暴力系ヒロインLV99「オレより強い奴に逢いに行く」   作:トマトルテ

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フラグ

「なにを……しているんですか?」

「おや、君ともあろうものが分からないのかい? 正義だよ」

「正義…?」

「この街を悪の組織から守っている。それだけの話だ」

 

 なぜ、あなたがそのことを知っているという疑問を飲み込む。

 今大切なことはそこではない。

 

「さあ、分かったのなら彼女から離れておくれ。君達まで巻き込んでしまう」

 

 圧倒的な暴力の前に傷つけられ、打ちのめされているアイス(少女)が居ることだ。

 確かに彼女はザ・アークの幹部だ。でも、幾ら何でもこれはないんじゃないのか?

 ただ圧倒的な暴力の前に蹂躙される。自業自得と言えばそうかもしれない。

 

 でも、正義を名乗るなら。ボク達が悪でないと証明するのなら。

 

「……何のマネだい。渚君」

「海野渚……どうして私の前に?」

「もう……いいでしょう。彼女は勝てない。これ以上の戦闘は無意味です」

 

 正義は優しさをもって悪を受け止めなければならない。

 

 だからボクはアイスを庇うように、破道さんの前に立ちふさがる。

 同時に今まで感じたこともないようなプレッシャーが襲い、崩れ落ちそうになるが唇を噛みしめて耐える。

 

「渚君、君は今自分が何をしているか理解しているのかい?」

「はい。悪の組織を庇うクソ野郎です」

「言いえて妙だな。それで? 理由ぐらいは教えてくれるんだろう」

「これ以上アイスを傷つける必要はない。捕まえるだけで十分です」

「確かに道理だ。だが、それならば庇う必要などないだろう? オレより先に捕まえれば良いだけだ。もう一度聞くよ。君はどうして―――オレを止めようとしているんだ?」

 

 心臓が握りつぶされた。

 思わずそう錯覚してしまう程の視線で睨まれる。

 そうだ。アイスを守りたいだけなら、先にボクが捕まえて無力化させればいいだけ。

 破道さんを止める必要はない。

 

 うん。だから、そうだ。ボクは―――

 

「あなたは外道に堕ちていい人間じゃない」

 

 破道さんが人を傷つけるのを止めたかっただけだ。

 

「なん…だって…?」

「意味なく人を傷つけるのは悪です。それじゃあ、ザ・アークと何も変わらない。

 誰よりも力を持っているのなら、相手を傷つけることなく戦いを終えることもできる。

 武という字が戈を止めると書くように、力を持ってしまった者は争いを止めないといけない。

 何より、破道さんは―――優しいはずだ」

 

 ボクの言葉に破道さんの顔から笑みが消える。

 それは信じられないことを聞いたとでも言うように、怒りで表情が消えたとでも言うように。

 彼女はただ、ボクの瞳を見つめてくる。

 

「……何を言っているか理解できないね。オレが優しい? 寝言は寝て言うんだね」

「いいや。あなたは理不尽に暴力を振るう。でも、それは決して意図のない感情的なものじゃない。理性でもって相手を選び、殺さないように加減までしている。それはつまり、あなたが人並みの倫理観と優しさを持っている証拠です。本当に、相手へ暴力を振るうことを楽しんでいるのなら、そんなものは必要ない」

 

 彼女は暴力を振るう必要性は感じていても、そこに楽しみを見出していない。

 何の理由があってかは知らないけど、暴力は彼女にとって手段でしかないのだ。

 そして、その暴力を除いた彼女は――

 

「もう一度言います。あなたは優しい」

 

 ―――普通の女の子だ。

 

「ク…ハハ…ハーハッハッハッハッ!! オレが優しい? 勘違いも甚だしい。オレは利己的に暴力を振るうだけの存在だ。その裏に隠された意図など存在しない。いや、存在してはならないんだ!」

 

