浅蜊に食らいつく溝鼠   作:悪魔さん

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ついに最終回です。


標的86:時代の終わり

 それは、突然だった。

 

「……もう、おめーらは十分成長した。泥水次郎長の時代は、俺自身が終わらせる」

 

 息を呑む組員達。

 かつては最強の名と王の称号を欲しいままにした男の言葉は、非常に重かった。

 並盛の王として、魔境の支配者として君臨して十五年余。その支配体制に、終止符が打たれる時が来た。

 そして、それを打つのは己自身だった。

 

「今日を以て、溝鼠組()()組長・泥水次郎長は組長を引退する。二代目は若頭の黒駒勝男。襲名披露詳細は追って沙汰する」

 

 一つの時代が、今終わろうとしていた。

 

 

           *

 

 

 翌日、沢田家。

「おじさんが組長を引退する!?」

「そうなんだよ……」

 綱吉達と親交が深い登は、緑茶を啜りながら語った。

 今まで次郎長がボンゴレと敵対していたのは、(デイモン)・スペードの存在だった。彼との因縁に終止符を打たない限り、並盛はボンゴレによる動乱で血の海となると考えていたからだ。

 しかし、デイモンは先日()()()()逝った。妄執の化け物から一人の(おとこ)に戻って還っていった。

 それはつまり、デイモンとボンゴレの呪縛から解放され、次郎長が戦う理由は無くなったということ。務めを果たし、自分が出る幕はないと悟ったということだ。

「今のボンゴレのボスは、実質XANXUS(ザンザス)。そしてリング戦での協定上、ツナへの手出しは一切禁止。タイミングとしちゃあ妥当だな」

「……じゃあ、この傷は名誉ですね」

 自身の胸に手を添える登に、リボーンは複雑な表情を浮かべた。

 登は、ボンゴレと並盛の全面戦争をその身を賭して回避した。その結果、紆余曲折を経てツナはボンゴレ継承権を棄てる形となった。この件についてはXANXUS(ザンザス)も割り切っており、全てを手に入れた以上ツナを相手にする気はないとのことだ。

「フフ……タッ君も色々頑張ってたわね~。確かに休んでもいいと思うわ」

「さすが奈々さん。オジキさんの気持ちを一番わかってる」

「タッ君は私の同級生よ? あの人のことは一番わかってるつもりよ」

 奈々は慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

 彼女にとって次郎長は、気の置けない友人であると同時に頼れる大人の一人であり、そして()()()()()()()()()一番心配していた男である。

 同じクラスにいたことから喧嘩に明け暮れた暴れん坊を、隣で見守り、時に説教してきた。ヤクザになってからもその関係は続き、むしろ大人になったことで親密さが増した。一時は二人は結ばれて奈々が極妻になるのではと囁かれたが、次郎長が「しがらみを残すのは困るし、ヤクザの女になったら幸せになれない」として奈々との関係の進展を拒んだ。

 それが家光との関係に繋がることになるなど、知る由も無かったろう。

「……バカな人だとは思ってたわ。挨拶するように殴って蹴って、誰彼構わず喧嘩して……でも常に真っ直ぐで不器用で。正直な話、私はタッ君と結婚しても悔いはないと思ってたわ」

「母さん……」

「ママン……」

「でも、タッ君が許さなかった。その気持ちは痛い程わかるわ。タッ君のやってる仕事は、決して褒められるようなことじゃないから」

 そう、ヤクザ稼業は疎まれて当然なのだ。

 この町の人達が吉田辰巳という「人間」を知っていて、彼の人柄や行動理念を解ってるからこそ受け入れてるのであって、世間的には受け入れられないのだ。

 その非難の矛先が、一家以外の人間に向けられるのを次郎長は恐れていた。だからこそ、奈々とは元同級生の友人という関係から先の展開へ進むのを拒んだのである。

「オジキさんと奈々さんが結婚、か……それはそれで見たかったな。あ、でも今からでも間に合うか。家光さんと縁切れば」

「ママンや俺達は良くても家光はダメだろうな」

「でも仕送りしかしないで年に数日しかいない父親と、昔の義理だからと父親の代わりに体張って護ってくれるオジキさんとじゃあ、父親の方が塩対応になりますよね普通」

「だな。今思えば、アイツがやらかしたせいだしな」

 エスプレッソを嗜むリボーンは、容赦なく切り捨てる。

 家光は仕事と部下との付き合いは完璧だが、私生活と家族の付き合いはからっきしだ。その家族の付き合いで、ツナは次郎長を選んだ。

 ぶっちゃけた話、家光なら強引にツナを引き込むこともできるが、そんなマネしようものなら次郎長が本気で潰しにかかるし、奈々もそれをスルーする。っていうか、奈々はツナの為にと次郎長を支持しかねない。その上、下手を打てば次郎長に匹敵する人外魔境(なみもり)の猛者共も動き出す。

