浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

80 / 90
このまま原作沿いもアレなので、未来編は意外な形で終わらせようと思います。


標的78:それぞれの戦場

 バイシャナと対峙した剛田は、ゴリゴリと拳を鳴らす。

「骨のよさそうな奴じゃのう。殴り甲斐があるゆーこっちゃな」

「貴様、(ボックス)兵器すら持っておらぬのか? 何と哀れな……先の時代の遺物か」

 この時代の戦闘の主軸となる(ボックス)兵器すら持たず戦闘に臨む剛田に、バイシャナは嘲笑した。

 そもそも剛田は不良(ワル)ゆえに素手喧嘩(ステゴロ)を得意とし、得物を使うことを好まない。

 

 ドゴォン!!

 

「ぐぎゃあっ!?」

 剛田は思いっきり無視して本体(バイシャナ)を攻撃。

 力任せの豪腕で繰り出された拳打で穿たれ、バイシャナはそのまま壁に減り込まされた。

「――アホかお前? わざわざ手の内明かすか」

 嵐蛇(セルペ・テンペスタ)に少しでも触れた時点で、その対象は分解される。ならば、嵐蛇を使役する者を始末すればいい。

 至って単純かつ効果的な理屈を、剛田は実行に移したのだ。

 そして予想通り、使役する者は例外という虫のいいことはなかったようで、バイシャナは自身に戦闘能力が無いこともあって避ける動作もせずモロに食らってしまったのである。

「がっ……」

「ふんぬっ!」

 とどめと言わんばかりに、バイシャナの両足首を鷲掴み、体を回転させる。ジャイアントスイングだ。

 ハンマー投げのようにバイシャナを振り回し、そのまま豪快に嵐蛇(セルペ・テンペスタ)の首元に目掛けて投げ飛ばした。

 

 ドォォン!

 

「ギャアアアアアアアッ!!」

 救援を要請させる隙すら与えず。

 まさに「次郎長の強さを継ぐ」と称されるに相応しい暴れっぷりで、あまりにも呆気なく勝負は決した。

「わしを倒したきゃあ、大幹部でも連れて来い。何の面白みもねェ」

 すでにノックダウンしたバイシャナには目もくれず、剛田は先へ向かった。

「容赦ねェな……」

「うむ! だが情けは無用だ!! 見事!!」

 闘いの様子を見ていた獄寺は顔を引きつらせ、了平は暴れっぷりを称えた。

 その上で、獄寺は並盛がいかにとんでもない魔境かを改めて思い知った。

(この町はどうなってんだよ……)

 

 ならず者の王である並盛最強の男、大侠客の泥水次郎長。

 次郎長と唯一互角に渡り合える男、雲雀尚弥。

 古より日本を守護して来た秘密組織、八咫烏陰陽道。

 

 極東の島国の一介の町が、こうも凄腕の梁山泊であれば、海外勢力は危険すぎて手を出せない。

 日本の首都のある繁華街では、海外勢力がひしめき合っているというが、並盛はそんな可愛いレベルではない。平和と書いて戦場と読むような町、一々手中に収めようとする奴などいないだろう。

 強いて言えば、面倒事は雲雀恭弥が次郎長に挑み続けていることぐらいか。

「……未来の世界でも、並盛は魔境なのかよ……」

 ミルフィオーレファミリーが並盛に拠点の一部を置いたのは、並々ならぬ努力があったのではないかと察する獄寺だった。

 

 

           *

 

 同時刻。

 朧はアイリスと死茎隊と対峙し、一触即発の状態となった。

「随分と危険な香りがするね……何人殺してきたんだい?」

「……屍の数を教えて何になる」

「つれないねェ」

 刀のように鋭く、氷のように冷たい眼光。醸し出す重厚な雰囲気は、威厳すら感じ取れる。

 心臓を射抜くような殺気に、アイリスは冷や汗を流す。

(コイツ、数えきれない程の数を殺してるね……! 日本(ジャッポーネ)は平和ボケした国じゃないのかい……!?)

 総力で潰しに行っても勝てるかどうか――アイリスは自分の強さを疑う程、朧に恐れを抱いていた。

 アイリスの死茎隊は、元々ミルフィオーレの人体覚醒部にいた研究者達。アイリスを喜ばせようと自ら進んで人体実験の被検体になり、最終的に理性を失い殺戮とアイリスを生き甲斐とする「死の兵隊」と化した面々だ。筋力と関節を増殖することで腕を伸ばすことができ、人間を超越した力を有する屈強な僕であり、その支配権はアイリスにある。

 だが、朧のそれはアイリスの想像を遥かに超えていた。対面しただけでも()()()を感じ、死が間近であると錯覚させた。

(奴はここで殺さなきゃ、白蘭様を脅かしかねない!!)

