暴力系ヒロインLV99「オレより強い奴に逢いに行く」 作:トマトルテ
『正直、暴力系ヒロインって好きじゃないわ』
更衣室で
『理由? いや、わざとじゃないのに殴られるって理不尽じゃね? そりゃあさ、いきなり裸を見られたりしたら嫌な気分になると思うぜ。でもよ、そこに情状酌量の余地がある場合だともっと大人な対応をしろって思わねえ? まあ、男の
それは男友達と交わした何気ない会話。
転生して
『まあ、何にしろギャルゲーでも暴力系ヒロインは攻略はしない。現実だったら尚更だな』
話題は暴力系ヒロインについて。
昨今、人気がなくなってきている暴力系ヒロインに対する考察だ。
理由はまあ、友人が語った以外にもあるだろうが、男に人気が出ないというのは事実だろう。
そして、その男に人気が出ないという事実に性転換したオレは目を付けた。
なぜ目を付けたのか。その理由は深いようで実にシンプルだ。
「キャーッ! のぞきよー!」
「また、エロ馬鹿トリオの奴らだわ!」
「
「
「やれやれ……またか」
周りの女子の悲鳴で思い出から引き戻される。
そして、オレ
クラスメイトの言葉からも分かるように、エロ馬鹿トリオは覗きの常習犯だ。
故に逃げ足は実によく鍛えられている。
すでに廊下の突き当りを曲がり、階段を下りて逃げようとしている所からもそれは分かる。
ああ、だが、しかし。
「――縮地」
そんなものは
ただの
「ゲェ!?
「は、破道だッ!? 破道が出たぞ!」
「もうだめだぁ…おしまいだぁ……」
オレの登場に、この世の終わりとでもいう表情を見せるエロ馬鹿トリオ。
それもそうだろう。オレは暴力系ヒロイン。これから制裁が始まることは確定事項なのだから。
いや、別にこいつらのヒロインになったつもりはないが。
「おい、なに諦めてんだよ! いくらリアル三国無双と名高い破道も1人の女の子だ!」
「そ、そうだよな。その赤髪は敵の返り血で染まったとか言われてるけど、女だよな!」
「おう! おっぱいが大きくて、尻が柔らかそうならみんな女だ!」
「……はぁ、せっかく半殺しですませてやろうと思ってたのにな」
オレの登場で初めは絶望しかけていたエロ馬鹿トリオだったが、何故か気勢を取り戻す。
ついでにオレのたわわに実った果実と、ブルマ姿を凝視し始める。
いっそ清々しい程の視線。男時代の俺なら尊敬を覚えていたかもしれないが残念。
今のオレは暴力系ヒロイン。しかも、ただの暴力系ヒロインと思ってもらっては困る。
「4分の3殺しだ」
俺はその場で正拳突きを繰り出す。
繰り出すだけだ。エロ馬鹿トリオに当てたりはしない。
「…? 今パンチの後に音がしたような――」
「ん、なんか体に――」
「衝撃が――」
なぜかって? 答えは簡単。
『ヒデブッ!?』
「出たわ!
「音をも置き去りにする正拳突きで、空気を弾くことで不可視の攻撃を可能とする技……」
「ああっ! 流石ですわ、お姉様!」
殺してしまわないようにだ。
エロ馬鹿トリオはオレの正拳突きの余波で吹き飛んでいき、壁に当たり蛙のように潰れる。
「さらにもう一発ッ!」
『ウギャァアアッ!?』
そして、そこに止めの正拳突き(衝撃波)を叩き込み完全に意識を奪う。
殺さないように加減はしているが、手を抜く気はない。
それでは暴力系ヒロインとして不完全だ。
やるならば徹底的に。もう二度と近寄りたいと思わないようにしなければならない。
なぜならオレは。
「覗きは犯罪だ。少しは反省しろ……まあ、もう聞こえていないだろうけどな」
暴力系ヒロインLV99なのだから。
オレが暴力系ヒロインLV99になった理由はズバリ、元男だからだ。
精神的に男なのだから、男に言い寄られるとか気持ちが悪い。
そうならないためには男に嫌われる必要がある。
だから、男が嫌いな暴力系ヒロインを極めよう。
三行で説明するとこういう形になる。
これは自分で言うのもなんだが実に名案だったと思う。
万が一オレの見た目に惚れられても、暴力的な態度で男は逃げていく。
そして、反対に女からはヒーローのように扱われ黄色い悲鳴を浴びる。
まさに、護身と実益を兼ね備えた完璧な作戦だ。
まあ、ヒーロー扱いされるのは、明確に覗きとかを行うエロ馬鹿トリオのおかげでもあるが。