 しかし、そんなボクの言葉は破道さんには届かなかった。

 大声で笑っているが、その瞳はまるで笑っていない。

 それどころか、完全にボクを敵として見定めている目をしている。

 ああ…クソ…! やるしかないのか。

 

「フフフ……いいだろう。戈を止めるのが武というのならオレも協力してやろう。

 ただし―――止めるのは敵を皆殺しにした後だがな」

 

 怪物が今動き出す。

 

 

 

 

 

 海野渚。やはり恐ろしい子だ。

 あろうことか、彼はオレを優しいと言ったのだ。

 それがどうしたと思うかもしれないが、オレには無視できないことである。

 だって、そうだろう。

 

 『あなたは優しい』なんて、完全にフラグじゃないか!

 

 こう…敵だったキャラが、実は自分の意思じゃなかったんだよ、的な改心フラグだ。

 しかもだ。このフラグの性質の悪い点は、非常に折りづらいということである。

 

 例えばだ。実際に言葉通りに主人公を傷つけずに帰ったとする。

 するとどうだろう。ヒロインがどういう考えであっても、周りから見れば言葉通り優しいのだ。

 

 では、主人公をボコボコにすればいいのかと言うと、それも違う。

 図星を突かれて動揺している。嘘を貫くために主人公を害そうとしている。

 こういう風に映ってしまう。

 

 流石だ。流石だよ、渚君。

 君はまさしく主人公だ。

 よもやオレに対してまで、堂々とフラグを建ててくるなんて思わなかったよ。

 

 認めよう。君は簡単な相手ではない。

 今までのように虫を払うように戦っていい相手じゃない。

 

 だから、先に謝っておくよ。

 

 オレはフラグを絶対に叩き折る。

 立ち去っても、倒してもフラグが折れないのなら取るべき手段は1つ。

 いや、そもそもそれだけがオレにできること。

 

 今からオレは君に―――暴力を振るう(嫌われる)

 

 

 

 

 

 初めに動いたのは、やはりというべきか満だった。

 全身の脱力からの爆発的な加速をもってして渚へ詰め寄る。

 ミサイル。そう形容することしか出来ぬ光景だ。

 しかし、渚は臆さない。

 

「迎え撃つ!」

「面白い、やってみるがいい!」

 

 彼の構えは避けることを捨てた、迎撃の構え。

 あろうことか、人間ミサイルに対してカウンターを狙っているのである。

 人間では到底出来ぬであろう技。

 しかし、改造人間である渚の動体視力ならばそれを可能にする。

 

(最低限の動きで破道さんの拳を躱して、その隙をついてカウンターを決める!)

 

 胴体を右に数センチだけずらすことにより満の拳を躱す。

 しかし、ソニックムーブまでは避けられずに彼の横腹に鋭い切り傷が出来る。

 

(ここだ!)

 

 しかし、その程度は必要経費だ。

 圧倒的格上に勝つには思い切った行動が必要。

 それを分かっている渚は、隙を見逃すことなくガラ空きの彼女の腹部へ鋭いアッパーを放つ。

 

「決まっ…た…?」

 

 拳を振り切ったところで渚は違和感を覚える。

 それは何も、彼女に攻撃をよけられたからではない。

 結論から言えば、彼女には攻撃はクリーンヒットしていた。

 ああ、だが、しかし。

 

「その程度の攻撃でオレにダメージを入れられると思っているのかい?」

 

 暴力系ヒロインLV99相手では、子供の悪戯程度でしかない。

 

「残念だよ。未だにオレのことを女性扱いして本気で殴ってくれないなんて」

「当たり前…でしょう! ボクはあなたを止めるんであって傷つけるつもりはない!」

「フフフ…紳士だね、渚君は。でもだ。そんな優しさは戦場にはいらない!」

 

 気づいた時には渚は空に舞っていた。

 そして、遅れてやってきた槍で貫かれたような痛みでようやっと理解する。

 自分は満に殴り飛ばされたのだと。

 