 すぐにでも始末するべく、先手を打つアイリス。

 だったが――

 

 ドドドドッ!

 

「な……!?」

 アイリスと死茎隊の身体に、針が突き刺さる。

 その直後、一斉に吐血して倒れ伏した。

「がっ……ゴホッゴホッ!?」

 どうにか立ち上がろうとするが、その隙に朧は死茎隊を次々と蹂躙。

 壁に減り込まされ、頭を潰され、周囲には血の池が出来上がった。

「な、何をした……!?」

「経絡を毒針で突き、体内を破壊しに行っただけのこと。たとえ人の理から外れようと、生物の理から外れなければ容易なのは変わらん」

 経絡を突いて毒の巡りを早めて身体能力を奪い、驚異的な身体能力と気功、小太刀による剣術であっという間に全滅させた朧。

 これ程の猛者がまだ生き残っていたことに、アイリスは驚きを隠せない。

「……貴様の兵隊は解毒能力までは持ち合わせてないようだな」

「くっ……」

「俺は次郎長と違う。……己の運命を呪え」

 静かに死刑宣告を継げ、小太刀で心臓を貫こうとした、その時だった。

 

 ガギィン!!

 

「……貴様」

「それで勘弁してくれよ」

 山本が刀で防いだ。

 朧は山本を睨み、「なぜ邪魔をする」と質した。

「……俺は人殺しじゃないんだ。それにここまで痛い目に遭えば懲りてくれるだろ?」

「……」

 

 ビシッ!

 

 朧は手刀で山本を気絶させた。

 応えは、否だ。

「……お前……」

「情を挟めば禍根を生む。それもわからぬ頭で関わるな」

 気絶する山本を一瞥してから、朧は小太刀を振り上げ、そして……。

 

 ドシュッ――

 

 

           *

 

 

 それぞれの戦場で、あっという間に勝負がついた頃。

 次郎長は幻騎士と壮絶な剣戟を繰り広げていた。

 

 ガガガガガガガッ!!

 

「くっ……!」

「ちぃっ……!」

 一撃一撃が壮絶を極める。

 その一太刀に死が纏う。

 10年前から飛んできた全盛期の次郎長と、10年後の世界で最強の座を獲得した幻騎士。抜き身も見せぬ居合と変幻自在の四刀流による打ち合いは、異次元の領域だ。

(隙が無い……応援に行けない……)

 クロームは頂点の戦いを見せつけられ、動けずにいた。

 あの二人の周囲は、人間が入れる世界じゃない。

(骸様なら……助太刀できるのかしら……)

 少なくとも、自分の力では次郎長の足手まといになる。

 それが痛い程わかっているからこそ、見届けるしかなかった。

「おじさん……」

 それはツナも同じだった。

 ツナは次郎長よりも先に未来へ飛んだため、この時代の実力者に苦戦しながらも勝利を収めた。仲間やリボーンの支えもあり、死ぬ気の炎の精度も格段に上がっている。

 それでも、目の前の攻防にはついて行ける自信がない。一瞬でも気を抜けば見失ってしまう凄まじい戦いなのだから。

「ならば……!」

 幻騎士は幻覚を用い、分身を一体作って挟み撃ちを仕掛ける。

 次郎長はすかさず刀と鞘の二刀流に切り替え、的確に捌いていく。

 肩や頬に幻騎士の斬撃が届き、次々と傷が刻まれるが、それは決定打とは程遠い。だが剣の技量は、やはり幻騎士が上であった。

「おのれ……!」

 次郎長が想像以上に食らいついていることに、苛立ちを隠せなくなる。

 さらに幻覚で分身は増やせるが、その隙を与えてくれない。むしろ分身を増やしたことで、次郎長は極限状態となったのかさらなる〝強さ〟を引き出してしまったようにも思えた。

「うらァッ!」

 一喝と共に刀を逆手に持ち替え、柄頭で胸を穿つ。

 豪腕によって放たれる衝撃に、幻騎士はたじろぎ、その隙に居合で分身を撃破する。

「ハァ……ハァ……ハァ……」

(まさか……そんな!)

