカにした言い方しやがって。この次郎長がそんな初歩的なミスを侵すかよう。的屋利権の独占に成功したんだ、金が足りねェ方がおかしいさ」

 クク、と笑う次郎長。

 並盛の的屋の多くは桃巨会が関わっていたため、運営している業者の大半が桃巨会の構成員であり、カタギからショバ代を搾り取っていた。しかし次郎長が仲間の救出のついでに潰した挙句町から追い出したため、次郎長の傘下に就きたくないことを理由に並盛から今までの売上金を持って撤退した。

 当然次郎長がその隙を見逃すはずなど無く、自らが持っている資産の七割を削って屋台を増やした。途中で次郎長の子分になりたいと申し出た中卒・高校中退のヤンチャ坊主を受け入れ、的屋運営の基礎を叩き込んだことでさらに人員増加と屋台増加を実施。ついには縁日・お祭りで行われる的屋は溝鼠組に独占されることになったのだ。

「しかし的屋利権の独占など、よくできたものだね」

「向こうも向こうで色々大変だったらしいからな、そこに付け込めば容易いもんよ。交渉で利益を得るのがヤクザ者さ」

 次郎長は自らより先に的屋運営していた業者達と直談判したのだが、長くなるであろう交渉は思いの外早く進み,溝鼠組の的屋利権の独占もあっさりと認めてくれた。その理由は業者の方にも実は複雑な事情にあった。

 並盛で的屋を運営している業者の多くは露天商組合に属しているのだが、組合費という名の出店の際のショバ代が高額ゆえに困っていた。縁日・お祭りなどで実際に店を出している人達は各地の露天商組合に入っており、カタギも多くいるがヤクザ勢力である組合も多い。並盛の業者は後者――ヤクザ勢力の組合だった。

 ヤクザ勢力に金を納めることが嫌だと何度も抜けたいと申し出ても聞いてもらえず、むしろ抜けたらタダでは済まさないと恐喝される始末。抜けようにも抜けられないこの状況をどうしようかと悩んでいた時に、次郎長が並盛における的屋利権を独占するべく現れたのだ。

「組合を脱退できるよう働きかけてもらうことと引き換えに、溝鼠組の並盛での的屋利権の独占を認める。業者は組合から抜けられてオイラは利権を独占できるWin-Win(ウィンウィン)の関係っつー訳よ」

「成程……ちなみに、その組合は?」

「勝男達に任せてらァ。俺が出張るまでもねェよ」

 どうやら業者の人々を組合から脱退させるどころか、組合を潰すという選択肢を選んだようだ。ヤクザ勢力同士だからこその手段とも言えよう。

「そんじゃ、また来るぜ。いい土地は早めに見つけとけよ」

 次郎長はそう言って立ち上がり、不動産の引き戸に手をかける。

 すると、川平のおじさんは忠告した。

「……次郎長、あまりヤンチャは過ぎないようにね。雲雀(ひばり)(なお)()に目をつけられるよ」

「雲雀尚弥? 何者だ」

 雲雀尚弥。

 並盛で最も大きな影響力を持つ風紀委員会の会長である男で、喧嘩に滅法強い上に病院や学校などの公共機関に口利き・裏回しができる程の権力もあるため、この並盛の表の秩序の頂点と言える人物だ。彼を恐れる者は多く、この町の行政機関ですら彼の意向に逆らうことはできないとされている。

「成程……溝鼠組(オイラたち)を目障りに思って()しに来るかもしれねェってかい」

「おや……随分と余裕じゃないか。君が潰した桃巨会ですら恐れた相手だよ?」

「手間が省けていいじゃねェか。並盛(この)(まち)の王が誰なのかはっきりさせるって意味じゃあ喧嘩売られても悪かねェ、買う価値があらァ」

「全面衝突する気なのかい……」

 これだから近頃の若者は、と頭を抱える川平のおじさん。

「まァ、喧嘩に滅法強いのはオイラも同じでい。千人でも万人でも受けて立つぜ」

 口角を最大限に上げて、次郎長は川平不動産を後にした。

 

 

