堕ちた歌姫 作:舞花恋
友希那と初めて知り合ったのは、小学校の頃。
同じクラスだった彼女とはたまたま家が近くて、頻繁に話すような仲になっていた。リサと知り合ったのも、ちょうどその頃と同じ。
俺たちとはクラスが違ったが、あいつは友希那と幼馴染だったから、必然的に知り合うことになった。
その頃の友希那は今と違って、音楽が好きだった。歌うことが好きだった。彼女の父の音楽が、好きだった。
俺は彼女の父のことは詳しく知らないが、音楽をやっている人らしい。お父さんのことが好きだった友希那だからこそ、音楽のことを好きになれていたのかもしれない。
そしてその時はまだ、俺の存在なんて彼女たちに深いものではなかったはず。
中学に上がると二人は女子校に行ったから、俺とはあまり会うことがなくなった。
だけど家は近かったから、週一くらいで顔は合わせていたけれど、それでも小学校の頃と比べると少なくはなっていた。
そして高校に上がると、さらに二人と会うことはなくなる。
二人はそのまま女子校の高等部へと進んだが、俺は電車に乗らなくては通えない距離の高校に入ったから、登校時間にしても下校時間にしても二人とは噛み合わなかった。
以前のようにたまたま顔を合わせるようなことはなく、だからといってわざわざ会いに行くほどの関係でもなくなっていた。
だから俺は知らなかった。
友希那が、異常なまでに音楽に囚われていたことを。
リサが、そんな友希那に深く関わることが出来なくなっていたことを。
高校二年に上がったばかりのとき。
たまたまリサと会った時、そんな状態であることを聞かされた。
けれど友希那としばらく会っていなかった俺には、どうにもそれが信じがたかったんだ。
その次の日に、俺はリサに連れられてライブハウスに行くことになった。
どうやら友希那が歌うらしかった。それを見れば、よくわかると。リサに言われてやってきたのだ。
「……すごい人だな」
「うん、友希那が……歌うからね」
そういったリサの声は、悲しそうだった。
友希那の歌を、これだけの人が待ち望んでいるのだ。幼馴染としては、誇らしいものだと思うのだが。
そんな無責任なことを考えながら、ざわめく会場を見渡す。
そこまで大きな会場ってわけではないが、観客席は多くの人でごった返している。
この人たちはみんな、友希那の登場を待っているのだろうか。
会場の暑苦しい熱気に対して、俺は冷静に、冷めた目でその光景を眺めていた。
自分の友人がこれだけの人間に求められてるっていうのに、俺は心からどうでもいいだなんて思っていた。
みんなが待っているとしても、所詮はありふれたライブハウスでの話。いちいち騒ぎ立てるほど大きな存在ってわけでもないだろう。
それに、あの友希那がこれだけの人間に求められてるっていうのが、やはり信じられなかった。
早く帰りたい──。
なんだか退屈になって、そんなことを思い始めた瞬間、急に会場のざわめきが静まった。
「……友希那だ」
リサの言葉に、顔をステージの方へと向ける。
ステージの真ん中に立っていたのは間違いなく、湊友希那。
彼女は観客の視線を一斉に浴びても動じることはなく、鋭い目つきで観客席を見渡す。
「あ──」
その時、友希那と目が合った──気がした。
気がしたというのも、友希那は俺と目が合ってもなんの反応も示さなかったのだ。
多分、俺だと気づいていないのだろう──。
一瞬そう思ったが、その考えはすぐに別の考えに上書きされた。
俺だとわかっていながら、なんの反応も示さなかったんだろう──。
なんとなく、それが正解だと確信した。友希那の雰囲気がそんな感じだったんだ。
友希那は観客席を一通り見渡すと、目の前のマイクに手をかける。いよいよ、歌うのだろう。
他の観客は静まり返り、友希那が歌うのを待っている。
俺はそんな雰囲気に呑まれたのか、その光景をただただぼーっと眺めていた。
「────」
友希那は小さくマイクに向かって何かを呟く。彼女がなんて言ったのか、俺には上手く聞き取れなかった。
そしてその呟きを合図とするかのように、次の瞬間にはもう演奏が始まっていた。
どこにでもあるような楽器の音色に合わせ、友希那は歌い始める。その曲は、歌い始めから随分と激しめな曲だった。
それと同時に、観客たちも一斉に盛り上がる。さっきの静寂は、本当に一瞬のことだった。
友希那の歌は、俺の予想をはるかに上回った。
誰が聞いても上手くて、それはもう他の演奏者すら振り回すほどのものだった。
そう。
その演奏は、楽器の音に合わせて歌ってるというより、友希那の歌についていくのが精一杯といった感じだ。
──友希那のレベルに、他のメンバーが追いついていない。
だからこそ、演奏そのものには大きな刺激を感じなかったのだが、友希那のその姿にだけ俺は自然と意識が向いた。
あれは、誰だ──?
