結月ゆかりside
私、結月ゆかりは大学を卒業して、それなりに有名な企業に就職することができた。将来的に給料は他の企業より多くもらえるし、企業の知名度も相まって自分は勝ち組だと信じて疑わなかった。
それが間違いだと気付いたのは、研修が終わりしばらく経った頃だ。配属された部署でありえない量の仕事を、さも当然と言わんばかりに上司から渡され愕然とした。当時は大企業だから1人あたりの仕事量も多いのだと、割り切ってがむしゃらにこなしていた。初めは持ち前の要領の良さを活かしてなんとかなっていたが、日に日に溜まるタスクに強制されるサービス残業が徐々に私の精神と肉体を蝕んでいった。そう、私が就職したところは俗に言うブラック企業だったのだ。
定時なんて概念はなくサービス残業は当たり前、膨大な仕事を期日までに終わらせることが出来ず休日出勤でほとんどの休みが消えた。そしてついに限界を迎え、半泣きになりながら辞表を叩きつけたのが先月。現在絶賛求職中である。
半ば逃げるように辞職してしまったため再就職支援など受けられるわけもなく、自分の力で新たな就職先を見つけなければならない。とは言えブラックだったが大企業に就職出来た事もあり、直ぐに見つかると思っていて楽観的にとらえていた。
結論から言えばその考えは甘いと言わざるをえなかった。応募した企業から来るお祈りメールの数々。上手くいかない2度目の就活に半狂乱になりかけたが、まぁ当たり前である。考えてみてほしい、わずか数年で自主退職するなど企業にとって歓迎されるものではない。そんな人を積極的に受け入れてくれる企業はごく少数だろう。
目下の悩みはそれだけではない。先立つ物、有り体に言ってしまえばお金がないのである。いくら数年間働いていたといっても新社会人がもらえる額なんてたかが知れてるし、再就職のための就活をしていた1カ月間は収入はない。さらに一人暮らしをしていたため貯金はあっという間に減っていった。さすがに今直ぐ飢え死にしてしまうほど困窮はしていないが、このままではそうなる未来も遠くないだろう。余計な出費を抑えるために見栄を張って借りていたそれなりに家賃の高いマンションを出て、必要な荷物をまとめたキャリーバックを転がしながら新たな住処について考えをめぐらし街を歩いていた。
「―――ぃ」
やはり定番はビジネスホテルだろうか。就職した際に社宅、というか社員寮みたいなものがあるのならそちらに住みたいし、そう考えると短期間の利用が許されるビジネスホテルで寝泊まりするのがいいのではないだろうか。
「ぉーぃ」
それともネットカフェだろうか。利用料金はビジネスホテルと比べてぐっと抑えることが出来るので金銭的余裕がない今は充分ありな選択肢ではないだろうか。いやしかしネットカフェは大勢の人が出入りする上に防犯性は皆無だから少々不安が・・・うーん。
「おーいってば!」
・・・もしかして私を呼んでいるのだろうか。自慢じゃないが私の交友関係は大学を卒業した段階でリセットされ、今でも連絡を取り合う友達なんていない。忙しさを理由に同窓会などを参加しなかったら声すらかからなくなった。なぜだろう目から汗が・・・。つまり今声をかけてきているのは知り合いでない。可能性として考えられるのはナンパか悪徳商法。ナンパなんて生まれてこの方1度もされたことがないので悪徳商法でしょう。おのれただでさえ懐が寂しいゆかりさんから金を巻き上げようなど、許さん!