 要は、家光は詰んでるのである。取り返しがつかないレベルに。

「……まあ、同情はねーな」

「同じく」

「オレの父さん、人望が薄くなってる……」

 ツナは実父の人望がゼロに近づいていくのをしみじみ感じた。

 もっとも、今までカタギとして生活してた息子をマフィアの世界に引き込もうとした時点で人望も減ったくれもない気もするが。

 

 

           *

 

 

 三日後、溝鼠組邸宅にて二代目組長の襲名披露が行われた。

 大広間には、大勢の人が集まり、横一列に並んでいる。その中には親戚縁組である魔死呂威組組長の中村京次郎や地元の有力者も並んでいた。

「黒駒勝男、謹んで溝鼠組二代目を継承致しやす」

 頭を垂れる、袴姿の勝男。

 その前では胡坐を掻く次郎長の姿が。

「……組を任せたぞ、勝男」

 次郎長は目を細める。

 この継承式が終われば、次郎長は実質隠居の身。後の憂いや脅威となる勢力はあらかた排除でき、組の基盤も揺るぎないものとなっている。自由の身と言えば自由の身だ。

 ふと思えば、生を受けて34年、次郎長は片手で数える程度しか負けてない。戦いの中では引き分けも多かったが、別に今になって決着を付けようという気はこれっぽっちもない。次郎長は最強のままで終わるのだろうか。

(……まあ、恭弥にゃ(わり)ィが、このまま逃げ切りだな)

 恭弥からは一方的にライバル視されているが、生憎彼は学生の身。風紀委員会は多忙ゆえ、襲名披露には来れないだろう。

 そう思っていたが……。

「……おい、下がってろてめーら」

「オジキ?」

「どうやら、()()()()()()終わらせちゃもらえねーようでい」

 

 ドゴォン!!

 

 刹那、物凄い勢いで障子が破壊され、ランチアがすっ飛んできた。

「ぐっ……!」

「な、何じゃあ!?」

「どこの組のモンじゃあ!!」

 組員達は一斉に殺気立つ。

 眼前には、鮮血が滴る仕込みトンファーを手にし、学ランをなびかせる獰猛な獣が一匹。

「ひ、雲雀恭弥!!」

 そう、並盛が誇る最凶の風紀委員長・雲雀恭弥その人だ。

「おんどりゃあ、何しに来たんじゃワレェ!!」

「いてもうたろかぁっ!?」

「やめとけ、おめーらじゃ咬み殺されるだけだっつーの」

 メンチを切る子分達を制し、次郎長は袴姿のまま前に出る。

「……祝辞の代わりにカチコミかよ。おめーらしいっちゃあおめーらしいか」

「引退式だって? フザけないでくんないかな? こんな身勝手早々無いよ、このまま勝ち逃げさせるわけにはいかないんだけど」

「いや、おどれが一番身勝手じゃろーが!! これワシの襲名披露も兼ねとるんやで!?」

 ごもっともなツッコミをかます勝男。

 しかし、これはこれで並盛らしいどんちゃん騒ぎではある。

「……まあ、()退()()()って解釈させてもらうぜ」

「いやオジキ、せやからこれワシの襲名披露やって――」

「よっしゃあ、てめーら!! こうなったら気が済むまで暴れんぞ!!」

「オジキィィィ!!」

 勝男の断末魔が木霊すると同時に、次郎長の現役最後の大乱闘が勃発したのだった。

 

 

 二時間後、会場は文字通りボロボロになった。

「ハァ……ハァ……さすがにしんどい……」

 次郎長は仰向けに倒れ、天を仰いだ。

 大乱闘は当初こそ次郎長と恭弥の一騎打ちを周りが止める形だったが、途中で並盛の表の頂点である尚弥が乱入したことで混沌と化し、次郎長に黒星をつけさせんと躍起になるという事態に発展。溝鼠組は次郎長に付いたが、雲雀親子の凄まじい連携の前に次郎長以外は総崩れとなった。

「やっぱ親子はキツイっての……」

「君の戦い、結構早い段階から一人だったもんね」

 青痣と血で塗れた顔を拭う次郎長。

 恭弥としては次郎長をこの手で咬み殺せなかったのは不服だが、久しぶりに見る次郎長のボロボロな姿に満足したのか、自らもボロボロでありながらニヤニヤ笑っている。

「……で、オイラのボロボロな姿見て気ィ済んだか?」

「まあ、気分は最高だね」

「そうかよこの野郎」

 すると、ボロボロな尚弥が愛用の着物から、封筒を取り出した。

「はい、これ」

「……んだよ、おめーも筋通すじゃねーか」

 次郎長は不敵に笑いながら受け取り、封筒を開けて中身を手に取った。

 そして中身を見て数秒後、青筋をビキビキと浮かせた。

「……て、てめ……!」

「期日までに風紀委員に出しといてね。非合法でも所得は所得。君は極道としてだけでなく、()()()()()()()()筋も通してよ。破ったら資産凍結ね」

「何でこのタイミングで税金払えっつーんだよ、アホンダラ!!! しかも明後日じゃねーか!!!」

 その日、次郎長の怒りの絶叫が、町内に響き渡ったという……。

 