 荒い呼吸を繰り返す次郎長に、ツナとクロームは言葉を失う。

 全盛期の次郎長親分でも、幻騎士には敵わない……!?

「……それが貴様の限界だ。次郎長」

「ハァ……ハァ……」

 幻騎士は汗を流しつつも、冷たい眼差しで見据える。

「無駄な抵抗はやめろ。俺はさらに強くなれるのだぞ」

 まだ余力が残っていることに、二人の絶望が少しずつ広がる。

 次郎長の戦闘力は凄まじいが、彼は死ぬ気の炎を扱えない。純粋な腕っ節で裏社会で成り上がったからだ。片や幻騎士は死ぬ気の炎を扱い、非常に精度の高い幻覚の使い手。普通に考えれば、幻騎士は圧勝してもおかしくない。次郎長が異常だったのだ。

 しかし、次郎長も人の子だ。限界は存在する。幻騎士のトリッキーな戦術に、戦闘勘と喧嘩殺法ではついて行けなくなってきたのだ。

「しかし、これ程の実力……殺すには惜しすぎる。白蘭様に忠誠を誓えば、命だけは助けてやろう。断るなら、殺すまでだが」

「ハァ……ハァ……」

 次郎長は呼吸を整え、ゆっくりと刀を鞘に収め、腰に差して仁王立ちする。

 戦意は失っていない。居合で最期の一撃に出るつもりだ。

「……覚悟ありか。いいだろう」

 幻騎士は幻覚で分身を五体に増やし、剣を構えた。

「散れ!!」

 分身と共に、一斉に飛びかかる。

「おじさん!!」

「おじ様っ!!」

 縁の深い若者二人の悲鳴が木霊する。

 次郎長は全神経を研ぎ澄まし、幻騎士とその分身達が射程範囲に入った瞬間、刀の柄を掴んだ。

 

「うおおおあああああああああああああっ!!!」

 

 ドンッ!!

 

「「!?」」

 幻騎士の本体の身体に、一筋の深い傷が走り、鮮血が散った。

 その直後、分身は一気に霧散する。

「かっ………バ、カな……」

 次郎長よりも早く動き、早く技を繰り出したのは紛れもない事実。いかに抜き身も見せぬ抜刀術を十八番としていても、すでに幻騎士の刃はあと数歩で届く寸前。確実に間に合わないはずだった。

 それなのに。次郎長より早かったのに、先に技を決められたのだ。

(一体……何が……!?)

 意識を失う寸前、最後に見たのは、()()()()()()()次郎長だった。

 

 

「……」

 その速さに、ツナは言葉を失った。

 次郎長が居合の達人であるのは、幼少期から知っていた。だがこれ程までに速いのは初めてであった。

「おじさん……今の……」

「オイラにとっての〝最初にして最強の敵〟を倒すための切り札でい。血の滲むような練習をしたん甲斐があった、実ィ結んで何よりだぜ」

 刀を納め、血の池に倒れ伏す幻騎士を見下ろす。

 

 あの時、一体何があったのか。

 それは、次郎長の切り札にあった。

 

 次郎長の切り札の正体は、逆抜き不意打ち斬りと呼ばれる抜刀術。左手で逆手に抜き、刀の峰に右手を添えて刀を押し出して斬り伏せる技。

 無法の世界で名を轟かす泥水次郎長にとって、最初にして最強の敵である(デイモン)・スペードを倒すために長きに渡る修練を積んで会得した、至高の領域に到達した神速すら超えた居合術。射程範囲に入れば、まず間違いなく重傷あるいは致命傷を与えられる。

 

 しかし次郎長は、これを多用することは好まない。切り札だからというのも当然あるが、躱されたら隙が通常の抜刀術よりも大きくなるからだ。

 通常の居合なら最初の一撃を躱されても、鞘による二段抜刀術や振り抜いた力で回転しながらもう一撃を狙うことも可能だが、逆抜き不意打ち斬りは正真正銘の一撃必殺。躱されたら決められる、ハイリスクハイリターンの剣技であるのだ。

「……おじさん、幻騎士は」

「捨て置け。筋を通さねェ野郎を庇う義理はねェ。あとはそいつの運次第だ」

 ヤクザらしい非情な判断を下し、先を急ぐことを伝える。

 ツナとクロームは何か言いたげだったが、その言葉を呑みこんで次郎長と共にその場を後にした。




このペースだと、来年の上半期ぐらいに完結すると思います。
ホラ、あとはナス太郎との決着ぐらいだし……。

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