どんな甘い誘い文句でも断固拒否を突き付けてやろうと後ろを振り返ると、そこにいたのは
→幼馴染で大学卒業までずっと一緒だったマキさん
高校時代になつかれた部活の後輩の琴葉姉妹
大学時代にお世話になった先輩のずん子さん
幼馴染のマキさんだった。
こちらに向けて笑顔で大きく手を振る彼女を見て、最後に見た大学卒業の日と何一つ変わらない様子につい笑みがこぼれる。スーツを着てちょっと大人っぽく見えるのに、子供のようなしぐさに懐かしさを覚える。いや、どうやら変わっているところが1つあった。彼女のスーツを押し上げるその豊満な胸だ。遠目に見ても昔より成長しているように見え、しかも走ってこっちに向かってくるものだからゆさゆさと・・・う、羨ましくなんてないし。
「やっぱりゆかりんだ!こんなところで会えるなんて奇遇だね!」
「お久ぶりですマキさん。大学卒業以来ですね」
「お互い就職してから会えてなかったからねぇ。あんまり連絡できてなかったから心配してたんだよ?ゆかりんは仕事?おっきいキャリーバッグ持ってるからもしかして出張とか?」
「いえ、それがですね。やめたんですよお仕事」
「・・・えぇ!辞めたって・・・ゆかりん有名なとこに就職したって喜んでたじゃん!?」
「しかも今住む場所もないです」
「えええぇ!どうゆうこと!?一体ゆかりんに何があったのさ!」
自身の現状を端的に伝えるとマキさんは驚いて目を白黒させいていた。というか私が説明を省き過ぎて恐らく何も伝わっていないと思う。
「あー、ちょっと話すと長くなるんですが・・・」
「それならこの近くに落ち着いて話せる場所があるからそこ行こう!」
「い、いえでもマキさんお仕事中じゃ」
「仕事なんかよりゆかりんのほうが大事だよ!きっちりお話聞かせてもらうからね!」
「あっ!」
そう言うとマキさんはキャリーバッグをつかんで、私の手を引きながら進んでいく。しかも私がよろけないように優しく引っ張る紳士ぶりだ。さすが大学で「彼氏にしたい女性ランキング」で1位をとっただけある。本人はあまりこの称号を喜んでいなかったが、このジェントルメンな精神は一長一短では身に付かない。そういえば小さい頃はこうやってよく腕を引かれていた気がする。引っ込み思案な私と物怖じしないマキさんの2人でいろんなところに遊びに行って、今思えばいいコンビだったんではないだろうか。
それにしても、「仕事なんかよりゆかりんのほうが大事だよ!」ですか。ふふ、今顔を見られていなくてよかったです。いくら女の子同士とはいえ面と向かって言われたらさすがに照れますからね。
~~~~
「なんというか、ゆかりんも苦労してたんだねぇ・・・」
「ええまぁ、悪い意味でいろんな経験を積んだんで感覚がマヒして慣れてしまったんですけどね」
マキさんに連れられてやってきたのは、通りに面したおしゃれなカフェだった。マキさんの行きつけの店らしくコーヒーがおいしくて休憩時間によく行っているそうだ。平日の昼間ということもあり、客は少なく静かなので話をするにはうってつけだろう。
2人とも注文したコーヒーを飲みながら、就職してからのことを一通り話すと悲しそうな顔をされてしまった。私のとっては慣れてしまい何とも思わないのだが、世間一般からしてみればやっぱりくるものがあるのだろうか。辞職という選択を取った私はなかなかにファインプレーだったのだろう。話疲れて少しのどが渇いたのでもう一口コーヒーを飲む。苦いままだと飲めないのでミルクと砂糖を入れたのだが、どうやら砂糖を入れ過ぎたようで甘くなってしまった。せっかくおいしいコーヒーなのに味を確認しながら砂糖を入れればよかったと少し残念な気持ちになり嘆息する。
私がコーヒーを飲むのを待っていてくれたのか、カップを置くとマキさんは咳払いをして、明るい声音で言った。
「んんっ!えーっと、話をまとめると仕事を辞めたゆかりんはお金がないからマンションも引き払って途方に暮れていたと」
「そうですね、おおむねあってます」
「はぁ〜、前から何となくわかってたけどさ。ゆかりんってアホだよね」
「なっ!?そんなことはありません!大学では成績だってよかったしブラックだったけど大企業だから総合的に見れば就職も上手くいってましたよ!」
「そういうちょっとズレた回答がアホっぽいし。ブラックだった時点で失敗じゃん、しかも転職が上手くいってないからそれはノーカンでしょ。そもそもマンション引きはらう前に新居探しておけばそこまで苦労しなかったんじゃない?」
「・・・マキさん、あなた天才ですか?」
「ダメだこの子」
どうやら辞職したことが知らぬ間に相当精神に負担をかけていたようだ。よく考えたら気づくような事も見落とすとはかなり末期かもしれない。
確かにマンションを出たのは少々早計だったかもしれない。お金がないとは言えあと1カ月間は暮らせたはずだ。そうすれば新居も見つける暇もあるし精神的余裕から就活もうまくいくかも…あれ?私ってば頭弱すぎ?