 

           *

 

 

 月日は流れ、年末。

 待ちに待った冬休みに、ツナは浮かれていたが。

「起きろバカツナ」

「ふぎゃっ!?」

 鳩尾にダイビングされ、ツナは痛みで跳ね起きた。

「冬休みだからって調子乗ってんじゃねえ。宿題に加えてママンへツケ払わねーと家光みたいになるゾ」

「わ、わかったから銃向けんなよ銃を!!」

 眉間に銃を突き付けられ、ツナは泣く泣くベッドとおさらばする。

 大きく欠伸をしながら階段を降り、リビングのドアを開けると……。

「おう、起きたかツナ」

「――おじさん!?」

 何と、出迎えたのは奈々ではなく割烹着姿の次郎長だった。

 並盛の王者がなぜ朝から沢田家で朝飯を作っているのか? 目の前の光景に混乱するツナだったが、こたつで寛ぐ奈々の言葉にハッとなる。

「ツッ君、おはよう。タッ君がご飯作ってる間に顔洗ってね?」

「出来上がるまでもうちっとかからァ。ついでに寝ぐせも直しとけ」

「は、はい……」

 やけに手慣れた様子で野菜を切っている次郎長に、目を何度もこするツナ。

 言われたとおりに顔を洗って寝ぐせを直すと、すでに人数分の朝ご飯が用意されていた。

 白ご飯に味噌汁、焼き魚、ほうれん草のお浸し……昔ながらの和食である。

「それじゃあ、いただきましょう♪」

 全員でいただきますの挨拶をすると、そのまま次郎長特製ヤクザ朝食を口へ運んでいく。

「……おじさん、チビ達のも用意できるなんて……」

「大所帯な上に、真面に家事できる奴いなかったからな。飯はオイラが全員分作る時もあった」

「塩加減が丁度いいわぁ♪」

 朝ご飯を堪能する一同。

 しかし、今はそれどころじゃない。

「おじさん、何でいるの……?」

「組にいつまでもいる必要無くなったし、特にこれといった敵もいねーしな。奈々と相談して沢田家の家政夫になった」

「そ、それってお手伝いさんってこと?」

「おう。仕事内容は炊事、洗濯、掃除、育児、用心棒だ」

 最後のは別にリボーンでもいいんじゃないか、とツナは思ったが言わないようにした。言ったらぶん殴られる気がした。

 それにしても、ヤクザの元組長が家政夫になるとは。

「……ガキ共、今日どうする? おじちゃん付き合えるけど」

「親分、すごろくやろうよ!」

「イーピン、雪ダルマ!」

「ランボさん雪合戦だもんねー!!」

 普通に子供の対応をしている次郎長に、ツナは遠い目をした。

 家光より父親の務め果たしている。本人はどうも親戚のおじさんポジらしいが。

「じゃあ小一時間雪合戦すっか。午後は天気崩れるっぽいから、そしたらすごろくだ」

「「「やったー!」」」」

「タッ君、頼もしいわぁ!」

 ほんわかする空気に、リボーンは「中々やるじゃねーか」と舌を巻いた。

「……あなた、随分と手慣れてるのね。ジャパニーズマフィアなのに」

「子育ての経験はガチであるからな。どこの誰から産まれようと子供は子供だ」

 ビアンキの指摘にさらっと返答する次郎長。

 やはり大親分は、家族を持つのに慣れている。

「あ、そうそう! 今日家光さん帰ってくるのよ! タッ君、美味しいごちそう用意しといてくれる?」

「ハァ? あの野郎(バカ)、今更帰ってくんのかよ」

「だって家光さんに報告しないといけないのよ? タッ君はこれからツッ君の養父になるんだし」

『――は?』

 奈々の口から出た爆弾発言に、全員の目が点になる。

 それはあの一途なママンが、旦那を見限ったように感じる言葉。

 リボーンは「ついに来ちまったな……」と小さくボヤいた。

「ほら、タッ君って組長さんだった頃からツッ君の面倒見てくれたじゃない? たまにしか帰ってこない家光さんよりも、よく家に出入りしてるタッ君の方がツッ君も気が楽でしょう? リボーンちゃんはツッ君の家庭教師だから、ランボ君達の面倒見るのも大変そうだし」