「…ガフッ!?」

「殺す気で来い。でないと―――遊びにもならん」

 

 身動きのできない空中に投げ出された渚。

 そこに止めを刺すべく、満は腕を双剣のように構える。

 

真空(しんくう)(ざん)!」

 

 そしてマシンガンのように飛ぶ斬撃を彼へと飛ばすのだった。

 これが10や20であれば、渚も凌ぎきれただろう。

 しかし、流石の改造人間も100を超える真空の刃を防ぐことは出来ない。

 

 万事休す。その言葉が彼の頭に過る。

 

「ブリザードウォール!」

 

 だが、巨大な氷の壁が彼の目の前と足元に現れたことで、その言葉は消える。

 飛ぶ斬撃は氷塊に阻まれ速度を落とし、渚はその間に創られた足場を使い、射程圏から逃れることに成功する。

 

「……アイス君と言ったかな? どうして邪魔をするんだい」

「海野渚が倒れれば次は私。……だったら一緒にあなたを倒した方が良い」

 

 氷を創り出したのはアイス。

 渚の敵であるザ・アークの幹部だ。

 その事実に少し驚いたような表情を浮かべる満だったが、すぐに笑みを取り戻す

 

「フフフ…! 確かに合理的だね。強敵を前に敵同士で手を取り合う。胸が熱くなる展開だ。でもだ。たった2人でこのオレを――」

 

 その言葉は最後まで続かなかった。

 1発の銃声が彼女の声を()()()()かき消したからだ。

 

「2人じゃありません。3人ですわー」

「明音君もか……フフフ…嫌われたものだ」

 

 手に構えた二丁拳銃を威嚇するように見せつける明音。

 これで3対1と満にとって圧倒的な不利な状況になった。

 しかし、満はそれでも笑い続ける。

 

 明音が放った銃弾を噛み砕きながら。

 

「今日は本当に良い日だ。心がここまで踊ることはそうそうない。3対1でも卑怯とは言わんよ。強者を前にして策を練るのは弱者として当然のことだ。さあ、どこからでもかかってこい!」

 

 大きく腕を広げて、どこからでもかかって来いとばかりに構える満。

 その圧倒的な佇まいに気圧され、3人は自然と唾を飲み込んでしまう。

 しかし、何の策もなく彼女に挑んだわけではない。

 

「言われずとも……」

「む? 周りの温度が異常に低い…ッ。まさかこれは!」

「勝負は戦う前から始まってる……もう、遅い」

 

 異常な温度の低下に何かを仕掛けてくると理解する満だったが、その足は既に凍りついている。

 アイスが渚達が戦っている間に、最後の気力を振り絞り準備をしておいた大技。

 

「ブリザードエイジ!」

 

 ブリザードエイジ。

 氷帝剣ブリザードの力を最大限まで開放し、辺り一帯を凍り付かせる大技。

 準備に時間はかかるが、これを食らった者は今まで(・・・)皆例外なく―――氷の彫刻と化した。

 

 それは満も同じだった。

 彼女は腕を大きく広げたポーズのまま、氷塊の中に閉じ込められていた。

 もはや動くすべはない。後は止めを刺されるのを待つだけだと誰もが思うだろう。

 

「後は氷ごと砕くだけ…!」

 

 その考えはアイスも同じだった。

 故に、彼女は容赦なく止めを刺すために氷を砕きにかかる。

 凍らせて砕くというのが彼女の基本戦術なのだ。

 

「待って! アイス! 破道さんは――」

「うるさい。私はあなたと違って甘くない」

 

 重い足を引きずりながらも、渚の制止の声を無視して一気に満に詰め寄るアイス。

 何度も言うが彼女は満との戦闘で満身創痍だった。

 だからこそ。

 

「―――まだ動ける!!」

 

 氷漬けにされたはずの満の目が、まだ動いていることに気付かなかった。

 

「うそ…ッ」

 