自分の至った結論にショックを受けていると、正面に座るマキさんが落ち着かない様子でチラチラとこちらを見ていた。そわそわと体を揺らし頬をうっすら赤く染めながら、何かを言いたげに口を開いては閉じを繰り返していて、正直見ていて面白い。
「あーその、さ。ゆかりんは今日泊まるところがなくて困ってるんだよね?」
「そうですね。ビジネスホテルとかネットカフェとか色々考えてるんですけど、お財布と相談ですかね」
ビジネスホテルはサービスとか防犯性とかが行き届いているが長期で泊まるとなるとお金がかかる。ネットカフェならその点は問題ないが年頃の女子があそこで寝泊まりするには危険だろう。むむむ・・・悩む。
「それでさ、ものは相談なんだけど・・・」
「どうしたんですかマキさん。いつになく歯切れが悪いですけど」
ま、まさか友達の縁を切ろうとかではないだろうか。「同い年で無職はちょっと…」とか言われてしまうのだろうか。いやまさかマキさんに限ってそんな、いやでもそれなら言いづらそうにしていたのにも納得が―――。
「ゆかりん!」
「は、はい!」
「私の家に…来ない?」
ワタシノイエニコナイ?私の、家に、来ない?それはつまり話の流れ的にマキさんの家に泊まっていいってことでしょうか。マキさんとは気心が知れてるから共同生活も苦ではないし、ルームシェアということなら家賃も半分で済む。もともとマキさんの家だから就職が決まったら家を出るのに面倒な手続きが必要ないし、ネットカフェやビジネスホテルに比べて断然安全。そしてなによりマキさんという話し相手がいるから寂しくもない。
お金がかからず、安全で、独りじゃない、それって・・・最高ですね!
「も、もちろんゆかりんが嫌じゃな」
「是非住まわせてください!」
「ふぇ!?手、手ぇ!」
マキさんの手を握り身を乗り出す。幼少期からずっと一緒にいたがやはりマキさんは優しい。
「ありがとうございますマキさん!地獄に仏とはこのこと、いえ!救世主、女神ですね!地獄の女神マキさん!」
「なにそのダサいネーミング!?わ、わかった!わかったから、近いよゆかりん!」
「あ、ごめんなさい、少し興奮してしまって・・・」
マキさんに注意されて手を放し椅子に戻る。どうやら少し調子に乗りすぎてしまったようだ。私の勢いに押されてしまったのかマキさんは椅子に縮こまり、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。少し大きな声を出してしまったためか客の目がこちらを向いており、それに気づいたマキさんは恥ずかしくなってしまったのだろう。行きつけのカフェと言っていたのでもしかしたら常連の顔なじみとかがいたのかもしれない。そう思うと申し訳ないことをしてしまった。ここはマキさんのために早く退店したほうがいいだろう。ちょうど話も一区切りついたので私から切り出す。
「ゴホン!それじゃあ話もまとまったことですし早速マキさんの家に行きましょう!」
「えっ、今から行くの!?」
「?はい。善は急げと言いますし。あ、そういえばマキさんまだ仕事中でしたね、うっかりしてました」
「いや、うん仕事中なのもそうなんだけど。その、最近忙しくて部屋掃除してないから散らかってて・・・」
人差し指をちょんちょんと合わせて、恥ずかしそうに眼を逸らしながら言うマキさん。数年とはいえ独り暮らしをしていた私もおぼえがある。朝早くから夜遅くまで仕事をしていると家事をする時間がなく、結局休みの日にまとめてやろうと溜めてしまう。きっとマキさんもその類だろう。しかしそれは杞憂というものだ。
「何言ってるんですかマキさん。これから一緒に住むのにそんなこといちいち気にしてたら大変ですよ。大丈夫です。たとえ汚部屋だろうと住まわしてもらう手前文句は言いません」
「あ、あはは。さすがに汚部屋まではいかないかな・・・。というか私が気になるんだけど。変なものとか置きっぱなしになってなかったよね・・・?」
何やら小声で言って聞こえないが彼女にもいろいろあるのだろう。まぁ本人が困るというのなら無理強いは良くないだろう。正直部屋に下着が落っこちていようと何とも思わないのだが。昔の私も似たようなものだったし。
「わかりました、部屋にお邪魔する前に玄関で待機してるのでその時に片付けとかしてください。何時くらいに仕事終わりそうですか?」