「ド正論かよ」

「それに家光さん、家に戻ったらすぐお酒飲んで横になっちゃうし……。仕事のストレスはタッ君以上かもしれないから、正直タッ君がいてくれた方が助かるなーって」

「無自覚に家光を貶めてらァ……」

 ここへ来て、家庭をほったらかしにしている家光のツケが回ってきたのだった。

 

 

 その日の夕方。

「奈々ー! 今帰ったぞーー!!」

 家光が靴をほっぽり投げて上がり込んだ。

 久しぶりの家族の時間、と有頂天になりながらリビングに入ると、そこには……。

「あっ……」

「来やがったなこの野郎」

「じ、次郎長……!?」

 ツナとランボ、フゥ太とすごろくをしている次郎長が睨みつけていた。

 家光はポカンと棒立ち。情報処理が追いついてないようだ。

「な、奈々……? 何で次郎長がいるんだ……?」

「家光さん、私ね、タッ君をツッ君の養父にすることにしたの!」

「…………ええっ!?」

 家光は口をあんぐりと開けて驚愕。

 ――どこからそういう話になったんだ!?

「家光さん、中々帰ってこないし手紙もビデオレターもくれないもの。最近だとインターネットでテレビ電話できるのよ? 仕送りはありがたいけど、ツッ君の人生相談は全部タッ君がやってくれてたの。私の家事の代行もやってくれたし!」

「次郎長! 何てことを!」

「「てめーがいけねーんだろうが」」

「リボーン!?」

 次郎長どころか旧友(リボーン)にまで切り捨てられる始末。

 家光の孤立化がどんどん進んでいく。

「リボーンちゃんもランボちゃんも、みんな私の家族だけど、付き合いの長いタッ君だけ仲間外れは不公平でしょ? 家光さんはタッ君が関わるの嫌がってたし、タッ君も立場が許さなかったけど……」

「けど……?」

「この前、タッ君は組長さん引退したのよ! 勝男君達にあとを任せたようだし、今日からタッ君を正式に沢田家に迎えるの!」

 ウキウキとした様子で奈々は幸せそうに語る。

 奈々としても、やはりツナだけでなくランボ達の養育も視野に入れてたようで、それなりに悩んでいたらしい。こういう時にこそ父親の家光の出番のはずなのだが、案の定ボンゴレ優先なので、代わりに次郎長が自分の時間を削って手伝ってくれていた。大家族の大黒柱だったゆえに()()()()()手慣れており、胃袋も心もガッチリ掴むことに成功し、今では経済面で支える家光以上の信頼を得るのにそう時間はかからなかった。

 まあ、要は家光が家庭をほったらかした間に次郎長が後釜に座ったのだ。そしてツナ達は了承し、それどころか歓迎したという訳だ。

「要はかませ犬だな。御役御免ってこった」

「な、奈々ァァァァァァァァ!!」

 家光は涙目でバターンッ!! と盛大に倒れた。

「やっぱ家内が言うと破壊力あんだな」

「まあ、顔立ちは家光なんかよりおめーの方がいいしな」

「このまま縁切ってくれればいいのにな……」

「ツナ、てめーは鬼か」

 

 

 こうして、日本の裏社会最強の極道・泥水次郎長の時代は終わりを告げた。

 

 彼の生き様と戦いは後世に語り継がれ、「伝説のジャパニーズマフィア」として畏敬の念を集めることになる。

 

 10年後も、彼の死後も、その豪傑ぶりは色褪せることはないだろう。

 

 

 

 浅蜊に食らいつく溝鼠 完




これにて本シリーズは完結となります。
色々描写が足らない部分もあるかと思いますが、そこら辺はご想像にお任せします。

次郎長は組の経営を勝男達に丸投げして隠居ですし、ツナはボンゴレ継承しないですし、白蘭は復讐者に監視されますし……まあ、丸く収まって入るかな?(笑)


「虹の呪い編」が気になる方もいると思いますが、多分一話完結なのでざっくりまとめますと以下の感じになります。

次郎長が顔見知りの川平が変な動きしてることを怪しむ

何かアルコバレーノ絡みだし、面倒だからとバミューダに密告

手を組んで並盛中を探したら、川平の暗躍が判明

戦争しようしたからボコボコにして事情を聞き……。

って感じです。
この件には八咫烏が絡んで、川平と面識があったのでさらにボコッとくというノリですね。(笑)


あと補足のネタとしては、古里家が百地から商店街の運営権を譲渡されたり、10年後に恭弥が尚弥の後を継いで並盛町長になったり……まあ、ドタバタ日常ってとこですかね。

掲載開始から三年余り。ブクマ3000件以上。
途中からグダグダになった本作を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
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