 激しい破壊音と共に何事もなかったように氷を砕く満。

 そのあり得ない出来事にアイスは思わず、呆然として足を止めてしまう。

 だが、そんなことをすれば。

 

「さっきの技は中々に面白かったよ。アイス君」

「――ッ!?」

 

 破道満の餌食になるだけだ。

 慌てて足を動かし逃げようとするアイス。

 しかし、そんな行動は無意味だ。

 

「安心してくれ。()()、君には組織のことで聞きたいことがある」

「いつの間…に……」

 

 縮地で隣に移動してきた満に『首トン』をされてしまったのだ。

 意識を保つことなど出来るわけもなく、そのまま意識を失ってしまう。

 

「次は君だ。明音君」

「ッ! そう、簡単に負けませんわよー!」

 

 アイスを気絶させたからといって、満の動きが止まるわけではない。

 次の獲物を決めるかのように明音へ視線を合わせ、ゆっくりと歩み寄っていく。

 もちろん、明音はそれを止めるために銃を放つ。

 

 滅多撃ちだ。二丁拳銃の弾が切れるまで引き金を引き続けた。だが。

 

「せめてライフルを持ってくるんだな。それじゃあ、余りにも軽すぎる」

 

 その全ては満の掌によって握りつぶされ、パラパラと地面に落ちていくのだった。

 

「あ…あ…ああ……ッ」

「恐怖を感じ、足を震わせながらも立ち向かおうとする心意気。素直に尊敬するよ。

 だが―――オレと同じ場所に立つにはレベル不足だ」

 

 足を震わせながらも必死に満を睨みつける明音だったが、できたのはそれだけだ。

 ゆっくりと近づいてくる満から逃げることができない。

 否、しないのだ。もうどうしようもないと。

 

 災害に襲われたかのように諦めてしまっているのだ。

 

「眠れ」

 

 大きく、緩慢に。それでいて優雅に満は腕を振り上げ、そして―――

 

「やめろぉおおおおッ!!」

「やっと本気になってくれるかな、渚君」

 

 殺意の込めた蹴りを放ってきた渚の足を受け止めるのだった。

 

「出し惜しみはしないでくれよ? オレはそんなに安い女じゃないんでね」

「だったら…! 奥の手を見せてやるよッ!!」

「フフフ! そっちの口調の方が男らしくてカッコいいよ」

 

 どこまでも余裕たっぷりに、それでいて油断なく満は笑う。

 改造人間の奥の手とは一体何なのだろうかと、楽し気に想像しながら。

 しかし。

 

「――破壊身(はかいしん)

 

破壊身(はかいしん)…だと…?」

 

 『破壊身(はかいしん)』。その言葉を聞いた瞬間、笑みを無くし驚きの表情へと変わる。

 まるで、あり得ないものを聞いたとばかりに。

 

「ダメです! 渚さーん! その技は―――」

「――自らの生命力と引き換えに全てを破壊する力を得る技。そう、自らの身を含めた全てを」

「なんで…? 満さんがそのことを…? ()()()()の奥の手なのに? いえ、今はそんなことより渚さんを止めないとー」

「ああ、()()()()

 

 自爆技に近い破壊身(はかいしん)を使おうとする渚を止めようとする明音だったが、驚いたことにそれに同意を示したのは満であった。一瞬、聞き間違いかとも思う明音だったが、同じように一瞬でそれが事実であることを理解させられる。

 

「君に聞きたいことが出来た。だから、死力を尽くして戦うのはまた今度にしよう」

 

 満が今までとは次元の違う速度で動き、渚を『首トン』で気絶させたのだ。

 それは彼女がまだ本気を出していなかったという残酷な事実と、渚への殺意が消えたことを示していた。

 

 

「海野渚……なぜ君は―――師匠の技を使える?」

 

 

 そして同時に、改造人間への謎が深まったことも示していた。

 




このヒロインの攻略方法(物理)が思いつかないです。

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