 川平不動産を後にした次郎長は、喫茶店でアイスカフェオレを飲んでいた。

 純粋に寛ぎたいのもあるが、久しぶりに奈々と話をしに来たのだ。

「うめェな、ここのカフェオレ……」

「そう? それはよかった!」

 明るい笑顔をする奈々。

 しかし、それは一瞬のこと。すぐに複雑そうな表情に変わった。

「タッ君、実は相談があるんだけど……」

「俺に……?」

 目を細める次郎長。

 自分が今どこで何をしてるのかは、前に出会った際にほぼ極道だとバレている。それを承知の上で相談に乗ってほしいということは、中学・高校の同期のよしみもあるだろうがヤクザ者の次郎長でないと解決できない問題である可能性もある。

 彼女の相談に、次郎長は応じることにした。

「この次郎長にできる範囲のことなら、請け負ってやるぜ……んで、相談内容は?」

「実は――私、告白されたの!」

「……は?」

 ヤクザやチンピラ絡みの問題かと思えば、まさかの恋愛の相談に思わず次郎長はきょとんとした顔になる。

 彼女曰く、喫茶店でいつも通り働いていたところを一目惚れされたらしい。年齢は二十過ぎでイタリアで働いているようなのだが、中々の強面であり積極的に話しかけてくるが関わりづらいとのことだ。

 一先ず彼女の相談内容を聞いた次郎長は――

「奈々、断れ」

「!」

「オイラはヤクザ者だから(・・・・・・・)手ェ引いた。んなどこの馬の骨とも知れねェ野郎と付き合うのはやめておけ、ましてやどこで金稼いでるのかわからない奴なんざ信用できるかよう」

 相手がいくら好意的に接してきても、どれだけ惚れていても、何者であるのかわからない以上は下手に関わり続けるとロクな目に遭わない。万が一にも裏社会、それこそマフィアやギャングの関係者であれば、奈々への実害も容易に想定できる。

 次郎長は奈々に対しては好意を抱いてはいるが、そこから先を超えることはしない。裏社会に関わることがどれ程のリスクを背負うのかを承知しているからだ。ましてや奈々のようなお人好しは、敵対勢力に利用されたり騙されて手を掛けられる可能性が高い。それを危惧したがゆえに同期としての友人関係以上にはならずにいるのだ。

「そいつ何かヤバそうな気がすんだけどよ……名前はわかってんのか?」

「名前はまだ聞いてないわ……海外のお仕事で忙しいからってすぐ行っちゃうもの」

 奈々の言葉を聞き入れる次郎長は、内心焦っていた。

(え……何これ? まさか近藤!? 勘弁してくれよ、変態ゴリラは呼んじゃいねェんだよ!!)

 成り代わったキャラの世界にいた近藤勲(ゴリラ)が脳裏に浮かび、嫌な汗が流れる。

 室武(げんがい)も然り、石塚隆(かつお)も然り、この転生先の世界には知っているキャラが出てきている。この流れだと近藤(ゴリラ)が何の前兆も無しに現れてもおかしくはない。

「……何とも言えねーが、とりあえず何かトラブル起こったら俺に言ってくれ。週一で通ってやっから」

「本当!? ありがとう!!」

「同期のよしみだからな。だが勘違いすんなよ、俺はヤクザ者であって相談所の職員じゃねェぞ……」

 キラキラとした笑みを向ける奈々に、次郎長は深く溜め息を吐くのだった。

 

 