「うーん、早上がりできないか上司に聞いてみるからそれしだいかなぁ。あとで連絡するからそれまでどっかで時間潰しててよ」
マキさんはちらりと腕時計を見ると「やばっ、ごめんそろそろ仕事戻るね!」と言って行ってしまった。どうやら長居をし過ぎたようでこれ以上いるとサボりがばれてしまうとのことだ。サボりがばれないぎりぎりの境界線を知っているとは彼女もなかなかやるようになった。願わくば私のように社会の重圧に押しつぶされないことを祈ろう。
余談だが会計はいつの間にかマキさんが済ませており、そのイケメンぶりに少し胸がときめいたのは内緒だ。
弦巻マキside
私、弦巻マキにとって結月ゆかりは大切な幼馴染であり、唯一無二の親友であり、そしてなにより今も続く初恋の人である。
私がゆかりんを好きになったことに特別なエピソードなんてない。ただずっと一緒にいるのが当たり前で、隣にいるのが心地よくて、友達という枠組みでは抑えられないほど好きになってしまったというだけ。この気持ちはずっと胸に秘めたままで、ゆかりんには一度も告げたことはない。たまに好きだという気持ちが溢れそうになるが、きっと鈍感なゆかりんのことだから気づいてないかもしれない。でも、それでいいんだ。自分でもこの気持ちは間違っているとわかっている。女の子が女の子を好きになるのはおかしいのだ。この感情に身をゆだねてしまえたらどれほど楽になれただろうか。でもそれはゆかりんに迷惑になってしまうから、今の関係を壊してしまうのが怖いから、そんな言い訳をして心にふたをした。ゆかりんの隣にいることが、ゆかりんが笑ってくれることが一番の幸せなのだから。
そうして月日が流れ、お互い就職するとぱったりと会う機会がなくなってしまった。初めはメッセージを送ってこまめにやり取りをしていたが、ゆかりんは仕事が忙しいようで返信が遅く、彼女の迷惑になるならと唯一のつながりすら自ら断った。それはまるで胸にぽっかりと穴が開いたような気持だったが、仕事に打ち込んでるうちにその気持ちも消えていった。
お得意様の取引先で打ち合わせを終えた後、早めに終わったことで少し休憩をしようとお気に入りのカフェに向かう道すがら。そんなことを考えながら歩いているのはきっと未練があるからだろう。未だ初恋だったと過去のものにはできず、さりとて前へ進む勇気すらない意気地なしな私。
このままだと今日1日中考えていそうだとため息をついてリフレッシュしようとしたその時。視界の端に揺れる紫色が見えた。勢いよく振り向くと雑踏の中に消えかけるふた房の髪。こんなところに彼女がいるはずがない、なんて叫ぶ理性を押しのけて追いかける。
「おーい!」
距離も遠く、届くはずがないとわかっている。それでも呼び止めるために、彼女に気づいてもらうために叫ばずにはいられなかった。
もし赤の他人だったらなんて考えはかけらも思い浮かばなかった。だって私が見間違えるはずがない、何度も想い何度も焦がれた相手なのだから。
「おーい!」
拒絶されたら、覚えていなかったらどうしよう。それでも、それでも私は・・・!
「おーいってば!」
ゆっくりと振り返った彼女は、少しやせていたけど間違いなくゆかりんだった。驚いたように目を開き、そして柔らかく笑いかけた。
「やっぱりゆかりんだ!こんなところで会えるなんて奇遇だね!」
「お久ぶりですマキさん。大学卒業以来ですね」
「お互い就職してから会えてなかったからねぇ」
数年ぶりの再会だというのにぎこちなさはなく、昔のようにちゃんと話せることがたまらなくうれしい。久しぶりに会えたことで舞い上がり、自分が仕事中だということも忘れて「同窓会しようよ!」なんて言いかけて、ゆかりんがキャリーバッグを引いていることに気づいた。もしかしたら海外を飛び回る仕事をしていて、その出張の直前とかだったのだろうか。せっかく会えたのに・・・。
「やめたんですよお仕事」
えっ
「しかも今住む場所もないです」
えええぇ!ゆかりんそんなチャレンジャーな人だったっけ!?もしかして起業するから会社辞めました~とか!?あっ!でもキャリーバッグ持ってるから世界一周旅行?世界を見て回って見識を深めるやつ?ど、どうしようゆかりんがいろんな意味で遠くに行っちゃう!
「あー、ちょっと話すと長くなるんですが・・・」
なら丁度行こうとしていた行きつけのカフェに行こう。そして説得しなければ!