もちろん、感謝はしない。
一応一人の女としても、元男としても覗きはダメだろと思っているから。
とにかく、このような形でオレは第二の人生を順風満帆に生きていた。
―――
「いっけなーい! 遅刻遅刻ぅー!」
ある朝、オレはそんなふざけたことを言いながら縮地で学校に向かっていた。
いや、遅刻しそうなのは冗談でも何でもないのだが。
なぜ縮地が使えるのに遅刻などするのかと思われるかもしれないが、遅刻とは気の緩みだ。
例え、学校まで一分もかからなくても、油断すれば間に合わない時間まで寝てしまう。
それが人間というものだ。
そして、急いでいる時ほどトラブルが起きやすいのが人生だ。
「人!?」
曲がり角を曲がったところで、同じように走っている人間を発見する。
当然オレは焦る。このままではオレと衝突した相手のスプラッタな死体が出来てしまう。
音速を超えた動きを可能にした人間の辛いところだ。
「まだ避けられる!」
故にオレは右足で地面を蹴ることで、無理やりに進行方向を変える。
なにやらアスファルトが割れたような感触がするが、人命には代えられない。
これで一先ずは安心。そう、思ったのだが予想外のことが起きた。
「相手も避けた…!?」
あろうことか、目の前の相手もオレに反応して避けようとしたのだ。
音を超えたスピードを出しているオレに対してだ。
そのあり得ない状況に思わず思考を止めてしまう。
「しまッ――」
そう思った時にはすでに遅い。
オレは目の前の相手と正面衝突してしまった。
が、そこで諦めるようでは暴力系ヒロインLV99は名乗れない。
ありとあらゆるラッキースケベな展開に、対処するために鍛えられた反射能力は裏切らない。
もはや無意識の領域で自ら後ろに飛ぶことで、衝突の衝撃をゼロにする。
「す、すみません! ボ、ボク、急いでいて前を見てませんでした!」
「……いや、怪我がないなら良い」
どうやら最後の足掻きは功を奏したらしく、朝からミンチより酷いものは見なくて済んだ。
ああ、最悪の事態は避けられた。それ自体は喜ばしいことだ。
しかしながら、別の問題が起きてしまっていた。
「怪我が無いならオレの上からどいてくれないか?」
「え? ああ! す、すみません!!」
咄嗟に後ろに飛んだ俺は、そのまま進んできていた相手に押し倒される形になっていたのだ。
因みにうちの学校の男子の制服を着ているので、女という線はない。
銀髪のショートカットという、ヒロインを張れそうな見た目なのだが残念、男だ。
「早くどいてくれ。でないと殺さないように加減して殴るのが難しいんだ」
「はい、すぐにどきま……は?」
「安心してくれ。ここ数日の記憶が抜ける程度の威力だ。なに、心配するな。度重なる人体実験のおかげで力加減は完璧だ。君は心安らかに殴られてくれればいい」
「いやいやいやッ! どこにも安心できる要素がないですよね!?」
何やら狼狽えた様子で逃げるようにオレの上から退く少年。
その姿に若干哀れみを覚えるが、暴力系ヒロインに容赦の二文字はいらない。
一回だけなら……と許してしまうのは薄い本におけるメス堕ち展開の鉄板なのだから。
「というか、さっきは怪我がないことに安心してくれてましたよね?」
「意図せずにつけた傷なんて、自分の未熟さを見せつけられてるみたいで嫌だろう?」
「清々しいまでに自分のことしか考えてませんね!?」
何やら必死に逃げようとしているが、そうはいかない。
しかし、1つだけ懸念事項もあるので一応聞いておく。
「ああ、殴る前に1つだけ確認しておこう。君は男だな?」
「見たら分かりません?」
「よかった。あまりに中性的な顔立ちをしているから男装女子かと思っていたよ。これで何の迷いもなく君を殴れる」
「この人無茶苦茶だ!」
女性と言われたら、そのまま信じてしまいそうな可愛い顔が涙目になる。
思わず手を緩めたくなるが、オレは暴力系ヒロインLV99。
感情で暴力を振るうのではなく、理性をもって暴力を振るう存在だ。
どんなに可愛い男の娘でも男は男だ。
油断していれば、狼となっていつ攻略されるか分かったものではない。