友希那が歌う姿、その歌声。
その全てに、俺の知る湊友希那はいなかった。歌うことが大好きな少女はいなかった。
そこにいるのはただ歌うだけの少女。
その歌からは、楽しさなんて感じない。ただただ暗い感情が込められただけの、完璧な歌。
友希那の事情はリサから聞いていた。それを聞いた上で、俺は信じられなかったのだ。
でもそれを目の当たりにして、ようやく信じることができた。
湊友希那は、変わったのだ。
「……なあ、リサ」
会場が沸き立つ中で、俺は隣の少女に声をかける。
けれど多分、聞こえてないのだろう。リサはステージを見つめたままだ。
「お前の言う通り、変わったんだな友希那は」
それでも俺は言葉を続ける。
聞こえていようがいなかろうが、そんなのは大した問題ではない。
だってこの言葉はただ、俺が口に出したいだけなのだから。
「……でもさ。変わったのはあいつだけじゃないんだよ」
ステージに立つ友希那を見て。
歌うのが好きだっただけの少女が、変わり果てた姿を見て。
俺の知らない、湊友希那を見て。
心の中に潜んでいた感情が湧いてくる。ずっと抑えてきた衝動に駆られる。
──■したい。
「……? 奏、なにか言った?」
「……いいや、なんでもない」
それが、始まり。
◆◇◆◇
平日の午後4時ごろ。
高校生である俺は学園が終わって、自由な時間を手にする。
いわゆる放課後。今は、そんな時間帯だった。
普段の俺なら、部活とかもやっていないから真っ直ぐ帰路についている頃だろう。
けれども俺は家には向かわず、制服を着たまま商店街に設置されてあるベンチに腰掛けていた。
今日は、友希那と待ち合わせをしていた。
その待ち合わせ場所が商店街。
決して狭くはない商店街なのに、細かな場所指定がないのがあいつらしい。
──しかし、それにしたって随分と遅い。俺がここに来てから、もう30分は経っている。
友希那も俺と同じ高校生。
だから今頃は俺と同じで、自由な放課後のはずだ。
それに友希那の学園は俺の学園よりこの商店街に近いから、本来なら友希那のほうが早く着いてるはず。
それなのにここまで遅いと、流石に不安になってくる。
……不安?
一瞬、自分の心に湧いた感情に疑問を持つ。果たして、なにが不安なのだろうか──?
なんだかよくわからない気分になり、俺はここで座って友希那を待つのが嫌になった。
ベンチから腰を上げて、どこを目指すわけでもなく歩き出す。
歩いていれば、友希那と早く会うことができる。
何故だか、そんな気がした。
逆に言えば、ここで座っていても友希那とは会えない。
そんな気もしたのだ。
そうして、友希那を探して商店街を歩いていた時だった。
路地裏──というにはやや広い、建物と建物の間の道で、二人のチャラい男と一人の少女が目についた。
「──、────!」
「────!」
ここからだとよく聞こえないが、なにやら少女たちは揉めている様子らしい。
よく見れば、少女は花咲川女子学園の制服を着ていた。
ここから割と近くにある、友希那たちが通っている学園とはまた別の学園。
どうやら絡まれている少女は、そこの生徒らしい。少し特徴的な髪色をした、印象深い少女だった。
俺は彼らがなにを揉めているのかが気になって、少しだけ近くに寄ってみる。
「ですから、急いでいるんです!」
「だからちょっとだけだって! ね?」
ああ、そういうことか。
近づいてすぐに状況を察した。どうやら、漫画なんかでよく見るテンプレ的な状況らしい。
少女は多分、あの男たちにナンパのようなものを受けていたのだろう。それを少女は断った──といったところだろう。
漫画とかだと、ここで主人公の男が助けに入るところだ。
そう思って辺りを見回すが、案の定人々はその光景を見て見ぬ振りだった。まあそもそも、こんな路地裏みたいな道に、人自体あまりいないのだが。
とすると、
呑気にそんなことを考えていたけれど、すぐにそんなやつは現れないことを理解する。
だってここは、漫画の世界ではないのだから。
ではいったい誰が、少女のことを助けてくれるんだ?
男二人に絡まれているこの状況を、少女が一人で切り抜けることは難しいだろう。
けれど、
──
そう思った瞬間、俺は自分の馬鹿さに気づく。
──俺だって、
見て見ぬ振りの、群衆の一人だ。
「奏」
それに気づいた時、背後から聞き慣れた声が聞こえた。
その声を聞いたとき、妙な安心感を覚えた。ほっとしながらも、どこかで不安を覚えるような……そんな感じ。
そんな不安に近い安心とともに、俺はゆっくりと振り返る。
「……友希那」
「……商店街のどことは言ってなかったにしても、もう少しわかりやすいところに居てくれると助かったのだけど」
──ああ、やはり安心する。
友希那の姿をこの目に捉えたとき、今度は確かな安心感を覚える。
「悪い。いつまで待っても来ないから、こっちも探してたんだよ」
「そう。……それじゃあ、早く行くわよ」
そう言って友希那は俺に背を向けて歩き出す。俺も遅れないよう、小走りで友希那の横についた。
その際、ちらりと背後を見る。少女たちはまだ揉めたまま。
「……奏? どうかしたのかしら?」
「ああ、いや……。あの女の子、あのままだとどうなるんだろうな、って思ってさ」
言いながら背後を向く俺につられて、友希那も背後を振り返る。そしてすぐに状況を察したようだ。
「……もしも、あの人がどうにかなったとして。それは私たちに何か関係があるのかしら?」
「……いいや、ないな」
「だったら彼女がどうなろうと、私たちの気にすることじゃないわ」
その言葉に、俺はまた安心する。友希那は今日も、湊友希那だった。
彼女の世界には俺と、彼女自身しかいない。
だから俺はあの少女を助けなくても主人公で、友希那の世界の一番なのだ。
そこまで長くはならないです。
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