ウナきりをすこれ
テレビの中の少女がマイクを片手に静かに佇む。特徴的なイントロが流れると、色とりどりのスポットライトが当たり少女の勝気な表情が画面いっぱいに映し出される。スパイシー、シュガー。そう形容される彼女の歌声は歌い出しとともに観客の心を掴んだ。それはテレビの前に座る私も例外ではなく、知らずのうちに緊張で手が汗ばむ。
私、東北きりたんはアイドル、音街ウナの大ファンだ。彼女の振り付けに合わせて揺れるグラデーションの青い髪が、八重歯が覗く不敵な表情が、私の心を掴んで離さない。
「うーなー、とーほく・・・それ面白いか?」
辟易とした声が後ろから飛んでくる。DVDを一時停止して振り返ると、ソファーに寝そべってつまらなそうにこちらを見るウナと目があった。
現役小学生アイドル、音街ウナは何の因果か数ヶ月前に私の友達となり、私の家に遊びに来るほどの仲になった。
きっかけは彼女が転校してきた日、ファンとして私から話しかけたことだ。彼女からしたら同年代から応援されることが余程嬉しかったのか、それ以来話すようになり気がつけば一緒にいるのが当たり前になっていた。
「面白いですよ。好きなアイドルのライブですし」
「目の前でウナの歌が流れてると落ち着かないんだが」
「はぁ、わかりました。別のにしますよ」
不満を漏らす彼女に根負けし、クリアケースから新しいDVDを出す。マジックで「音街ウナ バラエティ番組」と書かれているのを見るや否や声を上げる。
「なんでウナのDVDしかないんだ!?それだったらまだライブの方がマシだ!」
腕を掴まれ動きを止められたので、渋々元の場所に戻す。余程暇を持て余したのか、頬を膨らませてアピールしてくる。
「ア、アイドルのウナが遊びに来てやってるんだぞ!今ならとーほくのために1曲歌ってやるからもっとウナに構えよー!」
「遊びに来てやってるって、あなたが押しかけてきたんでしょう?」
「ウナッ!?」
首に縋り付いてきた腕を払いのけると顔面から床に落ちた。顔を上げると鼻先が少し赤くなっていて、恨みがましそうにこちらを睨んでくる。
「とーほくはウナとDVDどっちが大事なんだ!」
「このDVDは昨日発売されたものでまだ1回も見てないんですよ。よってDVDが大事です」
「ウナァ・・・」
意気消沈したようにフローリングの床に倒れこむウナ。ウナがかまってちゃんなのはいつものことなので気にせず映像を再生させると、消え入るような声でポツリと呟く。
「とーほくは・・・アイドルのウナにしか興味がないのか?」
ライブの激しい音の中でもその声ははっきりと耳に届いた。そちらに目を向けるとウナは何かを堪えるような顔をしている。
「アイドルじゃないウナはどうでもいいのか?」
「私は・・・ アイドルの音街ウナのファンです。でも、それ以前にあなたは私の、その、大切な友達だと思っています」
「とーほく・・・」
気恥ずかしくてウナの顔が見れず、テレビを見ているふりをする。でも見てなくてもきっとウナは嬉しそうな顔を取り繕おうとしてニヤニヤしてるだろう。付き合いは短くともそのくらいは分かる。
「というかそもそも、プライベートの時はアイドルとして扱わないでほしいと言ったのはあなたですよ」
「あ、あれ?そうだっけ?」
「初めて話した日にとてもムカつく顔で言われたのを覚えてます」
「あー・・・」
記憶が蘇ってきたのか頭を抱えて蹲っている。「言ってたぁ・・・」とか「ウナのばかぁ・・・」とか漏れ聞こえる。結局、彼女の早とちりだったというわけだ。だからこれは、ちょっとした意趣返しだ。
「ウナ」
「・・・?」
「私は、アイドルじゃないウナの方が好きですよ」
普段は言わないセリフに彼女は目を丸くして、一瞬で顔を真っ赤にした。
そのまま拗ねたように口を曲げながら一言「・・・ずるい」と呟いて私のお腹に顔を埋めるように抱きついてくる。
「あの、重いんですけど」
「・・・」
「はぁ・・・」
動かなくなってしまったので膝に彼女を乗せながらライブの鑑賞に戻る。時折グリグリと頭を押し付けてくるが、お互い何も言わない。テレビの中の彼女の歌声だけが響く部屋の中で、ウナが何かを言いたげに身じろぎする。
「とーほく・・・ウナもとーほくのことが」
篭ったその声は、私の耳に届く前にライブの音でかき消された。けれど、私は、
「私もです」
◇
ソファーに寝転がりながら、やや小さめの薄型テレビから流れる私の歌を聞き流す。何十回も練習したから今ではイントロを聞いただけで歌い出してしまいそうだ。こういうのを職業病っていうんだっけ?
