堕ちた歌姫   作:舞花恋

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連載に変更。



第2話

「私は貴方にしか興味がない」

 

 友希那は俺の顔をしっかりと見据え、曇りのない瞳でそう言った。その目で見つめられると、まるで逃げることができないような感覚に陥る。

 そんな友希那の瞳は、かつての孤高の歌姫を思い出させるものだった。

 

「……そうか」

 

 その真っ直ぐな瞳に耐えきれず、思わず友希那から目線を逸らしてしまう。それは決して、俺に向けられるべきものではないのに。

 

「そうだな、お前の言う通りだ。音楽なんて下らない」

「ええ、他の誰でもない、貴方に教えてもらったことよ」

 

 俺の言葉が、友希那を歪めた。その変わりようのない事実が、ただひたすらに俺の心を痛めつける。

 

「……行こうぜ、友希那。ファミレス、人が集まっちまう」

 

 日曜の昼過ぎ。今の時間帯だと、きっとファミレスは人が多くなることだろう。それなのに、こんなところでいつまでも話し込んでいてもしょうがない。

 

「……そうね」

 

 俺は話を打ちきるように、止めていた足を再び動かす。少し後ろにいた友希那も、遅れないよう小走りで俺の真横についた。

 

「奏」

「うん?」

 

 友希那が横についたときだった。友希那は俺の名前を呼び、突然ぎゅっと右手を握ってきた。

 

「ゆ、友希那?」

 

 普段の友希那なら、こんなことはしてこない。だからこそ、この突然の行動に俺は反射的に手を引っ込めようとしたが、すぐに掴み直されてしまう。

 

「私には貴方しか無いの。だから……」

 

 握った手に、力が込められる。俺よりも小さなその手から、逃げることができないような気がした。

 

「だから奏は、ずっと私の傍にいればいい」

 

 それは強くて、綺麗な声だった。男が言われたら、誰もが頬を赤らめてしまうような、そんな言葉。

 だけど俺の心に湧いてくるのは後悔ばかり。そんな後悔から来る痛みが、俺の心を支配する。本当は、痛くなんてないはずなのに。

 

「音楽なんて、捨ててしまえばいいわ。奏のこの手は、私だけに触れていればいい」

 

 握った手に、さらに力が込められる。それに応えるように、俺も友希那の手を強く握り返す。

 

「わかってるさ、ちゃんと」

 

 吐き出したくなるほどの痛みを抑え、彼女の笑顔を求めて笑いかける。

 

 俺の全ては、湊友希那のために。

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 友希那と一緒に、ファミレスで昼食を済ませた後。何か他に用事があるわけでもないから、寄り道することなく友希那を家に送った。

 

「それじゃあな」

「ええ、また明日」

 

 そうやって彼女を家に送った後、俺は自宅とは真逆を向いて歩く。

 今日は家に誰もいないから、夕食は自分で用意しなくてはならない。だから適当に弁当でも買おうと、コンビニを目指す。

 

「面倒だな……」

 

 誰にも聞こえないよう、小声で愚痴を漏らす。今日はもう少し友希那に連れ回されると思っていたのだが、昼食だけで満足してくれたのか案外あっさりと家に帰すことができた。

 

 もともと友希那は、ショッピングだとかそんなものを好む性格ではない。彼女の行動原理は、全て音楽だったから。音楽のためにならないのであれば、ショッピングなんて無駄な時間を過ごすような人間ではない。

 

 ──それを奪ったのは、他ならぬ俺なのだが。

 

「はぁ……」

 

 俯いて深いため息を吐く。奪ったのは俺なのに、友希那は俺ばかり気にかけてくれる。音楽の代わりに、俺を。

 

『私は貴方にしか興味がない』

 

 彼女その言葉が、ずっと頭から離れてくれない。俺の身体に重く響いたその言葉が、いつまでも俺を痛めつけているようだった。

 

「はぁ……」

 

 もう一度、大きくため息を吐いた。罪の意識は、いつまで経っても消えやしない。それは消せるものではないし、消していいものではない。

 

 友希那が望むのであれば、俺は彼女の隣に立ち続けなくてはならない。それが一番の、彼女に対する懺悔であるのだから。

 

 

 ◆◇◆◇

 

「いらっしゃいませー」

 

 友希那の家から歩いて数分。大した距離ではないが、ようやくたどり着いたコンビニに入ると、入店音と共にそんな声が聞こえてきた。

 

 俺は入店してから真っ先にお弁当コーナーに向かい、適当な弁当を見繕ってレジへと運ぶ。

 

「いらっしゃ……あれ、奏?」

 

 何故だか店員に自分の名前を呼ばれて、俺は下に向けていた目線を店員の顔に向ける。

 

「……なんだ、リサか」

「なんだって……凄いテンション低いじゃん、奏」

 

 その店員の正体は、今井リサ。小さい時から、ずっと友希那の隣にいた女の子。俺たちにとって、絶対に必要な女の子。

 りさがこのコンビニでバイトをしているのは知っていたが、この時間にいるのは流石に知らなかった。まあ、知らなくて当然だが。

 