故にどんなに小さいフラグも、初めのうちに摘み取っておくことが大切なのだ。
「なに、痛みを感じる間も与えないさ」
「もはや殴る前の台詞じゃないですよね!?」
「次に君と会える時は友人になれると嬉しいよ」
「だったら今から仲良くしましょうよ! ねえ! ラブアンドピースッ!!」
未だに女々しく逃げようとする少年に対し一歩踏み込む。
そして、体を大きく捻り遠心力を生かした大振りのパンチを彼の顔面へ突き刺す。
はずだった。
「うわあぁああッ!」
「外れ…た…?」
だというのに、オレの拳は空ぶっていた。
あの距離で空ぶるなどあり得ない。
まさか、無意識のうちに殴りたくないと思ったわけでもあるまい。
だとしたら、拳の波動で直線状にできたアスファルトの地割れが説明できない。
全力ではなかったとはいえ、手を抜いてはいない。
ならば、考えられる可能性は1つ。
「オレの拳を避けたということか……」
目の前の少年は暴力系ヒロインLV99の拳を避けてみせたのだ。
決して男に攻略されぬように磨き続けてきた、この拳を。
「まさか君は……」
「と、とにかくすみませんでしたぁああッ!!」
オレが深く考え込んでいる間に、少年はチャンスとばかりに逃げ出していく。
その後ろ姿を見送りながらオレは拳を見つめる。
もしこれが勘違いならば、オレは彼を無暗に傷つけることになる。
だから試していいものかと悩んでいたのだ。
しかし、その悩みもすぐに消える。
「理不尽でなくして何が暴力系ヒロイン」
そう。暴力系ヒロインとは理不尽であるもの。
憶測や勘違いで主人公を傷つける。それこそが本分ではないか。
迷いは消えた。オレはオレの懸念を晴らすためだけに、少年の背中を狙う。
「
エロ馬鹿トリオを吹き飛ばしたものとはわけが違う。
威力を圧縮し、殺傷能力を高めたそれは大砲と変わりはない。
そんな凶器をオレは少年の無防備な背中へと向けたのだ。
もし、オレの予想が外れていれば怪我では済まない。
だが、しかし。
「振り返ることもなく避けてみせるか」
少年は躓いたように転がることでそれを避けてみせるのだった。
無論不発ではない。空弾が当たり、根元からへし折れた電柱がその証拠だ。
「偶然か。それとも実力を隠しているのか。まあ、どっちでもいい」
重要なのは、明らかにあの少年が特別な存在であるということ。
オレの予想が正しければあの少年は。
「彼は―――ギャルゲーの主人公だ」
主人公というやつだ。
女性と見間違えるほどの容姿。更には常人離れした身体能力。
何より、暴力系ヒロインLV99にラッキースケベをかましながら無傷で逃げた運。
明らかに特別な存在だ。
ちょっと調べたら、古武術とか習っているという設定とか出てきそうだ。
「他のヒロインと一途に付き合うとかなら問題はない。ハーレムでも、まあオレが関わらないならいい。ただ、もし……オレを攻略しようとしてきたなら」
空に向かって全力で腕を振り上げる。
「この
雲が裂け、天が割れる。
それがオレを攻略しようとする者の末路だと言うように。
オレはニヒルな笑みを浮かべてみせる。
「さて、だとしたらまずは先制パンチが必要か。オレの顔を二度と見たくなくなるレベルでトラウマを与えてやろう」
腕を下ろし、ぶつかった拍子に落ちたと思われる彼の生徒手帳を拾う。
惚れた相手に暴力を振るうだけが、暴力系ヒロインだと思わないことだ。
理不尽に。彼氏でもない相手に。取り合えずで暴力を振るう者こそが真の暴力系ヒロイン。
読者と主人公のヘイトを一心にその身に受ける存在。
故にLV99たるオレはフラグが建つ前から動き出すのだ。
「2年B組、
さあ、まずは生徒手帳を返しに行くところから始めるか。
それとも、校内放送で先程のことを誇張して流して社会的な暴力を振るうか。
ああ、実に腕が鳴る――
キーンコーンカーンコーンと、聞きなれたメロディーが耳に入ってくる。
……ふむ、これはあれだな。俗に言う。
「やばい……遅刻だ」
遅刻というやつだ。
パッと思いついた一発ネタなので続くか未定。
後、暴力系ヒロインが好きな人は本当にごめんなさい。
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