私のライブ映像を食い入るように見つめる小さな背中。なんだか恥ずかしいがそれ以上に真剣に見てくれて嬉しい。けれど放っておかれるのも面白くない。
「うーなー、とーほく・・・それ面白いか?」
ついとげとげしい言い方になってしまった。仕方がないという態度でとーほくはDVDを止めこちらに向き直る。仏頂面、というよりも無表情と言った方がしっくりくる顔をこちらに向けてくる。
「面白いですよ。好きなアイドルのライブですし」
楽しいときは楽しそうな顔をしろよ、と言いたくなるがとーほくが感情を表に出さないのは今に始まったことじゃない。普段から何を考えているのかわからない無表情でいることが多く、そのせいでとーほくは友達が少ない。ウナもアイドルという色眼鏡で見られるから学校では浮いている。けどそのおかげでとーほくと一緒にいる時間が多くてウナは嬉しい。
でもやっぱり本人の目の前でライブを見るのは恥ずかしいから抗議すると別のDVDが出てくる。タイトルは「音街ウナ バラエティ番組」
「ってそれもウナのDVDじゃないか!そっちの方が恥ずかしいぞ!」
「まだまだたくさんありますよ」
手に持っているケースをよく見ると全てウナが出演した番組のDVDだった。正直に言ってとても嬉しい。嬉しいけどせっかく遊びに来たのだからウナに構ってほしい。
「今ならとーほくのために1曲歌ってやるから!」
とーほくの前で歌うのはちょっと恥ずかしいけど構ってもらうには手段を選んでいられない。なんならダンスもつけるからー!とどさくさに紛れて後ろから抱き付く。
「遊びに来てやってるって、あなたが押しかけてきたんでしょう?」
一瞬シャンプーのいい香りが鼻をくすぐるが、にべもなく払われてしまいそのまま受け身も取れず床に落ちる。鼻が痛い。今日はいつになく態度が冷たい。いつもならなんだかんだゲームに付き合ってくれるのに。
「とーほくはウナとDVDどっちが大事なんだ!」
「このDVDは昨日発売されたものでまだ1回も見てないんですよ。よってDVDが大事です」
「ウナァ・・・」
きっぱりと言われてしまいショックで床に倒れこむ。とーほくに悪気はないのだろう。本当にDVDが楽しみで早く見たいという気持ちが全身から伝わってくる。だからつい口が滑ってしまった。
「とーほくは・・・アイドルのウナにしか興味がないのか?」
とーほくは何も言わずにこちらを見る。困った顔で、悲しそうな顔で。違う、そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。自分の女々しさに嫌気がさす。けれどこれは紛れもないウナの本心でもあった。とーほくはウナのファンだという。しかし一緒にいてサインを求めてきたり、写真を撮ってほしいだとかファンのみんながいつも言ってくる言葉をとーほくは言わない。だから本当はウナには興味がないんじゃないかなんて、嫌な想像が吹き出してしまった。
「アイドルじゃないウナはどうでもいいのか?」
「私は・・・アイドルの音街ウナのファンです。」
とーほくは言葉を選びながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。誤解を恐れないように、私の目を見て。
「でも、それ以前にあなたは私の、その、大切な友達だと思っています」
言い切ると顔をふいっと逸らしてしまう。けれど耳が真っ赤だから照れてるのは丸わかりだ。でもそれと同じくらいウナの顔も赤い。嬉しい。とーほくが大切だって、友達だって言ってくれた。どうしよう、顔がにやけるのを止められない。
「というかそもそも、プライベートの時はアイドルとして扱わないでほしいと言ったのはあなたですよ」
赤い顔のまま口をへの字に曲げて身に覚えのない文句を言われる。そもそもウナがアイドルという話をしたのは出会った頃くらいで・・・。
「初めて話した日にとてもムカつく顔で言われたのを覚えてます」
「あー・・・」
言われてだんだんと記憶がよみがえってくる。あの頃はアイドルとして見られたくなくていろんな人に言ってた気がする。言ったのか。言ったな。ああああぁぁぁウナのばかぁ!せっかくの親密になるチャンスを自分で潰してるじゃん!通りでとーほくがウナをアイドル扱いしないわけだ。自分の詰めの甘さに思わず頭を抱える。
「ウナ」
唸っているととーほくが声をかける。顔を上げるとそこには、見たことのない綺麗な笑顔で微笑んでいて――
「私は、アイドルじゃないウナの方が好きですよ」
・・・ずるい。ずるいずるい。こんな不意打ちされたらどうしようもない!そんなこと言われたら何も言えなくなってしまうじゃないか。とーほくはずるい。だって、だってそのセリフは―――私が先に言いたかったのに。
顔を隠すようにとーほくのお腹にしがみつく。そんなウナにとーほくはしょうがないと言いたげにため息をつくと、何も言わずに頭を撫でてくる。そんなとーほくだから、ウナはとーほくのことが―――
「好き」