「弁当買うだけなのに、いちいちテンション高い奴がいるか?」

「あははは、確かにその通りだねー」

 

 俺のつまらない返しに、リサは笑って答えてくれる。幸い、他に客はいないから良かったが、客と笑ってる店員とはこれ如何に。

 

「いいから仕事しろよ、リサ」

「あはは……ごめんごめん」

 

 弁当を差し出し、受け取ったリサはレジ打ちを始める。

 

「そういえば奏、今日は家に誰もいないんだっけ?」

「まあ、そうだけど」

「だったらさ……あっ、498円でーす」

「接客としてどうなんだ、その態度は」

 

 客と私語をしている挙句に、商品の存在を忘れているという始末。店員として本当にいかがなものかと思う。いやまあ、他に客も店員もいないし、別に大丈夫なんだろうけど。

 

「それで、どうしたんだ?」

 

 ポケットから財布を取り出し、508円を支払う。これなら、おつりが綺麗に10円玉ひとつで返ってくる。

 

「あっ、うん。せっかくなら、アタシが夕飯作ってあげようかなーって」

「なんでお前が……」

「奏一人だと、寂しいかと思って」

 

 リサは弁当を袋に入れながら、いたずらっぽくそう言った。

 

「んなわけねーだろ」

「あははは。……そうだね。奏は、強いもんね」

 

 一瞬、リサが寂しそうな表情を浮かべた気がした。次の瞬間には、元に戻っていたけれど。

 

「アタシそろそろバイト終わるし、ちょっとだけ待ってて。一緒に帰ろ」

「めんどくせ……」

「そう言わずにさー、ほら」

 

 そう言ってリサは弁当の入った袋を差し出す。俺はそれを黙って受け取り、出口を目指す。

 

「ちゃんと待っててよー!」

「バイト中だろ、お前。静かにしてろよ……」

 

 そんなリサに精一杯の返しをしてから、コンビニを出る。

 面倒だけど、少しだけ待っててやるか。じゃないと、後で何を言われるかわからないから。

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 コンビニを出てから数分。思ったよりも速くリサが来て、肩を並べて帰路につく。別に一緒に帰っても特に話すこともないから、とりあえず今日友希那とあったことを簡単に話してみる。

 

「それじゃあ、今日は友希那とずっと一緒にいたんだ」

「まあ、別にそんな長い時間一緒だったわけではないけど」

「あれ、そうなの?」

「ああ。2時間か、3時間くらい」

「なんか、珍しいね。友希那がそんなに早く奏を解放するなんて。普段は全然離してくれないのにねー」

「まあ……な」

 

 俺もいまいちよくわからないけど、今日はたまたまそういう気分だったんだろう。俺としては、実際助かっているし。

 

「それで、今日は一人で本当に大丈夫?」

「大丈夫だって。なんでそんなに心配するんだよ」

 

 リサの家が見えてから、リサがまたそんな下らないことを心配する。家に一人なんて、別に気にすることでもないだろうに。

 

「だって奏、昔一人は嫌だって泣いてたじゃん」

「いつの話だ、それは」

「うーんと、確か中学2年生のときだからー……えっと、3年くらい前?」

「わりと最近なのかよ……」

 

 そんな記憶、随分昔のものだとばかり思っていたけど、実際はそんなに時間が経っていなかったらしい。

 

「あはは。たった3年間で、本当に大人になったねー。奏は」

「大人になった、か」

 

 きっと、それは。大人になったのではなく、諦めただけなのだと思うのだがな。

 

 ──いや、もしかしたら。それが大人になるということなのかもしれないが。

 

「だったら、今日は()()()()()()()()かなー?」

「いや……」

 

 リサの家の前まで来て、俺は彼女の顔をしっかりと見つめる。隣の家には友希那がいるけど、そんなことはどうでも良かった。……いや、どうでも良くなりたかったんだ。

 

「俺は、大人にはなれないよ」

「……そっか」

 

 俺のその言葉を聞いて、リサは両目を閉じてなにかを待つような表情をする。

 俺はそんなリサの肩を掴んで、ゆっくりと顔を近づけた。

 

「んっ……」

 

 一人でいる寂しさを、友希那に対する罪の意識を。そこから来る痛みを溶かすように麻酔(キス)をする。何度目かもわからないその行為を、ただ全ての痛みを溶かすために繰り返す。

 

『私は貴方にしか興味がない』

 

 重く響いたはずのその言葉が、頭の中から消え去っていく。

 

「んっ……はぁ……。やっぱり奏は、一人じゃダメなんだね」

 

 俺にとって今井リサは、そういう存在だ。

 

 




☆10イクシードNO13様 紗井斗様
☆9アイリP様 鳥籠のカナリア様 新庄雄太郎様 あんちゃん様 永遠になれない刹那様
高評価、感謝いたします。

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