 一方、勝男達は――

「ガハハハ! 見たか、これが溝鼠組の力じゃあ! どうせその辺のお上りさんやと思うとるからこうなるんじゃあ!!」

 ヤクザまみれの露天商組合を壊滅させた勝男は、組合長の頭を踏んづけて高笑いする。

 ちなみに今の彼は青い着物姿で赤い襟巻を首元に巻き、七三分けで楊枝を咥えている。

「アニキ! こいつらどうしやすか?」

「ほっときほっとき、ここまでボロボロになればどうしようもできん。体制を整えて報復しに来たところでオジキに叩き潰されるのがオチじゃ」

 必要以上の追撃は止めるよう、未だ血気盛んな子分達を諫める勝男。

 しかし、組合員達は立ち上がって得物を手にする。

「……まだやるんかいな? ええ加減にしときィ、これ以上のケガ負ったら死ぬかもしれへんで?」

「う、うるせェんだよ青二才が……!!」

「てめーらに潰されてたまるか……!!」

 勝男は呆れた表情で袖をまくる。

「……しゃあないのう。ほな、次郎長一家の若頭であるこの黒駒勝男に喧嘩売るとどうなるか教えたるで」

「その必要はないよ」

『――は?』

 突如響く、男の声。

 声がした方向に顔を向けると、そこには黒い着流しを着て十手を手にした青年がいた。

「後は僕に任せなよ、君達のおかげで手間も省けたし」

「何だてめー、やるってのか!?」

「いてもうたらァァァ!!」

 組員達は勝男達ではなく、十手の青年に狙いを変えて一斉に襲い掛かった。

 だが、次の瞬間――

 

 ドゥッ!!

 

『!?』

 十手でたった一薙ぎ。それだけで、真っ正面から襲い掛かった男達を吹き飛ばした。

 男達は勝男率いる溝鼠組との戦闘で、ほとんどが疲弊して半数近くが戦闘不能であった。それでも束になって掛かれば男一人屠れる程度の力は残っていたはず。だが青年は満身創痍ながらも全力で向かってきた彼らを一撃でノックアウトしたのだ。

「……咬み砕き甲斐が無いね、つまらない」

 獰猛な笑みを浮かべ、青年はそう呟く。

 青年の圧倒的な実力に、勝男達は驚愕する。それこそ、まるで自分達の主である次郎長(オジキ)の暴れっぷりを彷彿させる光景であった。

「な、何だあいつ……!?」

「滅茶苦茶(つえ)ェじゃねェか……!!」

「オジキと一対一(サシ)でやり合えるんじゃ……」

 溝鼠組の組員達は、思わず感嘆の声を漏らす。

 そして青年が現れて一分と経たない内に、男達は皆虫の息となった。

「カタギにしちゃあ随分とヤンチャやないかい。お前、何者や?」

 勝男の問いかけに、青年は微笑んで口を開く。

「僕は雲雀尚弥……並盛の秩序そのものさ」

「っ! ――〝ヒバリ〟って、お前が雲雀家の……噂以上やな……」

 そう呟いた勝男の前に、十手の先端が向けられる。

 尚弥は返り血を浴びた顔で獰猛な笑みを浮かべ、勝男に声を掛けた。

「そこの君」

「な、何やいきなり……」

「君達の主に……泥水次郎長に伝えてくれないかい? 「並盛の王は何人もいらない」って」

「……あ、ああ……」

 勝男は頷くと、尚弥は十手の先端を下げて鼻歌を歌いながら去って行った。

 

 

           *

 

 

「……ってことじゃ、オジキ」

「並盛の王は何人もいらない、ねェ……オイラへの宣戦布告かい?」

 翌日、並盛神社にて勝男は尚弥からの伝言を次郎長に伝えた。

 次郎長は尚弥の言葉が挑発的に感じ、ある種の宣戦布告と受け取った。

「これからどないしはるんで?」

「おめーの伝言聞いてると、どうやら向こうから喧嘩吹っ掛ける可能性が高そうだ。わざわざ俺から吹っ掛ける必要はあるめェ。それに今は〝土台〟が完成してねーんでい、買うのは完成してからだな」

 次郎長の言葉に、勝男はホッとする。

 耳にした途端に怒って次郎長が戦闘モードにでもなったら手に負えない。下手に刺激させずに済み、心から安堵した。

「まァ、向こうとはいずれ相対するだろう。否が応でもな……っつー訳だ勝男、また高い買い物しに行ってくるから子分達の面倒よろしくな」

「か、買い物? どこへ行くんで?」

「東京」

「東京!? また何を買いに……」

「ドスだよ」

 次郎長は大きく欠伸をしながら、一人東京へ向かうべくその場を後にする。

 勝男もまた、子分達とシノギを稼ぐべく屋台の運営の準備を始めるのだった。




我らの風紀委員長・雲雀恭弥の親父が登場しました。
詳しい設定はまたいつかですが、容姿は十年後の雲雀をイメージしてくれれば。一応戦闘力は恭弥以上です。なぜ十手なのかは……ご想像にお任せします。

ちょっとばかり家光に触れましたが、現在まさかの変質者扱いです。(笑)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。