「い、いえでもマキさんお仕事中じゃ」
「仕事なんかよりゆかりんのほうが大事だよ!きっちりお話聞かせてもらうからね!」
・・・あれ?勢いに任せて行っちゃったけど今私すごい恥ずかしいこと言わなかった?ゆ、ゆかりんのほうが大事ってまるで告白みたい・・・。しかもどさくさに紛れて手なんかも握っちゃったし!すべすべで柔らかく、細い指を極力考えないように握りながらゆかりんの前を歩く。そういえば小さい頃も似たようなことがあった気がする。今みたいに気障なこと言って手を引いて。あぁきっとすごく顔が赤い、お店に付くまでに赤みひくかなぁ・・・。
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カフェで今までのことを一通り話し終えたゆかりんは、乾いた口を潤すように注文したコーヒーを口に運ぶ。砂糖とミルクをたっぷり入れて息を吹きかけながらコーヒーを冷ます様は、本人の華奢なイメージと相まって小動物を思わせる。控えめに言ってとてもかわいい。
それはそれとして、ゆかりんはなかなか苦労をしてきたようだ。つらく苦しいときもあっただろうに本人は割とあっさりしていてかける言葉に迷ってしまう。彼女がつらいときに寄り添うことも愚痴を聞くこともできなかった自分の無力さに気落ちする。そんな空気を感じ取ったのかゆかりんは眉を下げてつらそうな顔になってしまう。いけないいけない、ゆかりんのほうが大変なのに困らせてしまっては本末転倒だ。
「はぁ〜、前から何となくわかってたけどさ。ゆかりんってアホだよね」
「なっ!?」
仕切り直しをするように咳払いをして、冗談めかしてからかうとゆかりんはむきになって言い返してくる。その顔にはさっきより明るくうまく気を逸らせたことに安堵する。こういったくだらない掛け合いに昔の面影を感じてしまい嬉しくなる。
もしかしたらこれはゆかりんと一緒に住めるチャンスなのでは?顔が赤くなったり青くなったりと忙しいゆかりんを横目に見ながらひとり思案する。多少の下心はあるが彼女の力になりたいのは事実だ。今自分が住んでいるマンションならば広さ的に2人で済むことは可能だろう。
(ゆかりんと同棲・・・)
家に帰ったらゆかりんがいて、あの屈託のない笑顔で「お帰りなさい」って言われたりして。お互いの手料理をふるまいあって、それでお、お風呂を一緒に入ったり・・・。うん、女の子同士だから問題ない問題ない。少し気持ちが先走り過ぎて顔が熱い。
「ゆかりん!」
「は、はい!」
「私の家に…来ない?」
言った瞬間にゆかりんはまるで石のようにフリーズしてしまった。性急すぎただろうか?もしこれで嫌われでもしたら立ち直れない自信がある。
「も、もちろんゆかりんが嫌じゃな」
「嫌じゃないなら」そう言い切る前に手を包み込むように握られる。ゆかりんは目をキラキラさせながら身を乗り出すが、こっちはそんなことを気にしている余裕がなかった。すぐ目の前に彼女の顔があり、ゆかりん意外とまつげが長いんだなぁとか手がすべすべで柔らかいとか、そんなある種変態じみた思考が脳を駆け回る。顔に熱が集まっているのが嫌というほどわかる。きっと今私の顔は驚くほど真っ赤だろう。
「ありがとうございますマキさん!地獄に仏とはこのこと、いえ!救世主、女神ですね!地獄の女神マキさん!」
「なにそのダサいネーミング!?わ、わかった!わかったから、近いよゆかりん!」
「あ、ごめんなさい、少し興奮してしまって・・・」
少ししゅんとしながら手を離されて、残念なような危なかったような、複雑な心境だった。すぐに家に向かおうとするゆかりんをなだめながら、バレないように深呼吸をして顔の熱を散らしていく。それでもなお心臓はバクバクとうるさい音を奏でていて、落ち着きがない。
「やばっ、ごめんそろそろ仕事戻るね!」
なんて、本当はまだまだ時間に余裕があるのに伝票を持って席を立つ。驚くようなことや嬉しいことがいっぺんに起きて、なによりこれからもゆかりんと一緒にいることが出来ると思うと興奮して変になりそうだ。
「マキさん」
立ち上がった私にゆかりんは凛としたよく通る声で呼び止める。薄く微笑んで胸の前で小さく手を振りながらこう言った。
「いってらっしゃい」
「・・・うん!行ってくる!!」
その一言で、私の心は決まったんだ。絶対にゆかりんを振り向かせて、養ってあげると!!